倉岡への処分策動を粉砕する

 2010-02-28

2010219

法政大学 人間環境学部御中

法政大学人間環境学部人間環境学科06H0072 倉岡 雅美

法政大学文化連盟

 

質問及び要求書

 

 去る2010218日付文書で通知された面談について、質問及び要求があるので、以下内容を記す。

 

1.225日は私用があり、出席できないこと。ついては、こちらは来月、34日の14時を指定したい。そちらの都合がつかなければ他日を設定していただきたい。なお、3567日も私用があるので、その日ははずしていただきたい。

2.送付された文書には面談出席者が誰か明らかにされていない。面談者の名前等、具体的に明らかにしていただきたい。

3.面談を密室ではなく、公開の場で行っていただきたい。

4.面談事項として、「停学期間中および休学期間中における法政大学正門、または外濠校舎周辺での行動について」とあるが、大学の外での学生の行動について言及する権利を、貴学部は、いつ、どこで、どのように獲得したのか。答えていただきたい。

5.文書に「面談の結果、あなたの行動が学則第53条にふれると判断した時は、これに対応するしかるべき措置を行う」とある。学則第53条は、学生の処分規定であるが、その中には「学生の本分に悖ること」という項目がある。貴学部は、「学生の本分に悖る」とはどういうことであると考えているのか。具体的に明らかにしていただきたい。

 

上の5つの質問に225日までに文書で返答をいただきたい。

 

以上。


 

 

 こちらの不手際で公開していませんでしたが、3・14ブログにあるとおり、2月19日に上記の文書を人間環境学部にFAXで提出しました。

が、しかし! さすがは法政大学教授会。ふざけた対応をとってきたことはいうまでもない。

 そもそもの話として、自分たちは、具体的な内容も明かさずにいきなり倉岡を呼び出しておいて、こちらが文書をだしたら回答を拒否する、というのがすでにふざけているのだが、それに加えて、今回は「回答しない」という回答すらなかった。この文書には「2月25日にはいけない」という内容も含まれているというのに、「回答しない」回答すらなかったらどうしようもないことぐらいわからないのか?

 次に、上記の文書にもあるように、2月25日は結局行かなかったのだが、人間環境学部教授会はこれを「無断欠席」とみなしたようだ。最近の処分における新ルールとして、「二回無断欠席したらもう呼び出しは行わない」というルールがあるとのことだが、倉岡は3月4日を指定して行く気をみせているではないか。にもかかわらず「無断欠席」扱いとは何事か。「人間環境学」(?)を学んでこい。

 せっかくなので付け足しておきたいが、最初は2月23日(裁判の日)に呼び出しをしたことも度し難い。その日に呼び出しに応じたら倉岡は拘置所に連れ戻される可能性すらあるではないか。さすがにこのことを伝えたら25日に面談を延期したが、上の無断欠席云々についてもそうであるように、完全に倉岡の都合などどうでもいい、という意思を感じる。「25日に来い」という内容の文書が届いたのは一週間前であって、普通なら一週間前に次の一週間の予定ぐらい決まっている可能性があることすら考えつかないのか。以前に恩田・増井の親を呼んだときも、前日の夜になって「明日法政に来てくれ」という相手の都合を無視した呼び出しを行ったことにも見られるように、法政大学の教授会というのはそういう類の常識が欠如した方々のようだ。常識云々を我々に説教する前にそこらへんを考えたらどうなのか。

 2月5日の法政門前での逮捕に抗議して、アメリカの学生が日本大使館に連帯抗議行動を行ってくれたのだが、その方々が中心となって3月4日にアメリカでカリフォルニア全州規模の教育ゼネストがある。全学連の方々が招請されていて何名か行くようだが、我々としてはお礼も含めて日本での連帯行動をどうするか考えていたので、ちょうどいい。今回の法政大学の処分策動をグローバルな問題にしてやろうではないか。グローバルを目指して外国から多くの学生を受け入れている法政大学としてもうれしいことだろう。我々文化連盟に感謝するといい。

と、いうことで日程

3月4日 12:30~集会・デモ    処分阻止! 国際連帯!

ぜひ皆様おこしくださいませ。

ズートロvs木原章

 2010-02-28
ズートロ
081019_1403~0002

VS

木原章
kihara.jpg



新作のフライヤー撮影をしていたら、市ヶ谷学生センター長殿が弾圧にご来訪遊ばされたとのこと。






で、こちらが完成版。
大阪で開催されるCINEDRIVE2010に出品するそうです。
詳細は法政大学ドキュメンタリー上映会ブログにて。


1421775082_155.jpg


1421775082_166.jpg

カオス、素人の乱!

 2010-02-28

















素人の乱主催(多分)のカオスデモに行ってきました。
やばい、楽しすぎる!
東京を征服中のファシスト・外山恒一さんにもご挨拶。
来月6日には阿佐ヶ谷ロフトにて新著刊行記念イベントが発生するそうです。
要チェックだけん。

怖るべし、公安警察の実態!

 2010-02-28
3・14法大弾圧を許さない法大生の会ブログより転載。
2月5日、逮捕当日の映像です。



全員釈放!

 2010-02-26
残る1名も釈放が決定。
完全無欠の大勝利である。
やった?(o^∀^o)


……が、にしてもだ。
彼ら6名の23日間は一体全体なんだったのだ。彼ら6名の累計取り調べ時間は、である。
時間を返せ!
権力は調子に乗るな、ボケが。

おかえり、洞口!

 2010-02-26


洞口の釈放が決定!

 2010-02-26
他2名も釈放へ。
これで6名中5名が自由の身となった。
当たり前だ、このタコ!

速報。

 2010-02-26
急変、2・5ビラまき不当逮捕情勢。
6名の逮捕者のうち1名は釈放され、もう1名は身柄釈放の決定がでた模様。

なお、社研・洞口の動向は未だ決せず。
続報を待たれよ。

文連発、無料メールマガジン!

 2010-02-26
法政大学文化連盟のメルマガを作りました。
文連のホットな情報を隔週で配信予定!
ご登録よろしくお願いします↓

http://www.melma.com/backnumber_184929/

やっぱり早稲田もおんなじだった。

 2010-02-25







やっぱり早稲田もおんなじだった。
違いは、亀虫と黄金虫ていどの違いでしかない。
うん、そうなのだ、法政の方が若干臭い。
サークル規制、飲酒規制、学費の高騰etc……、新自由主義が続く限り学生管理強化は止まらない。

私立は(ほぼ)終わった。
次は、国立である。

スーパー洞口タイム発動!

 2010-02-25







314ブログに連帯します。
明日は15時より洞口以下6学生奪還イベント、地裁前大情宣です。

【洞口を】都の西北に決起【返せ!】

 2010-02-24





社研・洞口の勾留満期は26日金曜日。
早大ロースクールにて教鞭をとる裁判官、すずきたくみのすけは直ちに洞口を釈放しろ。
ビラまきが犯罪なわけねえだろ、ゴルァ!(;`皿´)

つれづれなること 13

 2010-02-21

 自然権。そしてそれに基づく人権。近代の法律はこれを前提に作られている。だから近代法には人権が存在し、それに基づく近代裁判には魔女裁判(および封建時代の裁判)と違って取り調べ段階での拷問の禁止と被告人の防御権が広範に認められうる(実際にどうかは別として)。

 多くの方が知っておられるように、人権という言葉が歴史に本格的に登場するのはアメリカ独立戦争及びフランス革命である。そしてこれまた多くの方が知っておられるようにそれは独立宣言書でもフランス人権宣言でも同じように文書で登場した。

 しかし、文書とはしょせん紙である。火をつければ焼失するし、水をかければふやけて駄目になる。ハサミを入れれば切れるし、引き裂くことも簡単である。現実の質量は羊皮紙一枚分であり、せいぜい10g?というところだろう。

 その紙が、なぜ力を持ちうるか? 歴史的重み? それは質量にしていったい何gなのか? それは力ではない。人権が侵害されるときにそれを止めることはできない。

 では人権が力を持つ所以は? 簡潔にいこう。それは暴力だからである。独裁的な王権に対して暴力を持って行われた民衆の闘争、これが人権の本質である。

 当たり前のことだが、この世界は三次元である。三次元で力を持つのは三次元の力だけである。フランス人権宣言を大声で唱えて、雷でも降ってくるのか?

