夏休み特別企画のお知らせ

 2008-08-29
こんばんは、企画局です。

ほどなく終わる夏休み。
現在夏休み企画として、世論研究会さんの発禁記事や社会科学研究会さん所属のズートロ先輩による石垣カフェ論考が打たれていますが、今一つ物足りない方もおられるのではないでしょうか。夏休みですから、もっと風変わりな企画を望んでいる方も少なくないと思われます。ということで、当ブログでは後期セメスター開始前に、対外的な特別企画を幾つか打ち出すことに決定しました。

①文化連盟ショートショート(動画)
②「一般学生vs08文化連盟」(対談動画)
インターネットラジオ

①は文化連盟構成員による掌編劇です。衝撃的な笑劇とするべく、我らが08法政映画祭グランプリ会場賞両賞受賞者ズートロ監督が立ち上がりました。ご期待下さい。
②は所謂「一般学生」との対談企画です。一般学生の思考と志向を当連盟関係者が全力で追跡します。難点は、顔出し可能な一般学生を見つけ出すことでしょうか。
③のネットラジオでは様々なゲストをお呼びしてお話を伺います。初放送日は未だ未定ですが、近日中に告知します。

3点ともご注目下さい。

そして、ファシスト外山恒一さんのブログ「我々少数派」にての連載対談「法大学生運動史」にも注目あれ!既に読了した方も多数居られましょうが、先日幕を下ろしたこの対談では、法大黒ヘルOB中川文人さんが自らの学生運動を回顧します。ユーモアを交えて自身が活動家であった80年代後半から90年代前半を振り返ります。全35回で読み応えたっぷりです。

外山恒一ブログ「我々少数派」
http://ameblo.jp/toyamakoichi/
「法大学生運動史」
http://ameblo.jp/toyamakoichi/theme-10007942164.html

時代としてはこの辺りで終わります。



みなさーん、今日も裁判ですよー!

 2008-08-29
夏休みなのに海にも行けず旅行にも行けずに文連ブログをチェックして歯ぎしりをしている法大生のみなさーん、こんにちわー!

先週カレシと別れちゃったアタシ、今年は海に行けなかったから法大生のみんなと連帯です。超サイアク。そんな鬱屈を今日は裁判で晴らしちゃう!裁判なんて、普通の人なら一生に一度行くか行かないか、滅多に傍聴なんてしないのに、アタシは地裁に通勤しているみたい・・・何よコレ。裁判所に行ったら公安の爺どもがスケベな視線で攻撃してくるし、廷吏とかいう警備員はアタシの胸やお尻を平気で触ってくるし、もう陵辱の限り・・・。

でもアタシは行くわよ!

正々堂々と正面から突っ込んでやるわ!

だってアタシは、匿名掲示板で吠えたりする腰抜けでもこのブログのコメントで必死こいて死ねとか書いてるヘタレでもないのよ!そんなミジンコみてーなみそっかすどもと一緒になりたくないわ!てゆーか、違うしw

アタシのモットーは有言実行!

ブログで叩いた大口はちゃんと行動で裏付けるのよ!

アタシに会いたい人は本日12時半、東京地裁の正門で会いましょ♪最寄りは桜田門だよ♪
あ!そうそう、今日の裁判はね、去年の4月27日に不当逮捕された友部さんと新井さんの裁判なんだけど、5・28と5・29弾圧裁判と併合になったのよ!これも藤村耕治の陰謀かしら?w





私は悪い学生と戦ってます!だって~www
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↑超ウケるwww

言論弾圧(検閲&回収&責任者の処分&発禁)された世論研の大学批判記事5

 2008-08-29
大分話が反れたが、ここまでの説明で公安についてある程度は理解してもらえた事だろう。現在市ヶ谷キャンパスで堂々と活動する公安関係者を紹介したい。公安には「警備公安活動」と呼ばれる情報収集捜査がある。監視対象の組織に潜入捜査員を送り込んだり、内通者を獲得したりする作業である。また、公安には多数の外郭団体が存在しOBなどが主力となって公安部員の捜査を手助けする。まあ早い話が民間の「公安」である。現在、市ヶ谷キャンパスの警備を受け持つ民間の警備会社「東京警備保障」もその一つである。警備員に扮した公安関係者が反抗学生の情報を本庁へ送信したり、「転び公妨」ならぬ「転び暴行」(勝手に転んで暴行されたとわめく)で目ぼしい学生を逮捕したりしている。
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ルンゲ5
ルンゲ8

ルンゲ

この「転び暴行」を演じた張本人が「ルンゲ」の愛称で憎まれている大久保廣宣(おおくぼ ひろのぶ)四五歳である。2006年の後期にキャンパスに登場した大久保はスーツ姿でビデオカメラを回し、無線機でなにやら指示を出す、いかにも「公安」らしい振る舞いをしていた。転び暴行の時も暴行されたとは思えないほど綺麗な顔で汚れ一つない衣服をまとい、駆けつけた(潜んでいた、が適当か)公安部の捜査員に指示を出したり時には談笑したりしていた。間違いなく関係者だ。もう一人は2007年、新年早々に登場した新キャラ「革ジャン」である。
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革ジャン

オールバックに革ジャンを着込んでカウボーイのような派手なバックルをつけたカメラ片手の不審なこの男は、ルンゲとは違いどこか痛々しく、違った意味での親近感を覚えてしまう存在である。ちなみに本名、年齢等は未だ不明。ニックネームも募集中なのだが「革ジャン」で既にお馴染みになっている。派手に登場したその日に反抗学生や全学連の活動家らにおもしろおかしくからかわれ、そそくさと同僚らに抱えられて退散。あっけない警備公安活動初日であった。ちなみにこのルンゲと革ジャンは、最近になって降格処分になったのか制服姿で勤務している。ルンゲに至っては毎度お馴染みの淡々とした勤務だが、革ジャンは相当この処分が不服なようで反抗学生一派に対し悪態を付く毎日である。どうも近日は、Vシネマ(ヤクザ映画のこと)に触発されてしまったのか、ヤクザの真似事をし始めた。といってもドスを抜くわけでもなく、チャカをちらつかせるわけでもない。ただ大声で怒鳴り散らすだけである。怒鳴ると言っても叫んでいるに等しい有様で、慣れていないせいか恐怖感を覚えることはまず無い声調態度である。普段あまり感情を表に出せない輩が頑張って大声を張り上げていると言った方がわかりやすい。ひとたび叫び出せば恐怖で周囲がどよめくどころか、珍獣見たさに野次馬が増える。端から見たら冷静に受け答えをする活動家らと真っ赤な顔で叫ぶ中年の制服男、不審者なのは後者の方だろう。あまりに痛々しくて目も開けられない始末である。読者諸氏も、革ジャンが叫んでいたら生暖かい視線で見守ってあげようではないか。

ついに一線を越えた法大当局及び国家権力、市ヶ谷の近況報告

 市ヶ谷キャンパスでは、4月27日に「3・14法大弾圧を許さない法大生の会」(3・14弾圧で処分された学生が中心となって発足した団体)主催で大規模な抗議集会と抗議デモ行進が催された。3・14以降、ほぼ毎月のペースでこのような抗議集会が行われ、そのたびに逮捕者が出たりとキャンパスは騒然となった。大学側の無策な入校制限やキャンパス入り口の封鎖などが混乱に拍車をかけ、ある時は機動隊が大挙して押し寄せたことすらあった。大学としては、反抗学生一派を封じ込める目的でキャンパス封鎖や入校制限を行っているのだが、あまりに乱暴で粗末な対応である。もっとも学生部等の大学当局の人間は頭が悪いのだから仕方がない。むやみやたらな入校制限などで一般学生に不便を強いて、その怒りの矛先を反抗学生に向けさせ内乱を起こすのが目的なのだろう。それにまんまと乗せられる一般学生もお笑いだが、大学当局のそもそもの学生を軽視した姿勢には腹が立つし、出資者を侮辱する行為であると弾劾したい。最もそんな分かり切った事をここで述べるつもりはないのでこの辺で止めにして、大学当局と国家権力(司法)による未曾有の暴挙を紹介したい。4月27日の抗議集会で2名の逮捕者が出た。うち1名は3・14弾圧の被害者で、今は学籍の無い元法学部のT君である。もう1名は3・14法大弾圧を許さない法大生の会の会員であり、中核派系全学連の活動家でもあるA君(法学部に在籍中)である。この2名に対し法大当局は「暴行」をでっち上げ、事前に連絡を取り待機させていた公安部の捜査員に逮捕させたのだ。抗議集会の最中に学生部職員が強制排除に出たためもみ合いになり、その際に安東学生部長が「わー首を絞められたー、暴行だー」とセリフ棒読みの芝居を演じての逮捕である。これほど分かりやすい不当逮捕、冤罪はないだろう。
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この内容で逮捕されたのはA君のみで、T君に至っては逮捕の真相は未だ不明である。ここまでは今まで通りの不当逮捕であり、見慣れた光景ではある。毎回の抗議集会でこのようなお芝居が繰り返されていた。逮捕されてもそもそもが「不当」で「でっち上げ」なので充分な立件条件が整わず、結果不起訴処分(無罪)で釈放されるのである。3・14以降の逮捕者延べ40名全員が「不起訴」になっており、不当逮捕であるのは明白であった。今回のT君とA君の逮捕も当然、不起訴になると思われていたのだがなんと驚愕の「起訴」となったのだ。信じられない事だが事実である。
これまで、現場で行われた不当逮捕、冤罪については司法の場においては「不起訴」という形でそれを認めなかった。法治国家として、成熟した民主主義国家としての体裁を水際で守ってきたわけである。過去の不当逮捕で、裁判所が暴挙に出て正当性の無い「拘留延長」(逮捕後の拘束期間を延長すること、正当な理由がなければ出来ない措置)などの決定を下した前科こそあるが、でっち上げ逮捕で「起訴」するというのは今回が初めてである。法治国家として越えてはいけない一線を越えたのだ。東京地裁で開かれた勾留理由開示公判(逮捕、勾留する理由を説明する公判で裁判ではない)の場では若い裁判官が弁護士の異議申し立てにまともに返答できず、正当な逮捕理由も勾留理由も明らかにならなかった。その上での「起訴」である。所詮は司法も国家権力であるのだから今となっては致し方ないとも思えるのだが、あの情けない裁判官の姿が全てを物語っているようでならない。まさに法大当局と警察、司法が一体となって引き起こした平成最大の言論弾圧ではないか。戦時下の1942年、中央公論社と改造社の編集者、朝日新聞社の記者ら60余名が特高によって逮捕され、30名が治安維持法違反で有罪となり4名が獄死した、史上空前の言論弾圧「横浜事件」に次ぐ国家の大罪であることは間違いない。日本の民主主義は地に墜ち、戦後史に新たな汚点を残した。法政大学は120余年の栄えある歴史と伝統に自ら傷を付け、学府としての誇りも威厳も自ら進んで放棄したのだ。法政大学公式HPには次の一文が掲載されている。
「東京法学社の誕生は、自由民権運動が高揚を見せ、近代法制度の整備が開始されていた当時の日本の新気運に呼応したものでした・・・」(大学の歴史より引用)
 然からば、法政大学の終焉は「政治不信が跋扈し衆愚政治が幕を開けた現代日本の新気運に呼応したもの」という事か。いずれにせよ、法大の腐敗は日本国凋落の予兆である事は間違いない。

文学部教授による反抗学生への常軌を逸した嫌がらせ

 同じく最近のキャンパスの情況として、文学部教授による一方的で不当な「ゼミ」解雇処分を紹介したい。ゼミとは「ゼミナール」の略で演習、つまり集中講義である。当局、とりわけ学生部に対し常日頃から抗議行動等を敢行していた文学部哲学科のO君が突然、文学部の教授数名に呼びつけられ学生部への「嫌がらせ」をしたという理由で一方的に所属するゼミから追放されたのだ。つまるところ、クビになったわけだ。当然ながらO君は「嫌がらせ」などしていないし、具体的な嫌がらせの事例も提示されなかった。抗議したから「クビ」にされたのであり、明らかな「弾圧」である。この暴挙に出たのは文学部哲学科教授の我孫子信(あびこ しん)五五歳である。
安孫子

我孫子教授はO君とかなり親しい関係にあったにも関わらずの「追放」である。O君にとってはまさに青天の霹靂、読者諸氏もにわかには信じがたいであろう。学問の王道である哲学を修めた教授とは思えない、愚かで程度の低い所業である。我孫子教授には失望すると同時に怒りを覚えずにはいられない。


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安孫子
安孫子信教授は京大大学院の出で文学修士。ベルクソンなどフランス哲学の研究をする彼は学生時代はヘルメットを被り学生運動をしていたらしい。真理を求める求道者は政治弾圧も厭わない!背信行為もどこ吹く風!彼は文化連盟の活動も監視しています!
安孫子

「過激派」と飲む

 2008-08-28




左から織田全学連委員長、恩田文連副委員長、クッキー。
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ズートロさんは誰よりも酔っ払っていましたが、仕事意識が抜けなかったようです。
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今日はクラ討弾圧裁判

 2008-08-27
諸君おはよう。今日の東京はよく晴れたな。素晴らしい朝だ。

みんな、こんな気持のよい朝にはコーンフレークがうってつけだと思わないか?カリッとしたフレークに清らかなミルクをかけ、朝日日溜まるリビングに君と僕とが向いあう。


君「昨日はよく眠れた?(シュリシュリ)」
僕「ああ、涼しかったからね(シュリシュリ)。よく眠れたよ(シュリシュリ)」
君「いいわね、私はよく眠れなかったわ(シュリシュリ)」
僕「考え事でもしてたのかい?(シュリシュリ)」
君「そういう訳じゃないんだけど(シュリシュリ)。季節の変わり目なのかしら、うまく眠れなくて(シュリシュリ)」


匙を口に運びながらこのような意味のない会話を交わす。口一匙のフレークが4個だろうと5個だろうと無限にどうでもよいように、朝日日溜るリビングの会話はそれ自体に何らの意味も存在しない。それはつかの間の生を揺蕩う一編の詩であり、日常性の至福であり、友愛の戯れなのである。


しかしだ!


この世は恐ろしい。カルマの阿鼻地獄に焼かれる灼熱の罪人たちに朝日日溜まりの幸福哲学は与えられない!八正道に背いた咎は業苦の朝として彼らの前に立ち現れるのだ!この時一編の詩は瞬く間に生の百熱地獄と化す!


