4・22法大-東電デモの様子(東電篇)

 2011-04-22
車両にてデモ待機。



東電に提出する申し入れ書はこちらです。



デモ前打ち合わせ。



デモ出発。先頭(左)は被災地・東北大学学生自治会委員長の石田真弓くん。



一列後ろに横断幕。



人民。



またもや、やってきた!



おいで遊ばし税金泥棒=警視庁公安部。失せろ。

4・22法大-東電デモの様子(法大篇)

 2011-04-22
「倉岡無期停学処分弾劾!」を掲げて闘われた4・22法大-東電デモ法大篇。出発は市ヶ谷、東郷公園。



去る3月23日(水)に人間環境学部教授会が否決した倉岡無期停学処分は、そのちょうど1週間後、3月30日(水)に理事会の号令一下ひっくり返りました。倉岡処分を否決した人環教授会の決定を、再度理事会が否決したのです。



「教授会の決定に理事会が従わない。教授会自治も何もあったものではない」。このことを洞口さんが弾劾し尽くします。



終着点の法大正門前には公安がウジャウジャ。消えろ。

【文化連盟】弁護士の藤田正人さん【賛同人】

 2011-04-18
http://www.youtube.com/watch?v=DIwAbzpr5iw&feature=player_embedded#at=23

あらためまして:法大闘争とは何か

 2011-04-13

法大闘争とは何か

 

【法大闘争の始まり(314事件)】

 

2006227日に法政大学当局より突如、「ビラまき・立て看板許可制」導入が発表されました。春休み真っ最中であることに加え、伝統的に法政大学のサークル連合の中で政治闘争を担ってきた三本部団体(文化連盟・第二文化連盟・学生団体連合)が行ってきたGLCGroup Leaders Camp)という大会議が終わった直後のことであったため、ほとんどの学生がキャンパスにいない状況での発表でした。三本部団体の個別の会議(31日・2日)で反対することだけは決まりましたが、それだけで、満足に学生側の方針が決まらないまま、大学側が314日に社会科学研究会(当時ふつうに文化連盟や第二文化連盟によって承認され、法政大学公認のサークルであった)などの政治系・学習会系サークルを「学外団体(全学連中核派)と関わりがあり、事実上の学外団体」として、また、ノンセクト系の学生がだしていた個人の立て看板を「無秩序」としてそれらの立て看板の撤去を決定。いわゆる一般サークルと政治系サークルおよび個人の分断が図られました。それまでビラまきと立て看板については明白なルールがあったわけではありませんが、伝統的に「明らかな通行妨害になるものはやめる」という常識にしたがってうまくいっていました。過去に巨大な立て看板が設置されたときも、それによって撤去されることになったことは、その証左です。
 そして
314日、法大生5名を含む29名が「ビラまき・立て看板規制」に抗議してデモを行いました。そして出発地点であった法政大学に返ってきたところで大学側がこれみよがしに立て看板の撤去を開始。もちろん、デモ隊は抗議。そしてそこで200名の公安警察がキャンパスに突入してきて全員逮捕となりました。これが私たちの言葉でいうところの「314弾圧」です。

 この事件は、後に裁判で、当時の学生部長(現在の学生センター長にあたる)および総務部長の証言から、数か月前から公安警察と協議を進め「大学の態度を示す」ために行われた逮捕のための逮捕であったことが明らかになっていますが、当初から不審な点があまりにも多かったことで一般的にも弾圧として認められていました。

    通報から2分で公安警察が200名きたこと

 一番近い麹町警察署からでも車で5分はかかる場所に法政大学はあります。そもそも200名そろえるだけでも2分を超えることは明白です。本当に通報したのかも怪しいわけです。

    弾圧に至る過程の法政大学側の計画性の高さ

 上でも述べたとおり、ほとんどの学生がキャンパスにいない時期を狙っての突然の規制発表であり、その後や当日の当局の行動がかなりスムーズに行われていたことから、計画的なにおいがしており、当時の学生団体内でもそういう見方はかなりありました。ゆえに反対する意見もある中で「やるべき時にやれないやつは結局最後まで闘えない」として29名はデモに立ったのです。