 かつて老子は言った。「文明が進めば進むほど、偽りが増える」と。彼は物々交換が貨幣に取って代わられていく現実を見て言ったわけだが、これは確かにそのとおりである。株式市場での為替取引は、どんなに現金すなわち紙幣および貨幣で取引されることがほとんどなくても、それは貨幣に依存している。そして貨幣は現物に依存しているのである。

 権利は、それが法律という形で社会に追認されたときによく倒錯する。人権は、王権に対する闘争の結果勝ち取られたものであるのに、勝ち取った世代の次の世代は人権があるから闘争が可能だと思い込む。そしてこういう人権を知っているのではなく信仰している人間は、目の前で人権が無視されるときにたいてい「人権があるから誰かがなんとかしてくれる」とか思う。

 繰り返し言おう。この世界は三次元である。現実は、現実的な力によってしか動いていない。かつては私も人権を信仰していたが、法政大学の闘争を通して人権を知った。

 確かに、個人と個人の関係は力を伴った契約書よりもたんなる口約束のほうがより大きな責任を伴うことがあることは事実だ。しかし、それは人間が社会を作る生物であり、そこから生じる社会性の問題としてある。

 我々が忘れてはならないことは、すべてではないにしてもほとんどの場合、内容が形式を決定する、ということだ。「他の人間を奴隷にしてはならない」という内容は他の人間を奴隷にしている奴をぶん殴って無力化させることで生まれる。「人は生まれながらに自由であり、身分に縛られない」という内容は同じく身分を作り、そしてその身分に固執することで、(その人間が個人的に善人か悪人かはさておき)結果として身分制度を守り他人を奴隷にする奴をぶん殴らなければならない。仮にこういう過程が平和的に過ぎることがあるとすれば、それは前者(人権)側が持つ力が圧倒的すぎて相手が降伏した場合だけである。

 何がしかの権利を守るということは、その内容を実行することであって、文言が変わる・変わらないの話だけに落としこめてはならない。

 手段は目的と状況によって決定されるので、今の日本では集会やデモという形で、すなわち暴力を裏に隠す形で行使するのが最も適当であることはいうまでもないが、それによって自分たちが暴力を振るっていることを忘れてはならない。選挙権もまた、背後に暴力が潜んでいるが、これを忘れたとき、選挙権は「自分たちで自分たちの指導者を選ぶ=自分がいいと思う選択肢を掴み取る」ための、主体性を伴った権利ではなく、「今ある選択肢から最良だと思われる指導者を選ぶ=なんかいいこと言ってるやつにいれとけばいいんじゃね?」という主体性0のものへと落ちる。基本的に現代においては社会を改良する手段は選挙だが、その選挙の質は普段民衆一般がどれだけ政治に参加し、討論するかにかかっており、そしてそれは本質的にはどれだけ民衆が政治的な暴力を行使しえるかにかかっている。選挙はすべてではなく、形式であって、重要なのは過程なのである。

法律であれ、権利であれ、作るのも使うのも人である。法律という形で何がしかの権利が追認されていることは、その権利を守ることを有利にすることはあっても、その権利の本質を守っているわけではない。

 我々が「人権は存在する」というとき、存在しているのは人権などという抽象的な二次元界の力ではない。存在しているのは人権の内容を守ろうとし、闘争する現実の人間達の力なのである。

 最後にひとつだけ。今も続く人類史において暴力は二つの役割を果たした。ひとつは、誰かが誰かを抑圧する役割。多くの人がこの役割ゆえに暴力を毛嫌いし、自らも暴力を使おうとしなくさせる面である。そしてもうひとつは、誰かが誰かを解放する役割、もしくは自らで自らを解放する役割。王権を破壊し、奴隷を奴隷主から解放し、人権を確立した面であり、マルコムXが知性と呼ぶべきだとした面である。もちろん、暴力は暴力であるから、現実には暴力を行使するとたいていこの二つの面は両方発生する。ルイ16世をギロチンにかけ、抑圧することでフランス人は身分制度から解放された。(現実にどれほどいるかは別として)快楽殺人犯を抑圧することで人は解放される。善と悪は人の観念であり、暴力もまた使い道によってその主な役割を変える、ということである。

2010年2月21日 齋藤 郁真

IT革命軍、ライター養成講座に軍を派遣!

 2010-02-19



うちゃ。IT革命軍である。

どうしたら文連ブログは1日1万アクセスを突破するのか?
軍創設以来、我々は日夜この課題に直面している。
日本有数の知性・宮台真治のブログにして1日2000、日本有数のパフォーマー・外山恒一のブログにして1日3000ほどしかアクセスがやってこないのを見るにつけ(数字は半年以上前のもの。今は知らない)、非知性不アドリブな我々が1万ヒットを獲得するのは容易ではないことのように思える。
が、最近、一つの突破口を見いだした。
それは何か?

有能なライターを育てることである。

事実は小説よりも奇なりという。
であれば、いま法政で起こっていることはいかなる小説よりもよっぽどの「奇」であり、いかなる小説よりもべらぼうに面白く、いかなる小説よりもベロベロに汚らわしいものであるからにして(ビラをまいているだけで獄にぶち込まれるのである!もはやギャグだ!)、詳細な事実描写を紡げばただそれだけでウケてしまうのではないか?と浅はかながら考えてしまったわけだ。

法政大学には公認の文学系サークルが2つある。
文学研究会と日本文学研究会。
どちらとも、やれ俺の恋愛がああだとか、やれ俺の人間関係がこうだとか、つまらないネタをもとに貧しい想像力を駆使しているわけだが、あやつらのフィクションなど、法政のリアルと比すれば、チン○ス並の想像力である。
学生は言うを待たず、としても、いま我々に必要なのは豊かな想像力を持つ文学者ではない。
事実を端的に伝える報告者である。


ということで、我が軍は一般の「ライター養成講座」(無償)に複数名軍人を派遣することにした。
このブログを見て貰えばわかるように、我が軍の軍人たちは文才がない。
冗長で、散漫で、おまけに下品だ。
こうなったらもう修行するしかないのである。

【質問に】前記事補足【答える!】

 2010-02-17
記事「文化連盟IT革命軍より全左翼業界関係者に告ぐ!」はウェブ内外を問わず多くの反響が寄せられました。
よって、質問に答える形で、数点補足致します。


●「文化連盟IT革命軍」ってなんですか?

①法大の問題をあらゆるウェブ活動により広く社会に知らしめるための非公然部隊です。
と同時に、②学生運動業界にとっていまだ未開発領域である「学生運動×ウェブ」の可能性を追求しています。
③「朝日は800万部もいらねえだろー」「読売1000万部を100部へ!」が合言葉であり、既存マスコミ大手5系列16社に代表される紙媒体での情報寡占を崩壊に追い込まんと日夜画策しています。


文連ホームページがぶっ壊れているのですが?

ごめんなさい。
現在リニューアル中につき、近々蘇生致します。


●私は毎日文連ブログに20回アクセスしているので全アクセス数のうち20は私ですよ?

いつもご愛顧のほどありがとうございます。
当連盟のアクセスカウンタはIPアクセスで設定しているので、同じ端末を使用している限り、20アクセスでも7億アクセスでも、同日中なら1アクセスとしてしかカウントされません。


●アクセス数を増やすことがどうして「現実の(潜在的)支持者を獲得すること」につながるんですか?

端的にパイと比率の問題です。
10人の視聴者がいれば、1人はコアなファン、2人はまあまあ好意的な人、3人は客観的な観察者、もう3人は批判的な閲覧者、最後の1人が「文連氏ね!消えろ!クズ!カス!害虫乙www」と思っている文連FU〇Kユーザー(もうちょっといるかもしれませんがw)となります。
これが100人の視聴者なら10人がめっちゃラブリー、20人がほどほどラブリー、30人がぼちぼちラブリー、もう30人がぜんぜんラブリー、最後の10人がまったくラブリー、となります。
同様これが1000人なら・・・、10000人なら・・・、となる。
わかりにくいかも知れないので人気商売の代表格、アイドルの例を出します。
例えば松浦あや。
松浦あやがこの世で10人にしか知られていなかったとします。
すると、この10人の支持率分配は先ほど述べた比率になると思います。
すなわち、1人はめっちゃホリデーな人(DVDを買ったりライブとかに行っちゃう人)、2人は桃色片思いな人(CDなら買っちゃう人)、3人はトロピカ~ル恋して~るな人(コンビ二とか店頭でBGMが流れているとついついハミングしちゃう人)、もう3人はLOVE涙色な人(「知るかよ松浦なんて。」)、末尾の1人が渡良瀬橋な人(「俺はミキティの方が好きだっ!」)。
でもこのパイが100万人1000万人1億人なら?
めっちゃホリデーな人は街頭に溢れ返ります(ズバット!ズバット!ズバット!ズバット!)。
そして事実、松浦あやは老若男女を問わず日本人民に大人気です(ズバット!ズバット!(ry
つまり、パイとファンは正比例するのです。
大事なのは多くの人に知られること、パイを大きくすることです。
パイを大きくすればその拡大率に応じて支持者はあとから付いてきます
一番恐ろしいのは誰にも知られないこと、無視されることに他なりません。
あややを知らない人にあややを好きも嫌いもないのですから。


●「全左翼に告ぐ」とありますが、一般の方や右翼の方で運動を展開されている方々には告がないんですか?