君「昨日はよく眠れた?(シュリシュリ)」
僕「寝ぼけるな!今日は学友の裁判だぞ!!(グシャビチャ)」
君「…いけないこと聞いちゃったわね。ところで…それには私も行かないと行けないのかしら…。」
僕「(グシャビ)……!?行かなきゃいけないに決まってるだろっ!逮捕された彼は正義の闘士なのだぞ!周りがそれを支えるのは当然のことじゃないか!(僕激抗シ机ヲ拳デ強打ス皿ノ牛乳震エル)」
君「でも、だからって公安警察がうじゃうじゃたむろする東京地裁なんて私行きたくないわ!(君強イマナジリデ僕二切リ返ス)」
僕「なっ、なんだとこの反革命め!!(ビシバシ)、反革命分子め!!(ビシバシ)、コイツ、コイツ、もう一度言ってみろ、もう一度言ってみろ!!(ビシバシ)」



みなさん、今日は昨年秋のクラス討論弾圧裁判です(詳細はこちら)。覚悟ある方は12時30分に東京地裁へお越しください。革命戦士内田君の雄姿を共に頂きましょう!
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【夏休み読書】第二回 法大再編を考える(後編)

 2008-08-26
篠原雅武「剥き出しの突飛な日常~石垣カフェとはなんであったのか」(『現代思想2005.vol33-12』青土社)より

◆要約(p200上段l16~p202下段l21)

3 空間の共有と非暴力直接行動(p200上段l16~p202下段l21)
 結局、8月4日、石垣問題をめぐる説明会で、大学側は原案を撤回し、石垣カフェが提示した修正案をもととする計画変更を確約し、石垣カフェ側は、8月16日までにカフェ等の建造物を撤去するという合意に到達したのであるが、この成果からすれば、カフェのそもそもの目的は達せられたと言える。これだけでも、石垣カフェは特筆に価する。しかしながら、さらに石垣カフェのもう一つの側面、すなわち、開かれた空間としての側面を論じておかなければならない。
 石垣カフェは、石垣上に組まれたヤグラをベースとする。5畳の広さで、二つの部屋に分かれている。狭いはずが、なぜか広く感じられる。これが石垣にかけられた梯子を介して、歩道とつながっている。そこで、学生有志が店員となって、お茶を入れ、客相手に話をする。このようにして、様々な人が、初対面同士であってもちゃぶ台を介してお茶を飲みつつ談笑するのである。石垣問題に関する議論を始め、様々に会話していくうちに、幾度もそこを訪れる常連客が次第に増え、しかも客同士顔見知りになる。また、そこが様々に活用可能であることが発見され、このポテンシャルが媒介となって、さらに関係が広がっていく。
 たとえば、ハート=ネグリによれば、マルチチュードは、一体性や同一性に依拠することのない様々な人の集まりであるが、しかしながら、雑然と集まるだけの群衆でもなく、まさしく何かを共有するところに成り立つ集合体であり、さらにこの共有なるものが土台となって、言葉、情報、感情のやりとりが可能になる。石垣カフェの店員、あるいは客の多くが共有したのは、多くの人と関わっていくスキルであった。石垣カフェが一応の目的達成まで存続したのは、ここに形成された共有物としてのスキルが多くの人を繋いでいたからだ、と考えることができる。
ところで、石垣カフェは対外的には、なにかを無理して主張することよりもむしろ、来た人にコーヒーを出し、簡単な説明を聞いてもらい、など、平凡な、受動的な営みが重視された。重要なのは、店員がそこに、客と共に居続けることであった。確かに、石垣の上にカフェが出現し、そこで人が談笑するというのは突拍子のない事態である。だからといって、そこで行われるのは、平凡な無償労働であり、また、気さくな会話でしかない。日々の平凡な積み重ねが石垣カフェの原動力だった。つまり、石垣カフェの、運動体としての、独自性は、このような日常の営みと、先に触れた関係性の結合に求められるべきであろう。
 ところで、この実践の意味については、向井孝の非暴力に関する考察を参照することで、より明らかになる。向井によれば、直接行動は、第一に必要なものをつくり、そのために働くことである。石垣カフェは大学キャンパスの浄化に抗して、おもしろさを求めていこうとするものが勝手に作った空間だった。もちろんそこに来た人の多くは大学の事情を知らないが、社会で広まりつつある倦怠感に抗するなにかを感じ、それゆえに来てしまったのだろう。
 このような生産し、享受するという日常的営みは、向井によれば非暴力的である。「つまり、何事もないという状況でしかなく、意識しない限り、あるかないかもわからない。だから『これが非暴力だ』とは誰も気付かない」これが、直接行動と結びつき、可視化されることで「ちからとして私たちの前にあらわれる」。石垣カフェは、ここで言う非暴力としての力を可視化して、抵抗力へと転化していく実践であった。突拍子も無い形態と、平凡だが、着実な活動との結びつきが、強烈な力になる。このことが、石垣カフェが残した教訓の最たるものではないか。

◆考察

 前回、石垣カフェにおける批判的側面を考察した。法政大学にも見られる通り、至るところに、均質化する空間が溢れている中、石垣カフェとは、古くなることを宿命付けられている「新奇」なオープンスペースに対抗する反空間として、存在するものであるとの内容であった。今回は、「石垣カフェのもう一つの側面、すなわち、開かれた空間としての側面」を論じる部分である。
 本論では、石垣カフェは、「ここでいう非暴力としてのちからを可視化して、抵抗力へと結び付ける実践であった、とする。石垣カフェの運営は、カフェの運営と同様にして行われ、そこに集まる人間と、交流することに重きを置かれた。ある程度、石垣カフェの政治的目的から、距離を取り、石垣カフェを一つの空間として、在らしめたことが、石垣カフェの独自性であるといえよう。石垣カフェでは、日常生活を営む行為がちからとして、抵抗力に転化する。

◆補遺

当該団体の一人が書いた文章『石垣カフェ――遊戯的実践の空間』の後半部を参考までに記す。詳細は、当該団体のHP等で参照することを勧める。この補遺では、簡単に要約し、補遺を終える。
筆者の笠木氏によると、石垣カフェの開かれた空間としての側面とは、「外部の目的性には従属せず、一定の独立を保って」おり、それゆえ、「まっとうな社会生活のために必要不可欠な時間意識を脱ぎ捨てる」ことのできる空間として、石垣カフェはあったという。また、外部の目的性から独立し、唯一自足することを目的性として持つという意味で、石垣カフェは「遊び」の空間であったといえる。
この小論文によると、石垣カフェは目的性を否定するところに、大学案であるオープンスペースへの批判であり得た。
ちなみに、大学と交渉していたのは、石垣カフェとは別組織であることが注釈によって、明らかとなっている。

文責 ズートロ

言論弾圧(検閲&回収&責任者の処分&発禁)された世論研の大学批判記事4

 2008-08-26
理事会の先兵、学生(弾圧)部
 
 ちなみに理事会の手となり足となり、学生に規制をかけ、弾圧を行う部署があるので紹介したい。「学生部」である。大学当局の学生担当部署であり、学生からすれば大学の窓口である。学内外の生活一般に関する質問からアルバイトの斡旋まで幅広く学生に「サービス」を提供する部署として、ほぼ全学生が利用しているであろう場所だ。で、この学生部の実態はというと、さながら学生「弾圧」部と呼ぶに等しい有様である。前述した藤村准教授が副学生部長を務めているのだから当然と言えば当然だ。反抗する学生には容赦なく牙をむき、時には聖職者とは思えぬ「暴言」を吐き、暴力を振るい、一般学生にまで睨みをきかす。どうも最近では、学生全般に対して「悪態」をついているようで、巷であまり良い噂を聞かない。ネット上の「法政ちゃんねる」や「ミクシィ」でも苦情が殺到している模様だ。もちろん当会も学生部の被害者である、というか当局に反抗するサークルなので「弾圧の対象」という表現が適当であろう。当会の受けた弾圧を紹介しながら、学生部のメンバーを列挙していきたい。
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まず最初は、学生部の「ボス」であり反抗学生の宿敵である「安東祐希」(あんどう ゆうき)学生部長を紹介しよう(写真は前貢に掲載)。肩書きは数学博士、文学部哲学科で言語論理学のゼミを持つ。東京工業大を卒業した後、筑波大学大学院で博士課程を修了、日本数学会に所属し法大には平成3年から籍を置く。体格がよく、その巨体ゆえか常に学生弾圧の先頭に立ち、抗議する学生を黙々と排除する。理系出身のため数式しか理解できないのだろう、学識豊かな「教授」とは思えぬ汚い言葉を吐くようだ。言葉の使い方を学ぶべきだ。以前、当会も学生部長会見の場で安東先生の説明を聞いたがいまいち、言っている事が理解できなかった。理屈っぽいというより、極端な話し下手である。言いたいことが全く判らないのだ。そんな安東教授率いる学生部は、史上稀にみる長期政権を記録中。こんなにも学生弾圧が得意で次々に逮捕者を出す学生部長以下、幹部職員は間違いなく出世することだろう。学生の将来を奪ってスピード出世?世も末だ。
浅見

次に紹介するのは、学生部事務次長の浅見信一(あさみ しんいち)である。肩書き通りの幹部であり、学生部では安東、藤村両氏と並んで奥の方にデスクを構えている。学生生活ハンドブック等当局広報から当会の名前が削除されている件について、当会の三役が抗議に出向いた際、この男はニヤニヤと笑みを浮かべながらミスを認めず、謝罪の言葉も口にしなかった。挙げ句の果てに「訂正」の「て」の字も言おうとしない。浅見次長の説明によれば、05年度の当会の決算書等重要書類が未提出になっているのが原因で、それによって顧問の存在が確認できないから名前を削除した、らしい。確かに、当会担当者の怠慢で重要書類を05年度については提出していなかった。しかし、当会の顧問はそれ以前も現在も変わりなく存在し、顧問の氏名や所属についての資料は当然、学生部で保管してあるはずだ。それを使って独自に確認をすれば良いのではないだろうか。そもそも、それまでは名前を記載していたのだから削除する際はその旨を当会若しくは、所属団体に連絡するのが筋ではないだろうか。それに、確認もせず独断で「顧問は存在しない」と決めつけたのだから、顧問の教授に対する侮辱でもある。学生部の対応はあまりに稚拙で怠惰な、礼を欠くものであったと言わざるを得ない。だが、学生部の対応に憤りを感じつつも当会は懐疑的な見解も持ち合わせている。浅見次長の言った「書類の不備」に関してだが、当会と同じ「文化連盟」に属する「沖縄文化研究会」と「フランス文化研究会」の両団体の名前が、学生生活ハンドブックには記載されているのだ。この二団体は活動実態がなく、書類もないため06年度の文化連盟後期総会にて除名が決定した団体である。当会と同じく、「書類が不備」であるはずのこの二団体がなぜ、ハンドブックに掲載されているのだろうか。他にも、ハンドブックには「顧問欄」が空白になっている団体の名前が堂々と掲載されている。つまり「書類が不備」で「顧問がいない」団体だから名前を削除した、というのはまったくのデタラメなのである。恐らくは、当会が当局に対し反抗的な態度を示しているため、制裁を加えたのだろう。つまり「弾圧」である。通常なら、学生部に対し抗議文を提出するところだが、懐が深く、お人好しな当会は敢えて「質問状」という形式にして文書を提出する予定だ。学生部からの回答は次号の『蒼氓』紙面にきちんと掲載するので読者諸氏は見逃すな。とにもかくにも学生部の、浅見次長の今回の対応はあまりに不愉快で、非常識で、無礼なものであった。出版物にミスがあれば経緯がどうであれ、「訂正」をするのが「常識」であろう。例えそれが企業であっても、「学校法人」であってもだ。その上で謝罪をするのが社会のルールではないのだろうか。残念ながら浅見次長はこの最低限の約束事も理解できていないらしい。あるいは、ボケが進行しているのだろうか。見たところかなりお年を召していたように思う。当会としては、質問状への誠意ある回答をお待ちしています。ニヤニヤ笑いながら作成しても結構ですので、きちんと回答してくださいな。
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 続いて紹介するのは、学生部職員の百瀬豊(ももせ ゆたか)と猪脇和夫(いのわき かずお)両氏である。まず百瀬氏についてだが、この男はかなりの変わり者らしく、奇行や奇怪な言動の報告が多数寄せられている。つい先日も、キャンパス中央の広場でブルーシートを広げ読書会を開催していた哲学研究会が、「通行の邪魔」だからと撤去を指示されたらしい。指示したのは百瀬氏なのだが、当時キャンパスは閑散としていて殆ど学生の姿はなかったそうだ。にも関わらず、「邪魔である」との「通報」があったとして、百瀬氏は同研究会の読書会を無理矢理中止させたそうだ。果たして学生部に通報する学生など存在するのか甚だ疑問だが、百瀬氏の発想では人間が殆どいないキャンパスで読書会をすると「通行の邪魔」になるらしい。他にも、ヘリオスで読書会を主催していた当会の会員を「双眼鏡」で監視するといった「不審」な行動も行っている。「読書会」が相当お嫌いなようだ。仲間はずれにでもされた過去をお持ちなのか。理解に苦しむ男なのだが、もっと強烈なネタもお持ちである。3・14弾圧に絡んだ抗議をしていた学生たちが、学生部窓口に殺到した際、学生と目が合った百瀬氏が「業務妨害だ」と叫んだらしい。コントみたいな話なのだが、彼は真剣な顔だったそうだ。単なる「バカ」で片付けるのは惜しい男である。しかし、好意的に評価をする義理もない。難しいところだが、とりあえず双眼鏡の件に関してはそれ相応の対応を取らせて頂くとする。読者諸氏も、リアルスーパーマリオ百瀬豊には注意しろ。くれぐれも目を合わせないように。
猪脇
 
 次は同じく学生部職員である猪脇和夫氏について説明したい。この男の第一印象は「地味で目立たない」だ。前述した百瀬氏と違い目立った特徴もないので容姿は説明しにくいが、いつも安東学生部長や藤村副学生部長に付いてまわる「子分」的存在である。よくビデオカメラを手にしているので撮影担当なのかも知れない。安っぽいメガネに地味なファッション、どこにでも居そうなおっさんタイプなのでカメラを手にした姿はまるで「盗撮犯」のようだ。実は女子大生を撮っていたりして。こんな具合に何かとバカにしやすいキャラではあるが、弱い者には強く出る「卑怯者」の一面も持っている。3・14弾圧で不当逮捕された上に不当に処分を加えられた法学部のT君(停学処分に続き退学処分を下され現在は学籍はない)が学内を一人で歩いていた際、「何だ!」と大声で怒鳴りつけたというのだ。このT君は3月14日当時、学生証を提示したにも関わらず「建造物不法侵入罪」で逮捕された被害者である。不当逮捕の中でも極めて悪質な罪状で拘束された善良なる犠牲者である。そんな彼に対し、法学部教授会は「停学」処分や「自宅謹慎」処分を加えたあげく、「退学」処分を下したのだ。不当に逮捕され、不当な処分を受け、意気消沈しているT君に対し大声で威嚇するとは卑劣極まりない男である。他にも、不当逮捕弾劾の署名活動及び被害者の名誉回復運動を展開していた全学連の学生に対し、活動を妨害する等の行為を日常的に行っているらしい。もちろん、同僚と複数人で。最近の猪脇氏の動向としては、つい先日の「凶器を捨てろ」発言を紹介しておく。ある大教室で演説をしていた全学連の学生を排除しようとした猪脇氏と他の学生部職員が彼らとつかみ合いになり、その際猪脇氏が学生の持っていたボールペンで手の甲を負傷した(触れた程度)ようで、大声で「いてえ!」「何するんだ!凶器を捨てろ!」と叫んだらしい。この件については大教室だけに目撃者は多く、かなり信憑性がある情報と考えられる。ボールペンを凶器と表すこの男には、前述した百瀬氏と近いものを感じずにはいられない。

学内を堂々と闊歩する公安警察 

 現在市ヶ谷キャンパスでは、公安警察による「警備公安活動」が堂々と実施されている。そもそも、公安警察とは何か。簡単に説明したい。国体護持を主な任務とし、テロや大規模暴動・蜂起を未然に防ぐため反体制勢力や宗教団体を日常的に監視し、必要とあらば逮捕権を行使する警察組織の捜査部門の総称である。一般に公安警察と呼ばれるのは、「警察庁警備局」の指揮統制下で右の任務に従事する地方警察本部の警備部の捜査員及び、警視庁公安部の警察官である。同じ分類として、「交通警察」は全国警察本部の交通機動隊や交通課の捜査員を指し示し、「刑事警察」は全国警察本部の刑事課の捜査員と警視庁捜査一課等の捜査員を指す呼称である。ちなみに、「公安警察」(略して公安)と似たような名称の組織で「公安調査庁」や「公安委員会」があるが前者は「公安庁」と略し、公安警察とは別の組織であり逮捕権すら与えられていない。後者は国や地方自治体に存在する警察を監督する「行政機関」であり、全くの別物である。市ヶ谷キャンパス正門前で毎日、張り込みをしているのは警視庁公安部の捜査員である。読者諸氏も品川ナンバーのセダンに乗った背広姿のおじさんを見かけたことがあるだろう。時には外堀公園にたむろしてメモを取っていたりする。キャンパスで大規模な集会等がある際には大挙して押し寄せるこのスーツの男たちが公安警察官である。
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そもそも公安警察は戦前の「特別高等警察」の後身と考えて良い。つまりは看板の掛け替えである。特高ほどの非道さは無いにしろ、監視対象は相変わらず「共産主義者」であり、現在でも「日本共産党」は監視下に置かれている。現代では「治安維持法」がないため、政治犯として逮捕することも、処罰することもできない。そのためにしばしば「転び公妨」なる強引な逮捕手法や、「公園のゴミ箱を蹴ったことによる器物損壊」など、因縁に近い別件逮捕によって対象の身柄を確保する事がある。これらはほぼ、公安の常套手段と言って良い。ダーティーなイメージがつきまとう公安だが、警察内部では花形部署として何かと優遇されるそうだ。キャリア、ノンキャリア問わず警察組織の上層部には公安部出身者が多い。強盗殺人や万引き等のちっぽけな市民犯罪と違いテロ対策等、国家規模で活動する公安は確かに警察のエリート部門のようにも見える。だが実態は、上層部や幹部に公安出身者が多いのは9時5時勤務で緊急出動もないため、試験勉強に集中できるからであり、オウム真理教(現アーレフ)による地下鉄サリン事件が起きるまで宗教団体に関しては全くのノーマークだった事実を考慮すれば、エリートと呼ぶには少々いやかなりの難がある。地位役職を誇るわりには能力がない、このような人種は公務員に特に多く見られる。つまるところ、単なる偏差値エリートの集まりに過ぎないのである。ちなみにかの有名なカルト教団、「創価学会」も実は公安の監視対象だったのだが、公明党が政権党となった現在は監視対象から外されている。1973年の金大中事件についても公安は、KCIAによる金大中元韓国大統領拉致を見て見ぬ振りした前科がある。つまり、公安は「政治に左右されやすい」体質を持っているのである。輝かしいのは看板だけで、能力もなければ意欲もなくお上の言うがままのこの組織のどこがエリートなのだろうか。一介の学徒に過ぎぬ記者には未だ納得できない世相の一つである。国体護持を標榜するのなら、キャンパスで白眼視されながら演説する程度の活動家よりも、豊富な資金と人材で政財界に食い込む宗教団体に目を光らすのが筋ではないのだろうか。過激派を擁護するわけではないが率直にそう思うのである。


