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4学生が帰ってきた!

 2013-04-27
 遅れましたが、公安条例違反及び公務執行妨害による現行犯で逮捕された学生4名が釈放されたとの情報が入りました(前回の記事に事件の記述に関するミスがあり、修正いたしました。この場を借りてお詫び申し上げます)。警察は拘留をつけることはできませんでした。あれだけやった割にはお粗末な結果です。公安のクズども、思い知ったか!!そして産経、虚偽の報道をするな!(デモ申請取っとるわい!無許可デモじゃねーわ!)
 まあ、不実で意味のない罵詈雑言はこれまでにして、ひとまず我々は一定の勝利を引き出したと言っていいでしょう。

 
 ※左から内海、斎藤、武田、安沢(東北大)
 ですが、建造物侵入を口実にした令状によって逮捕された2学生は未だ拘留されています。彼らは恐らく「取り調べ」という仮面をかぶった公安(政治警察)の罵詈雑言、悪口大会の嵐の中、完全黙秘を貫いているでしょう。一刻も早い釈放を彼らの手にプレゼントいたしましょう。彼らの救援体制は早期に決まると思いますので、決まり次第お伝え致します。
 というわけで、ようやく写真が手に入りました。逮捕の状況をしっかりと確認したいと思います。
 まずは拡声器による演説。
 ※拡声器を使っての演説
 また、これを口実にしてのゆひまるに対する退学処分も策動されている頃でしょう。奴らの考えそうなことです。卑怯なやつらだ。 
 次に、集会禁止の指示と演説の中断。

 ※集会禁止の指示を受け、外堀公園に移動を開始しようとする(看板を持っている制服警官が機動隊員。スーツは公安警察)
 そして、公安警察の襲撃と乱闘。

 ※逮捕の瞬間。機動隊員の姿はない。取り押さえにかかっているのはすべて公安刑事
 大学はトラブルに巻き込まれると豪語するが、トラブルを作っているのは大学当局。矛盾も甚だしい!
 最後にデモ。お騒がせいたしました。

 ※デモ貫徹。法政旗は手作り。
 だが、本来この手の活動に警察権力を介入させてはならなかった!そして未だに2人の学友が獄に閉じ込められている!このようなことをどうして許せようか!文化連盟は合法的な活動の余地がない中、こうするしか声を上げる手段は存在しなかった!しかし当局の取った対応は7年間これである。いいかげんにしろ。
 頭上からサイレンと一緒に爆弾を落としてやる(※テロは無意味です。説得力の持てる活動をやりましょう)。
 休養などはとっていられない、出撃だ! 
 
 ※最後はネタです。ルーデル閣下

 
 ※集会およびデモ写真の提供は市民記者の方からになります。御提供感謝致します。
 文責:岡田(書記長)
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4・25法大デモにおける5名逮捕に関する声明と文化連盟の見解

 2013-04-26
12文連執行委員会

 去る4月25日、法政大学への抗議デモにおいて5+1名、計6名の学生が弾圧によって逮捕された。ここまでまとまった数の逮捕者を出すのは、2009年4月以来である!容疑は、3名は公安条例違反、1名は公務執行妨害の現行犯、2名は昨年の10・19に関しての建造物侵入による令状逮捕である(※)。そしてその中の一名は集会の前に令状逮捕された!遂に法大闘争の延べ逮捕者数は120の大台を突破し、125名となった。一体どこまでやったら気が済むのだ!!文化連盟はこれに対し、強く抗議すると同時に、6学生の早期釈放に向けて一層の運動を展開することを宣言する。
(※5名が公安条例、1名が令状逮捕という表記になっておりましたが、こちらの誤りでした)

 文化連盟と大学当局の歴史的な経緯
 逮捕前の状況を語る前に、少しだけ歴史的な経緯を語らせていただきたい。
 2006年、3・14弾圧。ビラまき・立て看板の許可制に対して文化連盟及び旧三本部団体(文連・二文連・学団連)は反対及び逮捕に対する抗議の声明を出す。
 2007年、旧三本部団体の「再編」を大学側が提唱。この過程で、与論研究会による当局を批判した新入生歓迎号が事実上の発禁処分となり、会長が処分を受ける。これらを受け、各団体は交渉で様子を見ようとしたが、大学の手のひらの上で踊らされる結果となり、旧三本部団体は非公認化される。