我々IT革命軍は、思想の左右を問わず、自らの信念に忠実に、一生懸命活動を展開されているすべての方を応援しています(あるいは応援はできないかもしれませんが、少なくとも敬意は払います)。
色々な人が色々なことを言い、振舞い、相対す。
その中で相互に刺激を与え合い切磋琢磨することが、いつの時代もその社会を前進させてきました。
逆に言うと、この条件を奪われた社会は悲惨な末路を迎えることになります。
さて、思想傾向の両翼を問わず、活動家の発する言葉には「生きた言葉」と「死んだ言葉」の2種類しかありません。
「生きた言葉」とは早大ノンセクト・花咲政之輔氏風に形容すると「ストリートの息吹をくみ上げ」た言葉であり、もっと俗に言うと「人の胸に響く」言葉です。
あらゆる活動家の活動意味はこの言葉を創出することにこそある。
花咲氏は「ストリートの息吹をくみ上げているのが右派」であるとかつて発言していますが、近年在特会の活動が若年層の間に一定支持を集めているのもこのことと関係しています。
つまり右派は、それが一部の層であれ、「生きた言葉」「人の胸に響く言葉」を確実に発しているのです。
で、本題。
ところである言葉が人の胸に響くか響かないかないかはどうやって判断したらよいのか?
我々はこの問いに、アクセスカウンタを使おう、と回答しています。
全世界を獲得できているなら60億人が見るし、全日本を獲得できているなら1億2000万人が見るから、と。
単純な話です。
・中核派 3000アクセス
・革マル派2500アクセス
・革労協(主流派)800アクセス
・革労協(反主流派)700アクセス
・ブント(統一委員会)500アクセス
・ブント(叛旗派)300アクセス
はい、中核派の勝ちっ!みたいな。でも、
・日本共産党 1000000アクセス
うーん、日共やるなあ、俺らもまだまだだな~頑張んなきゃな~、みたいな。
前記事では金属疲労の激しい左翼業界に的を絞りましたが、それは本来は顕教であるはずの彼らが密教化していることに常々疑問を感じていたからです。
身内にしか通用しない言葉を使っている彼らに、外部に通用する言葉を駆使できていない彼らに問題を感じていたからです(もちろん「言うは易く行うは難し」なのですが)。
彼らは勝間和代やホリエモンのツイッターフォロー数を一度確認する必要があります(余談ですがツイッターの面白いところは「お前なんか興味ねえよwww」ということが露骨にフォロー数でわかっちゃうことですよね)。
勝間や堀江の方がよっぽど他者に届く言葉を発しています。
我々は左の方でも右の方でも上の方でも下の方でもとにかくアクセスカウンタを設置して頂いて、アクセス数の勝負、パイと比率の勝負で各々決闘(!)を敢行して頂きたいと考えています。 
とにかく風通しを良くしたい。
在特会さんのサイトはいつも楽しく拝見させて貰っているけど、アクセスカウンタをつけて欲しいのですよ、はい。
革マルさんも機関誌の新年号なんてカラーで素晴らしいと思うんだけど、もうちょっとウェブ活動をして頂けると嬉しいのですね、うん。


●どうして文化連盟への批判・罵詈雑言を含めたコメントを承認しているのですか? むかつかないんですか?

むかつきません、と言ったら嘘になりますが、自分にとって耳障りのいい言葉を聴いているだけでは人は成長しません。
人は傷つけば傷つくほど人に優しくなれるし、恥をかけばかくほど強くなれるからです。
そもそも自らにとって都合の良くない者の声、異質な他者の言葉を排斥している法大当局を批判している我々が、彼らとまったく同じようなことをやっているとすれば、それこそ言行不一致であると断じざるを得ません。
賛同して下さる方も批判して下さる方も文連ブログを構成する大事なユーザーさんです。
現在はアダルトサイト等スパム対策の関係で承認制を採用していますが、即反映を望む声が高まればそちらへの移行も検討したいと思います。

文化連盟IT革命軍より全左翼業界関係者に告ぐ!

 2010-02-13
グーグルの創業者兼現CEOであるエリック・シュミットは「自由と民主主義世界にもたらす」を自社の創業理念に掲げています。
さながら革命家のようですがこれはあながちホラではない。
ウェブ上では民主主義の原理が貫徹されています。
すなわち、グーグルの検索エンジンにかかるとリンク数の多いサイト(つまりアクセス数の多いサイト)は自動的にサイト内ページ上方に押し出され、反対にリンク数の少ないサイト(つまりアクセス数の少ないサイト)は自動的にページ底辺に引きずり下ろされることになる。
ページリンクアルゴリズムです。

具体的に話してみます。
例えばグーグルで「法政大学」とタグ検索をかけると当文連ブログは3ページ目あたりに引っかかります。
当局公認の文科系サークルや当局ご自慢の体育会系サークルを出し抜いて、です。
もちろんこれは、私たち文化連盟IT革命軍が裏でグーグルに金目のモノを渡していたとか、グーグル資本関係者の弱みを掴んで恫喝していたとか、そういった総会屋まがいの理由によるものではない。
単純かつ清純に1日(最低)300アクセス以上の高アクセスを日々獲得しているからです。
そして同様、市ヶ谷学生センター長・木原章経営学部教授の個人ブログ(もう閉鎖されてしまいました。残念)が「法大」と検索をかけてもページ最下層の後ろから数えた方がいいような位置に甘んじていたのも、第三者の悪意によるものでは断じてない。
端的かつ淡白に、1日2アクセス~3アクセスほどしか彼のサイトには訪問者が訪れなかったからです。
ことほどさようにウェブは公平である。

どういうことか?

一方で資本金何千億の学校法人に教授として奉職し、高額な年収を回収しているエスタブリッシュメント=木原章大先生のサイトが誰にも省みられることなく閑古鳥が鳴くにまかせているのに対し、他方で一介の学生に過ぎない文連同志諸君のサイトが年末のアメ横・・・、とまでは言えなくても、まあ週末の居酒屋くらいには賑わっている。
この事態は普通考えられている以上に文明史的な一大事件だと思います。

いままではそうではありませんでした。

既存マスメディアにおいては私たち=学生と、彼ら=大学教授の社会的発言力の差異は自明であり所与であり圧倒的でした。
早い話、「大学教授」という肩書きは各種新聞や論壇誌、テレビ報道に参画する通行手形となりますが、「学生」「ニート」「フリーター」「無職」といった平日昼間系(byダメ連・ペペ長谷川)の肩書きはそれらへの通行手形とはならない(なったらスゴイ!)。
故に我々無産者大衆が不特定多数の他者に向けて発言する回路はこれまで存在しませんでした。

しかしながらCIAがやってくれた。
前世紀末、アメリカCIAによって発明されたウェブにおいては、「大学教授」だろうが「朝日新聞論説主幹」だろうが「日本ペンクラブ会長」だろうがキャパシティを割くに値しないとされる情報の発信者は「つまらない」というただそれだけの理由で即刻序列下位に置かれます。
このことは裏を返すと、「ニート」だろうが「無職」だろうが「学外者」だろうがキャパを割くに値するとされる情報の発信者=「面白い」情報の提供者は人民の広範な支持を受け歓迎されることになるわけで、表裏一体の関係にあります。
つまり、評価基準はあくまでも〔注目に値する〕⇔〔注目に値しない〕、〔面白い〕⇔〔つまらない〕であり、「誰が言っているか」ではなく「何を言っているか」なのです。

この上なくフェアなコンテンツ勝負の世界ではないか。

そしてフェアな世界とは言い訳の通用しないドライな世界でもあります。
キャンパスにおいて支持が集まらない(ビラがまけない)ことを「権力の弾圧があるから」と留保することはできますが、ウェブ上において支持が集まらない(アクセスが来ない)ことを「権力の弾圧があるから」と解釈することはできません。

そんな言い訳は通用しない。

そう、「コンテンツがつまらないから」としか判断の仕様がない。
木原ブログより文連ブログにアクセスがあるのは文連ブログの方が面白いから。
文連ブログより法大公式HPにアクセスがあるのは法大公式HPの方が面白いから。
法大公式HPより中川翔子のしょこたんブログにアクセスがあるのはしょこたんブログの方が面白いから。
それだけ。
それ以上でもそれ以下でもありません。