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安東祐希(あんどう ゆうき)教授(42歳)。所属は哲学科で専門は数学。学歴は東京工業大卒→筑波大学大学院で数学博士。清成総長時代に廃止になった第一教養部の人間で児玉幸治ら理事会が裏で糸を引いた教授会切り崩し策動の先兵を務める。理事会の権力を拡大するために児玉ら一派は教授会の弱体化を計画、廃止になり路頭に迷った教養部の人間を抱き込んで配下とした。教養部出身者が一連の政治弾圧に加担しているのはこの為。安東は学者としては無能で、教授昇進は学生部長拝命によるもの。
浅見
浅見信一(あさみ しんいち)、現在は学生センター事務部長。学生生活ハンドブックの件について、後日改めて問いつめた際に浅見は「回答する必要なし」と答えた。2007年4月27日、暴行をでっち上げられ不当逮捕された友部氏に対し「舐めるなよ」などと言って関節技をかけるなど、常に弾圧の前面に出て活躍する外道職員である。
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百瀬豊(ももせ ゆたか)は現在は小金井キャンパスの某所で経理を担当している。市ヶ谷キャンパスで第二学生課長をしていた百瀬は課長なのに部下がおらず、また無能で有名であった。314弾圧以降、積極的に前に出て弾圧をする姿が理事会に評価され、めでたく小金井に栄転したのである。法政大学は政治弾圧や迫害に精を出す人間をとても重宝する特色があり、例えば「この糞女!」が口癖のジャージ部隊、勝又秀雄は将来の理事候補のようだ。安東に至っては、あれだけの大活躍をしたのだから相当な地位が保証されているはず。
いのわき (2)
猪脇和夫(いのわき かずお)は言わずと知れた外道職員。ブログでも数回特集を組んだこの外道は最近は弾圧の現場には姿を見せず、影に隠れている。2007年4月27日、10数名の公安刑事に踏みつけにされ著しい人権侵害を受けた友部氏に対し「お前は悪いやつだ!」「お前は狂ってる」と繰り返し叫び、恩田君の後輩に「お前は恩田と付き合っているからダメだ」と吐き捨て、齋藤君の友人に「あいつとは関わるな」と囁いたこの猪脇和夫は今も尚、我々の学費から給料を貰っている。

学祭に招聘するのはこのお方だ

 2008-08-23
夏休みにも拘らず、毎日毎日文連ブログをチェックしている革命的読者諸賢よ!!文化連盟を心の底から憎んでいるにも拘わらず、もはや「お気に入り」に登録してしまい、気づかぬうちにカーソルを合わせてしまっている、侘しく寂しい同胞たちよ!!文化連盟を心に掛ける全ての人民よ!!

我らが法大OB松本哉氏のインタビューを聞きたまえ。
天翔ける松本氏の「スタイル」は諸君の余りにボンヨウな常識的思考に爆撃を加えるだろう。雲居路を突き抜ける松本氏の「リア充」振りは諸君の陳腐な小市民的人生観に雷撃を加えるだろう。

愛と冒険の男、松本哉にカツ目せよ!!ネロとパトラッシュ振りの昇天は必至だぞよ!!


G8MediaNetwork TV(動画インタビュー)
http://tv.g8medianetwork.org/?q=ja/node/100

松本哉オフィシャルウェブサイト
http://hajime.dotera.net/

素人の乱HP
http://trio4.nobody.jp/keita/

松本哉高円寺一揆


ノーパンしゃぶしゃぶ常連客の元通産省事務次官さん

 2008-08-23
法大生諸君!今日は文化連盟から諸君へとっておきのネタをお披露目しようじゃないか!

夏休みで授業は休講、普段は昼休みに文化連盟のドンチャン騒ぎを見られたのにこの長期休暇のせいで暇を持て余している学徒が大半であろう。

文化連盟はそんな夏休みを充実させられない気の毒な諸君のためにとっておきのネタを見つけてきたぞ!さあ集まった集まった!




まずはこれを見て欲しい。
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この男の名は児玉幸治(こだま ゆきはる)
東大法学部卒の元通商産業省事務次官であり、現法政大学第三者評価委員会の委員長である。

第三者評価委員会とは何か、それはかつて法大総長の座に君臨した清成忠男(きよなり ただお)が創設した法政大学を第三者の視点で評価する、という建前のはっきり言って存在価値のない組織である。
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経営学部上がりという異色のキャリアを持つ清成は総長就任時、何が何でも結果を残し、権威を確立する必要性に迫られた。折しも当時は、政府による「大学評価」が開始された時期で、清成は第三者評価委員会なる組織を立ち上げそのトップに元通産省事務次官の児玉幸治その人を招聘したのだ。この官僚国家の日本にあって、事務次官は文字通りトップ、官僚界の頂点であり各省庁の天皇たる地位である。東大法学部を出て国一に受かっても、事務次官にまで上り詰めることができるのはほんの一握り。それも実力と運気を兼ね備えた猛者でなければ未到の地位なのだ。そんな、いわば国家の内情を知り尽くした人間を招聘したのは偏に、政府による大学評価制度が為だ。この制度は、政府の評価が良好な大学には助成金をたんまりあげよう、というシステム。当然、多くの大学が好印象を得ようと躍起になる。そんな時勢の中で清成は元事務次官の呼び寄せを考えついたのだった。

単刀直入に結論を言ってしまえば、全ての黒幕はこの児玉幸治とその一派、つまり国策派なのである。詳しいことは我らが法大統一OB会ブログの過去ログhttp://www.minimal-global.net/united_ob/2006/07/post_20.htmlのシリーズに書いてあるから詳述はしないが、この児玉を筆頭とした国家の先兵たちが法大を魔の巣に変え、安東や藤村といった狂気の沙汰を生み出したのだ。この悪の巨魁、児玉幸治は今も尚、法大の第三者評価委員会委員長のイスに座っているのだ。


前振りはこの程度でおしまいにするとして、さて、本題に入ろう。

この元通産省事務次官で現法大第三者評価委員会委員長の児玉幸治さんはノーパンしゃぶしゃぶ「楼蘭」というお店の常連客なのだ!

繰り返す。

児玉幸治(こだま ゆきはる)元通産省事務次官で現法大第三者評価委員会委員長はノーパンしゃぶしゃぶの常連。
児玉幸治(こだま ゆきはる)元通産省事務次官で現法大第三者評価委員会委員長はノーパンしゃぶしゃぶの常連。
児玉幸治(こだま ゆきはる)元通産省事務次官で現法大第三者評価委員会委員長はノーパンしゃぶしゃぶの常連。
児玉幸治(こだま ゆきはる)元通産省事務次官で現法大第三者評価委員会委員長はノーパンしゃぶしゃぶの常連。
児玉幸治(こだま ゆきはる)元通産省事務次官で現法大第三者評価委員会委員長はノーパンしゃぶしゃぶの常連。

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児玉幸治(こだま ゆきはる)元通産省事務次官で現法大第三者評価委員会委員長はノーパンしゃぶしゃぶの常連。

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児玉幸治(こだま ゆきはる)元通産省事務次官で現法大第三者評価委員会委員長はノーパンしゃぶしゃぶの常連。

法大生諸君!諸君が毎年120万円超の学費を納めるこの大学を評価しているのはノーパンしゃぶしゃぶの常連客なのだよ。

警察権力を日常的に導入し、学府の権威を貶めている今の法政を作り出したのは、女の股間を眺めながらしゃぶしゃぶを食らっている男なのだよ。

何を隠そう、顧客名簿に名前が載っているんだから。

ちなみにこの楼蘭というお店、顧客名簿には元日銀副総裁の福井俊彦を筆頭に各省庁の課長クラスまで目白押しです。国家の中枢を浸食するノーパンしゃぶしゃぶ、恐るべし。



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児玉幸治(こだま ゆきはる)第三者評価委員会委員長さん、今日もノーパンしゃぶしゃぶ行ったんですか?w

麻布十番納涼祭のご案内

 2008-08-23
昨日の8月22日金曜日から24日の日曜日まで、都営大江戸線麻布十番駅最寄りの一の橋公園にて麻布十番納涼祭が開催されています。時間帯は15時から21時まで。

藪から棒に何を言い出すのかと驚きの向きはご容赦あれ。

何を隠そう、文化連盟からガンジー齋藤こと齋藤郁真委員長と副委員長の恩田が屋台を出しているのだ!

というのも、納涼祭り関係者である旧二文連の二部新聞学会OBから要請を受け、この度参戦する運びとなったのだ。つまるところ、バイトです。

ちなみに何故か文連の二人はスウェーデン料理を作って売っています。縁もゆかりもないスウェーデンの宣伝をひたすらしています。食ったこともない料理を何食わぬ顔で「伝統料理でーす!」などと売りさばき、飲んだこともないジュースを「スウェーデンでは常識ですよ!」とばらまいています。恩田曰く「これはスカンジナビアの民との国際連帯だ!」。

つまらない冗談はさておき、遙々足を運んでくれた法大関係者には無料で飯とドリンクをサービスいたします。たまたま遭遇した友人の女性に、恩田は気前よく料理を提供していましたのでご心配なく。

詳しい会場案内図はこちらを。スウェーデン国旗の所です。
地上の楽園スウェーデンの旗を知らない人は来ないでください。
http://www.azabujuban.or.jp/event/kokusai.html


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三人とも21歳大学生なんだな。

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言論弾圧(検閲&回収&責任者の処分&発禁)された世論研の大学批判記事3

 2008-08-23
 法政一高跡地を巡り周辺住民とトラブル

 同じく一高がらみの話題になるが、これは是非とも、読者諸氏には一読願いたい記事である。言うなれば「トップ」記事だ。法政一高は今年から、法政大学第一中学と合併し、「法政大学中学高等学校」として新天地にて幸先の良いスタートを切った、と言いたいところだが実はそうでもない。「立つ鳥跡を濁さず」ならぬ「立つ鳥跡を濁す」とでも言おうか。ことの顛末はこうだ。旧一高、一中の跡地を周辺住民と充分な話し合いを行わずに独断的にマンション業者に高値で売り渡したのである。
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旧一高は、吉祥寺の住宅街にあり、周辺は「第1種低層住宅専用地域」となっている。法政の敷地には一高、一中といった「学校」があったため「第1種中高層住宅専用地域」指定となっており、マンション業者に売り渡しても法律的には「違法」ではないものの、周囲が「低層住宅」地域なのだから当然、周辺住民の了解を得るのが筋だろう。そうでなくとも、60年の長きに渡り近所付き合いをしてきた周辺住民に対して、他人行儀な態度をとるのは情義に悖ることこの上ない。一切の説明も相談もなく、業者に売り渡したのが天下の学校法人法政大学とは、世も末だ。これを「金儲け」と言わずして何と言う。人間恩を忘れたらおしまいだ。平林総長以下理事会は恥を知るべし。当会は、このような人物を総長に仰ぐ我らの不幸を嘆く。

法政史に残る大事件、3・14弾圧
 
これまでは対外的な視点で改革を見てきたが、ここからは学内に目を移す。学内で行われている「改革」は「弾圧」であり、法政大学史に残る汚点であり、法政の名を地に落とす反逆的大罪である。そのA級戦犯は平林千牧総長だ。
 2006年3月14日、大学当局の一方的な「ビラ・立て看板設置禁止」の規制に反対した学生29人が逮捕される。経緯を説明する。3月初め、大学当局が一方的に規制を発表する。これに対し、法大の学生有志と全学連(全日本学生自治会総連合:中核派系)の所属学生らが13日、14日に連続で抗議集会、抗議デモを実施する。法大はかねてからの中核派系全学連の拠点校であり、その関係で全学連がこの抗議集会を主催し、法政の一般学生がそれに参加した、というのが実状である。ところが、14日のデモ終了直後に200人を越える警視庁公安部の捜査員がキャンパスに雪崩れ込み、29名の学生を「不当」逮捕したのだ。逮捕容疑は「威力業務妨害」、「建造物不法侵入」とあるがデタラメである。拡声器で抗議を叫んだだけで威力業務妨害とされ、学生証を提示して学内に入ったにもかかわらず不法侵入で検挙されたのだ。法政史上空前の言論弾圧である。大学当局は事前に警察と打ち合わせていたのであり、仕組まれた「逮捕劇」であった。
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この事件を契機に、その後今日に至るまで弾劾運動が続けられ、その間にも数名が同じような罪状で不当逮捕され、2006年だけで逮捕者はのべ40人に及んだ。今日に至るまでの一連の経過を推察し、ここで特筆しておきたいのは大学当局による3・14弾圧の「政治利用」である。3・14以降も、29名の逮捕を弾劾し、当局に抗議する運動をしていた全学連の学生らが何度も「不法侵入」や「威力業務妨害」で逮捕される中、大学当局は「ビラ貼り、置きビラ一切禁止」の規制を打ち出した。さらに彼らを孤立させる目的で意味不明な「不審者に気を付けろ」放送を休み時間に大音量で流したり、その旨の看板や掲示物を学内に乱発しまくる。前述した学生ラウンジ「アネモス」が消えたのもこの頃である。弾圧と平行して規制を強化した真意は、学生の締め付けであろう。つまり、全学連やその支持者たちは「見せしめ」として政治利用されたのだ。追い打ちをかけるように文学部教授会は、3・14弾圧で逮捕された法大生(文学部)3名に対し「退学処分」を決定した。法学部教授会も、同じく弾圧時に逮捕された法大生(法学部)2名に対しての処分を検討するようになり、ますます「見せしめ」色は強まった。大学に反抗すると退学になる、といった空気がキャンパスに蔓延し、最高学府は異様な空間に変化する。この文学部の退学処分については、充分な時間をかけずに早急に処分が下ったこと、未来ある学生の人生を「逮捕」の事実をもって退学とした事などから当会は強く抗議すると同時に教授らを軽蔑する。ちなみにこの3学生は不起訴処分になっており、即ち「無罪」だった。にもかかわらず、「逮捕」の事実を持って処分するという教授会の横暴は目に余る。「学者」を名乗る人間のすることだろうか。法学部教授会も最終的には処分を下した。「法律学者」だから無罪の人間を処分することに葛藤が生じたのだろう、何度となく教授会は結論を出せずに時間を浪費したが最後には「退学処分」と「無期停学処分」を2学生に下した。よって彼らも文学部の教授たちと同類である。学の研究者を名乗る資格などないし、「法学者」を標榜するなんてもってのほかだ。真理に目を閉ざして尚、「学の探求」を志すのなら偽善もいいところ、悪の権化ではないか。

「相互休講廃止」決定と「暴行」でっち上げ逮捕
 
法政大学には「相互休講措置」というものがある。本誌の別項の「世論研、かく戦えり 多摩地区急襲作戦」と重複してしまうが、敢えて記述したい。今から約30年前、都内で学生が多すぎる大学は旧文部省の指導で、郊外へ移転を強いられた。代表例が中央大学である。法政も全学部を町田へ移転させる計画だったのだが学生が猛反発し、反対運動が数年に及び展開され、結果的に一部の学部だけが移転することになった。現在の「多摩キャンパス」の社会学部と経済学部である。いわば「時代」によって引き裂かれた法大生は、「全学性」を叫んで数年越しの学生運動を展開し、お互いが同じ法大生であることを確かめ合うため、「学園祭」を共に創り上げるべく「相互休講措置」というものを大学当局に要求し、勝ち取ったのである。これは、多摩地区法政祭の時は市ヶ谷の学部が全て休講になり、市ヶ谷法政祭の日程中は多摩が全学部休講になる、相互参加を可能にする「学生間の友情」が生んだ血と涙の結晶なのである。これによって法大生は市ヶ谷と多摩で学祭を通し「文化」を創り上げてきた。しかし、長年この相互休講をいかがわしく思っていた大学当局は、昨今の学生の無関心ぶりをチャンスとばかりに攻勢に出たのだ。折しも、3・14弾圧という格好の「教材」があったために「統制」はスムーズに進む。だが、いくら反抗する学生を警察と組んで「逮捕」し、「処分」しても噛みつくしぶとい輩は必ずいるものだ。かつて左翼の巣窟と揶揄され、激しい学生運動を展開した法政だから、残党もいれば精神を受け継ぐ土壌も豊かだ。市ヶ谷に存在する3本部団体(文化連盟、第二文化連盟、学生団体連合)といった学生団体は当局の規制に対しひるまず抗議文を出したり、学生部長会見を要求したりと、水面下で抵抗していた。だが、そんな抵抗勢力も全体のほんの一部に過ぎない。しかも年々弱体化してきている。一発、威嚇射撃をすれば逃げ出すだろうと、大学当局は史上空前の暴挙に出る。学内でビラまきをしていた3・14弾圧の被処分者や、その支援者らを「でっち上げ」で逮捕したのだ。容疑は「暴行」とあるが、デタラメで触れてもいなければすれ違ってもいない。ビラをまく学生の遥か遠くで突然、警備員(公安刑事)が転び、暴行されたと訴えたのだ。するといつの間にか張り込んでいた刑事たちが飛んできて学生は「逮捕」されたのだ。記者は正直、ここまでするのかと恐怖を覚えた。同時に「法治国家」でかような悪行がまかり通るのかと憤りを覚えた。ちなみに、この自称「被害者」の男は警備会社の人間になりすました警視庁公安部の捜査員であると思われる。この「でっち上げ」暴行事件の直後、駆けつけた刑事たちに指示を出していたためである。警備員ならあり得ないことだ。
 事実を知らない読者には、にわかには信じ難いだろうが本当にあった事実である。「無実」の人間が逮捕されたのであり、それまで頑なに抵抗していた各学生団体にも動揺が生じ始めた。各団体の舵取りをする立場にある「執行委員」でさえも意見が割れ、さながら内部分裂の様相を呈した。また、卑劣にも大学当局は、抵抗する学生に「揺さぶり」までかけてきた。