 ※これと次の図はCSK総会レジュメより引用。すべての団体が当局を交えて会議に参加し、対等な立場で重要事項を審議する。公認サークルから選ばれた代表が本部団体の役員として、会議に出席する(公認サークルは本部団体が認めれば「法政大学公認」となっていた。予算権・部室配分権はサークル団体が持つ)。
 2008年、三本部団体解散。現在のCSKに統合される。

 ※再編後は、学生全体は意見を言うだけで、意見は反映されなくても良い。また、会議においては登録団体のみが出席しており、登録は全て大学によって決定される。予算権・部室配分権は当局が持つ。
 第二文化連盟・学生団体連合は解散するが、文化連盟は団体存続を決定。この過程で、大学による補助金をめぐる恫喝(文化連盟に残ったら補助金は出さない等々)により、脱退サークルが相次ぐ状況となる。その中で、当時の副委員長に処分が来るということで、5月21日以後はほぼ政治闘争に入り、サークル活動は停止を余儀なくされる。

 このような形で、大学は文化連盟のサークル活動を停止状態に追い込み、合法的な活動の余地を奪ってきた。それを持って「学外者」や「カルト」なる宣伝を行っている。卑怯そのものである。
 さらに、当局は便宜供与を一切行わないとして、文書による会話すら応じないという姿勢を見せている。一体どのようにして相互通信を取れば良いのか。これまで申し入れ書や抗議文を度々提出してきたが、公認時代から一貫して「回答無し」が回答であり、当局は話を聞く姿勢を一切持たなかった。
 それどころか、大学は公安警察と密接に談合し(裁判で明らかになっている)、反対派の学生に逮捕・処分という名の恫喝をかけて運動をあらかた潰してきた。しかも、運動をやめた学生に対してもしつこく嫌がらせを行うなど、いわゆる屈服した者に対しても足蹴にする態度を見せた。
 それで「自由と進歩」を語っている。このようなやつらに、自由と進歩を語る資格など存在しない!

 今回逮捕されたのは、以下の6名である

 武田雄飛丸(法政大学国際文化学部在籍、無期停学処分・文化連盟委員長)

 斎藤郁真(法政大学法学部政治学科、退学処分・全日本学生自治会総連合委員長)

 内海佑一(法政大学文学部、退学処分・法大闘争の勇者)※単なる愛称で、役職ではありません。お気になさらぬよう。
 全国の大学生3名(都合により名前・所属は記せず。そのうち2名は令状による逮捕)
 元及び現役法大組は現在行なわれている運動の中心核とも言える存在であり、彼らをあえて逮捕することで運動の停滞を狙ったものである。また、この逮捕は、「運動に参加したらこうなるぞ」「あいつらの運動は秩序を乱すものなのだ」というある種の恫喝であり、明確な思想弾圧でもある。憲法において規定されている思想・結社の自由に悖るとんでもない不法行為である。

 逮捕時の状況(門前における事件)
 簡単にまとめれば、以下の状況に大別できる。撮影者(内海)が逮捕されたのもあって写真を提供できないのは極めて残念であるが、写真はもうしばらくお待ちして欲しい。
 1:門前にいたグループは、正門前で拡声器を使い演説をしていた
         ↓
 2:警察側から集会禁止の指示が出た
         ↓
 3:門前組はこの指示に従い、拡声器の演説を中断して外堀公園に移動しようとした
         ↓
 4:公安刑事が襲いかかり、5名を逮捕した


すなわち、指示に従ったにもかかわらず逮捕がなされている。不当も極まる弾圧である。警察発表によれば公安条例違反とのことだが、それは単なる口実に過ぎないのは明らかである。

家宅捜索の異常な速さ
 信じられないことに、逮捕後1時間以内に、日本全国に家宅捜索が入っている。少なくとも岡山、広島、京都、首都圏(2件)に入っており、中には今回の事件で逮捕された人間とは全く関係のないところにまで家宅捜索を行っている(場所及び人物名は個人情報保護の観点から公表不可)。
 ここで一つ問題になるのは、なぜ逮捕後すぐに家宅捜索が行われるのかという点である。逮捕されたら関連する者の家宅捜索を行うのはごくごく普通のことであるが、通常は数日かかる上、事件と極めて密接に関連した現場を調べる程度にとどまる。ここまで素早く対応し、かつ無差別に行われている様子を見ると、あらかじめ準備されたものとしか考えられない。かつて、暴処法で11名が逮捕された時も全く同様の行為が行われており、明確に警察権力はこの運動の破壊を狙ったものである。
 ストーカーやDV対応などには重い腰を上げないという怠慢をさらけ出しておきながら、政治的な弾圧には手が早いという事実は、逆転も甚だしいところである。少なくとも人権の侵害を受けた者への対応を強化しろ!

