言論弾圧(検閲&回収&責任者の処分&発禁)された世論研の大学批判記事6(最終回)

 2008-09-03
理事会の独断専行による「総長選挙廃止」と工学部教授会人事への介入

 さて、どうであろうか。本稿をここまでお読み頂き、大学改革の実態とキャンパスの現状、法大の行く末等々読者諸氏の脳裏には多くの衝撃的な映像が浮かび上がり、焼き付いたのではないだろうか。また、恐らく読者諸氏はこのほんの数ページの本稿によって学内事情にかなり精通してしまったのではないだろうか。中には嫌がる人もいるかもしれないが決して恥ずかしい事ではない。堂々と胸を張るべきだ。法大生が法大の事情に詳しいのは当然の事だし、むしろ義務ではないか。年金や社会福祉、憲法改正など日本の社会問題は「日本人」の問題であり、アメリカ人やフランス人が頭を悩ませるなんて変な話だ。同じように法政大学の総長選挙廃止や相互休講廃止、学費値上げなどは「法大生」の問題なのだから法大生が真剣に考えて主張してしかるべきだ。テレビのコメンテーターや政治家が法政大学の諸問題について考えるなんて不自然だろう。社会問題の一つとして拾い上げる事はあってもそこにあるのは「職業的な憂え」であって愛する母校を憂える我々とは似て非なるものだ。法政大学の問題を扱えるのは日本で約3万人の法大生だけなのであり、だからこそ心血を注いで議論しなければならない。無論、法大生みんなが真剣に総長選挙廃止にノーを唱えなければならない、と言っているわけではない。どういうスタンスを取ろうとどういう主張をしようと、はたまた無視を決め込もうとそれは各人の自由である。だが、無視を決め込む前にまず問題を認識するべきではないのか。我々が言いたいのはそこだ。事態を把握し、葛藤した上で無視なり反対なり態度を示すのが筋なのだ。正論なのだ。ところが今の法大生には何も知らない、知ろうとしない「無関心」という人種が多すぎる。何も知らずに、調べる努力もせずに態度を示す輩が非常に多いのだ。最も、態度を示すといってもそれは大学当局からの一方的な見解を右から左へ流すだけなのだから、主張とは言えず単なるスピーカーと呼ぶべきなのだが。いずれにしても、自分で考える力を持たない人間が増えるとよからぬ事が必ず起きる。それが世の常だ。とは言っても大学当局が組織ぐるみで「情報統制」を布いているわけだから一概に学生に責任を帰するのも少々乱暴過ぎる。葛藤の末に当会が出した結論が本稿なのである。つまり、当会が積極的に公平で偏向のない、新鮮な情報を冊子にして発信する事で、学友諸氏の判断如何を手助けしようというのである。ここまで読んでくれた方は充分な検討材料が揃ったことだろう、是非最後まで一読して自分なりの主張を練り上げて頂きたい。
        
 今現在、法大の「教職員」たちの間で話題になっている「改革」がある。「総長選挙廃止決定」である。3・14法大生の会や、その他反抗学生一派も時たま口にしているので読者諸氏にもご存じの方はいるだろう。法政大学の総長と理事などの役員選出の方法を巡って平林総長以下理事会と附属校も含めた教職員が対立しているのである。そもそもこの件は清成前総長の時代から検討されてはいたようなのだが平林体制になって途端に急発進したのだ。理事会が突如示した方針案は、現行の選挙を廃して理事会指名の委員からなる選考委員会を発足させ、この委員会が総長を推薦し、理事会で選任するというもので誰がどう見ても派閥独裁色の強い言語道断な代物である。当然ながら教職員は一斉に立ち上がり、教員の9割が反対。7つの学部の学部長が制度変更に反対の声明を出し、事態は混迷を極めた。教員有志が集まり結成された「法政大学のガバナンス問題を考える教員有志」なるグループは現在170名を越える勢力になっている。理事会が制度変更を唱えてから早1年が経過したが未だ両者の間で和解は成立しておらず、先行きが見えなくなるのかと思いきや、ここへ来て事態は急展開を見せた。通常、制度を変更するには理事会の決定と文部科学省の承認が必要とされているのだが、法大の場合は理事会の独断専行でありそれによって学内が混乱してしまっている状況にあるので、まず文科省の承認は考えられなかった。事実、文科省は再三に渡り両者に和解をするよう促してきた。長きに渡る交渉で理事会の当初の方針案は撤回に追い込まれ、代わりに教職員たちの意見を取り入れたとする「修正案」が作成され、3月末の理事会で正式決定されたものの、この修正案も根本は何も変わっていない気休めでしかなかった。だが、なんと文科省がこれを承認したので事態が切迫してきたのである。なんとも不可解で不愉快な文科省の追認だが、下ってしまった以上は仕方ない。一方的な予算配分の変更や新学部の設置、学費の値上げにサークル規制、そして総長選挙廃止と次から次へと好き勝手に(自分たちのための)「改革」を断行する平林体制に不満を持つ者は多い。持たない者の方が圧倒的に少ないだろう。学生、教職員問わずみんなが不信感と不快感を抱いている、それが平林体制なのである。今ここで学生も教員も、大規模な行動に出なければ手遅れになるのは必至だ。総長選挙については教職員の土俵だから我々学生には見守るしかできないが、今後の学生生活のためにも注視していきたい。教職員には是非頑張って頂きたい。平林総長は本稿で前述した通り選挙で「辛勝」した身だ。だからこそ、選挙制度を廃止しようと企んでいるのだろう。身内で固めた選考委員会なら次も自分を選んでくれると夢を見ているに違いない。そんなビビリ野郎の横暴を許すな。健闘を祈っています。
         
 総長選挙に関しては教職員に委ねるとして、平林総長以下理事会が教授会の人事に介入しているという情報があるので紹介しておく。といっても具体的な内容はまだ掴めていないので悪行の一つとして覚えておいて頂きたい。工学部教授会の定年延長問題に首を突っ込んだというものなのだが裏もとれていないので(なら書くな)キーワードの紹介に留めておく。

バカ高い教室貸与料金
 
次に紹介するのはきちんと裏の取れたネタである。ガセネタじゃないので是非読んで頂きたい(ガセネタなんか書かないけど)。法政大学が学外団体に教室等の施設を貸与する際の料金に関して、当会が重要な書類を入手したので紹介したい。『法政大学 教室等貸与のご案内 2007年度市ヶ谷キャンパス 学外団体用』と題されたこの冊子には驚くべき数字が並ぶ。我々が日頃居眠りや無駄話をし、時には机をけ飛ばしたり、あんな事やこんな事をしている教室が天文学的数字で学外団体に貸し出されているのだ。例えば55年館3階の1番教室、531教室の場合、教室使用料金が5万4300円でこれに清掃料金が3200円プラスされ、夏だと冷房料金(使わなくても払う)6100円がついて合計6万3600円となるのだが、更にこれに「係員手当」なるものが4万円一律加算されて合計10万3600円となる。ちなみに一日の金額である。冬だと冷房料金でなく暖房料金がかかるが、教室によっては一括暖房システムのため一律5万8000円をとられる。531教室がまさにこの一括暖房システム搭載の部屋なので冬に借りると15万5500円となる。その他、狭くてむさ苦しい866教室でも夏だと5万8800円、冬だと5万9300円を一日で取られる。ボアソの1104教室は夏だと6万4500円、冬だと6万5000円を一日で取られる。ボアソ26階のスカイホールに至っては夏だと23万9200円、冬だと23万9100円が一日で吹っ飛ぶのだ。まさに天文学的数字、まさに高額。こういう類を世間では「ぼったくり」と言うのです。大体、清掃料金って何ですか。大学の教室を借りる団体で自分たちで掃除をしない連中が居るとお思いで?第三者による清掃が必要なほど借りた教室を汚す団体が居るとお思いで?そんなわけないでしょう、まったく呆れてものが言えない。係員手当ってなんだよ。つまりこの教室貸与料金は儲け優先、営利主義を貫く平林総長のご意向を屈折無く表現したもの、ということですか。明らかに法外な値段だと思いますよ。ええ。教室のお値段がもっと知りたい方は当会までご連絡下さい。