「これは戦争なんだ」「奴らと手を切れ」。単位を盾に副学生部長藤村が学生を揺さぶる
 
文学部日本文学科の准教授であり、学生部の副学生部長である藤村耕治(ふじむら こうじ)(四一歳)は、大学当局に対し批判的な態度を示し、組織的な抵抗運動を画策していた「M」君を授業後、教授室に呼びだし「奴らと手を切れ」、「このことは彼らに言うな」などと業界用語で言うところの「転向」を促したという。
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教授室といういわば、「密室」空間であったことを考慮すれば「脅迫」とも取れるし、実際に藤村副学生部長は「単位」をちらつかせ、「これは戦争なんだ」と発言したそうだ。こんなバカが教鞭を執っている事実も驚きだが、藤村副学生部長の発言は事態が「政治ごっこ」の領域を越えているということの証明でもあり、一連の「不当逮捕」「処分」等の弾圧における当局側の緊張度を測る重要な参考資料となりうるから、結果的に「M」君のお手柄である。当然の事ながら、M君は藤村副学生部長の揺さぶりに動じることはなかった。しかし、このような「後方攪乱」的な攻撃は学内のいたるところで、多くの教員によって行われているのが現状である。残念ながら当会が持っている「揺さぶり」の確たる情報は、M君の事例のみだが、最近になって前述した学生団体の執行委員や加盟サークル員の中に当局よりの言動を発したり、果ては行動を起こしたりする者まで現れている。以前から「スパイ」として疑われていた人物以外に、このような動きが見られるのは異例なことであるし、危険な症状であると言わざるを得ない。学生団体によっては、当局の「犬」となった勢力が猛威をふるい、周囲にまで影響を及ぼしている団体もある。また、「スパイ」疑惑のある人物が、最近の当局優勢の時流に気分を良くしたのか、学生部の主張そのまんまをスピーカーのように垂れ流すという失態を演じた(ボロを出した、が適当か)事例も報告されている。これらの背景に教員による「揺さぶり」や「抱き込み」があることは容易に想像できるだろう。特に目立った反抗もせず、サークルにも所属していないといった「一般学生」や「無関心学生」に対しても、授業中の無駄話や話題で「あいつらはバカだ」とか「関わってはいけないよ」と教員が一言告げればそれだけでも充分な効果が期待できるものだ。最近の学生劣勢の背景にはこうした「戦術的」、「方法論的」な要因があると言える。



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※文学部日本文学科准教授の藤村耕治(現在42歳)の代表的な言辞として「こんな問題、バカでもチョンでも分かる!」などがある。そもそも、言い出すとキリがない。
藤村は2007年4月27日の新井・友部両名でっち上げ逮捕時に、新井君に対し胸ぐらを掴み凄んだという。以下はその時の写真。
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このさえない中年男は権力と時流の後押しで強く生まれ変わるらしく、教え子の立場からすると羞恥心をかき立てられる次第だ。

言論弾圧(検閲&回収&責任者の処分&発禁)された世論研の大学批判記事2

 2008-08-21
学生会館が大嫌いだった平林総長 
 法政大学には昔、学生会館という建物が存在した。正門を入って右にボアソナードタワー、左に学生会館がそびえ立ち、これら二つの建造物は全く異質の景色を同時に醸し出していた。当会は、「創造」と「退廃」の見事な共演と命名し、その風景を楽しんでいた。2004年に学生会館は陥落してしまったが、学館の取り壊しこそ、平林総長の悲願であったと当会は解している。
 平林総長は学館を、とりわけサークル部室(BOX)を忌み嫌っていた。その理由としてまず、彼が元々多摩の教授であることが挙げられる。多摩は市ヶ谷に比べて、サークルへの規制が強い(今は五分五分)。よって多摩のサークルは発言力が比較的弱いし、活気もない(※10)。こうした情況を「正常」と思っていた事は想像に難くない。また、平林総長は多摩経済学部教授会の一員として、サークル施設構想を推進しようとして内容に反発を受け、凍結、妥協したという苦い経験がある。よって「自主管理」を標榜し、大学からの規制を一切はね除けていた学生会館に「偏見」を抱いていたと推測される。また、平林総長は学館内部を知る数少ない例外だった。学館は時折、ガサ(※11)があった。平林総長は施設担当理事時代、大学の立会い人として機動隊と共に学館に入ったことが幾度もあったのだ。この体験は彼に二つの感想を抱かせただろう。まず、「部室の有害性」。次に「苛立ち」である。機動隊と共に見た学館内部は彼の目にどう映ったか。ガサ中は学生を突然、全員退去させる。机上の資料、置きっぱなしの荷物、勿論、片付ける前の前日の飲み会のゴミやゲームなど、サークル活動と関係ないものもあっただろう。しかし、部室はサークル員がいてはじめて意義のある場所だ。突然、他人の部屋に入ってもどこに何があるか分からないのと同じように、部室の備品の数々は、サークル員がいて初めて、有機的な繋がりを持ち、意味を発揮する。主人のいない部屋の雑然さは、平林理事には実態以上に「荒れ果てた廃墟」としか映らなかっただろう事は容易に想像できる。しかも、ガサという異常事態の最中では心証が良いはずがない。次に彼が感じただろう苛立ちである。立会人だというのに何階にどのサークルがいるのか、という事すら判らない。警察に嫌味の一つも言われただろう。このことで「大学のトップたる自分が踏み込めない聖域など、あってはならない」という感情を抱いてもおかしくはない。「学館は非知性で非寛容」発言(※12)の真意はここにある。「非知性」とは、自分たち大学トップが必要ないと考える異物、「非寛容」というのは、別に一般学生に対してではなく、自分たち大学トップが干渉できないものに対する苛立ち、を示す。そしてこれらの感情が生んだものが市ヶ谷複合施設「外堀校舎」なのである。全館、全フロアに「監視カメラ」を備え付け、サークル用の会議室(部室ではない)は全室ガラス張りで入居するには大学当局の検閲を通過しなければならない。会議室でなくても全ての部屋がガラス張りで中が丸見え。学生を常に監視し、統制できるようにあらゆる限りを尽くした「刑務所」のような建物である。学館取り壊しの後、学館に代わる学生用施設を要求してきた学生と、二度と自主管理などという聖域を作らせまいとする平林総長以下大学当局との交渉の結果の産物である。意識の低い学生がまんまと当局の口車に乗せられたわけだ。交渉を見守ってきた学生諸氏ならお分かりだろう、我々の敗北である。つまり、言いたいのは平林総長という人間、そして大学当局は学生を無視し、軽視し、ともすれば蔑視しているという事だ。学生不在の「改革」を断行しているのである。

 外装重視の新学部、派手な見た目と裏腹に中は粗悪 
 今年堂々市ヶ谷に誕生した「デザイン工学部」。人気も上々で定員を上回る大人数が志願した模様。一期生を迎える準備は万全かと思いきや、なんとインフラ整備が間に合わず、当面の間新入生は付近のテナントの間借りで授業を受ける羽目に。これぞ学生不在の大学改革の極地だろう。さらに、このデザイン工学部の「人気」が思わぬ誤算を招く。文部科学省が定める「新学部設置の認可基準」というものがあり、各学部の平均入学者が定員の1,3倍未満でなければ新学部は設置できないとしている。これは、大学がむやみやたらに入学者を増やし、教育の「質」が低下することを防ぐためである。通常なら、直近4年間の平均値で判定されるのだが、デザイン工学部は新設学部のため今年度のみの平均が対象となった。さらにデザイン工学部は定員の280人を上回る383人が入学手続きをしたため1,37倍と、基準を超えてしまったのだ。そのため、大学側が2008年度の設置を目指していた「スポーツ健康学部」が一年間延期となった。朝日新聞はこの事実を「うれしい誤算」と題して報道、文部科学省も「開設予定まで一年を切っての延期はめったにない」と言う。これらの経緯から何をどう見るかは読者の自由だが、当会としてはデザイン工学部の失態、平林総長の人格等を考慮し、むやみやたらな学部乱発のツケ、と判断する。どうせまたテナントの間借りとか、考えていたんだろう。いつも尻拭いをさせられるのは末端の学生である。さらに言及すれば、2008年度に開設予定の「理工学部」だが、学科編成を見る限り、「理工」を名乗るのには無理があるだろう。既存の工学部と大した差はない。さらに、同じく2008年開設予定の「グローバル教養学部」であるが、正直、「またですか」と言いたくなる。国際カラー重視の学部は国際文化学部が既にあるではないか。つまり国際文化学部は「失敗作」だそうですよ。国際文化学部のみなさん。その他、文句を付けるとキリがないのでこの辺で止めにしておく。いずれにせよ、学部の乱発は「改革」とは呼べないし、作るなら環境も作れ、と言いたい。出資者である学生を舐めてるのか。最後に、直来る少子化、大学全入時代に備えた各大学の新設学部をここで一部だけ、紹介しておく。ネーミングセンスの悪さにびっくり。間抜けなのは法大だけじゃないようです。
明治大学「国際日本学部」、早稲田大学「創造理工学部」、「先進理工学部」。立教大学「異文化コミュニケーション学部」。駅前留学ですか。

人口過密の市ヶ谷、教室ばかりで学生のたまり場皆無の現実
 学生会館を取り壊した時、大学当局は「学生の居場所は作るから」と言っていた。富士見坂校舎が竣工して、外堀校舎が完成した今、人口密集は解消されたのか、残念ながら全くの逆である。学生会館に代わる「学生のための福利厚生施設」であるはずの外堀校舎にはサークル用の部室もなければ自由に使える倉庫もない。教室もロッカーもたくさん余っているのに、だ。「会議室」と呼ばれる部屋には複数のサークルが入居できるが学生部の検閲をパスしなければならず、半年ごとの引っ越しもあり、壁はガラス張りで外から丸見え。とても部室とは呼べない。倉庫もロッカーも検閲があるので自由に使えるわけではなく、結果として会議室も倉庫もロッカーも多くの余剰が生まれている。さらに全館、全フロアに監視カメラが設置され学生は行動の一部始終をチェックされている。
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トイレの前にまで、カメラがあるのだから驚きだ。利用頻度でもカウントしているのか。まさに学内にそびえ立つ「刑務所」そのものであり、平林総長以下、大学当局が声高く宣伝する「知性と寛容」、「自由と進歩」、「進取の気象」、「開かれた法政」の表れだとしたらお笑いである。
  付け加え、総じてキャンパス内には学生のたまり場がない。ボアソ7階のフリースペースはいつの間にか教室になっているし、一階部分に存在した「アネモス」という名の学生ラウンジも、突然改築され入試センターになってしまった。学生には事前の話し合いの場もなければ、通告もない。事後承諾である。学生の自由スペースが削られる一方で学館に代わる施設は結局与えられず、今年になって新設のデザイン工学部が市ヶ谷にやってきたのである。キャンパスの収容率は限界を超え、人口過密に拍車が掛かっただけ。誰がどう見ても学生軽視の姿勢であり、約束すら平然と破るのだから「横暴」だし、「立場ある社会人として最低」なのではないか。平林総長以下当局のみなさん。当会はこれでも丁寧に批判しているつもりですよ。

「教育水準の引き上げ」のために附属校生は制服を着ろ 
 今は無き、法政大学第一高等学校は制服のない「自由」な服装ができることで人気を博していた。ところが、06年度から一年生が制服着用を義務づけられ、「染髪やピアス等、風紀を乱す装いを禁止」するとした一方的な規則が定められ、これに反発した同校生徒約450人が座り込みを行う事態に発展した。大学紛争以降、大勢の高校生が座り込みやデモを行った例はほとんどなく、一時的に新聞紙面を賑わせることに。座り込みを主導したのは生徒会で、「充分な説明がなされていない」ことを不服として行動に出た。事前に座り込みを知らされていなかった教職員は慌てふためき、所用で不在だった校長に代わり副校長が対応したという。この規制強化も、制服義務化も学校法人法政大学の理事会が決めたことである。理事会のトップは、平林総長その人だ。一方的な要求に対し、生徒達が求めたのは規制の「廃止」でも「見直し」でもなく、「説明」だった。彼らの心中は察するに余りある。当時の生徒会長は記者団に「生徒達の多くは言われたことを守って、髪も黒くし、服装も改めた。それでもまだ「高校生らしい服装を」などと指導される。何の説明もないまま校則が厳しくなっており、自由な校風が失われる前に何か行動を起こしたかった」と話したという。


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 ※10 多摩の学生団体は、多摩サークル連合(通称、多摩サ連)しかなく、加盟数も10と小規模だ。

※11 家宅捜索のこと。主に政治的理由で、公安警察による捜索が行われた。家宅捜索中は内部の学生は全員退去させられ、入館もできなかった。法律上、誰でも立ち会う権利があり、とりあえず平林理事(当時)ら理事が警察とともに館内を巡回した。

※12 「(市ヶ谷キャンパスを正面から見ると)右と左に位置する各々の建造物から現出される奇妙な風景に出くわす(中略)人によれば、知性と非知性の、あるいは寛容と非寛容の見事な演出と見るかも知れませんが、これを大学のキャンパスと納得することになるかどうかは「?」です。」雑誌法政04年9月号。この平林理事(当時)発言の「右」はボアソ、「左」は学生会館を示す。

※監視カメラ総数は現在は60個超。後期には増設されていると思われる。

GLB

 2008-08-21



さいたま市議吉田一郎に会う

 2008-08-21
こんばんは、水洟と目の潤みが止まらない企画局です。
夏風邪をひいてしまいました。
十中八九T先輩にうつされましたね、はい。

今日は所用で大宮(現さいたま市大宮区)まで行ってきたのですが、東口に降り立つと拡声器で街頭演説をしている方が居られました。
例によって日本共産党かなと思ったのですが、どうも聞き覚えのある声なので近くに寄ってみると紛れもなく法大OBで現さいたま市議の吉田一郎さんです。
政令指定都市の市議でありながらその高額な政務調査費を一銭も受け取らない吉田さんは、法大市民監視団の賛同人でもあられ、529後の緊急集会や、委員長ハンストの際にも駆けつけて下さった方です。
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演説中ながら御挨拶申し上げると、
「おぉ後輩よ、奇遇だね、おれ今議員を除名されそうなんだよ」とのこと。
訳が分からず「どうしてですか?」と聞いてみると
「それはこのビラに書いてあるんだけど(ゴソゴソ)、まぁ取り敢えずビラ配り手伝ってよ(ポン)」ということで、突飛な展開ではありますが、私企画もお手伝いすることになります。
バイト帰りの作業服で「よろしくお願いしまーす」と駅前を行き来する老若男女にビラを渡して来ました。

演説終了を待って詳しいお話を伺ってみると、7月9日のさいたま市議会に於いて「議会を混乱させた」との理由で議場を強制排除され、その後懲罰委員会にかけられてしまったそうです。

その際の模様は市ホームページにて動画で公開されています(吉田氏排除の一幕は2:35~16:50となります。議長の人柄は10:10~11:30で分かります)。
http://www.saitama-city.stream.jfit.co.jp/vod_play.php?CNTID=11643&PREVPAGE=%CC%E1%A4%EB