あるいはこういうウェブに民意を委ねるような発想はリヴァタリアン的だとお叱りを受けるかもしれませんが、我々文化連盟IT革命軍はそれで構わないと思っている。
そして、左翼はあえてそういうゲームをやろうと言っている。

なぜなら他人に批判されない環境にいると人間はえてして独善に陥ってしまうからです。
活動家は特に。
アクセス数という外部の審級を持ち出すことで我々の掲げる「正義」を中和した方が良い。
仮に「俺の言っていることは全世界を獲得するんだ!」と信じている活動家Aがいたとして、一年間やってそのAのブログに1日2アクセスしか来ないようならば彼の主張は個人的信仰の問題としてはともかく、もはや正しいとは言えない。
人民の支持を得ていないからです。
彼もそのことはわかるでしょう。
アクセスカウンタはAの偏狭な独善性をコッパ微塵に粉砕してくれます。
逆に「俺は世界一無能な活動家だ!」と嘆いている活動家Bがいたとして、そのBのサイトに1日100万の来客があれば、Bの主張は無条件にではありませんが一応正しいとは言える。
人民の支持を得ているからです。
Bが自信を深めることも請け合いでしょう。
かように、AでもBでもアクセスカウンタが自身の民衆支持率を測るリトマス試験紙として機能している。

加えて、WEB赤旗の累計アクセス数以上に共産党員が存在しないように、ウェブで高アクセスを獲得することは現実の(潜在的)支持者を獲得することと直結しています。
だからこそ、この時代すべての(自称)活動家及び(自称)革命党は個人サイトないし団体サイトを立ち上げ広報に励むべきだと、私たちは考えます。
「全世界を獲得する革命綱領がある」というなら居酒屋でゴチャゴチャ他党派の悪口を言ってないで、1日60億アクセスを叩き出して見て欲しい。
以下実践提起。

①すべての(自称)活動家は個人ブログを持とう!
②すべての(自称)左翼団体は団体サイトを持とう!
③以上のブログ・サイトには一つの例外無くアクセスカウンタを設置し、日々のアクセス数を公開しよう!

内ゲバなんてやめて、アクセス数の勝負で一緒に切磋琢磨しましょう。

@ニコニコ生放送

 2010-02-12
MA3500060001.jpg


法政大学統一OB会・中川文人さん×ファシスト・外山恒一さんのトークイベントが現在ニコニコ生放送で放映されています。
キャパオーバーのようで、もはやプレミアム会員しか鑑賞できないようですが、一応↓
http://com.nicovideo.jp/community/co247635

開示公判のお知らせ

 2010-02-12
1264872008.jpeg


今月5日に不当逮捕された洞口朋子嬢と再会する機会がやってきました。
それは、2月15日月曜日15時半。
来週月曜は、「取調べ」と称した辛く過酷な「拷問」と闘っている朋子嬢をはじめとする6学生に情熱的かつラブリーな激を飛ばそう!
「ビラまき」が「犯罪」なわけねえだろ、ボケが。

●勾留理由開示公判●
2月15日(月)
15時30分開廷 @東京地裁

レジュメを作ってみた

 2010-02-09
れるだけのことはやろう。
今朝朝焼けを眺めながらそう思いたち、文化連盟IT革命軍は急遽「文化連盟事務局」なるものをでっちあげ、レジュメを切ってみました。
今日は424裁判、その後記者会見。
ハードスケジュールですが、拷問に近い取調べ受けている洞口さんに比べればなんのことはない。
頑張れ、洞口!
文化連盟も頑張ります。

2010年2月9日
2.9記者会見にあたっての論点整理
 
作成 文化連盟事務局
 
1)「法政大学文化連盟」とは?
・資料として添付した「文化連盟綱領」(資料1)ならびに「文化連盟賛同人」(資料2)をご参照下さい
・また、WEB上での情報ということで情報の正確性にはやや精度を書きますが、何らかの客観性を担保しているものと考え、フリー百科事典Wikipedia」(資料3)の記事も添付致します
・概略としては、当連盟は1959年に創立されたサークルの連合体であり、2008年3月に大学当局の手で非公認化(=サークル公認権、予算権の剥奪を)されました。08年3月の時点では34サークルが加盟していましたが、現在は学習会系を中心とした4サークルのみが活動を継続しています
・最大のポイントは、元来、当連盟は「政治団体」ではなく「文化団体」であるということです
・このことは私たちが加盟サークル員の思想信条を一切問わないことを意味しています。右翼であろうが左翼であろうがサイコパスであろうが、そのことをもって、当連盟における活動の障害となるようなことはあり得ません
 
2)本件「2月5日6名ビラまき不当逮捕事件」のポイント
・大略は別紙で配布している「抗議声明」、詳細は席上の弁護士、学生の話からご理解下さい
・その上で、当連盟が把握している範囲における事実経過の描写は以下の通りです
 

A. 2月5日(金)午前8時過ぎ、法政大学経済学部2年洞口朋子さん(文化連盟社会科学研究会所属)以下7名の学生が法政大学市ケ谷キャンパス門前でビラ撒きを開始。
B.
午前9時キャンパス開門。この時点で30名超の公安警察が校舎向かいの外堀公園に集結
C.
午前9時10分、法大総務部・増田職員、半沢職員があらわれ「迷惑ですよ!」「警告しましたよ!」と連呼(弾圧のアリバイ作りだと思われる)
D.
午前9時25分、警視庁公安一課・星警視、川島警部が登場打合せ。
E
午前9時50分、機動隊が専用バスで集結「威力業務妨害だ!」と叫びながら学生7名中洞口さん以下6名を逮捕

F.「威力業務妨害」容疑で逮捕された5名のうち洞口さん他3名はビラをまいていただけ、1名は横断幕を手に持っていただけ(つまり5名中4名は無音・無声ないし地声)、1名が拡声器を使用しての入試情宣を行なっていた
.「公務執行妨害」容疑で逮捕された1名は周囲からビデオカメラをまわしていたところ突如公安警察が「転倒」し(いわゆる「転び公妨」)、御用となった
 
3)法大の現状~4年間「118名逮捕」という異常さ~
・法政大学では2006年3月14日からの約4年で述べ118人の人間が逮捕され、30名近くが起訴されています
・逮捕された学生の多くは中核派(革命的共産主義者同盟全国委員会)の学生ですが、無党派の学生も含まれています
・そもそも、中核派の人間であるからといって何をしてもいいわけではありません。「ビラをまいた」「集会を扇動した」「デモを主催した」等の理由で学生を監獄に落とし込むことは許されない。ましてや「大学」で、です
・2009年9月には、東京地方裁判所で08年5月に暴行容疑で逮捕された学生2名に無罪判決が出されています。判決文によると「大学警備員の話は信用できない」「正式な学籍処分も無しに入構を阻止するのは裁量権の逸脱」とのことです
 
4)日本の大学の現状~ネオリベ化する大学~
・しかしながら、法大の現状を「過激派中核派VSそれを取り締まる大学当局&公安警察公安検察」という矮小化した図式で把握することは事の本質を見誤る、と私たちは考えます
・法大の情況を理解するためには、90年代後半に全国大学で吹き荒れた相次ぐ学生自治会の非公認化、学生自主管理施設=学生自治空間の解体(東京大学の駒場寮廃寮、早稲田大学の地下部室撤去、学生会館解体、東北大学の有朋寮廃寮、山形大学の泥ウソ廃寮問題etc)、05年国立大学独立行政法人化など、歴史的文脈を踏まえなければなりません
・法政大学では24時間学生自主管理自主運営であった学生会館が解体されたのが2004年8月であり、つい5、6年前まではビラまきもアジ演説も集会も学外者の入構も当然「犯罪」ではありませんでした。戦後民主主義が機能していました
・しかしながら、もはや戦後民主主義が戦後民主主義として通用しない
・今の法大の現状はかつて「民主法政」と尊称された大学が新自由主義化した成れの果てであり、経済的原理が導入された大学の極北点です。「ビラまき」が「犯罪」なのですから
・今年4月から法政大学では「キャンパス全面禁酒」が予定されていますが、国立公立私立を問わず、現在すべての大学は法政大学的学生管理、法政大学的大学運営へと向かっています
「市場」は大学を「幸福」にするのか? 私たち文化連盟はそう考えません