平林総長以下理事会のいう「改革」、内実は「破壊」でしかない
 
どうだろう、本稿の内容を読んで読者諸氏は心に感ずるところがあっただろうか。本稿についての異論、反論は大歓迎である。是非ともご意見を寄せて頂きたい。学生自治の牙城、学生会館の陥落後法大生の政治意識は低下の一途を辿り、今や落ちるところまで落ちた感がある。だがそれは時代の流れでもあり、全国の大学生が法大生と同じように政治的でなくなっていったのである。果たしてそれが良いのか悪いのか。少なくとも言えることは万事、バランスが大切だということである。右に寄りすぎても、左に寄りすぎてもいけない。政治的になりすぎても、無関心になりすぎてもいけないのだ。今日の法大はどうか、学生が無関心過ぎやしないか。目の前で起きる不当逮捕に目もくれず、学園祭縮小にも黙って従い、学費の値上げにも気付かない。間抜けに見えるのは学生だけではない、視界を広げれば国民も同じだ。政治家の汚職や公権力の横暴に異を唱えることなく、抗議すらせず、選挙にも行かずに不平不満を募らせ増税にすら気付かない。なんとも笑える情景だが、これは権力者の策略の成果なのである。権力者とは国家であり、警察であり、大学である。我々は彼らの思うがままに動かされているのだ。国家はありもしない財政破綻を喧伝し、増税への流れを作る。警察は体感治安の悪化を煽り監視カメラを増設したり、権限を拡大しようとする。大学は、昭和臭い学生運動を煙たがるキャンペーンをはり学生の政治意識を低下させ、その隙を突いてこっそり学費を値上げし、学園祭を縮小し、サークルに規制をかける。良いように操られているのだが、それでも怒りが沸かないのは感情さえも把握されているからだ。不満が爆発しないように最低限のアメは与えているのだ。サークルにしても「会議室」という名の監獄を与えている。無いよりはマシと学生は喜んで赤外線センサーのついたガラス張りの牢獄に入る。立て看板もビラも、反抗さえしなければ貼らせてあげるし、置かせてあげると言ってアメをちらつかせ、学生の分断も画策している。実にうまくいっている。大学お気に入りのサークルは反抗するサークルに非難を浴びせ、孤立化を企てる。サークルに属さない一般学生も反抗する学生を攻撃する。みんな大学側に味方していれば自由を、活動の保証を与えてもらえると思っているようだがそんな事はない。甘い幻想を抱くのはもう止めにしたらどうか。中核派系全学連の活動家がいなくなれば学園祭は元通りになるのか?学費は値下がりするのか?自由にビラが貼れるようになるのか?自分の保身のために制度を強引に変えて、儲けのために空虚な新学部を増設して大学の格式を下げ、目先の利益で恩義を踏みにじって住民から軽蔑される大学のトップやその手下をなぜそうも容易く信用するのか。これを機に学生諸氏は考え直すべきである。国からの公的研究補助金を不正に着服した元文学部教授は野放しで、総長以下の監督者処分は減給のみ。対して、立て看板・ビラ規制に反対しただけの学生は逮捕、退学。この違いは一体なんだ?こうも腐りきった権力には何も期待できないと考えるのがまともな人間だ。学生諸氏は決起し、正面から対決を挑むべきだ。与えられた「自由」でなく、勝ち取る「自由」こそが真の自由である。大学の言うがままに夜間は退去し、相互休講のない短い学園祭で満足するか、戦って24時間開催の従来の学園祭を取り戻すか。結局はそういう事だ。だがこれは前者の方が「楽」だからと安易に考える頭の弱い人間には永遠に納得できない「真理」である。法大にかような人間が多くいない事を願ってやまない。文化と伝統を破壊し続ける平林体制に裁きの鉄槌を下すべく、学友諸氏は真剣に考え立ち上がって欲しいと説に願う。例え、現実を無視したとしてもそれが葛藤した末の行為であって欲しいのだ。まず、全てを理解してから行動を決めて欲しい。そのための判断材料を当会は出来る限り発信していく。
 「自治の象徴」学生会館跡地に「管理の象徴」である刑務所が建ったことは、一つの時代の終わりと始まりを意味しているのではないだろうか。近頃しみじみ思うのである。最後までお読み頂き感謝する。是非次号の『蒼氓』にも期待して欲しい。

※文中の写真は全てイメージです。

言論弾圧(検閲&回収&責任者の処分&発禁)された世論研の大学批判記事5

 2008-08-29
大分話が反れたが、ここまでの説明で公安についてある程度は理解してもらえた事だろう。現在市ヶ谷キャンパスで堂々と活動する公安関係者を紹介したい。公安には「警備公安活動」と呼ばれる情報収集捜査がある。監視対象の組織に潜入捜査員を送り込んだり、内通者を獲得したりする作業である。また、公安には多数の外郭団体が存在しOBなどが主力となって公安部員の捜査を手助けする。まあ早い話が民間の「公安」である。現在、市ヶ谷キャンパスの警備を受け持つ民間の警備会社「東京警備保障」もその一つである。警備員に扮した公安関係者が反抗学生の情報を本庁へ送信したり、「転び公妨」ならぬ「転び暴行」(勝手に転んで暴行されたとわめく)で目ぼしい学生を逮捕したりしている。
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ルンゲ

この「転び暴行」を演じた張本人が「ルンゲ」の愛称で憎まれている大久保廣宣(おおくぼ ひろのぶ)四五歳である。2006年の後期にキャンパスに登場した大久保はスーツ姿でビデオカメラを回し、無線機でなにやら指示を出す、いかにも「公安」らしい振る舞いをしていた。転び暴行の時も暴行されたとは思えないほど綺麗な顔で汚れ一つない衣服をまとい、駆けつけた(潜んでいた、が適当か)公安部の捜査員に指示を出したり時には談笑したりしていた。間違いなく関係者だ。もう一人は2007年、新年早々に登場した新キャラ「革ジャン」である。
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革ジャン

オールバックに革ジャンを着込んでカウボーイのような派手なバックルをつけたカメラ片手の不審なこの男は、ルンゲとは違いどこか痛々しく、違った意味での親近感を覚えてしまう存在である。ちなみに本名、年齢等は未だ不明。ニックネームも募集中なのだが「革ジャン」で既にお馴染みになっている。派手に登場したその日に反抗学生や全学連の活動家らにおもしろおかしくからかわれ、そそくさと同僚らに抱えられて退散。あっけない警備公安活動初日であった。ちなみにこのルンゲと革ジャンは、最近になって降格処分になったのか制服姿で勤務している。ルンゲに至っては毎度お馴染みの淡々とした勤務だが、革ジャンは相当この処分が不服なようで反抗学生一派に対し悪態を付く毎日である。どうも近日は、Vシネマ(ヤクザ映画のこと)に触発されてしまったのか、ヤクザの真似事をし始めた。といってもドスを抜くわけでもなく、チャカをちらつかせるわけでもない。ただ大声で怒鳴り散らすだけである。怒鳴ると言っても叫んでいるに等しい有様で、慣れていないせいか恐怖感を覚えることはまず無い声調態度である。普段あまり感情を表に出せない輩が頑張って大声を張り上げていると言った方がわかりやすい。ひとたび叫び出せば恐怖で周囲がどよめくどころか、珍獣見たさに野次馬が増える。端から見たら冷静に受け答えをする活動家らと真っ赤な顔で叫ぶ中年の制服男、不審者なのは後者の方だろう。あまりに痛々しくて目も開けられない始末である。読者諸氏も、革ジャンが叫んでいたら生暖かい視線で見守ってあげようではないか。

ついに一線を越えた法大当局及び国家権力、市ヶ谷の近況報告

 市ヶ谷キャンパスでは、4月27日に「3・14法大弾圧を許さない法大生の会」(3・14弾圧で処分された学生が中心となって発足した団体)主催で大規模な抗議集会と抗議デモ行進が催された。3・14以降、ほぼ毎月のペースでこのような抗議集会が行われ、そのたびに逮捕者が出たりとキャンパスは騒然となった。大学側の無策な入校制限やキャンパス入り口の封鎖などが混乱に拍車をかけ、ある時は機動隊が大挙して押し寄せたことすらあった。大学としては、反抗学生一派を封じ込める目的でキャンパス封鎖や入校制限を行っているのだが、あまりに乱暴で粗末な対応である。もっとも学生部等の大学当局の人間は頭が悪いのだから仕方がない。むやみやたらな入校制限などで一般学生に不便を強いて、その怒りの矛先を反抗学生に向けさせ内乱を起こすのが目的なのだろう。それにまんまと乗せられる一般学生もお笑いだが、大学当局のそもそもの学生を軽視した姿勢には腹が立つし、出資者を侮辱する行為であると弾劾したい。最もそんな分かり切った事をここで述べるつもりはないのでこの辺で止めにして、大学当局と国家権力(司法)による未曾有の暴挙を紹介したい。4月27日の抗議集会で2名の逮捕者が出た。うち1名は3・14弾圧の被害者で、今は学籍の無い元法学部のT君である。もう1名は3・14法大弾圧を許さない法大生の会の会員であり、中核派系全学連の活動家でもあるA君(法学部に在籍中)である。この2名に対し法大当局は「暴行」をでっち上げ、事前に連絡を取り待機させていた公安部の捜査員に逮捕させたのだ。抗議集会の最中に学生部職員が強制排除に出たためもみ合いになり、その際に安東学生部長が「わー首を絞められたー、暴行だー」とセリフ棒読みの芝居を演じての逮捕である。これほど分かりやすい不当逮捕、冤罪はないだろう。
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この内容で逮捕されたのはA君のみで、T君に至っては逮捕の真相は未だ不明である。ここまでは今まで通りの不当逮捕であり、見慣れた光景ではある。毎回の抗議集会でこのようなお芝居が繰り返されていた。逮捕されてもそもそもが「不当」で「でっち上げ」なので充分な立件条件が整わず、結果不起訴処分(無罪)で釈放されるのである。3・14以降の逮捕者延べ40名全員が「不起訴」になっており、不当逮捕であるのは明白であった。今回のT君とA君の逮捕も当然、不起訴になると思われていたのだがなんと驚愕の「起訴」となったのだ。信じられない事だが事実である。
これまで、現場で行われた不当逮捕、冤罪については司法の場においては「不起訴」という形でそれを認めなかった。法治国家として、成熟した民主主義国家としての体裁を水際で守ってきたわけである。過去の不当逮捕で、裁判所が暴挙に出て正当性の無い「拘留延長」(逮捕後の拘束期間を延長すること、正当な理由がなければ出来ない措置)などの決定を下した前科こそあるが、でっち上げ逮捕で「起訴」するというのは今回が初めてである。法治国家として越えてはいけない一線を越えたのだ。東京地裁で開かれた勾留理由開示公判(逮捕、勾留する理由を説明する公判で裁判ではない)の場では若い裁判官が弁護士の異議申し立てにまともに返答できず、正当な逮捕理由も勾留理由も明らかにならなかった。その上での「起訴」である。所詮は司法も国家権力であるのだから今となっては致し方ないとも思えるのだが、あの情けない裁判官の姿が全てを物語っているようでならない。まさに法大当局と警察、司法が一体となって引き起こした平成最大の言論弾圧ではないか。戦時下の1942年、中央公論社と改造社の編集者、朝日新聞社の記者ら60余名が特高によって逮捕され、30名が治安維持法違反で有罪となり4名が獄死した、史上空前の言論弾圧「横浜事件」に次ぐ国家の大罪であることは間違いない。日本の民主主義は地に墜ち、戦後史に新たな汚点を残した。法政大学は120余年の栄えある歴史と伝統に自ら傷を付け、学府としての誇りも威厳も自ら進んで放棄したのだ。法政大学公式HPには次の一文が掲載されている。
「東京法学社の誕生は、自由民権運動が高揚を見せ、近代法制度の整備が開始されていた当時の日本の新気運に呼応したものでした・・・」(大学の歴史より引用)
 然からば、法政大学の終焉は「政治不信が跋扈し衆愚政治が幕を開けた現代日本の新気運に呼応したもの」という事か。いずれにせよ、法大の腐敗は日本国凋落の予兆である事は間違いない。