ビラも引用します。

「さいたま市議会では、法的な根拠がない「申し合わせ事項」により、無所属の議員は本会議で討論することができません。これまでの無所属議員は泣き寝入りをしていましたが、私は「意見を表明するのは、議員の責務だ」と、様々な手段で発言を続けてきました。その一つが請願の提出です。請願とは住民が市政や議会への要望として提出するものですが、私は相川議案(注・相川氏はさいたま市長)に反対する請願を提出し、本会議でこの請願を上程する動議を出し、請願タイトルを読むことで、議案の反対理由を述べるわけです。―中略―日本国憲法第16条には「何人も、請願をしたことによっていかなる差別待遇も受けない」と明記されており、請願提出を理由に処罰することは憲法違反です。―中略―また、議会を混乱させた原因は、2月会議では認めた発言方法を、6月議会では突然認めなかった青羽議長の「気まぐれ」に他なりません。―中略―相川議案に反対する議員の言論を暴力で封じ、実質的な弁明の機会も与えず、欠席裁判で除名を含む処分を協議するようなやり方は、まさに「暗黒政治」です。
 
太字部分の語彙を若干入れ替えれば我らが母校にそっくり対応します。
さすがに議会にはジャージを着た人たちはいないでしょうが…
ビラ再末尾は「私は法的手段も含めて徹底的に闘います」と締めくくられていてこちらも我らが文化連盟にそっくり。
少数派であることを厭わず、社会に堂々声を上げている先輩がいることは、後輩としてとても頼もしいことです。
嘗ての法大の懐の深さも窺い知れます。

吉田さんは「来週、ハンストするかもしれない」と仰って居られましたが、やるのであれば私も喜んで連帯させて頂きましょう。
さいたま市議、吉田一郎に今後も目が離せません。



【夏休み読書】 第一回 法大再編を考える(前編)

 2008-08-20
序文

長らくお待たせいたしました。夏休みは分厚い本を読もうと思って、買ってきたはいいのですが、コンスタントに連載できなさそうなので、急遽、我が家の『現代思想』とか、『カイエ・デュ・シネマジャポン』とか、『インターコミュニケーション』とか、批評誌系からそれっぽい記事を持ってきて、紹介、考察をしていくという風に方針を転換しました。
興味が広がったら、ネタ元の記事も読んでみてください。
構想とかは特にないです。



第一回 法大再編を考える(前編)

篠原雅武「剥き出しの突飛な日常~石垣カフェとはなんであったのか」(『現代思想2005.vol33-12』青土社)より


◆要約(p194上段l11~p200上段l15)

1 石垣カフェと京大キャンパス(p194上段l11)

 石垣カフェとは、2005年1月から2005年8月16日までの間、京大の百万遍の交差点に面する石垣の上に立てられたカフェである。一杯50円のコーヒーを飲みつつ、居合わせた人間が語り合うスペースとなり、延べ3500人がそこを訪れた。
そもそも、石垣カフェとは、大学当局のキャンパス整備計画に対する批判的行動であった。石垣カフェの立てられることになる石垣は、地元住民にも親しまれるものであったが、その巨大さゆえ、見通しが悪く、接触事故が時折起きる。大学当局は、その事情に鑑み、石垣を撤去し、そこにオープンスペースを設置する案を出し、学生がそれに反発した。石垣カフェは、その反発の一形態として出現した。ところが、石垣カフェは反対運動の一環である以上に、その空間の不思議さが理由となって話題となる。

2 批判としての直接行動(p196下段l15)

 石垣カフェとは、大学当局の提示したオープンスペース案への根底的批判がまずある。大学は、石垣を壊した後に、オープンスペースとして、交流の拠点として想定される広場を作る。そうすることで、見通しの悪さを解消しようと主張する。確かにそれは、利点があるかもしれないが、それは機能性重視であり、石垣のインパクトと比べ、ありきたりな、軽薄でつまらないデザインであった。この点に限って言えば、カフェによる批判は大学案の概観上のつまらなさに向けられていたといえる。しかし、石垣カフェはより根本的なことを問うたのである。すなわち、石垣がオープンカフェになることはなにを意味するかと問うたのである。オープンスペースは新しい空間ではあるが、新しくなることでなにかが失われる。すなわち、京大で持続し、突飛な創造を可能にしていたなにかがそこで、さらなる展開を阻まれ、消滅の危機に瀕するだろう。さらに言うなら、大学案は、現在至るところで見られる均質化された空間と同種のものであることに気付く。オープンスペースの新しさは少しも個性的ではない。
 ここで言う新しさの意味を考えるにあたって、アンリ・ルフェーブルが『空間の生産』で提示した見解が参考になる。ルフェーブルによれば、空間の新しさは二通りある。「導出された」という意味で異質であることと、「生産された」という意味で異質であることを区別する必要があるという。前者の異質性とは、「ある法則に導かれて算出された集合ないしはシステムの内部に留まる」ものと定義される。つまり、ある一定の規格に規制され、その範囲内でのみ、異質であることを許容されるという意味での異質性、ないしは新しさである。これに対して、後者は、「システムの破砕を前提とする」と述べられる。
 この区別に照らすと、大学案の新しさは、導出される新しさである。都市の至る所で展開途上の均質化されるシステムに石垣の場所を従わせていくことの帰結として産出される新しさを大学案は意図すると言えよう。
 ところで、フレデリックジェイムソンは「ポストモダンの二律背反」と題された論文の中で、ルフェーブルの言うシステムが、1990年代以降、社会生活の至るところに及んでおり、さらに規格化していく力も強力になっている。しかも、そこでの変化の速度は加速しているのであるが、奇妙なことに、これらが同時的に進行する。システムは、規格化しつつ、変化させていくという、相容れない過程を共存させていくのである。大学案は、社会生活を規格化していくシステムに石垣を組み入れることであるが、それは、また、急速な変化のリズムに従わせていくことをも意味する。たとえ、できた当初は新奇さを維持したとしても、このシステム内に存する限り、他の、大学外との趨勢との関わりにおいては、急速に古びていくことを宿命づけられている、ということになる。
 石垣カフェの批判対象は、オープンスペースというよりはむしろ、大学の企図であった。そこには、石垣という、古き良き風景を愛惜するという保守的な心情とは別に、均質化するシステムを拒否するという、よりラディカルな意志があった。だから、石垣カフェは均質化の過程で生産された空間、それも均質化された空間とは別な意味で新しい空間と捉えるべきであろう。
 なお、ルフェーブルは、システムの制約を乗り越え、逸脱しているという意味で新しい空間についてこう述べる。それらは「均質化の余白において、抵抗、ないしは、外にあるものとして、維持され、始動することになる」。つまり、均質化の波が及ばず、取り残されているものが、新しい空間が生産される場所となる。
 しかしながら、大学当局は、この特異な場所を均質化過程に組み入れようとした。ルフェーブルは、たとえ、そこが均質化過程から逃れた余白であっても、攻勢には出ず、防衛的な姿勢に留まるのならば、いずれ、均質化されるだろうと述べ、余白を余白のままにせず、むしろ、そこで、反空間を生産していく実践の必要を説く。均質空間とは異なる空間でそこを充たすこと、すなわち占拠が不可欠なのだ、と。石垣カフェは反空間だったのではないか。
 ところで、ルフェーブルは、反空間の特徴についてこう述べている。それは、「現存する空間を模倣し、パロディ化する」。カフェという発想自体、ここ数年で顕著となったアメリカ資本のカフェのパロディであるし、また、そこは字義通りのオープンスペース、すなわち開かれた空間だった。

3 空間の共有と非暴力直接行動

※「以上、石垣カフェの批判的側面を中心に論じた。(中略)しかしながら、さらに石垣カフェのもう一つの側面、すなわち、開かれた空間としての側面を論じなければならない。(p200上段l15~p200下段l2)」とされている。要約者は、「石垣カフェの批判的側面」を論じた部分での要約を中断する。


◆考察

 大学当局による再開発に反対する立場としては、この石垣カフェという空間は非常に参考になる部分が大きい。おいおい、後半部分も要約し、考察の俎上に上げようと考えているが、この時点での要約を今の法政大学の再開発に照らして論じることにする。
 法政大学において、この「石垣カフェ」、ないしは「石垣再開発」がはらんでいる問題は非常に近いところで進行している。本ブログでも好評を博す『法大問題を考える~矢部史郎×井土紀州対談』においても、井土紀州氏が指摘していたことだが、法政大学においては「近年著しくノイズのある空間が失われ、均質化された、清潔な空間ばかりになってしまった」とされる。学生スペースとして、大きくは学生会館の解体、外濠校舎の竣工。アドバン坂の解体、キャンパス中央の設立。学生スペースではないが、第一校舎の解体、プロパガンダカリヨン(?)の設置もその中に入るであろう。個性的な建物は消え去り、無個性な空間が広がってきていると感じるのは、法大生以外でも多いであろう。もちろん、無個性というのは、主観的な判断なのかもしれない。こう言い換えられるだろう。既視感を覚える風景である。『法大問題を考える』における井土氏の批判の要旨は「(神戸の少年Aの事件を引いて)均質化された空間において、自殺者や、第二の酒鬼原が出る」とする。後述するが、篠武氏の批判には井土氏の批判とは多少異なったところにあることがわかる。
著者である篠武氏の主張を、以下に、簡単に要約する。アンリ・ルフェーブルの概念によると、導出された異質性と生産された異質性とが異質性の二通りの用法としてある。大学案としてのオープンスペース案とは、均質化され、個性の失われた空間としての、導出された異質性である。その異質性における導出する方のシステムとは、90年代以降、変化の速度、すなわち、新しくなる速度の増加と、規格化していく力とが共存する形で進行する。本文では、このシステムが導出するのは、「チェーン店系のカフェ、ファストフード店、コンビニエンスストアの空間」が典型例として言及されている。
 ここにおいて、井土氏と篠武氏の批判は同様である。両者とも、導出された異質についての言及は同様だ。しかし、篠武氏においては、「たとえ、出来た当初は新奇さを維持したとしても、このシステム内に存する限り、他の、大学外の趨勢との関わりにおいて、急速に古びていくことを宿命づけられている」とする。「このシステム」は規格化すると同時に、その規格が変化する速度も速い。外濠校舎やキャンパス中央、プロパガンダカリヨンは、これによると、そのうち「古びていくことを宿命づけられている」ことになる。大学の狙いが、新入生への「新奇さ」アピールだとしたら、これは悲劇以外のなにものでもないが、ここでは置いておくことにする。篠武氏の批判が、「古びていくこと」が「宿命づけられている」という大学案への批判である。だとしたら、微妙に異なる井土氏の批判の先はどこへあるのか。それは、大学案の「反空間」としての石垣カフェをつくりあげ、それを運営した側から考察することにする。


文責 ズートロ

言論弾圧(検閲&回収&責任者の処分&発禁)された世論研の大学批判記事1

 2008-08-20
※この記事は2007年7月に発表されたものですので時系列上の些細な差異をご理解下さい。

蒼氓特別企画!総力特集!大学改革を追え

法政が描く改革図と理想、その実態は果たしていかなるものか、市ヶ谷の暗部に正面切って迫る。
 
 国政では、岸信介のDNAを受け継ぐ保守本流の安倍晋三が第90代内閣総理大臣に就任したことで、折りしもの社会の右傾化に拍車が掛かろうかと騒がれている今日、法政大学を取り巻く情勢は急激な変化を見せており、法大当局は運命の舵取りを迫られていると言えよう。中でも一番の不安は、じきやってくるであろう「大学全入時代」である。各大学とも、生存するためにあの手この手を使い、死に物狂いで蜘蛛の糸にしがみつこうと躍起になっている。慶應義塾大学と共立薬科大学の合併は記憶に新しい。名門大学といえど、油断は禁物である。例え東京六大学の一角を担っていてもだ。法大は「革新派」で鳴らした清成前総長(現法大学事顧問)に代わり平林千牧総長を新たにトップに据え、抜本的な「教学改革」を唱え現在邁進中である。「改革」の大合唱の下でキャンパスには殺伐とした空気が沈滞している。このことは法大に籍を置く学生誰もが感じるところである。「内情」を知る学生の視点で大学が叫ぶ改革とは一体なにかを考察してみたい。そして「法政の未来図」をあぶり出してやろうではないか。
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 加速する学部再編・大学組織大改革
 再編の波が押し寄せている。毎月、学生の元に郵送されてくる雑誌『法政』の2006年7、8月合併号の紙面上で、平林総長は理工系学部の抜本的再編を高らかに主張していた。その言葉通り、従来の「工学部」には生命機能学科という新たなコンセプトの新学科が設置され、2004年に設置されたシステムデザイン学科と合わせ、10学科体制を確立した。さらに本年度、「デザイン工学部」を新設し、従来の工学部の建築学科、都市環境デザイン工学科、システムデザイン学科の3学科を市ヶ谷キャンパスに移転させた。尚、このデザイン工学部については記念すべき一期生が本年度入学を果たした。無論、理工系の改革はこれで終わりではない。2008年度には工学部は「理工学部」(仮称)に改組され、「生命理工学部」(仮称)なる新学部も開設予定である。特筆すべき点として、生命理工学部に設置される「植物医科学科」(仮称)なる学科が東京大学大学院、農学生命科学研究科と連携して国内初の「植物病院」創設と「植物医師(植物保護士)」の養成を目指すことを既に全国紙にてアピールしている事実を挙げておく。尚、時系列上名称等に違いが見られる点はご理解頂きたい。
 大胆に進む理工系改革に対し、文系も負けてはいない。看板学部の法学部では2005年度に「国際政治学科」を新設し、同年に一期生を迎え入れている。英国オックスフォードへの短期研修を必修としており、法律学科や政治学科よりも「国際」色が強く英語力が重視される。その他、「国際色」を全面に打ち出した学部としては、「国際文化学部」が挙げられる。国際政治学科よりも長期間の留学(SA)が義務づけられているこの学部は、早稲田大学の国際教養学部が模倣したことで有名である。
さらに現在、グローバル学際研究インスティチュート(通称、IGIS)の名目で実施されている国際教育プログラム(学部横断的なゼミナール形式の選抜制カリキュラム)を昇華させて、「グローバル教養学部」(仮称)を2008年度に設置しようとしている。この学部は全ての授業が英語で行われる他、少人数教育を徹底する事を大きくアピールしている。同じく、インスティチュートからの昇華による新学部には「スポーツ健康学部」がある。スポーツ・サイエンス・インスティチュート(SSI)からの発展である。

 学部新設に伴い、キャンパスも拡大
 法政大学は昨年度、隣接する「嘉悦女子中高」の土地と建物を購入し、一部改修を加え「富士見坂校舎」として竣工させキャンパス拡大を図った。今年3月に竣工した市ヶ谷複合施設「外堀校舎」を含めると市ヶ谷キャンパスの収容率は格段にアップしている。現在改修工事中の外堀の向こう側にそびえ立つ「62年館」、同じく改修中の「第一校舎」の竣工が待ち望まれる。中央省庁の目と鼻の先に法政王国が姿を現す日は近い。

 地域入試の拡大と格付け取得
 今年から法政は地域入試を拡大し、全国10都市(東京、札幌、仙台、新潟、金沢、長野、名古屋、大阪、広島、福岡)で全学部が試験会場を設け、門戸を開いた。地方在住の受験生には嬉しい「朗報」であろう。伝統ある有名大学として、当然と言えば当然の対応だが改めて評価したい。また、学校法人法政大学は「株式会社 格付け投資情報センター(R&I)」の格付けを更新し、「AA-(ダブルエーマイナス)」を継続した。法政は国内で初めて学校法人として格付けを取得し、今回が4度目の更新となる。つまり、経営状態は良好で設備投資も文句無しというわけだ。

 附属校改革で教育水準引き上げ
 前述した雑誌『法政』の紙面上で平林総長は、教育水準引き上げのために付属校にも改革のメスを、と述べていた。その言葉通り、法政大学第一中学と第一高校は合併し男女共学となった。校舎も移転し、吉祥寺の旧校舎よりやや三鷹よりの敷地に学舎を構える。法政一高の特色でもあった「自由」な服装ではなく、制服が義務づけられている。