記者会見のご連絡

 2010-02-08
ずは、鈴木達夫法大弁護団団長より、文部科学省記者クラブへ招請文がFAXされました。
第二弾は後ほど☆


文部科学省記者クラブ 御中
記者会見のご連絡
2010年2月8日
 
法大弾圧裁判弁護団長
弁護士 鈴木達夫
 
下記要項で記者会見を行いますので是非ご参集ください。
 
日時:2月9日(火)午後5時30分
場所:弁護士会館5階508号室
会見する者:法大弾圧裁判弁護団、法大弾圧救援会、法政大学文化連盟(齋藤郁真委員長)、全日本学生自治会総連合(織田陽介委員長)
 
会見のテーマ
 

1.       2月5日(金)午前、法政大学正門前で受験生に対して宣伝活動をしていた学生5名が威力業務妨害罪で、1人が公務執行妨害罪で不当逮捕されたことについて

2.       東京地裁が1月29日、法政大学理事会の申し立てにより、入試期間中、大学周辺200メートル以内での宣伝活動等を禁止する仮処分を決定したことの不当性について

3.       本日(2月8日)午前におこなわれた上記仮処分決定に対する異議の審尋において、裁判所が、当該の学生全員を裁判所構外への退去を命じ、加えて代理人弁護士全員に対しても退廷命令を出したことについて

 
連絡先:鈴木達夫法律事務所
    東京都港区北青山3-15-13-603
    電 話 03(5467)8480
    FAX 03(5467)8490

2月9日に変更

 2010-02-08
100128_1250~02.jpg


2月5日6人ビラまき不当逮捕に抗議する記者会見の要項が、一部変更の末、確定しました。

●2月9日(火)17時半~
●弁護士会館・508号室
●主催:法大弁護団、法政大学文化連盟、全日本学生自治会総連合、法大救援会

緊急記者会見を開催する

 2010-02-08
100207_1449~01.jpg


速報。

来る2月10日、つまり明後日、当連盟は2月5日ビラまき6名不当逮捕事件に抗議する緊急記者会見を開催することになりました。
詳細は追って。

2.7文連×全学連緊急抗議声明

 2010-02-07

2月5日法大入試でのビラまき不当逮捕を許さない。逮捕された学生6人の即時釈放を求めます。

2010年2月7日
法政大学文化連盟
全日本学生自治会総連合(織田陽介委員長)


(1)2月5日朝、法政大学市ヶ谷キャンパス入試会場の前で、法大経済学部2年・洞口朋子さんを始めとした6人の学生が逮捕されました。当日午前 10時頃、6人の学生のうち3人がキャンパス門前でビラをまき、1人が横断幕を手に持ち、もう1人が拡声器でアジテーションを行い、残る1人が周囲からビ デオカメラでその模様を撮影していたところ、前5者は「威力業務妨害」、末尾1人は「公務執行妨害」であるとして、警視庁公安部は6学生を総員逮捕したの です。「ビラをまいていた」、「横断幕を手に持っていた」だけでの「威力業務妨害」逮捕。しかもビデオを撮っていた学生に至っては、目の前で突如公安警察 が生け垣の中に倒れ込み(いわゆる「転び公妨」)、それをもって「公務執行妨害」罪が適用されています。これらすべては100%違法な政治弾圧、120% デタラメな権力犯罪であると断じざるを得ません。私たちは、思想信条の自由、言論表現の自由、すなわち憲法を一切無視した警察・検察当局の弾圧を絶対に許 すことは出来ません。6学生の即時釈放を求めます。

(2)今、法政大学では2006年3月からの約4年間で延べ112人(今回の弾圧で 118人)の逮捕者が出現しています。この数字から見て取れることは、警察・検察の学生弾圧に、かつて「民主法政」と尊称された法大当局自身が積極的に荷 担している紛れもない現実です。本件においても法大当局は事前に法大生を含む12人の学生の個人名を挙げ、さらには本来はその特性として団体加盟であるは ずの全学連を名指しし、「営業権」を掲げて入試期間中の法大半径200メートル以内でのビラまきを禁止し、違反すれば100万円の罰金を科すという、情宣 禁止の「仮処分決定」を1月29日に東京地方裁判所に出させました。当日も、大学の教職員は昨年のような「実力」をもった演説・ビラまきの制止行為は行わ ず、笑みを浮かべ、アリバイ的な警告のみに終始していました。そして、受験生の少なくなった頃合いを見計らって、大学の周辺に待機させていた100名超の 公安警察・機動隊を動員し、一斉に6人を同時逮捕させたのです。「118」の逮捕者数は、法大・警察・検察、3者3団体の綿密な結託こそが可能とした数字 です。公安警察を使い、公安検察を使い、どこまでも社会に異を唱える学生を統治権力に売り渡す法大当局。大学自治の本義を投げ捨てた法大当局を徹底弾劾し ます。

(3)いま世界は大失業の時代です。何万何十万の労働者が職を失い路頭に迷い、何百万何千万の労働者が非正規雇用で使い捨てにさ れ、その周囲の数え切れない労働者家族が日々の生活に困窮しています。そんな中法大当局は、約10万人の入試試験料1人頭3万5千円を確保すること、その うち数千~1万の法大入学(予定)者から120万円の学費を収奪することが「営業権」であり、そのような社会・大学のあり方、新自由主義的な社会・大学の あり方を批判する学生の行動を「営業妨害」だと言い募っています。このことがどれだけ恥ずかしいことか? 大学は若者が未来の社会を思い描き、そのために ―たとえそれが外見上どんなに愚かなことであっても―全力で表現・行動する空間です。今回法政ではビラまき行為すらが「営業権」の名のもと代用監獄にぶち 込まれる理由となりましたが、学費の問題に顕著なように、個別法政に限らず、今、日本全国の大学では大学の新自由主義化が常軌を逸した勢いで進行していま す。法政の問題は法政だけの問題ではありません。大学の新自由主義化、教育の民営化を阻止しよう。

(4)私たちは闘います。

1. 公安警察、公安検察は違法な拘留、不法な取り調べを中止し、直ちに6学生を釈放せよ!
2.法政大学は大学自治の本義に立ち返り、4年間118名に 顕現される常軌を逸した大学運営を即座に改めよ!
3.大学の新自由主義化、教育の民営化を阻止しよう!


文化連盟からのお願い

 2010-02-07
報である。
事態が明らかになるにつれ、 公安警察・検察への恐怖はつのるばかりだ。
逮捕された6名はみな拡声器でアジっていたわけではない。
6名のうち、門前でビラを撒いていた (だけ!な)のは法大経済学部2年・洞口をはじめとする3名、他1名はキャンパスで横断幕を持っていただけ、もう1人はカメラをもって映像をとっていただ け、最後の1学生が拡声器を使っての入試情宣を展開していたことになる。
逮捕された6人のうち5人までは、無声・無音ないし地声である。
そ して、撮影者以外の5名が威力業務妨害容疑での逮捕、残るカメラ担当者が公務執行妨害容疑での逮捕だ。
くだんの撮影学生の目の前でいきなり背広を きた成人男性はスッコロビ、「いたい!いたい!」とわめき始めたのだそうだ。
いわゆる「転び公妨」である。

「それが権力だよ」と シニカルに構えることもできなくはないが、こんなことを許しておいてこの社会がよい社会になるとも思えない。
「このままでは改憲、戦争ですよ!」 「軍靴の足音が聞こえる!」等の旧左翼の物言いが失効していること明らかだけど、だからと言ってなにも言わないことがこの社会を良くすることにはならな い。
おかしいと思うことにはおかしいと言わなければならない。
そうしなければ、結局自分で自分の首をしめることになってしまうのではない か、とはやはり思う。


ホリエモン曰く検察は「正義原理主義者」の集まりだそうだ。

・「検察・特捜部は「正義原理 主義者」の集まりだ。」
http://ameblo.jp/takapon-jp/entry-10435727814.html

そ うだとしたら、日本国最高峰のエリートは今回の逮捕に一体どんな社会的正義があると考えているのだろう。教えてほしい。
当事者も周囲もいい加減法 大の弾圧にはもう驚かなくなってきた。
政治弾圧にも権力犯罪にも慣れてきた。
でも、逮捕者延べ人数「4年間118人」に慣れてはいけな い。
こんな弾圧は絶対に許してはならない。