文学部教授による反抗学生への常軌を逸した嫌がらせ

 同じく最近のキャンパスの情況として、文学部教授による一方的で不当な「ゼミ」解雇処分を紹介したい。ゼミとは「ゼミナール」の略で演習、つまり集中講義である。当局、とりわけ学生部に対し常日頃から抗議行動等を敢行していた文学部哲学科のO君が突然、文学部の教授数名に呼びつけられ学生部への「嫌がらせ」をしたという理由で一方的に所属するゼミから追放されたのだ。つまるところ、クビになったわけだ。当然ながらO君は「嫌がらせ」などしていないし、具体的な嫌がらせの事例も提示されなかった。抗議したから「クビ」にされたのであり、明らかな「弾圧」である。この暴挙に出たのは文学部哲学科教授の我孫子信(あびこ しん)五五歳である。
安孫子

我孫子教授はO君とかなり親しい関係にあったにも関わらずの「追放」である。O君にとってはまさに青天の霹靂、読者諸氏もにわかには信じがたいであろう。学問の王道である哲学を修めた教授とは思えない、愚かで程度の低い所業である。我孫子教授には失望すると同時に怒りを覚えずにはいられない。


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安孫子
安孫子信教授は京大大学院の出で文学修士。ベルクソンなどフランス哲学の研究をする彼は学生時代はヘルメットを被り学生運動をしていたらしい。真理を求める求道者は政治弾圧も厭わない!背信行為もどこ吹く風!彼は文化連盟の活動も監視しています!
安孫子

言論弾圧(検閲&回収&責任者の処分&発禁)された世論研の大学批判記事4

 2008-08-26
理事会の先兵、学生(弾圧)部
 
 ちなみに理事会の手となり足となり、学生に規制をかけ、弾圧を行う部署があるので紹介したい。「学生部」である。大学当局の学生担当部署であり、学生からすれば大学の窓口である。学内外の生活一般に関する質問からアルバイトの斡旋まで幅広く学生に「サービス」を提供する部署として、ほぼ全学生が利用しているであろう場所だ。で、この学生部の実態はというと、さながら学生「弾圧」部と呼ぶに等しい有様である。前述した藤村准教授が副学生部長を務めているのだから当然と言えば当然だ。反抗する学生には容赦なく牙をむき、時には聖職者とは思えぬ「暴言」を吐き、暴力を振るい、一般学生にまで睨みをきかす。どうも最近では、学生全般に対して「悪態」をついているようで、巷であまり良い噂を聞かない。ネット上の「法政ちゃんねる」や「ミクシィ」でも苦情が殺到している模様だ。もちろん当会も学生部の被害者である、というか当局に反抗するサークルなので「弾圧の対象」という表現が適当であろう。当会の受けた弾圧を紹介しながら、学生部のメンバーを列挙していきたい。
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まず最初は、学生部の「ボス」であり反抗学生の宿敵である「安東祐希」(あんどう ゆうき)学生部長を紹介しよう(写真は前貢に掲載)。肩書きは数学博士、文学部哲学科で言語論理学のゼミを持つ。東京工業大を卒業した後、筑波大学大学院で博士課程を修了、日本数学会に所属し法大には平成3年から籍を置く。体格がよく、その巨体ゆえか常に学生弾圧の先頭に立ち、抗議する学生を黙々と排除する。理系出身のため数式しか理解できないのだろう、学識豊かな「教授」とは思えぬ汚い言葉を吐くようだ。言葉の使い方を学ぶべきだ。以前、当会も学生部長会見の場で安東先生の説明を聞いたがいまいち、言っている事が理解できなかった。理屈っぽいというより、極端な話し下手である。言いたいことが全く判らないのだ。そんな安東教授率いる学生部は、史上稀にみる長期政権を記録中。こんなにも学生弾圧が得意で次々に逮捕者を出す学生部長以下、幹部職員は間違いなく出世することだろう。学生の将来を奪ってスピード出世?世も末だ。
浅見

次に紹介するのは、学生部事務次長の浅見信一(あさみ しんいち)である。肩書き通りの幹部であり、学生部では安東、藤村両氏と並んで奥の方にデスクを構えている。学生生活ハンドブック等当局広報から当会の名前が削除されている件について、当会の三役が抗議に出向いた際、この男はニヤニヤと笑みを浮かべながらミスを認めず、謝罪の言葉も口にしなかった。挙げ句の果てに「訂正」の「て」の字も言おうとしない。浅見次長の説明によれば、05年度の当会の決算書等重要書類が未提出になっているのが原因で、それによって顧問の存在が確認できないから名前を削除した、らしい。確かに、当会担当者の怠慢で重要書類を05年度については提出していなかった。しかし、当会の顧問はそれ以前も現在も変わりなく存在し、顧問の氏名や所属についての資料は当然、学生部で保管してあるはずだ。それを使って独自に確認をすれば良いのではないだろうか。そもそも、それまでは名前を記載していたのだから削除する際はその旨を当会若しくは、所属団体に連絡するのが筋ではないだろうか。それに、確認もせず独断で「顧問は存在しない」と決めつけたのだから、顧問の教授に対する侮辱でもある。学生部の対応はあまりに稚拙で怠惰な、礼を欠くものであったと言わざるを得ない。だが、学生部の対応に憤りを感じつつも当会は懐疑的な見解も持ち合わせている。浅見次長の言った「書類の不備」に関してだが、当会と同じ「文化連盟」に属する「沖縄文化研究会」と「フランス文化研究会」の両団体の名前が、学生生活ハンドブックには記載されているのだ。この二団体は活動実態がなく、書類もないため06年度の文化連盟後期総会にて除名が決定した団体である。当会と同じく、「書類が不備」であるはずのこの二団体がなぜ、ハンドブックに掲載されているのだろうか。他にも、ハンドブックには「顧問欄」が空白になっている団体の名前が堂々と掲載されている。つまり「書類が不備」で「顧問がいない」団体だから名前を削除した、というのはまったくのデタラメなのである。恐らくは、当会が当局に対し反抗的な態度を示しているため、制裁を加えたのだろう。つまり「弾圧」である。通常なら、学生部に対し抗議文を提出するところだが、懐が深く、お人好しな当会は敢えて「質問状」という形式にして文書を提出する予定だ。学生部からの回答は次号の『蒼氓』紙面にきちんと掲載するので読者諸氏は見逃すな。とにもかくにも学生部の、浅見次長の今回の対応はあまりに不愉快で、非常識で、無礼なものであった。出版物にミスがあれば経緯がどうであれ、「訂正」をするのが「常識」であろう。例えそれが企業であっても、「学校法人」であってもだ。その上で謝罪をするのが社会のルールではないのだろうか。残念ながら浅見次長はこの最低限の約束事も理解できていないらしい。あるいは、ボケが進行しているのだろうか。見たところかなりお年を召していたように思う。当会としては、質問状への誠意ある回答をお待ちしています。ニヤニヤ笑いながら作成しても結構ですので、きちんと回答してくださいな。
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 続いて紹介するのは、学生部職員の百瀬豊(ももせ ゆたか)と猪脇和夫(いのわき かずお)両氏である。まず百瀬氏についてだが、この男はかなりの変わり者らしく、奇行や奇怪な言動の報告が多数寄せられている。つい先日も、キャンパス中央の広場でブルーシートを広げ読書会を開催していた哲学研究会が、「通行の邪魔」だからと撤去を指示されたらしい。指示したのは百瀬氏なのだが、当時キャンパスは閑散としていて殆ど学生の姿はなかったそうだ。にも関わらず、「邪魔である」との「通報」があったとして、百瀬氏は同研究会の読書会を無理矢理中止させたそうだ。果たして学生部に通報する学生など存在するのか甚だ疑問だが、百瀬氏の発想では人間が殆どいないキャンパスで読書会をすると「通行の邪魔」になるらしい。他にも、ヘリオスで読書会を主催していた当会の会員を「双眼鏡」で監視するといった「不審」な行動も行っている。「読書会」が相当お嫌いなようだ。仲間はずれにでもされた過去をお持ちなのか。理解に苦しむ男なのだが、もっと強烈なネタもお持ちである。3・14弾圧に絡んだ抗議をしていた学生たちが、学生部窓口に殺到した際、学生と目が合った百瀬氏が「業務妨害だ」と叫んだらしい。コントみたいな話なのだが、彼は真剣な顔だったそうだ。単なる「バカ」で片付けるのは惜しい男である。しかし、好意的に評価をする義理もない。難しいところだが、とりあえず双眼鏡の件に関してはそれ相応の対応を取らせて頂くとする。読者諸氏も、リアルスーパーマリオ百瀬豊には注意しろ。くれぐれも目を合わせないように。
猪脇
 