    当日の逮捕の罪状が「建造物不法侵入」「威力業務妨害」だったこと

 法大生5名も含めてです。中の一名に関しては不穏な空気を感じ取り、学生証を掲示しながら入構したのですが、関係なくその時その場にいた全員が逮捕されたのです。

 

 そして、結局13日で全員釈放されたのですが、「逮捕された」ことを理由に法学部の二名は停学処分(後に無期停学処分)、文学部の三名は退学処分になります。こうして、この処分および「ビラまき・立て看板規制」の撤回を求めて、法大闘争はその幕を開けます。法大闘争の事実上の公式ブログの名前が「314法大弾圧を許さない法大生の会」であるのはここからきています。

 

【弾圧、そしてサークル団体の廃止】

 

当初、法大闘争はかなり勝利的に進みます。「314弾圧」の直後、315日には三本部団体名義の抗議声明がだされたことにも見られるように、多くの学生が支持し、2006年の615日には(法大生だけの!)1000人の集会になるほどの高揚を示します(「3・14法大弾圧を許さない法大生の会」の2006年6月あたりの記事を見てみるといいかと思います)。その後の国会デモが、多くの法大生の飛び入り参加によって100名くらいの規模で行われるほどでした。そしてここから、615日当日も含めてどんどん学生活動家の逮捕が行われていきます。しだいに、「抗議したら逮捕・処分」というイメージができあがり、運動は2006年末にはいっきょに孤立していきます。
10036891.jpg ※6月15日

 そして、2007年の夏、社会科学研究会などのサークルを学内団体として認めていた三本部団体の廃止が法政大学から打ち出されます。それまで、法政大学では「間接公認制度」という制度をとっていました。体育会など10団体それぞれが独自にサークルや部活の公認権や予算権を持ち、各団体内の協議をとおして活動内容・活動規模を見て、どのサークルを公認するか、また、毎年どれくらいの部費を各サークルにだすかを決めていました。そして、ここで承認されたサークルは、「法政大学公認サークル」となるのが「間接公認制度」でした。つまり、政治系のサークルは、その多くが戦後の学生運動・労働運動の高まりの中でつくられたものであり、文化連盟などの本部団体を創りだした主軸になったサークルたちであった以上、当然社会科学研究会などのサークルも大学側と大学の運営方針などで争い続け、大学当局にとっては目の上のたんこぶでありながらも「法政大学公認サークル」だったのです。

 法政大学は、これを廃止し、大学側による「補助金制度」に変えることを打ち出したのです。これは大学が予算権を持ち、それを基盤に公認権を持つ制度でした。つまり、今実際にそうなっているように、すべてのサークルが大学の顔色をうかがいながらやるしかなくなってしまう制度でした。形式的にはサークル団体の「再編」ということになりますが、実質的には、再編後の法政大学の学内状況を見ればわかるように、自主法政祭のようなイベントだけでなく、学費値上げ阻止闘争などの政治的な闘争を担ってきた三本部団体だけが廃止されました。そして、この過程で早々と解散を決定した学生団体連合の執行部を中心にしてつくられたのがCSK(サークル支援機構)です。彼らが当局の御用団体である歴史は最初から始まるのです。当時も、学生団体連合は「各サークルが闘う気がないから勝てない」といって解散へ行きましたが、サークル連合の執行部というのは、まず自分たちが体を張る覚悟で各サークルの闘争心を引き出していくためにあるのです。サークル連合は、闘争団体としてつくられたのですから。そもそも必然的にあるものではなく、それは歴史的につくられたのです。自分たちが闘わない理由を、結集してくれている学生やサークルのせいにするCSKの体質はここからずっと受け継がれているのです。

 当初、この案はあまりにも破壊的なものだったので、三本部団体合同会議が開かれ、そこで一致して反対の意志を表明して闘うことを決定するところまでいきました。社会科学研究会の代表が5分ほどの演説をしてそれが満場の拍手で迎えられたぐらいでした。しかし、闘争方針は定まらず、方針については各団体一任となり、内部討議で決定されることになりました。