 改革の実態を暴く
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 これまでは「大学改革」の表面だけを取り上げてきた。ここからは実態に迫りたいと思う。その前に、我が法大のボスである平林千牧総長について紹介しておきたい。1935年生まれの今年72歳になる本学の卒業生である。60年に本学経済学部を卒業し、71年に本学大学院博士課程を修め、80年に教授に就任。経済学部長を歴任し、99年の清成前総長第二次政権時に理事を務める。何かと比較される清成前総長とは違い、他大や他業経験がない「たたき上げ」の人間である。(※1)
 また、経済学部出身ということで清成体制では財務担当理事を務めたが、専攻は経済学史でマルクス経済研究であった。(※2)財務理事時代の手柄として、2003年の格付け取得(※4)がある。だがこれは、経理部が提起し、清成前総長がごり押ししたため実行された。従って本来は経済人としての素養はない学者肌の人間である。総長選挙は、清成前総長の推薦を受けての辛勝。公約も清成前総長のほぼ踏襲。しかし、総長就任後に「センター・オブ・インテレクト」(※5)なるキャッチコピーを喧伝し、路線こそ反れないものの独自色を出し始めた。
 あくまでも推測だ。華々しい経歴はなく学者としても不遇だったが、その他の実力(人脈や要領のよさ)があり出世。毛色が異なる清成前総長とは巷で言われている程、価値観を共有していなかったのではないか。だが表面上は忠誠を尽くして信頼を得ることに成功し後継者として推戴された。それに満足せず、自分色を発揮する野心はある。多摩時代には学生をバカ呼ばわりして嫌われていた。多摩の食堂を巡る問題で、学生団体や教授会と交わした約束を破り、別の考えを強行したという話もある。唯我独尊的性格の持ち主であろう。不人気(※6)返上のため手柄に飢えているので必要以上に強引に改革を押し進めるだろう。なるほど、急進的な改革の原動力はここにあったか。

 平林総長の運営方針
 平林総長の運営方針は「まず財政環境ありき」である。
「大学の財政条件がいいということが前提になっていい教育をするためのインフラが準備できるし、いい先生が集まるでしょう。その結果いいサービスが提供できるから学生が集まる。」(※7)
簡単に言えば、「ジャイアンツ路線」ということだ。今いる選手(教授の研究や学生の環境)の改善より、会社の財力さえあれば4番打者を買いあさりチームは優勝、という考え方と一緒である。
 次に、学生への姿勢だが、「干渉型」方針である。清成前総長以来提唱されている「自立型人材育成」。要は、今後の高度情報化社会に於いては、モノではなく「知」が経済を動かす。各人も常に己の知を更新すべきで、その姿勢を培わせることに法大の存在意義がある、とするものだ。だが、この理念自体はともかく、実態は「自立」と裏腹な「過保護」政策が多い。
 キャリアデザイン学部では授業で時間を割き「ノートのとり方」を指導。他の学部でも教授が主導でボランティア活動に関わらせたり、全員参加の合宿を乱発して友達を作る機会まで用意。勿論、ひとつの例が用意されていることで、そこから応用していけるという側面もあるから一概に全否定する気はない。基礎教育は「つめこみ」だろう。しかしその一方で大学は教養部を廃止するという矛盾した政策もとる。これらから読みとれるのは、基礎教育の重視より画一化が狙いでしかない、ということだ。各教員が創意工夫して新入生に深遠な学問への橋渡しを行う、という形態より、大学理事会が描いた一つのビジョンに如何に効率よく学生を染め上げるか、が重視されるのである。
 さて、こうした考えの理事会や教員にとり、サークル活動がどう見えるかは、分かるだろう。すなわち「ノイズ」だ。彼らにサークルに対する悪意はない。害虫は、憎いからでなく邪魔だから、機械的に駆除するのだ。具体例として、「サークルに入るな」発言(※8)と危険なサークルリスト(※9)を挙げておく。

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 脚注※1  清成忠男前総長は、東大出身で公社(国民金融公庫調査課長)を経て法政大学教授。その後も京大大学院等で兼任講師。

 ※2  著書に『古典派経済学の基層』(青木書店)『マルクス経済学原理論』(時潮社)『資本論成立史』(翻訳・法大出版)等あり。

 ※4  国内で学校法人としては初めて、(株)格付投資情報センターの長期優先債務格付けで「ダブルAマイナス」を取得。当時マスコミで騒がれ、大手企業と肩を並べたとして清成前総長の自慢の種であった。しかし、少子化とはいえ、学生が一定数集まり学費も言い値で決められる(収入が安定している)日本の有名大学は、よほど乱暴な経営をしない限り企業よりも経営状態が良いのは当然。例えるなら、郵政公社が民営化せず株式上場したとしたら株価が高い、のと同じ事。その証に、その後格付けを取得した早稲田と同志社は2ランク、日大は1ランク、軒並み法大の上の格付けを得た。

 ※5  「開かれた知の拠点」の意。高度知識社会の要請に応えるべく、環境整備を通じて能動的に知を発信しよう、という方針。

 ※6  総長選挙では鈴木佑司法学部教授が875票、平林千牧理事が718票得票。しかし、選挙規則に定める「大学専任教員(専任教授・助教授)の過半数」でないとして決選投票に。結果は、鈴木佑司法学部教授は894票、平林千牧理事は726票獲得。しかし、決選投票では大学専任教員の票は2倍で計算される制度であるため、平林千牧理事が逆転する結果となった。ちなみにこの選挙制度は、清成総長時代に改正されたもの。平林総長はこのように「薄氷」の勝利であり、結果が示すように助手、職員、附属校教員支持が低く、支持基盤は盤石ではないのだ。そのため、今年度に強引に「総長選挙廃止」を決定、理事会による推薦で次期総長は任命される、としたいわば、派閥的独裁政権樹立を目指している。総長選挙廃止については、教員や職員を問わず学内で猛反対の声があがり紛争が勃発。あまりの騒ぎに文部科学省から和解をするよう「意見」まで頂いている。平林総長のこのような強引な改革手法については後ほど大いに触れるので、この辺で留めておきたい。結果的に総長選挙は廃止となった。

 ※7  日経BP企画の取材に答えて。

 ※8  2001年4月、国際文化学部の新入生ガイダンスにて、「カリキュラムに支障をきたすため、サークルに入らないでください」と教員が発言。

 ※9  本年度(2007年)の新入生に対し、「危険なサークルリスト」と称したビラを学生部が配布。大学当局に批判的なサークル団体をリストアップしたもので、「カルト宗教」や「セクト」といった理由を付けて入会しないように呼びかける。ちなみに我々世論研究会については、学生生活ハンドブック等の当局広報から一切の名前を消し去る、「存在抹消」を図っている。勿論、法大公式HPからも名前が消されている。改めて言っておくが、当会は大学公認団体で創部80余年を数える伝統ある組織だ。新入生諸氏はくれぐれも騙されないように。



第61回自主法政祭に向けて

 2008-08-19
文化連盟趣意書

●企画趣意

我々文化連盟は、昨今、この法政大学において推し進められている学生管理強化に反対し、本学の特色であったはずの自由な学風・文化を復興せんがために活動し、もって文化活動の発展を願う団体として、今年度の法政祭を全学生と共に創りあげるためこれに参加します。
企画として、現在、テーマは未定ですが、高円寺でリサイクルショップを営む、法政大学OBでもある松本哉氏をお呼びして講演会を行うつもりです。松本哉氏は、「法政の貧乏臭さを守る会」を立ち上げ、学費値下げ要求などの運動を、持ち前のユーモアを用いて、面白おかしく闘い、本学の自由を守っていた方です。上記でも触れたように、現在の法政大学では学生管理強化が推し進められています。このような時期に、彼を法政祭に招き、お話をしていただくことは、本学の現状に対抗する、何がしかのヒントを得ることになると考え、企画しました。

●理念について
・相互保障
相互保障とは、相互批判を軸とした相互検証を基礎に成り立つものである。そしてそれを補完するために、他団体および自団体の活動を相互に検証し相互に高めあっていくため、活動そのものを阻害するような動きに対して、全学(もしくは相互保障の理念の下に集う団体全体)をもって抗していく姿勢を併せ持つ概念である。
今、この理念の希薄化が問題となっているが、それは当たり前である。本来、この理念の象徴である学祭や新歓祭を管理・運営する代表である実行委員会にその姿勢が存在しないからである。
具体例として、去年度の学祭では、社会科学研究会が、正式な手続きを通して企画場所の使用許可を得たにも関わらず、その大学に対する反抗的な活動を理由として、大学当局によってその場所が閉鎖されるという事件が起きた。が、その当時の学祭実は、学祭期間中は大学の警備・管理を一任されているはずであるのに、何の抗議もせず、社会科学研究会を見捨てた。社会科学研究会の意見も聞かず、その活動の検証をすることもなく、全学にその暴挙を知らしめるでもなく、ただ見捨てたのである。
さらに、今年度の新歓祭では、これまた正式な手続きを通したにも関わらず、哲学研究会がその大学に対する批判的な活動を理由に机出しを許可されなかった。当然、それを不当であるとして、哲学研究会は机出しを敢行したところ、学生部がやってきて、その机を強制撤去するという事態があった。当時の新歓実は、哲学研究会によって突き上げられてからやっと動くという体たらくばかりか、学生部に同伴するだけ、という行動しかとらなかった。今年度の実行委員会までもが、自分達の理念に基づいて活動を行い、本学の文化活動の多様性を担う一翼であるはずの哲学研究会を見捨てたのである。
学祭を運営するリーダーである学祭実がまず模範を示さねば、あくまで現実に存在せず、行動することによってのみ再生産される、「理念」は消え去るでしょう。

・全学生および相互休講
全学生とは、キャンパス移転阻止闘争を貫徹した学生達が、その敗北を忘れず、歴史を闇に葬らないようにするため考え出された理念である。そして理念という抽象的なものを具体的に目に見えるものにし、またそれを再生産するために編み出された戦術が相互休講である。当初、相互休講は戦術であって権利ではなかったのだ。多摩で学祭があるとき、市ヶ谷生は団結して講義を自主休講し、多摩生はその逆をする。これを繰り返しながら交渉を行って勝ち取られた権利が去年度まで存在した相互休講である。
本当に自主休講を復活させたいなら、署名などいくらとっても無駄であることを理解し、実力をもって相互休講を行う姿勢を堅持しなければならない。

・差別問題について
まず、意識されて行われる差別は大した問題ではない。そのような人間に対する対話・弾劾・自己批判要求など月並み的な解決策で事足りるからである。我々が本当に気をつけねばならぬのは、意識せず行われる差別である。たとえば、今はもう言わなくなったが、かつて使い捨てカメラのことを「バカチョンカメラ」と呼称していた時代があった。いうまでもなく、その意味は「馬鹿でも朝鮮人でも使えるカメラ」である。バカと朝鮮人総体を同列に扱う明らかな差別である。このような差別の防止は難しいが非常に単純なことでもある。知識を身につけることである。また、そのような知識を身につけた人間がそうでない人間に教えることである。本学の文学部助教授である藤村耕治氏は講義中に「バカでもチョンでもわかる」という発言をしたようだが、このような人間に正しい知識を教え、このような人間にならないよう鋭意努力することがひとつの解決策である。しかしながら、ここで気をつけておきたいのは、前述の対策は防止にすぎないということである。差別を止揚し、克服するには、差別が生み出される背景を理解しなければならない。江戸時代の士農工商制度に見られるように、差別は常に支配者の支配構造によって助長・再生産される。上記の制度で言えば、農工商が単一の勢力としてまとまれば、士の支配はたやすく崩れるのだが、それを三つに分け、お互いに対立させることによってその支配を安定させていた。今の社会に現存する差別は何によって生まれ、また、それがあることによって得しているのは誰なのかを常に考えなければならないのである。現状、本学においても中核派に所属する人物に対して、彼らもまたひとつの理念をもって活動している人間であることを捨象して、「秩序を乱す者」とする差別の構造があり、多くの学生がその構造に絡めとられていることは悲劇であるといえる。

●現実的問題についての事項
・飲酒問題
法政祭も祭りである以上、その盛り上がりに酒類は欠かせません。制限はあるにしても学祭での禁酒は問題外であると考えます。実際には、暗くなるに従って泥酔者が増えやすくなりますので、18:00以降など時間を決めて禁止することはありうるかと思います。今年度の学祭では、我々は酒を販売しませんが、飲酒に対する対策として、本団体では、酒癖が悪い人間に対して酒の量を制限する、もしくは気をつけて飲むように注意を促しています。そして万が一、飲みすぎて泥酔状態になり、他人に著しく迷惑をかけるような事態になった場合、もはや理性のなくなった人間に何を言っても無駄なので、「殴って止める」ことを徹底しています。学祭においては、不特定多数の人物が学内に多く出入りすることもあり、よりいっそう断固とした対応を徹底していくつもりです。

・夜間宿泊問題
講演会企画であるため、特に夜間宿泊をしようとは考えておりませんが、夜間宿泊ができることが学祭にとって有益であることは間違いないので、夜間宿泊の常識化は本団体としましても望むところです。しかしながら、実際にそれをやるには、しっかりとした規律をもって「自律」ができなければなりません。夜間の宿泊は他の諸問題と絡む問題ですので、少なくとも実行委ですら前述したような体たらくでは近年のうちに、というのは難しいと考えております。具体的な対策は他の問題と重複するのでここでは省きます。

・食品の扱い
本団体は学祭で食品を販売する予定はありませんが、食品を扱うにあたって注意しなければならないことは、食中毒対策であるといえます。月並みですが、これに対する対策として最も有効なのは販売する側の手洗いなどの基本的な事項でしょう。学祭を意義あるものにするためにも、衛生管理を厳しく行うことが重要であると考えます。

・火器、喫煙問題
煙草を吸いたくない人間が多いからといって禁煙を徹底することは、吸いたい人の欲求を無視したわがままであると考えます。ゆえに、本団体は、「分煙」の概念を支持し、学内においても、喫煙スペースと禁煙スペースの分別を徹底してきました。
火器問題については、我々は非常に重く捉えています。火事は、いったん発生すれば、大惨事となってしまう可能性が高いからです。また、対策として、どんなに気をつけても(気をつけるのは当然のこと)、起きてしまう可能性は0にはならないので、発生した場合にすぐ対処できるように、学祭中は消火器を大量に配備することを検討すべきであると考えます。

・音問題
音楽系のサークルなどにとって音だしは必須事項ですが、どんな音も、それを聞く気がない人間にとっては騒音に他なりません。だからこそ、学祭に直接参加しない近隣住民にとって学祭中に出てくる音の全てが騒音と捉えられることもあります。これについては、今までどおり、夜7時以降の音だしを規制していく必要はあると思います。

・電力問題
電気も含めエネルギーは自分だけのものではありません。また、校舎にも使用できる電力総量が上記の考えのもとに設定されています。自分の企画だけが電力を使うわけではないことを意識し、割り振られた電力以上を使わない、実行委で把握してない電力機器を使わないようにします。

・盗難問題
学祭中は不特定多数の人間が出入りするため、盗難事故が発生しやすい状況にあるといえます。せっかくの学祭も、盗難事故が起きてしまえば台無しになってしまいます。なぜそれが起きるのか、という背景を把握し、それを解決することも重要ですが、まず、個々人が貴重品を体から離さないなど、盗難自体を不可能にするような対応をとるべきであると考えます。

・負傷事故
学祭は、スペインの牛追い祭りのような、非日常を楽しむようなただの「お祭り」ではないため、負傷事故がおきてしまうことは由々しき事態となります。個々人がこのことを理解し、よりいっそうの注意を周りに対して行うことが最大の対策であると考えます。

・立ち入り禁止
「立ち入り禁止区域だから立ち入らない」という意識では、「空いてるんだからいいじゃん」などという考えに陥ってしまい、立ち入る可能性が出てくると考えます。持つべき意識は、「なぜそこが立ち入り禁止であるのかを考え、理解すること」であると考えます。

・環境問題
資源は有限であるため、ごみの分別は重要であると考えます。本団体は普段から、可燃・不燃・紙(資源ごみ)・缶・ペットボトルの5つの分別を徹底しており、学祭期間中に関しては、さらに強い意識をもって望みたいと考えております。

世論研燃ゆ!

 2008-08-19
堂々世界に誇る監獄大学=プリズン・ユニバーシティ、法政大学では言論そして表現の自由がない。

もちろん、付随する報道の自由もない。

況や、思想信条の自由などもってのほか。



天下無双の日本国憲法には学問の自由をはじめとしてたくさんの自由が保障されるべきと明記されているがここ法政大学では生存の自由すら脅かされている。

つまりだ、ここは治外法権なのだ!


法政大学は日本国にあらず!


それでいて広く世の中に自由を叫び、進取の気象と質実の風を謳うこの監獄は大いなる虚構の顕現であると言えよう。

つまりだ、法政大学は大学にあらず!


120余年の栄えある歴史をいただくここ法政大学(自称)で表現・言論の自由が死んだのは2006年3月14日である。

加えて報道の自由の命日は2007年7月某日であったと記憶している。




彼らの死を目撃した世論研究会は、果敢にも当局批判を機関誌の誌面で展開し政治処分を下されてしまった。見事散った彼らは文化連盟の守護神であり、英霊様なのだ!


世論研は英霊である!
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然るに、当該の世論研機関誌をブログに掲載し広く国民に知らしめるべきではないかとの意見が多数、英霊である恩田に寄せられた。
英霊恩田はこの度、英断を下し、世論研機関誌『蒼氓』(そうぼう)をブログに載せることとした。全て国民は英霊恩田の偉大なる下賜に感謝すべきだ!