 次は同じく学生部職員である猪脇和夫氏について説明したい。この男の第一印象は「地味で目立たない」だ。前述した百瀬氏と違い目立った特徴もないので容姿は説明しにくいが、いつも安東学生部長や藤村副学生部長に付いてまわる「子分」的存在である。よくビデオカメラを手にしているので撮影担当なのかも知れない。安っぽいメガネに地味なファッション、どこにでも居そうなおっさんタイプなのでカメラを手にした姿はまるで「盗撮犯」のようだ。実は女子大生を撮っていたりして。こんな具合に何かとバカにしやすいキャラではあるが、弱い者には強く出る「卑怯者」の一面も持っている。3・14弾圧で不当逮捕された上に不当に処分を加えられた法学部のT君(停学処分に続き退学処分を下され現在は学籍はない)が学内を一人で歩いていた際、「何だ!」と大声で怒鳴りつけたというのだ。このT君は3月14日当時、学生証を提示したにも関わらず「建造物不法侵入罪」で逮捕された被害者である。不当逮捕の中でも極めて悪質な罪状で拘束された善良なる犠牲者である。そんな彼に対し、法学部教授会は「停学」処分や「自宅謹慎」処分を加えたあげく、「退学」処分を下したのだ。不当に逮捕され、不当な処分を受け、意気消沈しているT君に対し大声で威嚇するとは卑劣極まりない男である。他にも、不当逮捕弾劾の署名活動及び被害者の名誉回復運動を展開していた全学連の学生に対し、活動を妨害する等の行為を日常的に行っているらしい。もちろん、同僚と複数人で。最近の猪脇氏の動向としては、つい先日の「凶器を捨てろ」発言を紹介しておく。ある大教室で演説をしていた全学連の学生を排除しようとした猪脇氏と他の学生部職員が彼らとつかみ合いになり、その際猪脇氏が学生の持っていたボールペンで手の甲を負傷した(触れた程度)ようで、大声で「いてえ!」「何するんだ!凶器を捨てろ!」と叫んだらしい。この件については大教室だけに目撃者は多く、かなり信憑性がある情報と考えられる。ボールペンを凶器と表すこの男には、前述した百瀬氏と近いものを感じずにはいられない。

学内を堂々と闊歩する公安警察 

 現在市ヶ谷キャンパスでは、公安警察による「警備公安活動」が堂々と実施されている。そもそも、公安警察とは何か。簡単に説明したい。国体護持を主な任務とし、テロや大規模暴動・蜂起を未然に防ぐため反体制勢力や宗教団体を日常的に監視し、必要とあらば逮捕権を行使する警察組織の捜査部門の総称である。一般に公安警察と呼ばれるのは、「警察庁警備局」の指揮統制下で右の任務に従事する地方警察本部の警備部の捜査員及び、警視庁公安部の警察官である。同じ分類として、「交通警察」は全国警察本部の交通機動隊や交通課の捜査員を指し示し、「刑事警察」は全国警察本部の刑事課の捜査員と警視庁捜査一課等の捜査員を指す呼称である。ちなみに、「公安警察」(略して公安)と似たような名称の組織で「公安調査庁」や「公安委員会」があるが前者は「公安庁」と略し、公安警察とは別の組織であり逮捕権すら与えられていない。後者は国や地方自治体に存在する警察を監督する「行政機関」であり、全くの別物である。市ヶ谷キャンパス正門前で毎日、張り込みをしているのは警視庁公安部の捜査員である。読者諸氏も品川ナンバーのセダンに乗った背広姿のおじさんを見かけたことがあるだろう。時には外堀公園にたむろしてメモを取っていたりする。キャンパスで大規模な集会等がある際には大挙して押し寄せるこのスーツの男たちが公安警察官である。
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そもそも公安警察は戦前の「特別高等警察」の後身と考えて良い。つまりは看板の掛け替えである。特高ほどの非道さは無いにしろ、監視対象は相変わらず「共産主義者」であり、現在でも「日本共産党」は監視下に置かれている。現代では「治安維持法」がないため、政治犯として逮捕することも、処罰することもできない。そのためにしばしば「転び公妨」なる強引な逮捕手法や、「公園のゴミ箱を蹴ったことによる器物損壊」など、因縁に近い別件逮捕によって対象の身柄を確保する事がある。これらはほぼ、公安の常套手段と言って良い。ダーティーなイメージがつきまとう公安だが、警察内部では花形部署として何かと優遇されるそうだ。キャリア、ノンキャリア問わず警察組織の上層部には公安部出身者が多い。強盗殺人や万引き等のちっぽけな市民犯罪と違いテロ対策等、国家規模で活動する公安は確かに警察のエリート部門のようにも見える。だが実態は、上層部や幹部に公安出身者が多いのは9時5時勤務で緊急出動もないため、試験勉強に集中できるからであり、オウム真理教(現アーレフ)による地下鉄サリン事件が起きるまで宗教団体に関しては全くのノーマークだった事実を考慮すれば、エリートと呼ぶには少々いやかなりの難がある。地位役職を誇るわりには能力がない、このような人種は公務員に特に多く見られる。つまるところ、単なる偏差値エリートの集まりに過ぎないのである。ちなみにかの有名なカルト教団、「創価学会」も実は公安の監視対象だったのだが、公明党が政権党となった現在は監視対象から外されている。1973年の金大中事件についても公安は、KCIAによる金大中元韓国大統領拉致を見て見ぬ振りした前科がある。つまり、公安は「政治に左右されやすい」体質を持っているのである。輝かしいのは看板だけで、能力もなければ意欲もなくお上の言うがままのこの組織のどこがエリートなのだろうか。一介の学徒に過ぎぬ記者には未だ納得できない世相の一つである。国体護持を標榜するのなら、キャンパスで白眼視されながら演説する程度の活動家よりも、豊富な資金と人材で政財界に食い込む宗教団体に目を光らすのが筋ではないのだろうか。過激派を擁護するわけではないが率直にそう思うのである。


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安東祐希(あんどう ゆうき)教授(42歳)。所属は哲学科で専門は数学。学歴は東京工業大卒→筑波大学大学院で数学博士。清成総長時代に廃止になった第一教養部の人間で児玉幸治ら理事会が裏で糸を引いた教授会切り崩し策動の先兵を務める。理事会の権力を拡大するために児玉ら一派は教授会の弱体化を計画、廃止になり路頭に迷った教養部の人間を抱き込んで配下とした。教養部出身者が一連の政治弾圧に加担しているのはこの為。安東は学者としては無能で、教授昇進は学生部長拝命によるもの。
浅見
浅見信一(あさみ しんいち)、現在は学生センター事務部長。学生生活ハンドブックの件について、後日改めて問いつめた際に浅見は「回答する必要なし」と答えた。2007年4月27日、暴行をでっち上げられ不当逮捕された友部氏に対し「舐めるなよ」などと言って関節技をかけるなど、常に弾圧の前面に出て活躍する外道職員である。
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百瀬豊(ももせ ゆたか)は現在は小金井キャンパスの某所で経理を担当している。市ヶ谷キャンパスで第二学生課長をしていた百瀬は課長なのに部下がおらず、また無能で有名であった。314弾圧以降、積極的に前に出て弾圧をする姿が理事会に評価され、めでたく小金井に栄転したのである。法政大学は政治弾圧や迫害に精を出す人間をとても重宝する特色があり、例えば「この糞女!」が口癖のジャージ部隊、勝又秀雄は将来の理事候補のようだ。安東に至っては、あれだけの大活躍をしたのだから相当な地位が保証されているはず。
いのわき (2)
猪脇和夫(いのわき かずお)は言わずと知れた外道職員。ブログでも数回特集を組んだこの外道は最近は弾圧の現場には姿を見せず、影に隠れている。2007年4月27日、10数名の公安刑事に踏みつけにされ著しい人権侵害を受けた友部氏に対し「お前は悪いやつだ!」「お前は狂ってる」と繰り返し叫び、恩田君の後輩に「お前は恩田と付き合っているからダメだ」と吐き捨て、齋藤君の友人に「あいつとは関わるな」と囁いたこの猪脇和夫は今も尚、我々の学費から給料を貰っている。