 しかし、ここで2006年からの弾圧が活きてきます。当時、弾圧はいっそう激しくなり、これまでは逮捕だけだったものがついに起訴が行われるようになっていました。並行して、世論研などの言論系のサークルが当局を批判した新入生歓迎号が事実上の発禁処分を受け、世論研の代表が処分を受けることも始まっていました。ほとんどのサークルが「反対の意志はある。だけど、ガチで反対したら逮捕や処分が待っているのは明らか」として「まず交渉で様子を見よう」となったのです。結果、最後まで当局に情報をだす量や時期まで決められ、手のひらの上で踊らされることになりました。9月ごろまでは、「大学側に要求しているのだけれど、情報が出てこない。これでは討議ができない」となり、10月ごろになって情報が出始めると、「これはとんでもないものだ。ここまで具体的に決まってしまってはもう反対はできない。当局の打ち出している新サークル連合構想(後のCSK)に乗るしかないかもしれない」となっていったのです。そして、三本部団体は非公認化され、敗北しました。

 

【文化連盟決起】

 

三本部団体の中で文化連盟だけが、紆余曲折はありましたが、最終的に解散しないことを決定しました。しかし、2008年度になってみると、法政大学が雇った「ジャパン・プロテクション」の警備員、通称「ジャージ部隊」(いつもおそろいのジャージを着ている)がキャンパスに現れ、法大生に共に闘うことを訴えるビラをまく学生に暴力を加えるようになりました。そしてこの人間たちが、もはや非公認となり、学内の空いたスペースを使って行っていた文化連盟の会議の場にまで現れるようになる中で、脱退サークルが相次ぐ状況となり、34サークルあった加盟サークルは10サークルにまで減っていきました。そしてその中で、2008年度執行部を選出することになりました。もはや崩壊的状況にある中で立候補したのは三名のみ。しかもこの三名は連立承認であり、一人でも選ばれなければ三名とも選ばれないという形での立候補でした。このときにその中心だったのが社会科学研究会に所属する、現在の文化連盟の委員長です。結果、10票中7票を獲得して2008年度文化連盟執行部は選出されました。
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半澤 
※ジャージ部隊

 しかし、こちらが動けばあちらも動きます。執行委員の一人が宮崎学生センター長に呼び出され、「文化連盟に残れば君のサークル(新聞学会)に補助金は出さない」と言われ、サークル内で討議した結果、文化連盟を脱退することになりました。時を同じく、脱退サークルはさらに増え、文化連盟は最後はたったの4サークルにまで減りました。

 この中で、一度は5月中旬(15日ぐらいだったと思います)に飯田橋付近のファミレスで真剣に文化連盟の解散を討議するところまでいきました。そこから、世論研の代表がまたもや処分されることが確実になる中で、文化連盟は「一人の仲間も見捨てない」「これ以上の大学の暴挙を許さない」を掲げ、それまで法大闘争の主役だった全学連に協力を要請。もって521日にキャンパスで公然と集会を行うようになりました。完全に孤立した状況へ追い込まれたところから、我ら文化連盟は情勢をひっくり返すべく闘いを開始したのです。

 

【現在の闘いの状況】

 