唯一無比の言論誌『蒼氓』に乞うご期待!
撃ちてし止まむ


製作中の続編も見逃すな!

ストリートで人気のケータイ小説☆

 2008-08-18
 ──―アタシの名前は文化連子。実存の苦しみを抱えた女子大生。ハンストスリムで集会体質の愛されガール♪
アタシがつるんでる友達はスタビで出会いを探してる満子、当局にナイショで
便意を我慢してる雲子。訳あって風俗街に武力介入してる珍子。
 友達がいてもやっぱりキャンパスはタイクツ。今日も満子とちょっとしたことで暴力事件になった。
女のコ同士だとこんなこともあるから社会への不満が溜まるよね☆そんな時アタシは一人で九段下を歩くことにしている。
がんばった自分へのご褒美ってやつ?自分らしさの演出とも言うかな!
 「管理強化爆砕」・・。そんなことをつぶやきながらしつこい団塊オヤジを軽くあしらう。
「この令状が目に入らぬか?」どいつもこいつも同じようなセリフしか言わない。
団塊オヤジはカッコイイけどなんか薄っぺらくてキライだ。もっと等身大のアタシを見て欲しい。
 「学生の批判精神を養う・・。」・・・またか、と黒ヘルなアタシは思った。シカトするつもりだったけど、チラっとオヤジの顔を見た。
「・・!!」
 ・・・チガウ・・・今までのオヤジとはなにかが決定的に違う。マルチチュードな感覚がアタシのカラダを駆け巡った・・。「・・(カッコイイ・・!!・・これって運命・・?)」
オヤジは理事会だった。連れていかれて処分された。「・・・・・・・」完黙をきめた。
「ガッシ!ボカッ!」アタシは鬱病になった。サヨーク(笑)

GLBに行ってきた

 2008-08-18
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前号記事のあるコメントに対する個人的見解(委員長)

 2008-08-13
 前号記事に対するコメントの中で、賎族さんという方が我々に行った質問(「英霊」の定義について)に答えさせていただきます。ただし、08年度文化連盟執行部の統一見解ではなく、私個人の見解ですので、答えているとは言いがたいかもしれませんが、賎族さんだけでなく、他の方々も参考までにはしてください。

 「英霊」という言葉に関して、私はまさに字の意味そのままに、優れた(偉大な)魂(精神)として捉えております。
 当時の日本国の軍国教育によって狂信者として育てられた面は多分にあることは間違いありませんが、靖国に祀られている彼らは、「国(天皇)のため」・「家族のため」に、自分が大事だと信じるもののためにその命を懸け、死んだ人々です(全てとは限りませんが)。いくら教育による後押しがあっても、自ら自分の命を捨てに行く覚悟は全ての人間がもてるものではありません。「献身」という高等な知能を持った生物にしかできない行為の極致をおこなった、彼らの精神を評するべきだと私は考えています。
 もちろん、現実的に靖国という場所が、いわゆる右翼イデオロギーの象徴、天皇制・国家支配の象徴として機能している現状は直視しております。私個人としては、靖国をそのような場所として利用している人間がいることは残念でなりません。上記の彼らの精神を貶めるものとして唾棄すべき対象だと考えます。
 さらに、靖国に祀られているA級戦犯(どの程度までこの呼称を認めるかは省きます)達、代表としては東条など、これらの人間の合祀も靖国を貶めるものと考えております。彼らは「英霊」ではないからです。「国家のため」に若い人間をいたずらに動員し、日本共同体の発展の可能性を消し去った彼らこそが真の国賊であると考えます。国(社会・共同体)とは、人間の群れであり、国力とは、経済力のみではなく、その社会の人間の力の総合力です。若く、自分の信じるもののために死ぬことができるほどの精神をもった彼らを死地へと追いやった人間は靖国に祀られるべきではありません。
 最後に、補足として、天皇制についてですが、私個人は、天皇制を消極的に肯定しております。国家共同体の維持のためには、象徴があることは大きいと考えます。もちろん、憲法や国旗もそれたりえますが、現人神のように、「人」として象徴があることは別レベルです。ただ、あくまで人である以上、権力を持たせるというような話は別問題です。そうなってしまえば、それは象徴ではなく支配者です。消極的に肯定しているということについては、現在の日本では天皇制が正常に機能しておらず、過去の戦争責任問題の話から、その復興は難しいのではないかということ、その意味で、この制度が消えていくこともやむをえないのかもしれないということです。現在、特に東京都が積極的に行っている「日の丸・君が代の強制」までして維持するような制度ではないということです。むしろ、それらは健全な愛国心を壊し、日本を何か別の国に変えてしまうと考えます。そのような政策を推し進める彼らもまた、私からすれば国賊であるといえます。

 非才の身であるがために、文章がほとんど箇条書きのようになってしまい、わかりづらいと思います。申し訳ございません。

※重ねて申し上げますが、私個人の見解であり、文化連盟執行部の総意ではありません。08年度文化連盟は多様な人間の集合体であり、もちろん私の意見に反対する人間がいます。

草々

                                                   斉藤郁真

靖国に行けない

 2008-08-10
迫る、8月15日。
例年の世論研企画「靖国参拝」が行われる……予定でした。

2007年8月15日、世論研究会企画「靖国参拝」。靖国参拝2


戦火(禍)に命を落した英霊に敬意を表し、哀悼の合掌を捧げる……はずだったのですが、今年はGLBの旅程と被ってしまいました。
靖国の変わりに沖縄に行かねばなりません(伊豆は失敗)。
GLBとはグループ・リーダーズ・バイトの略。
お小遣いと文連予算を稼ぎに行きます。
ところで、同行メンバーに中核派の皆さんが一人もいないのは残念この方ない。
彼らは例年通り「靖国解体」を叫びに行くのでしょうが(余談ながら先般世間を騒がせた李纓監督のドキュメンタリー映画『靖国YASUKUNI』に全学連副委員長の中島さん(広島大学)が血を流しながら映っているそうです)、法大の中核派はもう少し連帯してくれてもいい気がします。

勾留理由開示公判に行ってきますた。

 2008-08-09
本サイトで告知した通り、去る8月5日に勾留理由開示公判が開かれ文化連盟からは齋藤委員長と恩田副委員長、他数名が傍聴に行ってまいりました。

東京地裁の前には税金泥棒たちがウヨウヨしていました。
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こいつは7月24日の中野集会にも来ていた公安。
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以前にも書きましたが、通常の裁判では傍聴は自由であり持ち物検査などもありません。ところが法大弾圧の公判に限っては傍聴は抽選による傍聴券の配布であり、鞄その他一切の持ち物は法廷に持ち込めません。法廷も警備法廷という特殊な法廷を使用します。法大弾圧の裁判では429法廷を使うのが慣例となっていて、毎回のように機動隊がわざわざ警備にやってきます。東京地裁では当然、他にも裁判が行われています。以前何度か、普通の公判を傍聴して回ったらしい恩田君曰く「持ち物検査もないし、傍聴券もいらない。機動隊も公安もいないし、法廷の中で携帯を鳴らすヤツがいて落差に驚いた」。

地裁前にいた麹町署の機動隊。
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で、肝心の公判ですが、これまでの勾留理由開示公判同様、何も開示されませんでした。

弁護士の質問には全て「閲見記録の通り」や「証拠に関わるから言えない」「答える必要はない」と機械のように繰り返す裁判長。いつもの光景に傍聴席は騒乱状態。

ちなみに、建造物不法侵入容疑で逮捕された3名のうち、1名は前回もご紹介した通り一歩も法大には入っていません。そのことは取り調べの公安刑事が証明しています。

「未遂とはどういうことか?」

という弁護士の質問に何も答えられない裁判長。

建造物不法侵入未遂罪で逮捕したのか?という趣旨ですが裁判官は何も言えません。よくよく考えてみれば、未遂とはつまり入ろうと企てたということになりますが、一体何を根拠にそう判断したのでしょうか?脳内の思考回路を読みとったの?w
こんな体たらくではヤジが飛ぶのも当然です。裁判官は静粛にしなさい!などと偉そうに言います。あろうことか勾留理由開示公判で、国家権力が人間を拘束して自由を奪っておきながら何も理由を開示しないなどという姿勢を示しているのにこの偉そうな言いぐさは何でしょうか。裁判ではできるだけ静かに傍聴することを心掛けている齋藤や恩田もこの時ばかりは発狂します。

「いい加減射しろ!」と叫んだ齋藤がまず退廷に。それを見て「騒がせてるのはお前だろ!」と言った恩田も続いて退廷に。ちなみに恩田は人生初の退廷だそうでw 退廷の際には廷吏と呼ばれる裁判所の警備員が暴力を振るってきます。流血はいつものことです。(何故か恩田だけはVIP待遇だった)通常は退廷になっても廊下に出されるだけですが、法大弾圧裁判では構外退去が通例です。しかも移動中は機動隊員に取り囲まれての構外退去です。中には見せしめとして監置処分になることもあります。監置とは東京拘置所に数日宿泊することですよw
まったくもってカンガルーコート(かの国の人民裁判)の如き、東京裁判の再来みたいな茶番劇が日々繰り返されているのです。

「罪証隠滅の恐れがある」という理由で不当にも勾留期間が延長されています。証拠隠滅と言っても具体的にどうやるのでしょうか。法大に入った証拠って、映像などを持っているとしたらそれは大学当局であったり警察であるはずです。当の本人はそもそも入ってもいません。公安一課の警察官がそれを証明しています。

まったく世も末です。

霞ヶ関に蔓延る国賊どもを文化連盟は一掃してやります!第一撃は法大からです!今すぐ無実の人間を釈放せよ!さもなくば殲滅するぞ!

法大弾圧が遂に日の目を見る!

 2008-08-09
良心的な出版社、創出版が刊行する月刊誌『創』(つくる)誌面上に法大弾圧の記事が踊ります!2年間に及ぶ空前の政治弾圧がやっと周知されようとしています。ご尽力賜った創出版の方々、そして執筆して頂いたジャーナリスト齋藤貴男さん、本当にありがとうございます。


かつてこの日本で、大学という学問の牙城において延べ88名の人間が逮捕されるという事態があったのか。否、未だかつて世界中のどの国家共同体内においてもそのような弾圧劇は起きていない。これは空前の大弾圧であり、かの横浜事件を遥かに凌駕する凄惨な人権蹂躙に他ならない。日本国憲法を戴く日本国の威信はもとより、およそ人類が築き上げてきた繁栄と進歩を足下から揺るがす非常事態であることを我々は直視しなければならないのだ。

悲劇はこれだけに留まらない。

それは外国人も驚愕のマスコミ実態だ。証券や医者と並んで戦後地位が向上したのがマスコミ業だが、大新聞はもとより地方紙に至っても法大弾圧を取り上げた紙面を見たことがない。こちらは精力的に打診していることを延べておくが、どうでもいい学生が犠牲になるのは構わないという事か。ことテレビ業界に至っては目を覆いたくなる現状だ。2006年3月14日の29名不当逮捕の時はフジテレビが、今年5月29日の33名不当逮捕の際はTBSが公安部からのリークを受けてぬけぬけと法大正門前にやってきて速報だけを流して帰っていった。正義だとか公正だとか叫んで権力批判がお家芸のマスコミがこの体たらくではこの国の末路が目に浮かぶ。もっともテレビと新聞を同格に言うにはかなりの無理がある。さすがに新聞社は弾圧現場を見物に来たりはしない。ちなみに、コネ入社がダントツのフジテレビには中曽根元総理の孫を筆頭に鹿内家など有力者の子弟が目白押し。児玉誉志夫の三男が取締役を務め、加藤紘一の次女や在社中は結婚相手を見つけただけの小渕優子など、TBSも負けてないが。



ネットの普及で部数が激減し、視聴者離れが顕著な新聞・テレビなどという似非マスコミは早く消え失せて欲しいですね!

我々文化連盟は気高く、そして気骨ある創出版に絶大なる支持と謝意を表明いたします。間違いなく創出版は日本のマスコミの雄です。



『創』9・10月号
http://www.tsukuru.co.jp/gekkan/
齋藤貴男連載の「非国民のすすめ」を注視。

つれづれなること 2

 2008-08-08
 社会は、様々な人間の集まりである。

 ゆえに、社会には様々なニーズに応えるために、また社会そのものの維持のために、様々な役割を持った施設が当然必要となってくる。パチンコ・ゲームセンター・映画館・公園・住宅・図書館・会社・農業(畑)・軍事基地・学校・港・・・。全て社会にとって必要なものであり、それぞれが社会に対して担うべき役割を持って設置されている。

 社会内の施設は、それぞれの役割を持っている。

 最近、法政大学では中核派の人間を中心として二年間で88名の逮捕者を出している。そのほとんどが「建造物不法侵入」容疑でのものである。刑法130条の前部分に定められている法律であるが、その内容は、要点だけ言うなら「他人の看守(管理)する住居などの建造物に正当な理由なく進入した場合、これを罰する」というものである。

 ここで、最初に書いた、社会において施設は一つ一つ役割を持っているという話とからめたい。
 大学は、いったい社会にどのような役割を担わされて存在しているのか、ということである。これは議論をする必要もないほど明確なことであろう。大学が社会に対して責任を持って行うべきことは、学問の自由の堅持および次世代の良識ある人間の輩出という社会全体の質の再生産・向上である。そこには当然その目的に伴う諸権利(表現の自由等)の堅持も含まれてくる。ゆえに、法政大学に関わらず、大学は、そしてその管理者はそのことを理解して運営しなければ大学を本当の意味で「管理」していることにはならない。理念無き組織はただの利権機関へと成り下がり、社会の足を引っ張る存在となる。そのことは歴史が証明している。中核派と同じである(私個人は今の中核派はそうだとは思っていないが、80~90年代の法政大学の学生運動史を見れば、そういわれて当然だろう)。

 思ったことをつれづれなるままに書いたため話が変なほうに飛んだが、要するに、現在の法政大学の理事会は大学を「管理」などしていないのだ。大学は学問の自由の堅持と良識ある人材の育成のためにあらゆる思想・信条を受け入れなければならない。中核の過去はいろいろあるが、今彼らが何をしたのか?思想・信条の自由が保障されているはずの場所に自分達の主張をしに行っただけではないか。少々アジテーションが長引いて授業時間に食い込むことは多々確認されているが、授業真っ最中にいきなりやってきて教授を追い出してアジっているわけではない。何がそんなに問題なのか。裁判を傍聴すると、検察側はアジテーションをするためだけに学内に入ることは正当な理由にあたらないとしているが、そんな言い分は先ほどから何度も記している大学の役割と照らし合わせれば空虚でしかないのは明らかだ。彼らが軍事基地や図書館へその目的で入ったら「建造物不法侵入」としていいとは思うが、彼らが入ったのは大学なのだ。今現在、法政大学への建造物不法侵入容疑で拘束されている者および法政大学に入ろうとした際にガードマンに攻撃され、反撃したら暴行の容疑で拘束された者はただちに釈放されるべきである。彼らを拘束することは、理事会が自ら自分達の管理能力の無さをあらわにしていることを意味する。無能な者たちが上層部にいては困る。現理事会は日本社会の長期的な発展を損なうことは間違いない。本当の国賊は彼らである。

                             文責 文化連盟執行委員会委員長 齋藤郁真

牧野会談ご報告

 2008-08-08
昨日、8月7日13時より、牧野英二教授主催の「懇談の会」が開かれました。
教授側の参加者は牧野教授に加え、酒井健文学部哲学科教授、武田将明文学部英文科専任講師の2名。
牧野酒井両教授は前日外国の出張先から帰ってきたばかり、武田講師は明日の早朝からアイルランドへ出張予定という大変な激務の間を縫う本会でした。

会談は牧野教授の2つの前置きから始まります。
曰く「今日この場には、我々3名とも個人として来ている」。
曰く「個人参加とはいえ、【自由な意見交換】を行うために、今日ここで話し合われた内容はブログ等で公にしないで欲しい。そういう保証がないとこの場の各人にはそれぞれ役職や立場があるから(酒井氏武田氏は08文学部執行委員会)言いたいことが言えなくなる」の2つです。
事実上の「緘口令」とも取れます。