言論弾圧(検閲&回収&責任者の処分&発禁)された世論研の大学批判記事3

 2008-08-23
 法政一高跡地を巡り周辺住民とトラブル

 同じく一高がらみの話題になるが、これは是非とも、読者諸氏には一読願いたい記事である。言うなれば「トップ」記事だ。法政一高は今年から、法政大学第一中学と合併し、「法政大学中学高等学校」として新天地にて幸先の良いスタートを切った、と言いたいところだが実はそうでもない。「立つ鳥跡を濁さず」ならぬ「立つ鳥跡を濁す」とでも言おうか。ことの顛末はこうだ。旧一高、一中の跡地を周辺住民と充分な話し合いを行わずに独断的にマンション業者に高値で売り渡したのである。
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旧一高は、吉祥寺の住宅街にあり、周辺は「第1種低層住宅専用地域」となっている。法政の敷地には一高、一中といった「学校」があったため「第1種中高層住宅専用地域」指定となっており、マンション業者に売り渡しても法律的には「違法」ではないものの、周囲が「低層住宅」地域なのだから当然、周辺住民の了解を得るのが筋だろう。そうでなくとも、60年の長きに渡り近所付き合いをしてきた周辺住民に対して、他人行儀な態度をとるのは情義に悖ることこの上ない。一切の説明も相談もなく、業者に売り渡したのが天下の学校法人法政大学とは、世も末だ。これを「金儲け」と言わずして何と言う。人間恩を忘れたらおしまいだ。平林総長以下理事会は恥を知るべし。当会は、このような人物を総長に仰ぐ我らの不幸を嘆く。

法政史に残る大事件、3・14弾圧
 
これまでは対外的な視点で改革を見てきたが、ここからは学内に目を移す。学内で行われている「改革」は「弾圧」であり、法政大学史に残る汚点であり、法政の名を地に落とす反逆的大罪である。そのA級戦犯は平林千牧総長だ。
 2006年3月14日、大学当局の一方的な「ビラ・立て看板設置禁止」の規制に反対した学生29人が逮捕される。経緯を説明する。3月初め、大学当局が一方的に規制を発表する。これに対し、法大の学生有志と全学連(全日本学生自治会総連合:中核派系)の所属学生らが13日、14日に連続で抗議集会、抗議デモを実施する。法大はかねてからの中核派系全学連の拠点校であり、その関係で全学連がこの抗議集会を主催し、法政の一般学生がそれに参加した、というのが実状である。ところが、14日のデモ終了直後に200人を越える警視庁公安部の捜査員がキャンパスに雪崩れ込み、29名の学生を「不当」逮捕したのだ。逮捕容疑は「威力業務妨害」、「建造物不法侵入」とあるがデタラメである。拡声器で抗議を叫んだだけで威力業務妨害とされ、学生証を提示して学内に入ったにもかかわらず不法侵入で検挙されたのだ。法政史上空前の言論弾圧である。大学当局は事前に警察と打ち合わせていたのであり、仕組まれた「逮捕劇」であった。
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この事件を契機に、その後今日に至るまで弾劾運動が続けられ、その間にも数名が同じような罪状で不当逮捕され、2006年だけで逮捕者はのべ40人に及んだ。今日に至るまでの一連の経過を推察し、ここで特筆しておきたいのは大学当局による3・14弾圧の「政治利用」である。3・14以降も、29名の逮捕を弾劾し、当局に抗議する運動をしていた全学連の学生らが何度も「不法侵入」や「威力業務妨害」で逮捕される中、大学当局は「ビラ貼り、置きビラ一切禁止」の規制を打ち出した。さらに彼らを孤立させる目的で意味不明な「不審者に気を付けろ」放送を休み時間に大音量で流したり、その旨の看板や掲示物を学内に乱発しまくる。前述した学生ラウンジ「アネモス」が消えたのもこの頃である。弾圧と平行して規制を強化した真意は、学生の締め付けであろう。つまり、全学連やその支持者たちは「見せしめ」として政治利用されたのだ。追い打ちをかけるように文学部教授会は、3・14弾圧で逮捕された法大生(文学部)3名に対し「退学処分」を決定した。法学部教授会も、同じく弾圧時に逮捕された法大生(法学部)2名に対しての処分を検討するようになり、ますます「見せしめ」色は強まった。大学に反抗すると退学になる、といった空気がキャンパスに蔓延し、最高学府は異様な空間に変化する。この文学部の退学処分については、充分な時間をかけずに早急に処分が下ったこと、未来ある学生の人生を「逮捕」の事実をもって退学とした事などから当会は強く抗議すると同時に教授らを軽蔑する。ちなみにこの3学生は不起訴処分になっており、即ち「無罪」だった。にもかかわらず、「逮捕」の事実を持って処分するという教授会の横暴は目に余る。「学者」を名乗る人間のすることだろうか。法学部教授会も最終的には処分を下した。「法律学者」だから無罪の人間を処分することに葛藤が生じたのだろう、何度となく教授会は結論を出せずに時間を浪費したが最後には「退学処分」と「無期停学処分」を2学生に下した。よって彼らも文学部の教授たちと同類である。学の研究者を名乗る資格などないし、「法学者」を標榜するなんてもってのほかだ。真理に目を閉ざして尚、「学の探求」を志すのなら偽善もいいところ、悪の権化ではないか。

「相互休講廃止」決定と「暴行」でっち上げ逮捕
 
法政大学には「相互休講措置」というものがある。本誌の別項の「世論研、かく戦えり 多摩地区急襲作戦」と重複してしまうが、敢えて記述したい。今から約30年前、都内で学生が多すぎる大学は旧文部省の指導で、郊外へ移転を強いられた。代表例が中央大学である。法政も全学部を町田へ移転させる計画だったのだが学生が猛反発し、反対運動が数年に及び展開され、結果的に一部の学部だけが移転することになった。現在の「多摩キャンパス」の社会学部と経済学部である。いわば「時代」によって引き裂かれた法大生は、「全学性」を叫んで数年越しの学生運動を展開し、お互いが同じ法大生であることを確かめ合うため、「学園祭」を共に創り上げるべく「相互休講措置」というものを大学当局に要求し、勝ち取ったのである。これは、多摩地区法政祭の時は市ヶ谷の学部が全て休講になり、市ヶ谷法政祭の日程中は多摩が全学部休講になる、相互参加を可能にする「学生間の友情」が生んだ血と涙の結晶なのである。これによって法大生は市ヶ谷と多摩で学祭を通し「文化」を創り上げてきた。しかし、長年この相互休講をいかがわしく思っていた大学当局は、昨今の学生の無関心ぶりをチャンスとばかりに攻勢に出たのだ。折しも、3・14弾圧という格好の「教材」があったために「統制」はスムーズに進む。だが、いくら反抗する学生を警察と組んで「逮捕」し、「処分」しても噛みつくしぶとい輩は必ずいるものだ。かつて左翼の巣窟と揶揄され、激しい学生運動を展開した法政だから、残党もいれば精神を受け継ぐ土壌も豊かだ。市ヶ谷に存在する3本部団体(文化連盟、第二文化連盟、学生団体連合)といった学生団体は当局の規制に対しひるまず抗議文を出したり、学生部長会見を要求したりと、水面下で抵抗していた。だが、そんな抵抗勢力も全体のほんの一部に過ぎない。しかも年々弱体化してきている。一発、威嚇射撃をすれば逃げ出すだろうと、大学当局は史上空前の暴挙に出る。学内でビラまきをしていた3・14弾圧の被処分者や、その支援者らを「でっち上げ」で逮捕したのだ。容疑は「暴行」とあるが、デタラメで触れてもいなければすれ違ってもいない。ビラをまく学生の遥か遠くで突然、警備員(公安刑事)が転び、暴行されたと訴えたのだ。するといつの間にか張り込んでいた刑事たちが飛んできて学生は「逮捕」されたのだ。記者は正直、ここまでするのかと恐怖を覚えた。同時に「法治国家」でかような悪行がまかり通るのかと憤りを覚えた。ちなみに、この自称「被害者」の男は警備会社の人間になりすました警視庁公安部の捜査員であると思われる。この「でっち上げ」暴行事件の直後、駆けつけた刑事たちに指示を出していたためである。警備員ならあり得ないことだ。
 事実を知らない読者には、にわかには信じ難いだろうが本当にあった事実である。「無実」の人間が逮捕されたのであり、それまで頑なに抵抗していた各学生団体にも動揺が生じ始めた。各団体の舵取りをする立場にある「執行委員」でさえも意見が割れ、さながら内部分裂の様相を呈した。また、卑劣にも大学当局は、抵抗する学生に「揺さぶり」までかけてきた。