法大闘争は今年でついに6年目、文化連盟決起から4年目を迎えます。この6年間で、述べ逮捕者数は118名、起訴は33名、処分は15回に上ります。様々なことがありましたし、様々なことを学びました。頭の中で考えられたクズみたいな運動論と活きた運動論の違い、激しい弾圧化における闘争のしかた、信頼できる協力者を選ぶ基準、等々。闘いの中で、この法大闘争の本質も見えてきました。法大闘争は、ここまで述べてきたとおり、「キャンパスで自由にビラをまけるかどうか」といったことを巡って始まりました。今、法大闘争は「大学とは何か?」を問うものになっています。私たちがいったい何と闘っているのかは、法政大学が20093月のオープンキャンパスにあたって私たちにだした「仮処分申請」に象徴されていると思います。「古い校舎・学生運動・バンカラという古いイメージを一掃する」「より多くの学生を集める絶好の場こそがオープンキャンパスというイベント」「大学の運営にとって重要であり、彼ら(文化連盟・全学連)の行為は営業権を著しく侵害する」・・・私たちは、「新自由主義」と呼ばれる利潤至上主義によって腐敗した大学と闘っているのでしょう。 
 この間、
311日の東日本大地震によって多くのことが明らかになりましたが、その中にこの問題もあると思います。たとえば原発です。東京大学が東京電力から毎年五億円を超える寄付をもらう代わりに、自社の社員を東大教授として育成し、原発のキャンペーンをしていたことが分かってきていますし、京都大学でも、原発反対の立場を貫く二名の教員は30年以上教鞭をとっているにも関わらず、いまだに助教(助手)扱いです。日本最高峰のこの両大学がこの体たらくです。このような腐敗を最も象徴的に表してきたのが法政大学です。大学の運営方針に抗議するような学生を叩きだし、そもそも「抗議する」という発想すら学生が抱かないようにすべてを規制で縛りつける法政大学のあり方は本当に腐っているとしか言いようがありません。現在の法政大学の法学部や文学部、人間環境学部の教授たちが物理学者であれば、今頃一生懸命「原発は安全」と連呼しているのでしょう。

 

 私たち文化連盟の目標は、もちろん「全ての処分の撤回」「言論・表現の自由の保障」です。しかし、かといって私たちは単に形だけ、紙の上でだけ、これらが成し遂げられることを望みません。処分が撤回されたからといって、学生が自由に討議し、自らつくりあげたルールで自らの行動を決定していた、以前の法政大学キャンパスは帰ってきません。中東の革命が示したように、30年、40年と言論活動が禁圧されていた国でも、いざ人々が立ち上がればわずか数週間で政権を打倒することができるのです。生まれて初めてデモに参加した若者たちですらそれだけの力を持っているのです。私たちは、学生は本来そういう力を持っている。腐敗した大学のあり方を許さず、この社会を変革することは可能です。

 そしてまた、学生とは本来そういう存在です。未来を作るのは青年・学生以外にありえません。権威ある大人たちが何を言おうが、次の未来に責任をとるのは私たちなのです。それが、「就職」を念頭に強制される授業と違って、学生自身が自ら主役となって行う学生自治やサークル活動が本来社会に対して持っていた意義です。法大闘争はこの復権をかけた闘争です。

 学生自身がもう一度このような力を自らの行動で取り戻した時、キャンパスのあらゆる問題は解決へ向かって動き出すでしょう。法政大学自身が「仮処分申請」の中で宣言したように、「古い校舎」すなわち55・58年館は解体が狙われています。耐震構造うんぬんの話に持ちこんで法政大学を「説得」するのは残念ながら無理でしょう。それは去年の飲酒規制阻止の闘争と同じ道をたどるでしょう。彼らの狙いはそれらの議論とはかかわりがないからです。
 学生が自らの力を取り戻すための団結体がもう一度必要です。それは現状、私たち文化連盟しか法政ではいないと考えていますが、しかし本質上、文化連盟である必要はありません。私たちはあらゆる闘争と連帯する用意があります。未来を創りだす大学を、全学生の力で取り戻しましょう。

3・5「ゆかいな仲間で法政をぽぽぽーんお花見」企画に連帯決起

 2011-04-06
自粛粉砕を夢見る万国暇人が法大外濠公園に大決起。



3・11天災大情勢をもって、90年代以来引き続いていた退屈な「ポストモダン」の時代は終わった!



法大解放! 飲酒規制粉砕!



齋藤委員長も連帯。



法大校歌、インターナショナル、君が代、酒研のテーマソングその他を唱和。



トーク1。



トーク2。



千代田区当局の「自粛要請」もどこ吹く風。



終始一貫、「自重!笑」多発のお祭騒ぎをやりぬきました。企画コーディネーターに感謝です。みんな、またやろうね(^ー^)ノ

倉岡処分弾劾!(総長テメェ!)

 2011-04-04
まずはこれを見てほしい。

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委員長の逮捕でゴタゴタしてしまい、報道が遅れたが、我が文化連盟の「鋼鉄」こと倉岡雅美が、法政大学側の巻き返しによりついに「無期停学」処分となったのだ!