これにはすぐさま恩田副委員長より「無理ですね」のお返事。
斉藤委員長も「約束できません、信用していませんから」と言下に切り捨てます。
企画局増井は「まあ、考慮します」と曖昧路線。
揉めるかと思われたこの場面ですが、教授側も強いてこちら側の言質を取ろうとはせず、話は本題に移っていきます。
後にこの件を3人で話し合った結果「少しは慮ろうではないか」ということに落ち着きました。
前置き説明後の我々の質問「ジャージ職員についてどう思うか」について、3方の内の1方は以前より「ジャージ部隊は理性の府に相応しくない」と言明していますし、1方も「(文連ブログ所収の映像を見て)彼らには違和感を覚える」とその場でお答え頂けました。
もう1方からは「彼らだってやりたくてやっているわけじゃない。君たちは彼らと共闘できるかもしれない」という一同失笑の珍言が提出されましたが、この発言にしても「ジャージ=一労働者≒哀れ(滑稽)なる者」という図式が言外に提示されています。
常態的な暴力行為が黙認され、何故か公安警察の指示で動く法政大学ジャージ職員。
学友の誰とでも共有でき、教職員とは滅多に共有できない彼らへの「違和感」を先生方3氏と一応は共にすることが出来ましたので、その対応も(今のところは)柔軟に行おうではないかとの一致です。

さて、会談では如何なる話し合いがなされたのか。
大別すると3つほどになります。

1つは、「法政大学当局の所業」です。
これは主として、入構チェックや学内でのストーキング等、普段我々が受けている不当弾圧の事細かな説明となります。
また、当局が裁判時に行っているアルバイトを使っての傍聴券占有等、「大学」としての品位を問わざるを得ない振る舞いにも薄暗い研究室ながら日の目を当てました。
畳みかける当局の横暴に「知らなかった」と教授陣からは驚きの声が漏れます(仕方ないことなのでしょうが正直殴りたくなります)。

2つは、「その所業に対する相互の見解」です。
我々の所見は態々申し述べなくても御存じでしょうから、先生方の見解で名言と思われたものを一つご紹介します。
「今の法政大学の行いは日本国憲法を侵している可能性がある大問題」
日本で5本の指に入るカント研究者のお言葉なのか、日本ディルタイ学会会長さんのお言葉なのかは判然としませんが、とにかくある方がこのように仰られていました。
取り込みにしては大仰過ぎますですので一同驚きましたが、心より嬉しかったことも真の事実。
これを機に、文連3氏の発言もより活発になります。

3つは、「文化連盟の所業」について。
文化連盟主催の集会に「ルール」を持ち出し異を唱えようとする教授へ、文化連盟諸氏は即座に反論。
企画局増井の「ルールを守れというのなら、合法的に入構チェックや学内でのスト―キングを止めさせる方法を教えてください」を皮切りに「現実的に物事はパワーバランスの側面があるんです。アンパンマンだってバイキンマンを殴るんですよ」とガンジー斉藤(ガンジーなのに!!)。
「ルール、ルールって言いますけどね、314以来の「88名逮捕」を背景としてのルール制定なんですよ。逮捕して、学生を委縮させて、その上でキャンパス一時利用規定なり、ビラ立て看規制なり学友会解体なり学生ホール解体なりを行っているわけです」と恩田副委員長も畳みかけます。
猛論の末、この点には一定のご理解を頂けたようです。

しかしながら、傾聴に値するご指摘も多々頂きました。
何よりも嬉しかったのは
「逮捕されてはいけない。黒ヘルの伝統を潰さないように、運動として持続するように、逮捕だけはされていはいけない」という某氏のお言葉です。
その方が以前『群像』に何か書いていたかどうかは詳しく存じ上げませんが、とにかくその方はこのように仰って下さいました。
法政大学の教員から「黒ヘルの伝統」なるお言葉をお聞かせ頂けるとは、これは中中我が母校も捨てたものではありません。




この調子で意見交換は闊達に進み、牧野先生による「懇談の会」という命名もあながち的外れでない「懇談」が進行します。
しかし「懇談」しながらも、170時間のハンガーストライキを闘い抜いた法政のガンジー斉藤郁真は出されたお茶に一切手を付けません。
「飲みなよ」という牧野先生のお誘いにも「私がこれを飲むときは、貴方を信用した時です」と自らの意思を確言します。
恩田副委員長も一切ノータッチ。
両君は「お茶くらいいいかな」という闘争に於ける非原則的な思考を蛇蝎の如く忌み嫌います。
牧野英二の「毒マムシ」振りを方々の信頼ある方から側聞すれば尚更飲むわけにはいきません。
毒マムシは「戦国時代だって敵に塩を送ることはあるよ」と笑っていましたが、結局手を出したのは企画局の増井のみ。
彼は3本の「お~いお茶」を空にしました。


時間も5時に差し掛かり、4時間近く続いた本会もいよいよ終局に向かいます。
終了間際、牧野先生は、我々の受ける入校チェック等の「教育権の侵害」を止めさせる為、「全力で努力する」と強い眼差しで言明しました。
「何時何分○○入構しました。何時何分○○退構しました」。
言うまでもなく、学籍ある学生に対してこのような行為を1年以上も堂堂継続中の大学はまともではありません。
牧野先生は「これは大問題だし、このことを放って置く気はない。この間も動いていたし、今後も動いていく」と仰って下さいました。
…どこかで聞いたことのあるセリフですね。
そうです。
御用組合役員のサークルサポーターにすら「使えない」「噓つき」呼ばわりされている木原章50歳さんも当初この処遇を「絶対に止めさせる」と豪語していました。
しかし今では「今後も続けていく」と180度転意しています。
積極的な期待はしませんが、牧野先生が50歳さんのような「噓つき」でないことは消極的に祈らせて頂きましょう。
「嘘つき」と時間をかけて話をするほど馬鹿馬鹿しいことはありませんから。


この会談が意義のあるものであったのかは現時点では判断できません。
それは9月以降追って明らかになっていくことでしょう。
しかし、我々のようなならず者に態態数時間もの刻限をお割き下さった3先生には心より感謝しています。
とりわけ、ただ一人単独で我々との意思疎通をはかろうとご尽力下さった牧野英二には一方ならぬ感謝と敬意を抱いています。


ありがとう、毒マムシ!!
重ねて、厚く、熱く、謝意を!!


哲学研究会からのお知らせ

 2008-08-07
こんばんは、企画局です。
突然ながら私が所属する哲学研究会からのお知らせです。

当会の機関紙『希哲学』で特集を組みます。
題して「別冊希哲学―法大問題を考える―」。
媒体として、文化連盟の不定期冊子『文化創造』での発行も考えたのですが、こちらには止むを得ざる政治性・オルグ色がありますので、各人の主観が入り乱れるところの「法大の声」を組上げたい私としては、比較的両者の少ない自サークルで行うことを選びました。
「各人の目に映る法政を各人に描き出して貰うことで、その集積が何かを見せてくれるかも知れない」が本企画立ち上げの動機です。
六方晶系がそれ自体何物でもないにも拘わらず、厚く集まることで雪を示すように、各々の主観の集積は全体的なる何かを立ち表せるのではないか。
多種多様なパースペクティブは構造的なる何かを必ずや照射するのではないか。
その浮かび上がる「何か」を公のものとすることが本企画の目的(というより望み)です。
対談も組んでみたいのですが、そこまで出来ましょうか。
冊子は後期開始日に発行する予定です。


折角ですので、軽くサークル紹介も。
元来、哲研は中核派のダミーサークルだったのですが、前会長の尽力あって実態ある学習会系サークルに復帰(?)しました。
その後も種種変転があり、今は「文章系サークル」というところで落ち付いています。
08年も4月以降2たび『希哲学』を発行しており、法政大学の文章系としてはエネルギッシュな活動を展開中です。
会員は僅か5名ほどなのですが、編集担当者がどこからともなく執筆者を漁ってくるので、執筆陣は多様かつ異様。
前々号までは美大生に装丁を依頼するなど、「冊子作り」それ自体にもこだわりを持っています。

興味があられる方は、学内ラックで配布中の『希哲学』を手に取ってみてください。
活動理念・活動方針も記載しております。
どうぞ、よろしくお願いします。

明日は牧野会談

 2008-08-06
文学部哲学科教授牧野英二氏主宰の非公式懇談会(本人曰く)が明日行われる。
牧野氏ほか、文学部哲学科教授酒井健氏、同英文学科武田将明氏も参加する予定。
両氏は08文学部執行委員会3役のうちの2名である。
加えて今回は、参加者の氏名が事前に公開された。

記憶にある方も居られるだろうが、以前オジャンになった非公式懇談会では、その参加教授(牧野氏を除く哲学科教授3名)は自らの名を名乗ることを拒否しながら、こちら側の参加人数及び名前を事前連絡するようにと探りを入れてきた。


「参加するなら名前教えてね。ぼくは教えないけど」
「参加するなら名前教えてね。ぼくは教えないけど」
「参加するなら名前教えてね。ぼくは教えないけど」
「参加するなら名前教えてね。ぼくは教えないけど」
「参加するなら名前教えてね。ぼくは教えないけど」
「参加するなら名前教えてね。ぼくは教えないけど」






これに比べれば、今回の教授陣は立派だ。
我々が以前「自由な意見交換」を交わす予定だったのは、自分の名前を名乗らずに人の名前を聞いてくるような方たちだったのだから、彼らに比べればはるかに「立派」である。

明日の懇談会は、13時より、607牧野個人研究室にて開かれる。
問題意識はともあれ、「見て見ぬふり」をせず「単独」「コミュニケーション」「はかろう」とした牧野先生に、我々文化連盟は敬意を表そうではないか。
「見て見ぬふり」をしたあげく「学部」として一方的な「呼び出し」をかけ「処分」「謀ろう」とする多くのチキン教授に比べれば、牧野英二は偉いではないか。



たとえ非和解であろうとも、ね。


本日は勾留理由開示公判です

 2008-08-04
本日8月4日は、7月24日の中野集会で不当にも逮捕令状により不当逮捕された3名の勾留理由開示公判です。

7月24日は中野ゼロにて文化連盟・弾圧救援会・3・14法大弾圧を許さない法大生の会合同の集会が開催されました。この催しに泥を塗るために警視庁公安部は3名に対する建造物不法侵入の逮捕令状を用意し、その機会を伺っていたのです。

集会前に内田晶理(てるまさ)君(東北大)が中野駅で検挙されます。集会終了後、帰路に着くため駅へ向かう東北大の学生と広島大(主席入学・学費免除特待生)の二人が突如検挙され車両に乗せられ連行されます。3名とも容疑は法政大学での「建造物不法侵入」です。

大学という開かれた学府において建造物不法侵入とは常軌を逸したでっち上げに他なりません。そしてこの政治弾圧に手を貸している法政大学当局、開かれた法政などと抜かしていたのはどこの誰だ?

正門を閉鎖し学内には監視カメラをまき散らし人権を蹂躙し思想差別と迫害を犯しておきながら「思想信条の自由を堅持します」「学習環境を保障します」「開かれた法政を目指します」・・・

まるでコントだが一笑に付すわけにもいかぬ。饒舌の徒、悪の権化は一掃しなければ日の出はないのだ。理性の府の再建を果たすべく我らは後期も暴れまくるぞ!既得権益爺ども覚悟しろ!


付け加え、建造物不法侵入で検挙された広島大(主席入学・学費免除特待生)の学生についてはその容疑にも関わらず実際には一歩も法大構内に入っていないとのこと!

取り調べでは公安刑事が

「てめえ、なんで入らなかったんだ!」

などと叫んでいるそうです。

「てめえ、なんで入らなかったんだ!」
「てめえ、なんで入らなかったんだ!」
「てめえ、なんで入らなかったんだ!」
「てめえ、なんで入らなかったんだ!」
「てめえ、なんで入らなかったんだ!」
「てめえ、なんで入らなかったんだ!」
「てめえ、なんで入らなかったんだ!」


一体なんですかこれは!みなさん信じられますか?誰か僕に納得のいく説明をしてください。
察自らがでっち上げを証明しているんですよ!

明らかな不当逮捕・人権蹂躙・名誉毀損、これを仕組んだ警視庁公安部と協力した法政大学当局、逮捕令状を出した裁判所、こいつらは地獄の使者です!亡国の徒です!売国奴です!非国民です!こんな奴らを野放しにしていると日本人の民度が疑われますよ!

さらにさらに、高名な悪徳刑事公安一課の石沢剛がまたも暴れています!
isizawa2.jpg
警視庁公安部公安一課警部補、石沢剛(いしざわ つよし)(山形県出身)

この石沢は、この日不当にも逮捕した内田君に対し

「東京拘置所に戻してやるからな!」

などと吐き捨てているのです。

5月28日に倉岡雅美さんを背後から襲って誘拐し、翌29日には33名不当逮捕の最前線で学生に殴る蹴るの暴行を加えた挙げ句に連行し、ズートロ君のカメラの破壊を教唆し、恩田君の顔面を殴打したこの特高警察官、石沢剛は国家の威信に傷を付ける国賊なのだ!

警察官でありながら汚職の限りを尽くし、日本警察の品格を貶めるこの輩は実は北朝鮮の工作員ではないかと噂されています。倉岡さんを拉致した手口はまさにかの国の特殊機関さながら!この憎むべき外道、売国分子石沢を徹底的に糾弾しましょう!万国の愛国者よ、団結せよ!






本日の公判は14時より東京地裁429法廷で実施されます。傍聴にはチケットが必要になりますので13時に地裁正面玄関にお集まり下さい。真実を見る勇気のある方は是非来庁を!文化連盟が身辺を警護します。

法学部呼び出しに牧野会談

 2008-08-03
法学部呼び出しと牧野会談の日時が決まりました。

因みに両者とも三役の同席が許可されています。
言うまでもなく、これは異例中の異例です。
特に驚くべきは法学部の対応です。
法政大学法学部が、文化連盟三役の同席を許可したのです。
とはいえ、これは
「さすがは法政大学の看板学部!!」
となるようなものでは当然ありません。

2006年3月14日を思い出してみてください。

法学部教授会は、学生部職員近藤清之氏に学生証を見せて入構→写真撮影をして逮捕された05年文化連盟本部員友部博文先輩に、その後不起訴釈放であったにも関わらず、停学6カ月の処分を下した輩です。

法学部体育教師マリオ(ワリオ?)鈴木を思い出してみてください。
マリオ2
鈴木良則
ワリオ3
鈴木良則
マリオ3
鈴木良則
ワリオ2
鈴木良則
マリオ1
鈴木良則
ワリオ1
鈴木良則


マリオ鈴木は、5月29日の33名不当逮捕事件の際、公安部と連携し弾圧に加担し、あろうことか、その後返り血を浴びたままノコノコと授業に出ていくような男です。
そしてこの卑劣マリオは、女の子に関節技を掛けるという悪行まで為しています。


そもそも何故、本来は任天堂に就職しているはずのマリオ鈴木が法学部で副主任を務めているのか?
昨年度まで当連盟所属哲学研究会の顧問を引き受けて下さった沖文研所長の飯田泰三先生や斉藤委員長の法大入学動機である市村弘正先生など、法政大学法学部には学者として高名な先生方は少なからずおられます。
そんな中、体育教師が法学部の副主任です。
返り血を浴びたまま授業に出て行くような節操のない男が法学部副主任です。
研究もせず学生センターに足繁く通うこのマリオが法学部副主任です。


嗚呼、馬鹿馬鹿しい。

文化連盟として、法学部教授会に強く求めたいのですが、法政大学法学部は法政のガンジー斉藤郁真が在籍する学部であるということをしっかりと認識して頂きたい。
女の子を殴るような卑劣体育教師に、副主任などというポストを与えないでほしいのです。
…代わりに大勝軒のもりそば券(大盛)を10枚ほど差し上げれば十分ではないでしょうか?

人間は人間の行動を文脈と背景で判断します。
無罪の友部先輩に6ヵ月もの停学処分を処し、暴力マリオが副主任を任されているのが、法政大学法学部です。
一刻も早く当事者に事実関係の確認をさせて、処分に繋げようとする意図が見え見えではないですか。
わざわざ、夏休み中に呼び出すのもこれまたいやらしい。



呼び出しの日にちは8月の5日ですが、残念ながらその日委員長は広島に行く予定があるそうで面談は難しそう。
というわけで、本当に残念なことではありましたが、次回延期を要望したそうです。
すると、法学部執行部はその次の面談を8月の3週目にすぐさま設定。
委員長曰く「8月の3週目は風邪を引きそうな気がするね、本当に残念だけど(笑)」だそうな。

広島に夏風邪、ご苦労様です委員長♪
プロフィール

文化連盟

Author:文化連盟
1959年創立の法政大学サークル連合。2008年3月に非公認化。活動理念は「自主文化創造」。本業のサークル活動に邁進しつつ、2006年3月14日以来延べ126名の逮捕者、34名の起訴者と13名の処分者を擁する監獄大学爆砕へと学生運動も同時並行。直接行動系。ゆとり世代代表。愛は強し。

2012年5月31日、東大ポポロ座に続き暴処法を粉砕し無罪を勝ち取る。もはや敵なし。俺たち最強。

法大闘争とは何か?


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