「これは戦争なんだ」「奴らと手を切れ」。単位を盾に副学生部長藤村が学生を揺さぶる
 
文学部日本文学科の准教授であり、学生部の副学生部長である藤村耕治(ふじむら こうじ)(四一歳)は、大学当局に対し批判的な態度を示し、組織的な抵抗運動を画策していた「M」君を授業後、教授室に呼びだし「奴らと手を切れ」、「このことは彼らに言うな」などと業界用語で言うところの「転向」を促したという。
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教授室といういわば、「密室」空間であったことを考慮すれば「脅迫」とも取れるし、実際に藤村副学生部長は「単位」をちらつかせ、「これは戦争なんだ」と発言したそうだ。こんなバカが教鞭を執っている事実も驚きだが、藤村副学生部長の発言は事態が「政治ごっこ」の領域を越えているということの証明でもあり、一連の「不当逮捕」「処分」等の弾圧における当局側の緊張度を測る重要な参考資料となりうるから、結果的に「M」君のお手柄である。当然の事ながら、M君は藤村副学生部長の揺さぶりに動じることはなかった。しかし、このような「後方攪乱」的な攻撃は学内のいたるところで、多くの教員によって行われているのが現状である。残念ながら当会が持っている「揺さぶり」の確たる情報は、M君の事例のみだが、最近になって前述した学生団体の執行委員や加盟サークル員の中に当局よりの言動を発したり、果ては行動を起こしたりする者まで現れている。以前から「スパイ」として疑われていた人物以外に、このような動きが見られるのは異例なことであるし、危険な症状であると言わざるを得ない。学生団体によっては、当局の「犬」となった勢力が猛威をふるい、周囲にまで影響を及ぼしている団体もある。また、「スパイ」疑惑のある人物が、最近の当局優勢の時流に気分を良くしたのか、学生部の主張そのまんまをスピーカーのように垂れ流すという失態を演じた(ボロを出した、が適当か)事例も報告されている。これらの背景に教員による「揺さぶり」や「抱き込み」があることは容易に想像できるだろう。特に目立った反抗もせず、サークルにも所属していないといった「一般学生」や「無関心学生」に対しても、授業中の無駄話や話題で「あいつらはバカだ」とか「関わってはいけないよ」と教員が一言告げればそれだけでも充分な効果が期待できるものだ。最近の学生劣勢の背景にはこうした「戦術的」、「方法論的」な要因があると言える。



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※文学部日本文学科准教授の藤村耕治(現在42歳)の代表的な言辞として「こんな問題、バカでもチョンでも分かる!」などがある。そもそも、言い出すとキリがない。
藤村は2007年4月27日の新井・友部両名でっち上げ逮捕時に、新井君に対し胸ぐらを掴み凄んだという。以下はその時の写真。
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このさえない中年男は権力と時流の後押しで強く生まれ変わるらしく、教え子の立場からすると羞恥心をかき立てられる次第だ。

言論弾圧(検閲&回収&責任者の処分&発禁)された世論研の大学批判記事2

 2008-08-21
学生会館が大嫌いだった平林総長 
 法政大学には昔、学生会館という建物が存在した。正門を入って右にボアソナードタワー、左に学生会館がそびえ立ち、これら二つの建造物は全く異質の景色を同時に醸し出していた。当会は、「創造」と「退廃」の見事な共演と命名し、その風景を楽しんでいた。2004年に学生会館は陥落してしまったが、学館の取り壊しこそ、平林総長の悲願であったと当会は解している。
 平林総長は学館を、とりわけサークル部室(BOX)を忌み嫌っていた。その理由としてまず、彼が元々多摩の教授であることが挙げられる。多摩は市ヶ谷に比べて、サークルへの規制が強い(今は五分五分)。よって多摩のサークルは発言力が比較的弱いし、活気もない(※10)。こうした情況を「正常」と思っていた事は想像に難くない。また、平林総長は多摩経済学部教授会の一員として、サークル施設構想を推進しようとして内容に反発を受け、凍結、妥協したという苦い経験がある。よって「自主管理」を標榜し、大学からの規制を一切はね除けていた学生会館に「偏見」を抱いていたと推測される。また、平林総長は学館内部を知る数少ない例外だった。学館は時折、ガサ(※11)があった。平林総長は施設担当理事時代、大学の立会い人として機動隊と共に学館に入ったことが幾度もあったのだ。この体験は彼に二つの感想を抱かせただろう。まず、「部室の有害性」。次に「苛立ち」である。機動隊と共に見た学館内部は彼の目にどう映ったか。ガサ中は学生を突然、全員退去させる。机上の資料、置きっぱなしの荷物、勿論、片付ける前の前日の飲み会のゴミやゲームなど、サークル活動と関係ないものもあっただろう。しかし、部室はサークル員がいてはじめて意義のある場所だ。突然、他人の部屋に入ってもどこに何があるか分からないのと同じように、部室の備品の数々は、サークル員がいて初めて、有機的な繋がりを持ち、意味を発揮する。主人のいない部屋の雑然さは、平林理事には実態以上に「荒れ果てた廃墟」としか映らなかっただろう事は容易に想像できる。しかも、ガサという異常事態の最中では心証が良いはずがない。次に彼が感じただろう苛立ちである。立会人だというのに何階にどのサークルがいるのか、という事すら判らない。警察に嫌味の一つも言われただろう。このことで「大学のトップたる自分が踏み込めない聖域など、あってはならない」という感情を抱いてもおかしくはない。「学館は非知性で非寛容」発言(※12)の真意はここにある。「非知性」とは、自分たち大学トップが必要ないと考える異物、「非寛容」というのは、別に一般学生に対してではなく、自分たち大学トップが干渉できないものに対する苛立ち、を示す。そしてこれらの感情が生んだものが市ヶ谷複合施設「外堀校舎」なのである。全館、全フロアに「監視カメラ」を備え付け、サークル用の会議室(部室ではない)は全室ガラス張りで入居するには大学当局の検閲を通過しなければならない。会議室でなくても全ての部屋がガラス張りで中が丸見え。学生を常に監視し、統制できるようにあらゆる限りを尽くした「刑務所」のような建物である。学館取り壊しの後、学館に代わる学生用施設を要求してきた学生と、二度と自主管理などという聖域を作らせまいとする平林総長以下大学当局との交渉の結果の産物である。意識の低い学生がまんまと当局の口車に乗せられたわけだ。交渉を見守ってきた学生諸氏ならお分かりだろう、我々の敗北である。つまり、言いたいのは平林総長という人間、そして大学当局は学生を無視し、軽視し、ともすれば蔑視しているという事だ。学生不在の「改革」を断行しているのである。

 外装重視の新学部、派手な見た目と裏腹に中は粗悪 
 今年堂々市ヶ谷に誕生した「デザイン工学部」。人気も上々で定員を上回る大人数が志願した模様。一期生を迎える準備は万全かと思いきや、なんとインフラ整備が間に合わず、当面の間新入生は付近のテナントの間借りで授業を受ける羽目に。これぞ学生不在の大学改革の極地だろう。さらに、このデザイン工学部の「人気」が思わぬ誤算を招く。文部科学省が定める「新学部設置の認可基準」というものがあり、各学部の平均入学者が定員の1,3倍未満でなければ新学部は設置できないとしている。これは、大学がむやみやたらに入学者を増やし、教育の「質」が低下することを防ぐためである。通常なら、直近4年間の平均値で判定されるのだが、デザイン工学部は新設学部のため今年度のみの平均が対象となった。さらにデザイン工学部は定員の280人を上回る383人が入学手続きをしたため1,37倍と、基準を超えてしまったのだ。そのため、大学側が2008年度の設置を目指していた「スポーツ健康学部」が一年間延期となった。朝日新聞はこの事実を「うれしい誤算」と題して報道、文部科学省も「開設予定まで一年を切っての延期はめったにない」と言う。これらの経緯から何をどう見るかは読者の自由だが、当会としてはデザイン工学部の失態、平林総長の人格等を考慮し、むやみやたらな学部乱発のツケ、と判断する。どうせまたテナントの間借りとか、考えていたんだろう。いつも尻拭いをさせられるのは末端の学生である。さらに言及すれば、2008年度に開設予定の「理工学部」だが、学科編成を見る限り、「理工」を名乗るのには無理があるだろう。既存の工学部と大した差はない。さらに、同じく2008年開設予定の「グローバル教養学部」であるが、正直、「またですか」と言いたくなる。国際カラー重視の学部は国際文化学部が既にあるではないか。つまり国際文化学部は「失敗作」だそうですよ。国際文化学部のみなさん。その他、文句を付けるとキリがないのでこの辺で止めにしておく。いずれにせよ、学部の乱発は「改革」とは呼べないし、作るなら環境も作れ、と言いたい。出資者である学生を舐めてるのか。最後に、直来る少子化、大学全入時代に備えた各大学の新設学部をここで一部だけ、紹介しておく。ネーミングセンスの悪さにびっくり。間抜けなのは法大だけじゃないようです。
明治大学「国際日本学部」、早稲田大学「創造理工学部」、「先進理工学部」。立教大学「異文化コミュニケーション学部」。駅前留学ですか。