画像なので、わかりにくいかもしれないが、処分理由は前回処分が否決されたときとまったく同じである。つまり、3月23日の時点では否決された提起が、3月30日の時点では、処分の重さ・理由が同じであるにも関わらず可決されたということなのだ。7日間で力関係が変わったということ以外考えられない。

しかも、今回についてはすさまじい事実が発覚した! 我ら文化連盟IT革命軍が事の詳細を調べるため、方々手を尽くした結果、恐るべきことがわかったのである。

3月23日、倉岡処分が教授会で否決され、その報告が総長へ届いたとき、総長が一言。














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「ダメ。ゼッタイ」















そして、この一言で3月30日、キャンパスが閉鎖されている中でもう一度臨時教授会が開かれ、次に執行部で提起された案はなんと「今回の処分について総長に一任するかどうか」!そして、この案は可決され(ここに至るまでにすでに恫喝やカネがらみの汚い話があるだろう)、総長一任となった結果、今回の処分となったというのである!

これまで、たとえば学生センターなどは「私たちが処分しているのではありません。教授会には教授会自治があるので、ちゃんとした議論の末に決まっているのです」とほざいていたわけだが、いったいこの状況のどこに「教授会自治」とやらがあるのだろうか。



結果だけを見れば、今回、我ら文化連盟はまたもや敗北を喫した。しかし、これまで「教授会自治」というベールに包まれていたどす黒い法政大学の腐敗をまたひとつ明らかにした、という点で我々は勝利した。我ら文化連盟はこれによって我々に側にまたひとつ明け渡された「正当性」をバネに、次の組織拡大闘争へ入る。

同志諸君! さあ、新歓だ! 原発事故という形で鋭く突きだされた大学の腐敗を、はびこる御用学者どもを、叩きだす戦士を見つけ出そうではないか!

人間のための文化と学問の復興へ、文化連盟は闘います!
 
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社研よりお知らせ

 2011-04-03
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「社会科学」2011年新入生歓迎号

社研の新入生歓迎号ができました。内容は、資本論の学習会で使ったレジュメを大きくまとめたものですので、直接読むだけではわかりにくい部分もあるとは思いますが、よかったらどうぞ。

【緊急速報】3学生奪還!

 2011-04-01
昨日31日に逮捕された齋藤文連委員長、織田全学連委員長、坂野全学連委員長代行の3名がつい先ほど、拘留されていた警察署から釈放されました。

1泊2日の超高速釈放。「ゆっくり歩いて」逮捕はやはりデタラメに過ぎた!笑

団結勝利だぜ(((o(*゚▽゚*)o)))

【文化連盟緊急アピール】東電前3学生不当逮捕を許さない! 齋藤郁真委員長を必ず奪還する!

 2011-04-01
ログ、Twitter等で繰り返し報じているように、昨日3月31日正午頃、「東京電力、原子力安全保安院への緊急抗議・申し入れ行動」のデモ隊に参列していた学生が、警視庁公安部によって不当逮捕されました。
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内訳は、齋藤郁真法政大学文化連盟委員長、織田陽介全学連委員長、坂野陽平全学連委員長代行の3人です。
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逮捕の様子はこちらの動画から(↓)。



3・14法大弾圧を許さない法大生の会ブログでも写真つきで状況再現がなされています。
http://hosei29.blog.shinobi.jp/


逮捕容疑は「東京都公安条例違反」。
大手マスコミを経由した警視庁公安部の説明によると、3学生が「東電前でゆっくり歩いて行進を停滞させた」ことが逮捕の理由にあたるそうです(東京新聞:http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2011033101000884.html)。
「ゆっくり歩いて」、逮捕? 馬鹿げています! 出鱈目至極もいいところじゃないか。