そこで文化連盟よりお願いがある。
今回のビラ撒き不当逮捕についてブ ログでもmixiでもTwitterでもいい、自分以外の誰かが目に触れ得る場所で発言して欲しい。一言でもいい。
「しょせんネットは便所の落書 きだよ」という向きもあるかもしれない。
でも誰かがどこかに書けばどこかで誰かとつながれるかもしれない。
別にこれはロマンチックな意味 ではなく、(今は長くなるので話さないが)私たちはもっとグーグルのシステム―ページリンクアルゴリズム―を信用してもよい、という話である。
きっ とどこかで誰かとつながれるし、どこかの誰かに届くはずだ。
いま自分のキャパを割いてこのブログを見てくれているあなたがそうであるように(…… とちょっと乙女ちっくなことを言ってみたりw)。
今回の件について、文化連盟賛同人でもあるファシスト・外山恒一さんが早速ご自身のブログで批判 を加えて下さっています。

・「そんなことより」
http://ameblo.jp/toyamakoichi/entry-10451938079.html

佐賀県東松浦郡玄海町在住のキチガイ・ニートなんかの問題より大事なことがあ る。
昨日、法政大学でまたまた逮捕者が出たとのこと。しかもまたまた一気に6人。
http://08bunren.blog25.fc2.com/
上 記やマスコミ報道では、うち2名の中核派の活動家の名前しか出てこないし(マスコミ報道は、ノンセクト学生であっても警察発表どおり「中核派とその同調 者」とするから、「中核派活動家6名逮捕」とあってもそのままには信用できないし、してはならない)、少なくとも私が知っているノンセクトの面々は今回無 事のようだが、いくら中核派の活動家だからといって、大学の前でビラをまいていた(プラス、ハンドマイクでの情宣)だけで逮捕されるようなことがあっては ならない。(……)



外山さん、ありがとうございます。
みなさん、よろしくお願いします。

G.齋藤 郁真、奮起

 2010-02-06

 ここ数日の法政大学を取り巻く状況は目に余る。昨日はいったん沈んでいたところを文化連盟IT革命軍に激写されてしまい、見苦しいところをみせたが、改めてこの状況を弾劾し、それによってこれがどれほどのことなのか、ということを主張したい。さらには、結論として法律という存在についての根本的な問題を提起したい。たぶん今回は、できるだけ短くまとめるようにしている「つれづれ~」とは比較にならない長さになる可能性がある。閲覧される皆様方にはあらかじめ申し伝えておきたい。

 

 ここ数日の法政大学を取り巻く状況、つまり

①情宣禁止仮処分

②2月5日の洞口以下6名の逮捕

の二つをまずは主として法律的観点から批判する。

 ①について。内容は、要するに2月5日から始まり、3月2日までの期間に合計10回行われる法政大学の入試に来てはならず、そのために当日は、指定されている12名と「全学連」は法政大学と九段校舎の半径200m以内に入ってはならない、とするものである。

 まずこの法律的定義のあいまいさである。指定をうけている12名はともかく、「全学連」とはなんだろうか? 全学連はそもそも個人加盟の組織ではないことは全国学生自治会総連合という組織の正式名称から明らかである。そして、その性質から全学連はたとえば参加個人の名簿をもっていないし、また、全学連としての印章すらもっていない。これは、法律的な意味での組織、つまり法人ではないことを意味する。ゆえに、「全学連」という組織を対象にするならば、裁判所は法律とは別個に「全学連」とは、誰を指すのかを明らかにし、また、理由を書き加えなければならない。ビラをまくときに「全学連でーす」と言っているからといって、それは法律的にはどこまでも自称なのである。このようなあいまいな定義を振りかざすことは、どこまでも拡大解釈を行う余地を残すため、法律的にはきわめてお粗末な、はっきり言って裁判所が、そして担当裁判官渡邉氏が法律に無知であることを示す決定としか思えない。モンテスキューの三権分立というありもしないものを信仰している人間にはわかりかねるかもしれないが、裏に政治的意図があるからこその判断であるということだ。

 次に、債務者審尋をせずに仮処分を決定したことについてである。仮処分命令についての規定がある民事保全法第23条の2および4項の定めるところによると、仮処分命令を発する際には、債務者(仮処分の対象者)の口頭弁論もしくは審尋(話し合い)を経ることが原則とされている(2項)。例外規定としてあるのは、債務者審尋を行うことによって、「仮処分命令の目的を達することができない」場合だけである(4項)。我々を裁判所に呼び出して審尋をしたことによって①の内容が達成できなくなるのか? まず間違いなく我々はそのことをブログなどで公表し、批判を加えるだろう。だが、はっきり言えばそれだけである。明確な法律違反の決定といってさしつかえない。

 最後に、本決定の理由についてである。理由は、やはり「営業権」である。ここでは、大学という教育機関が「営業権」を主張することのくだらなさを無視してもなお問題がある。法概念の話になるが、営業権とは当たり前ながらいわゆる私的権利、個人的権利に属する。それに対して、本決定によって禁止された行為はビラまきや演説という行動であり、これらは言論・表現の自由に関わる行為であるため、法律的には公的権利、社会的権利に属する。法律学の初歩の初歩で教えられるとおり、法律に明確に規定されているわけではないにしても、「公的権利の私的権利に対する優越」は常識のはずではないのか? 確かにこれは社会的なさまざまな要素によって変わりうる(パチンコ屋の店内で「学生運動やろう」とかのビラをまくのは厳しい。そのパチンコ屋のある店員が不当に解雇されたとかで、それに関連するビラであればその正当性は比較的上がる、など)が、やはり原則なのである。結局ここまで話を進めると、本決定がいったいどこに、どういう性質を持った施設に適用されたのか、という話を避けて通れなくなる。最初に無視したが、これはご存知のとおり法政大学という教育機関での話しなのである。大学論については、時代時代でさまざまな変遷はあったし、そして今も法政大学の主張する「自由」のように、それは見られる。だが、ジャック・デリダの「条件なき大学」に見られるように、現代でも大学論の核心はボローニャ大学以来変わっていない。本決定の理由はあまりにもくだらない。去年の仮処分のとき、「法政大学は受験生を3万5000円と見ている事実はない」とかなんとか主張していたが、去年のオープンキャンパスとは違って今年は受験そのものを「営業」の場として位置づけているではないか。いいかげんにしておけ。

 さて、余談になるが、もうひとつだけ。今回の決定は審尋がなかったので決定書が各自にいきなり届いたわけだが、そのとき、法政大学がなぜ仮処分の申し立てを行ったのかということを示す資料の写しすら送付されなかった。届いたのは「決定」だけで、その決定がどんな理由で下されたのかすらわからない状態であった。弁護士が異議申し立てをやることでやっと理由が「営業権」であることがわかったのである(予想はしていたが)。そこらへんの裁量は裁判所よりも申立人の側に依存するので、この場合は法政大学がその理由を隠したかったということを示す。法政大学は自分たちでも本決定のくだらなさを認識しているのだろう。

 

 さて、次に②に入る。逮捕されなかった方の話を聞いたが、おぞましいものである。詳しくは前ブログ記事「なんてこった2」を見ていただければいいかと思う。「つれづれ~12」で警察は、特に公安警察は警察の正義のためにしばしば法を濫用する、ということを書いたが、今回のはもはや濫用のレベルではなく、明らかに違法な逮捕といわざるをえない。ビデオを撮影していただけの人間まで逮捕したのは、証拠を隠蔽するためと考えてまずまちがいないだろう。ビデオを撮影することが「威力業務妨害」になどなるはずがないのだ。というか、ビラをまいたり演説をしたりすることだってなるはずがない。ビラを無視することは簡単であるし、演説は飛行機の爆音みたいな音量が出るわけではないのだ。そういう抗議行動を法的に「威力」とみなすかどうかは法律関係者の間でも言われるように力関係の問題であり、違法だから逮捕されるわけではない。コンビニの入り口前にヤンキーが座り込んでいるのとは明確に違うのである。この逮捕は麻生邸前での逮捕と同じ質のものであると考えていいだろう。ただ、今回違うのは公安警察側があの失敗から学び、撮影者を逮捕する、ということを覚えたということである。②については法的観点から言うことはほとんどない。「権力犯罪」という言葉しか思いつかない。

 

 ・・・さて。ではそろそろ結論に入る。ここまでは主に違法であるかどうかや、今の常識に照らしてどうか、ということから批判した。ここからは、ここまででいったん提起した内容を自らぶち壊すような内容であるが、法律というものの根本問題となる。

 端的に言おう。法律とは「力関係の反映」にすぎない。ここでいう力関係とは、例えば世論、例えば経済構造など、非常に広い範囲をあらわす。このことは近代の法概念、「自然権」などの現実には存在しないものを前提にした概念しか勉強したことがない場合、把握することは困難である。