人口過密の市ヶ谷、教室ばかりで学生のたまり場皆無の現実
 学生会館を取り壊した時、大学当局は「学生の居場所は作るから」と言っていた。富士見坂校舎が竣工して、外堀校舎が完成した今、人口密集は解消されたのか、残念ながら全くの逆である。学生会館に代わる「学生のための福利厚生施設」であるはずの外堀校舎にはサークル用の部室もなければ自由に使える倉庫もない。教室もロッカーもたくさん余っているのに、だ。「会議室」と呼ばれる部屋には複数のサークルが入居できるが学生部の検閲をパスしなければならず、半年ごとの引っ越しもあり、壁はガラス張りで外から丸見え。とても部室とは呼べない。倉庫もロッカーも検閲があるので自由に使えるわけではなく、結果として会議室も倉庫もロッカーも多くの余剰が生まれている。さらに全館、全フロアに監視カメラが設置され学生は行動の一部始終をチェックされている。
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トイレの前にまで、カメラがあるのだから驚きだ。利用頻度でもカウントしているのか。まさに学内にそびえ立つ「刑務所」そのものであり、平林総長以下、大学当局が声高く宣伝する「知性と寛容」、「自由と進歩」、「進取の気象」、「開かれた法政」の表れだとしたらお笑いである。
  付け加え、総じてキャンパス内には学生のたまり場がない。ボアソ7階のフリースペースはいつの間にか教室になっているし、一階部分に存在した「アネモス」という名の学生ラウンジも、突然改築され入試センターになってしまった。学生には事前の話し合いの場もなければ、通告もない。事後承諾である。学生の自由スペースが削られる一方で学館に代わる施設は結局与えられず、今年になって新設のデザイン工学部が市ヶ谷にやってきたのである。キャンパスの収容率は限界を超え、人口過密に拍車が掛かっただけ。誰がどう見ても学生軽視の姿勢であり、約束すら平然と破るのだから「横暴」だし、「立場ある社会人として最低」なのではないか。平林総長以下当局のみなさん。当会はこれでも丁寧に批判しているつもりですよ。

「教育水準の引き上げ」のために附属校生は制服を着ろ 
 今は無き、法政大学第一高等学校は制服のない「自由」な服装ができることで人気を博していた。ところが、06年度から一年生が制服着用を義務づけられ、「染髪やピアス等、風紀を乱す装いを禁止」するとした一方的な規則が定められ、これに反発した同校生徒約450人が座り込みを行う事態に発展した。大学紛争以降、大勢の高校生が座り込みやデモを行った例はほとんどなく、一時的に新聞紙面を賑わせることに。座り込みを主導したのは生徒会で、「充分な説明がなされていない」ことを不服として行動に出た。事前に座り込みを知らされていなかった教職員は慌てふためき、所用で不在だった校長に代わり副校長が対応したという。この規制強化も、制服義務化も学校法人法政大学の理事会が決めたことである。理事会のトップは、平林総長その人だ。一方的な要求に対し、生徒達が求めたのは規制の「廃止」でも「見直し」でもなく、「説明」だった。彼らの心中は察するに余りある。当時の生徒会長は記者団に「生徒達の多くは言われたことを守って、髪も黒くし、服装も改めた。それでもまだ「高校生らしい服装を」などと指導される。何の説明もないまま校則が厳しくなっており、自由な校風が失われる前に何か行動を起こしたかった」と話したという。


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 ※10 多摩の学生団体は、多摩サークル連合(通称、多摩サ連)しかなく、加盟数も10と小規模だ。

※11 家宅捜索のこと。主に政治的理由で、公安警察による捜索が行われた。家宅捜索中は内部の学生は全員退去させられ、入館もできなかった。法律上、誰でも立ち会う権利があり、とりあえず平林理事(当時)ら理事が警察とともに館内を巡回した。

※12 「(市ヶ谷キャンパスを正面から見ると)右と左に位置する各々の建造物から現出される奇妙な風景に出くわす(中略)人によれば、知性と非知性の、あるいは寛容と非寛容の見事な演出と見るかも知れませんが、これを大学のキャンパスと納得することになるかどうかは「?」です。」雑誌法政04年9月号。この平林理事(当時)発言の「右」はボアソ、「左」は学生会館を示す。

※監視カメラ総数は現在は60個超。後期には増設されていると思われる。

言論弾圧(検閲&回収&責任者の処分&発禁)された世論研の大学批判記事1

 2008-08-20
※この記事は2007年7月に発表されたものですので時系列上の些細な差異をご理解下さい。

蒼氓特別企画!総力特集!大学改革を追え

法政が描く改革図と理想、その実態は果たしていかなるものか、市ヶ谷の暗部に正面切って迫る。
 
 国政では、岸信介のDNAを受け継ぐ保守本流の安倍晋三が第90代内閣総理大臣に就任したことで、折りしもの社会の右傾化に拍車が掛かろうかと騒がれている今日、法政大学を取り巻く情勢は急激な変化を見せており、法大当局は運命の舵取りを迫られていると言えよう。中でも一番の不安は、じきやってくるであろう「大学全入時代」である。各大学とも、生存するためにあの手この手を使い、死に物狂いで蜘蛛の糸にしがみつこうと躍起になっている。慶應義塾大学と共立薬科大学の合併は記憶に新しい。名門大学といえど、油断は禁物である。例え東京六大学の一角を担っていてもだ。法大は「革新派」で鳴らした清成前総長(現法大学事顧問)に代わり平林千牧総長を新たにトップに据え、抜本的な「教学改革」を唱え現在邁進中である。「改革」の大合唱の下でキャンパスには殺伐とした空気が沈滞している。このことは法大に籍を置く学生誰もが感じるところである。「内情」を知る学生の視点で大学が叫ぶ改革とは一体なにかを考察してみたい。そして「法政の未来図」をあぶり出してやろうではないか。
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 加速する学部再編・大学組織大改革
 再編の波が押し寄せている。毎月、学生の元に郵送されてくる雑誌『法政』の2006年7、8月合併号の紙面上で、平林総長は理工系学部の抜本的再編を高らかに主張していた。その言葉通り、従来の「工学部」には生命機能学科という新たなコンセプトの新学科が設置され、2004年に設置されたシステムデザイン学科と合わせ、10学科体制を確立した。さらに本年度、「デザイン工学部」を新設し、従来の工学部の建築学科、都市環境デザイン工学科、システムデザイン学科の3学科を市ヶ谷キャンパスに移転させた。尚、このデザイン工学部については記念すべき一期生が本年度入学を果たした。無論、理工系の改革はこれで終わりではない。2008年度には工学部は「理工学部」(仮称)に改組され、「生命理工学部」(仮称)なる新学部も開設予定である。特筆すべき点として、生命理工学部に設置される「植物医科学科」(仮称)なる学科が東京大学大学院、農学生命科学研究科と連携して国内初の「植物病院」創設と「植物医師(植物保護士)」の養成を目指すことを既に全国紙にてアピールしている事実を挙げておく。尚、時系列上名称等に違いが見られる点はご理解頂きたい。
 大胆に進む理工系改革に対し、文系も負けてはいない。看板学部の法学部では2005年度に「国際政治学科」を新設し、同年に一期生を迎え入れている。英国オックスフォードへの短期研修を必修としており、法律学科や政治学科よりも「国際」色が強く英語力が重視される。その他、「国際色」を全面に打ち出した学部としては、「国際文化学部」が挙げられる。国際政治学科よりも長期間の留学(SA)が義務づけられているこの学部は、早稲田大学の国際教養学部が模倣したことで有名である。
さらに現在、グローバル学際研究インスティチュート(通称、IGIS)の名目で実施されている国際教育プログラム(学部横断的なゼミナール形式の選抜制カリキュラム)を昇華させて、「グローバル教養学部」(仮称)を2008年度に設置しようとしている。この学部は全ての授業が英語で行われる他、少人数教育を徹底する事を大きくアピールしている。同じく、インスティチュートからの昇華による新学部には「スポーツ健康学部」がある。スポーツ・サイエンス・インスティチュート(SSI)からの発展である。

 学部新設に伴い、キャンパスも拡大
 法政大学は昨年度、隣接する「嘉悦女子中高」の土地と建物を購入し、一部改修を加え「富士見坂校舎」として竣工させキャンパス拡大を図った。今年3月に竣工した市ヶ谷複合施設「外堀校舎」を含めると市ヶ谷キャンパスの収容率は格段にアップしている。現在改修工事中の外堀の向こう側にそびえ立つ「62年館」、同じく改修中の「第一校舎」の竣工が待ち望まれる。中央省庁の目と鼻の先に法政王国が姿を現す日は近い。

 地域入試の拡大と格付け取得
 今年から法政は地域入試を拡大し、全国10都市(東京、札幌、仙台、新潟、金沢、長野、名古屋、大阪、広島、福岡)で全学部が試験会場を設け、門戸を開いた。地方在住の受験生には嬉しい「朗報」であろう。伝統ある有名大学として、当然と言えば当然の対応だが改めて評価したい。また、学校法人法政大学は「株式会社 格付け投資情報センター(R&I)」の格付けを更新し、「AA-(ダブルエーマイナス)」を継続した。法政は国内で初めて学校法人として格付けを取得し、今回が4度目の更新となる。つまり、経営状態は良好で設備投資も文句無しというわけだ。

 附属校改革で教育水準引き上げ
 前述した雑誌『法政』の紙面上で平林総長は、教育水準引き上げのために付属校にも改革のメスを、と述べていた。その言葉通り、法政大学第一中学と第一高校は合併し男女共学となった。校舎も移転し、吉祥寺の旧校舎よりやや三鷹よりの敷地に学舎を構える。法政一高の特色でもあった「自由」な服装ではなく、制服が義務づけられている。