まず当日の事実関係を簡単に整理しましょう。すなわち、
(1)3学生がデモ隊最前列を行進していたところ、(2)突如警官隊がデモの進行状況を難詰するプラカードをもって登場し、(3)警告から10秒立つか立たないうちに警視庁公安部がデモ隊に突入。(4)3学生を強制誘拐(不当逮捕)の運びとなりました。
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念入りにも、逮捕に際しては、デモ隊内部のビデオカメラ所持者が暴力的に押えつけられています。周到な事前準備を期しての出来レースです。
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では次に、何故今回、警視庁公安部はこのような弾圧へと至ったのか? と考えてみる必要があります。
大きく分けて警視庁公安部の狙いは3つあると、私たちは認識しています。

第1に、3月11日以後盛り上がりの機運著しい日本の「反原発運動」を鎮静化させようという意図です。東日本大震災とそれに引き続く福島原発大人災を契機とし、今、日本の反原発運動は爆発のうねりをみせつつあります。震災前から活動している左翼の人々だけでなく、これまで日本社会で息を潜めていた広範な大衆が「原発はマズい」「政府・東電のリスク管理はいい加減に過ぎる」と行政当局・大資本への不信感を募らせている。そして「何か自分にも出来ることはないか?」と行動の手だてを探し求めています。フリーターの園良太さんが企画している東京電力、原子力保安院、経済産業省への抗議・申し入れを通した「NO MORE GENPATSU!」の実践はそれら大衆のパトスを掴みつつある好例です。

ブログ「園良太の日記」より。
http://d.hatena.ne.jp/Ryota1981/
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しかしここに「逮捕」の事態が生じるとどうなるか?
一般の方は、「あー、やっぱりこういうのって過激派のやってる運動なんだ」「逮捕されるかもしれないリスクは取れない」と考えるでしょう。例えそれが全体の一部であっても、視線は冷たくなり、足は遠のきます。運動を一般社会から孤立させること、運動を「ブサヨ」(by2ch)の運動だけにすること、運動を「イタい人たち」だけのものとすること、それが警視庁公安部の狙いです。

第2は、反原発陣営の中に「分裂」のクサビを打ち込む意図です。本来、原子力発電に「否や」の立場を表明するなら、その立場にある人は広く統一戦線を組むことを模索しなければならないはず。どこか特定の党派や自分たちの運動体だけで自己完結した反原発運動など決して影響力を持ちえないからです。しかし、多くの左翼活動家は頭ではそう思っていても、いざ弾圧の憂き目にあうとちんちんがちぢ込みあがり、小児ヒステリーを発症させます。すなわち、「お前ら極左が逮捕なんかされたおかげで普通にやってる俺たちまで実害を食うじゃねえか!」と喚き散らす。馬鹿です。公安の思う壺です。こういうときこそ、力をあわせて抵抗しなくちゃいけないはずなのに……。警視庁公安部の思惑にまんまと乗せられて、狭い金魚蜂の内部で醜い内ゲバを敢行するとは愚劣の極みであります。日本の(新)左翼史が終始一貫この種の「分断」によって破壊されてきた事実を忘れてはなりません。

第3は、法大学生運動を鎮圧する意図です。幾分学園主義的というか、第1第2の理由に比べるとローカルな話ではありますので、ここは空気を読み(笑)、逮捕された3人が文連・全学連活動家の「BIG3」であった事実、4月4日から法大で新歓が始まるという事実のみを付記するに話をとどめます。

今回の不当逮捕は個別文連や中核派に向けての弾圧ではなく、日本の反原発運動総体への「威迫」であるとの認識に立ち、広い連帯のもと、3学生の釈放要求を突きつけていきたい。私たちはそのように祈念しています。3学生を必ず奪還しましょう。
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プロフィール

文化連盟

Author:文化連盟
1959年創立の法政大学サークル連合。2008年3月に非公認化。活動理念は「自主文化創造」。本業のサークル活動に邁進しつつ、2006年3月14日以来延べ126名の逮捕者、34名の起訴者と13名の処分者を擁する監獄大学爆砕へと学生運動も同時並行。直接行動系。ゆとり世代代表。愛は強し。

2012年5月31日、東大ポポロ座に続き暴処法を粉砕し無罪を勝ち取る。もはや敵なし。俺たち最強。

法大闘争とは何か?


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