 法律という問題を古代の法からみなければならない。たとえば奴隷制度の時代。ある氏族が人口の増加に伴って自らの領域を広げていくにしたがって、他の氏族とぶつかるとき、そこで戦争が行われ、負けたほうは勝ったほうの奴隷となる。これを繰り返す中で、古代の国家はできあがった。支配者は奴隷を暴力で統治していたが、支配者層の各個人それぞれにそのやり方は異なり、それは無秩序であったため、支配者の中の指導者層は明文化したルールを必要とした。詳細に各国家のでき方を見ていけばもちろん偶然性によるところは多いし、上の3行ほどで述べた構造にすべて流し込むことは難しいが、大きくはこのような形で法律はできた。文化を同一にする氏族間の慣習という形でしか存在しなかった法という概念は、ここで初めて誰かが誰かを支配する形式になった。国家法である。奴隷制の時代、国家の法は奴隷を人間として見ないことを定めていた。最古の法典、ハムラビ法典を見てみるといい。「目には目を、歯には歯を」で有名なあの法典は、市民が他人の奴隷の骨を折ってしまった時は、その奴隷の価値の半分を支払うだけで済んだのである。法律は明確に奴隷と市民を分け、奴隷は奴隷のままであることが正当なものとして位置づけていた。法律は、氏族間戦争の勝者と敗者の間の力関係を反映したものに過ぎなかった。古代ギリシャのポリス、アテネやスパルタでもそれはなんら変わらない。奴隷はアゴラ(広場)での選挙に参加することはできず、奴隷のままであることが求められた。アリストテレスの奴隷制擁護論は、彼もまたあくまで市民であり、支配者であったことを意味する。民主主義であるか、独裁王政であるかによってこれはなんら変わらない。

 現代に戻ろう。2007年のことだ。フランスでCPEという略称で呼ばれる法律ができた。内容は、要約すれば企業は25歳未満の若年労働者の解雇に理由を必要としない、というものであったため、各地の大学で学生が蜂起、暴動的な事態も散発的に起こる事態となった。結果として政府は一度議会を通して可決されたCPEを撤回することとなってしまった。「フランスの話でしょ?」という方もおられるかもしれないので、もうひとつ。我らが法政大学の話である。2000年ルールなるものについての話だ。内容としては、キャンパスで拡声器などを使う際に大学側に届出(許可制ではない)をするというものだったが、当時の文化連盟など文化系の学生団体は「学生管理の強化である」として猛反発。施設管理権との力関係で、法律自体の撤回はできなかったが、全員で一致してこれを無視。2000年ルールは有名無実化し、一般サークル員はその存在自体知らない、という状況にまで追い込まれる。3・14事件は、この2000年ルールの強化・徹底を目的としたものであった。挙げた事例はたったの二つだが、これは重要なことを示唆している。力関係を無視した法律は法律たりえない、ということである。

 これは、冷静に考えれば当たり前のことである。なぜなら、法律があって人間がいるのではなく、人間がいて法律があるからである。つまるところ、法律とは紙に書いてあるインクにすぎない。憲法21条よりもジャージ部隊の拳のほうが強いのだ。ジャージ部隊を憲法に従わせるのは憲法の立場に属する人間の拳であって、それ以外のものではない。憲法9条が天の世界から何を言おうが現実的に国家と国家の対立は存在し、軍事力を持つ必要性は存在する。ミサイルを防げるのはテトラカーンでもマカラカーンでもマホカンタでもバリアでもない。ミサイルなのである。それでも憲法9条の内容を国家に守らせたいのであれば9条の立場に立って政治的暴力であるデモを中心としながらも、時に暴動的事態を起こすほどの戦闘性を持った強力な集団がいなければならない。日本以外で正規軍を持たない国であるコスタリカでは、政府が軍隊を編成することを言い出したとき、国民一般の強力な反対運動が巻き起こり、結局それは撤回されてしまった例はそれである。そういう運動体が存在しない日本では、憲法9条の拡大解釈云々について何を言おうがそれは懸念にしかならない。政治において同意と服従は事実上同一のものにすぎない。ストライキは初め反社会的な行動とみなされたが(大規模なストライキは本当に社会を止めるため)、巻き起こるスト権スト(ストライキの権利を合法化するためにストライキをすること)の結果、大量の逮捕者を出しながらも合法化されていった。何度も繰り返し言うが、法律はいつも力関係を反映していた。人々が何を社会に求めるのかによって法律はコロコロと変わる。現状を追認し続ける存在、それが法律の本質である。

 現在、新自由主義なんて言葉で大きくあらわされているが、この言葉が表す現象は、要するに私的権利が公的権利を踏みにじる、ということなのである。デモは確かにその通るルート一帯の平穏を侵害する。この30年ほどの間に(特に日本では)デモは迷惑なものへとその社会的地位が落ち、端緒的ではあるが法政大学ではデモをすると逮捕されるわけだ。そして今日、法政大学ではついに、本当にビラをまいただけで逮捕される事態にまで発展した。事実上、すでに法律は変わろうとしている。このようなことが頻繁に続けば明文化された法律そのものが現実を追認するようになる。これは、日本国民が試されている事態として私は重く考える。徹底的な抗議を行い、状況は厳しいが運動を前進させ、法政大学に責任をとらせなければならない。

 力関係を変えなければならない。

2010年2月6日 齋藤 郁真

なんてこった2

 2010-02-05
100205_1136~01.jpg


伝聞につき大筋の事実関係の確認となりますが(間違いもあるかもしれません)、とりま事実関係の整理をします。

A. 午前8時過ぎ洞口以下7名の学生が門前でビラ撒き開始。
B. 午前9時キャンパス開門。この時点で30名超の公安警察が外堀に集結。
C. 午前9時10分、法大総務部増田、半沢があらわれ「迷惑ですよ!」「警告しましたよ!」と連呼(弾圧のアリバイ作りなのだろう)。
D.午前9時25分、警視庁公安一課・星警視、川島警部が登場→打合せ。
E.午前9時50分、機動隊が専用バスで集結→「威力業務妨害だっ!」と叫びながら学生7名中洞口以下6名を逮捕(内1名はビデオカメラをまわしていただけ)。
F. 斎藤郁真、絶望。

なんてこった

 2010-02-05
100205_1136~02.jpg


この4年間でのべ112人の人間が法政大学では逮捕されているわけだが、今回の弾圧で述べ人数は118名となった。
「弾圧」だの「不当逮捕」だの使いふるされた言葉はもう使いたくないのだが、他の言葉を思いつくことができない。
一体門前でビラを撒いているだけの人間を逮捕することが「弾圧」以外のなにものであろうか?
しかも現場では周囲からカメラをまわしていただけの人間まで逮捕されている。
これが「不当逮捕」以外のなにものであろうか?
弾圧はひとつが全部で全部がひとつだ。
3. 14を許すとコトここまでに至る。

法大・警察・検察当局を絶対に許すな。

洞口以下新たに6名の逮捕者!

 2010-02-05
100128_1309~05.jpg


緊急速報。

先ほど法政大学で、文化連盟社会科学研究会所属洞口朋子以下新たに6名の逮捕者がでました。
門前でビラを撒いていたところのいきなりのパクだったようです。
逮捕容疑は威力業務妨害とのこと。
当連盟は引き續いて情報収集にあたります。

法政大学統一OB会阿佐ヶ谷LOFT企画

 2010-02-05

政大学統一OB会・中川文人氏の新著発刊にあわせて、同会青年部が阿佐ヶ谷LOFTで発刊記念イベントを催すそうです。
以下、阿佐ヶ谷LOFTのHPを引用し、同企画を紹介します。

 

 


法政大学統一OB会青年部presents 『ポスト学生運動史 法大黒ヘル編…1985~1994』(彩流社)刊行記念
「テレビ・新聞ではわからない本当の革命の歴史」
~80年代から90年代の学生運動~

メディアが東欧の崩壊を報じる中、語られなかった運動があった。
世間がバブル景気に沸いている中、体を張った運動があった。

"1968年"だけが特別の時代ではない!
70年代にも80年代にも90年代にも確かに学生運動は存在した。
そして、その歴史はメディアでは語られることはない。
しかし、今日の若者の奇抜なデモは確かにその歴史の流れの一つなのだ!