 改革の実態を暴く
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 これまでは「大学改革」の表面だけを取り上げてきた。ここからは実態に迫りたいと思う。その前に、我が法大のボスである平林千牧総長について紹介しておきたい。1935年生まれの今年72歳になる本学の卒業生である。60年に本学経済学部を卒業し、71年に本学大学院博士課程を修め、80年に教授に就任。経済学部長を歴任し、99年の清成前総長第二次政権時に理事を務める。何かと比較される清成前総長とは違い、他大や他業経験がない「たたき上げ」の人間である。(※1)
 また、経済学部出身ということで清成体制では財務担当理事を務めたが、専攻は経済学史でマルクス経済研究であった。(※2)財務理事時代の手柄として、2003年の格付け取得(※4)がある。だがこれは、経理部が提起し、清成前総長がごり押ししたため実行された。従って本来は経済人としての素養はない学者肌の人間である。総長選挙は、清成前総長の推薦を受けての辛勝。公約も清成前総長のほぼ踏襲。しかし、総長就任後に「センター・オブ・インテレクト」(※5)なるキャッチコピーを喧伝し、路線こそ反れないものの独自色を出し始めた。
 あくまでも推測だ。華々しい経歴はなく学者としても不遇だったが、その他の実力(人脈や要領のよさ)があり出世。毛色が異なる清成前総長とは巷で言われている程、価値観を共有していなかったのではないか。だが表面上は忠誠を尽くして信頼を得ることに成功し後継者として推戴された。それに満足せず、自分色を発揮する野心はある。多摩時代には学生をバカ呼ばわりして嫌われていた。多摩の食堂を巡る問題で、学生団体や教授会と交わした約束を破り、別の考えを強行したという話もある。唯我独尊的性格の持ち主であろう。不人気(※6)返上のため手柄に飢えているので必要以上に強引に改革を押し進めるだろう。なるほど、急進的な改革の原動力はここにあったか。

 平林総長の運営方針
 平林総長の運営方針は「まず財政環境ありき」である。
「大学の財政条件がいいということが前提になっていい教育をするためのインフラが準備できるし、いい先生が集まるでしょう。その結果いいサービスが提供できるから学生が集まる。」(※7)
簡単に言えば、「ジャイアンツ路線」ということだ。今いる選手(教授の研究や学生の環境)の改善より、会社の財力さえあれば4番打者を買いあさりチームは優勝、という考え方と一緒である。
 次に、学生への姿勢だが、「干渉型」方針である。清成前総長以来提唱されている「自立型人材育成」。要は、今後の高度情報化社会に於いては、モノではなく「知」が経済を動かす。各人も常に己の知を更新すべきで、その姿勢を培わせることに法大の存在意義がある、とするものだ。だが、この理念自体はともかく、実態は「自立」と裏腹な「過保護」政策が多い。
 キャリアデザイン学部では授業で時間を割き「ノートのとり方」を指導。他の学部でも教授が主導でボランティア活動に関わらせたり、全員参加の合宿を乱発して友達を作る機会まで用意。勿論、ひとつの例が用意されていることで、そこから応用していけるという側面もあるから一概に全否定する気はない。基礎教育は「つめこみ」だろう。しかしその一方で大学は教養部を廃止するという矛盾した政策もとる。これらから読みとれるのは、基礎教育の重視より画一化が狙いでしかない、ということだ。各教員が創意工夫して新入生に深遠な学問への橋渡しを行う、という形態より、大学理事会が描いた一つのビジョンに如何に効率よく学生を染め上げるか、が重視されるのである。
 さて、こうした考えの理事会や教員にとり、サークル活動がどう見えるかは、分かるだろう。すなわち「ノイズ」だ。彼らにサークルに対する悪意はない。害虫は、憎いからでなく邪魔だから、機械的に駆除するのだ。具体例として、「サークルに入るな」発言(※8)と危険なサークルリスト(※9)を挙げておく。

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 脚注※1  清成忠男前総長は、東大出身で公社(国民金融公庫調査課長)を経て法政大学教授。その後も京大大学院等で兼任講師。

 ※2  著書に『古典派経済学の基層』(青木書店)『マルクス経済学原理論』(時潮社)『資本論成立史』(翻訳・法大出版)等あり。

 ※4  国内で学校法人としては初めて、(株)格付投資情報センターの長期優先債務格付けで「ダブルAマイナス」を取得。当時マスコミで騒がれ、大手企業と肩を並べたとして清成前総長の自慢の種であった。しかし、少子化とはいえ、学生が一定数集まり学費も言い値で決められる(収入が安定している)日本の有名大学は、よほど乱暴な経営をしない限り企業よりも経営状態が良いのは当然。例えるなら、郵政公社が民営化せず株式上場したとしたら株価が高い、のと同じ事。その証に、その後格付けを取得した早稲田と同志社は2ランク、日大は1ランク、軒並み法大の上の格付けを得た。

 ※5  「開かれた知の拠点」の意。高度知識社会の要請に応えるべく、環境整備を通じて能動的に知を発信しよう、という方針。

 ※6  総長選挙では鈴木佑司法学部教授が875票、平林千牧理事が718票得票。しかし、選挙規則に定める「大学専任教員(専任教授・助教授)の過半数」でないとして決選投票に。結果は、鈴木佑司法学部教授は894票、平林千牧理事は726票獲得。しかし、決選投票では大学専任教員の票は2倍で計算される制度であるため、平林千牧理事が逆転する結果となった。ちなみにこの選挙制度は、清成総長時代に改正されたもの。平林総長はこのように「薄氷」の勝利であり、結果が示すように助手、職員、附属校教員支持が低く、支持基盤は盤石ではないのだ。そのため、今年度に強引に「総長選挙廃止」を決定、理事会による推薦で次期総長は任命される、としたいわば、派閥的独裁政権樹立を目指している。総長選挙廃止については、教員や職員を問わず学内で猛反対の声があがり紛争が勃発。あまりの騒ぎに文部科学省から和解をするよう「意見」まで頂いている。平林総長のこのような強引な改革手法については後ほど大いに触れるので、この辺で留めておきたい。結果的に総長選挙は廃止となった。

 ※7  日経BP企画の取材に答えて。

 ※8  2001年4月、国際文化学部の新入生ガイダンスにて、「カリキュラムに支障をきたすため、サークルに入らないでください」と教員が発言。

 ※9  本年度(2007年)の新入生に対し、「危険なサークルリスト」と称したビラを学生部が配布。大学当局に批判的なサークル団体をリストアップしたもので、「カルト宗教」や「セクト」といった理由を付けて入会しないように呼びかける。ちなみに我々世論研究会については、学生生活ハンドブック等の当局広報から一切の名前を消し去る、「存在抹消」を図っている。勿論、法大公式HPからも名前が消されている。改めて言っておくが、当会は大学公認団体で創部80余年を数える伝統ある組織だ。新入生諸氏はくれぐれも騙されないように。



世論研燃ゆ!

 2008-08-19
堂々世界に誇る監獄大学=プリズン・ユニバーシティ、法政大学では言論そして表現の自由がない。

もちろん、付随する報道の自由もない。

況や、思想信条の自由などもってのほか。



天下無双の日本国憲法には学問の自由をはじめとしてたくさんの自由が保障されるべきと明記されているがここ法政大学では生存の自由すら脅かされている。

つまりだ、ここは治外法権なのだ!


法政大学は日本国にあらず!


それでいて広く世の中に自由を叫び、進取の気象と質実の風を謳うこの監獄は大いなる虚構の顕現であると言えよう。

つまりだ、法政大学は大学にあらず!


120余年の栄えある歴史をいただくここ法政大学(自称)で表現・言論の自由が死んだのは2006年3月14日である。

加えて報道の自由の命日は2007年7月某日であったと記憶している。




彼らの死を目撃した世論研究会は、果敢にも当局批判を機関誌の誌面で展開し政治処分を下されてしまった。見事散った彼らは文化連盟の守護神であり、英霊様なのだ!


世論研は英霊である!
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然るに、当該の世論研機関誌をブログに掲載し広く国民に知らしめるべきではないかとの意見が多数、英霊である恩田に寄せられた。
英霊恩田はこの度、英断を下し、世論研機関誌『蒼氓』(そうぼう)をブログに載せることとした。全て国民は英霊恩田の偉大なる下賜に感謝すべきだ!



唯一無比の言論誌『蒼氓』に乞うご期待!
撃ちてし止まむ


製作中の続編も見逃すな!
プロフィール

文化連盟

Author:文化連盟
1959年創立の法政大学サークル連合。2008年3月に非公認化。活動理念は「自主文化創造」。本業のサークル活動に邁進しつつ、2006年3月14日以来延べ126名の逮捕者、34名の起訴者と13名の処分者を擁する監獄大学爆砕へと学生運動も同時並行。直接行動系。ゆとり世代代表。愛は強し。

2012年5月31日、東大ポポロ座に続き暴処法を粉砕し無罪を勝ち取る。もはや敵なし。俺たち最強。

法大闘争とは何か?


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