失われた80年後半以降の運動史を記録する 外山恒一
1968年が後世に残した影響を研究する すが秀実
両者が中川文人が経験した法大黒ヘルの歴史をもとに、
「1968年の革命」と「1989年の革命」のつながり、
そして「現代」へとつながる若者の運動の歴史を語る。

【出演】
すが秀実
中川文人
外山恒一

OPEN12:00 / START12:30 / END15:30
予約¥1,000/当日¥1,500(ともに1ドリンク別)

予約は1/23 16:00より、阿佐ヶ谷ロフトAウェブ、もしくは電話にて受付開始
・ウェブ予約 http://www.loft-prj.co.jp/lofta/reservation/
・電話予約  03-5929-3445(17:00~24:00)

※当日は出演者の他の書籍も販売予定です。
※現在の法大黒ヘルの運動を記録したドキュメンタリー映画のDVDを販売予定です。
※本著の登場人物と中川文人の20年ぶりの再会を記録したドキュメンタリー上映予定。

 


 

↑ズートロ動画

情宣禁止仮処分だんがーい!

 2010-02-04

【抗議声明】 情宣活動禁止「仮処分決定」を弾劾する

 2010年2月3日  全日本学生自治会総連合(織田陽介委員長)
            法政大学文化連盟

 去る1月29日、東京地裁民事第9部(渡邉隆浩裁判長)は、全学連と12人の学生(新井拓、市川知寛、内海佑一、織田陽介、恩田亮、久木野和也、倉岡雅美、齋藤郁真、坂野陽平、中島宏明、増井真琴、松室しをり)に対し情宣活動禁止の「仮処分決定」を下した。
 「決定」は、①2月5日からの法政大学入試期間中に、②市ヶ谷キャンパスおよび九段校舎から半径200㍍以内での「徘徊」「滞留」と情宣活動を禁止し、③違反した場合は罰金100万円を支払え、というものだ。これは、受験生への宣伝活動の禁圧であり、「言論・表現の自由」(憲法第21条)を否定する暴挙だ。法政大という一資本の「営業権」が憲法をのりこえることを、どうして許せるか。われわれはこの「決定」を怒りを込めて弾劾し、あらゆる手段でもって反撃し、受験生との結合を通して法大闘争を前進させることを宣言する。

 本「決定」こそ、新自由主義大学=法政の破産の象徴だ。世界大恐慌と大失業で労働者・学生が生きていくこともままならない中、逆に法大資本は「就職」「資格」をエサに高い学費をむしりとってきた(今年の初年度納入金は126万円超)。その当然の帰結として受験者数が激減している破産的現実(一般入試受験者数は08年=97000人から09年=85700人へ)の責任を、学生のビラまき活動に転嫁することは何ごとか。大学をあくどい「教育ビジネス」としてきたあり方こそ根本的問題だ。この新自由主義大学への怒りと法大闘争が結びつくことへの恐怖として、本「決定」がある。

 その上で第一に、本「決定」における歴史的踏みきりを許すことができない。
 一つに、東京地裁は法政大からの申立を受けながら、当該団体・学生に一切そのことを知らせず、審尋すら開催せずに「決定」を下した。よってわれわれは事前に、申立書の内容に目を通せず、裁判官がいかなる理由で「決定」を下したのかさえ知ることができない。これは明白に、「審尋の必要性」を規定した民事保全法第23条違反である。審尋開催の時間的余裕は十分あったのであり、「仮処分の緊急性」の言い逃れは許されない。これは、東京地裁においても過去に例を見ない歴史的反動だ。
 二つに、「全学連」を対象としたことは、事実上の破壊活動防止法・組織的犯罪対策法の団体適用である。これは、実行行為の有無に関わらず集団・団体の構成員であるならば逮捕できる戦前来の治安弾圧法=暴力行為等処罰法(暴処法)が、09年に法大闘争へ適用されたことと同じ攻撃だ。
 三つに、法大入試期間中の「情宣禁止仮処分」は初めてだ。昨年3月のオープンキャンパス時にも8人の学生に同様の決定が下されているが、今回は明白にこれを4月新入生歓迎時や集会時などに恒常的に拡大し、法大周辺を憲法停止の「戒厳令状態」に置くことを狙ったものだ。

 第二に、「大学資本の営業権」を万能とするこのあり方こそ、「教育の民営化」による新自由主義大学の腐りきった姿だ。
 「仮処分申立」においては、「必要十分な数の学生の法政大学への入学を実現するための各種活動は債権者にとって極めて重要な業務であり、債権者の有する営業権の範囲」、「債務者らの行為により重大にして著しく回復困難な損害を被るおそれがある」などと法大当局は主張している。つまり、学生運動とビラまきは金儲けにとっては「邪魔」だというのだ。これがまがりなりにも「自由と進歩」を掲げる教育機関の言うことか。恥を知れ。
 1980年代以来の「教育の民営化」によって、キャンパスは「資本の論理」に支配(私物化)され、学生は無批判な奴隷にさせられようとしている。時を同じくして、法学部・経済学部両教授会が3人の法大生へ新たな処分を狙っているが、キャンパス内のビラまきで処分、正門前のビラまきで罰金100万円という法政大はもはや「教育の場」ではなく監獄だ。

 第三に、本「決定」は「改憲・戦争」への道そのものだ。この「情宣禁止仮処分」は09年暴処法弾圧と一体の国家意志だ。今年5月には国民投票法(改憲投票法)が施行されるが、それに先立って戦後憲法体系の破壊が開始されている。大学から自由が奪われるときに戦争が始まる。この「再びの戦争への道」は、資本家たちが大失業・賃下げで労働者・学生からの収奪を強化している攻撃とひとつながりのものだ。

 第四に、これは06年3月14日の学生29人逮捕以来、法大当局が処分と恫喝によって暴力支配に血道を上げてきた帰結だ。
 法政大においては、この4年間での学生弾圧が112人の逮捕-33人の起訴を数えている。それと平行して学生の自治と団結は徹底的に破壊され、90年代以降、学生自治会非公認化、サークル活動の拠点としての学生会館の解体、学友会解体、学生ホールの撤去、ビラまき・立て看板禁止に暴力ガードマン導入などの政策が進められてきた。学生の団結、大学当局への批判、自らの意思の表明そのものが「違法」であり弾圧・処分の対象とされてきたのだ。
 だが、その支配ももはや成り立たない。弾圧された学生は全員が完全黙秘・非転向の闘いを貫き、08年からは「一人の仲間も見捨てない」を掲げてキャンパスの中から文化連盟が登場した。昨年4月には法大1500人集会を実現した。法大闘争は弾圧をのりこえてさらに前進する。

 第五に、本「決定」はわれわれの団結を固め、全学的・全社会的に法大当局と国家権力を包囲する声を拡大させる。
 暴処法弾圧への怒りが、動労千葉(国鉄千葉動力車労働組合)を先頭とする闘う労働組合との共闘と昨年6月15日の法大門前1200人集会を生み出した。さらに昨年3月の「仮処分決定」に対しては、74人の弁護士連名の「抗議声明」が発せられた。法大闘争への国境をこえた連帯は韓国、アメリカ、ドイツなどに広がっている。今年3月には、法大闘争は米カリフォルニア州の労学ストライキと結合する。

 最後に、法大闘争は「仮処分決定」をのりこえて必ず勝利する。法大当局がいくら受験生に真実を見えないようにし、「未開発の軍事独裁政権」(『ジャパン・タイムズ』09年6月9日号)とまで揶揄された自らの不正義を隠蔽しようとしても無駄である。われわれは断固として入試情宣と新歓活動をやり抜き、受験生・新入生を獲得する。
 社会に怒りの声は渦巻いている。2010年は、「戦争と大失業」「民営化と団結破壊」に対して、青年・学生の反乱が巻き起こる年だ。法大闘争はその先頭に立つ。キャンパスの主人公は学生だ。われわれは、来る4月23日の法大総決起集会を突破口に、自らの行動によって未来を切り開く決意だ。 (以上)

≪ トップページへこのページの先頭へ  ≫ 次ページへ ≫
プロフィール

文化連盟

Author:文化連盟
1959年創立の法政大学サークル連合。2008年3月に非公認化。活動理念は「自主文化創造」。本業のサークル活動に邁進しつつ、2006年3月14日以来延べ126名の逮捕者、34名の起訴者と13名の処分者を擁する監獄大学爆砕へと学生運動も同時並行。直接行動系。ゆとり世代代表。愛は強し。

2012年5月31日、東大ポポロ座に続き暴処法を粉砕し無罪を勝ち取る。もはや敵なし。俺たち最強。

法大闘争とは何か?


HomePage:http://hoseibunkarenmei.xxxxxxxx.jp/index.html
Twitter:https://twitter.com/jinmin1991
Twilog:http://twilog.org/jinmin1991
MailAddress(文化連盟執行委員会):
bunren08@yahoo.co.jp

求ムカンパ!:
みずほ銀行
口座名 法政大学文化連盟
市ヶ谷支店番号207
口座番号2017393

リンク