 以上のように、本事件はあらかじめ仕組まれた事件であり、警察及び大学当局の言に何ら正当性などなく、向こうにとって不都合な真実を隠蔽し、都合のいいように歪曲するためだけに引き起こされた事件である。もうひとつ付け加えて言うならば、官憲の弾圧を持って学生の自主的な行動を一切認めないという態度の表れであり、憲法において民主国家を語る日本において、最もあってはならない事件である。一刻も早い謝罪と6学生の釈放を要求する。

 大学は声明でこう言うだろう、「学外者が違法行為を働き、警察によって逮捕された。今後もこのようなことを防ぐため、一切関わるな」と。
 では問おう、「自由と進歩」を掲げているのは誰であろうか?「自律的・批判的な目を持ち、社会に立ち向かう若者たれ」といったのは誰であろうか?

 ※↑このひと
 そして、今ここに起きている現実に目を背けることを教育としたこのあり方は一体なんなのか?政治活動も立派な自立的な活動であり、それがどのような思想を持っていようが、多様な価値観の共存と自主的な社会運営に民主主義の真髄がある。これを認めないことは、現代までに築かれてきた歴史をすべて否定するものである。
 我々はあらゆる手段を使う。もちろんこちらの提訴による裁判闘争も範疇にある。こちらは向こうが謝罪し、土下座をして二度とこのようなことをしないと確約させるまで闘う。絶対に後悔させる。そしてこの逮捕を後悔させ、二度とやらせぬことを確約するまで、運動を継続する。
そして、法政大学の学生の皆様には、この記事を見て、文化連盟が一体何者なのかということを自分の目で判断して欲しい。実態を知らないうちに批判を行うのは、愚か者の行うことである。自分の目で見、感じたことは、決して嘘をつくことはない。
以上

今回のデモから思う事

 2013-04-26
政大学は大学に批判的な学生へ激しい弾圧を加え続けています。
武田君への無期停学処分も例外ではありません。

今回は全国から文化連盟の主張と理念に共感を示した学生が応援に駆け付けてくれました。
全学連や中核派等のセクトだけでなく、ノンセクトや一般的な個々人に至る幅広い支持層の人間が彩るデモとなり、参加者の好意と協力に驚きと深い感謝の意を示す次第です。

そして法政大学は再び逮捕という形で僕等の為に闘ってくれた彼等を弾圧しました。
それもデモの出発前に。
本当に悲しいです。

デモの出発前に僕が独り学生センターに赴き、申入書という“公式な手続き”で“平和的な対話”を試みましたが、大学側は申入書の受理を強く拒否しました。

大学側は校内放送やガイダンスで僕等を“危険なカルト集団”と罵ります。

しかし僕等が連日に渡り校門前で大音量の抗議活動を行う理由は、大学側が“公式な手続き”を通してすら僕等の陳情や意見に耳を傾けない事が原因です。

続け様に大学側は校内での演説やビラ配布も禁止しました。
デモが企画されると正門を封鎖し一般の法大生が参加する事すら阻みます。


教授や職員を動員した戒厳体制

それでも参加する学生は逮捕して見せしめにする

僕等は“公式な手続き”だけでなく“憲法で保証された政治行動”まで否定されています。
手段の正当性を問わず、大学に不満を感じても“異議”など唱えず大人しく従う事を強要される。

まるで“北朝鮮”です。
遺憾にも結集した学生達は、そんな法政大学の硬直性を僕等と批判する中で逮捕されました。
それは許されない事です。

大学の独立性を放棄した上に公安と結託し、連盟委員長を含む6名を逮捕させた法政大学に怒りが隠せません。強く弾劾します。

4・25法大解放総決起集会へ!賛同メッセージいただきました②

 2013-04-24

 新入生の皆様、ご入学おめでとうございます。法政大学OBで25歳のおじさんです。

ここでは425日に行われるデモへの賛同文を記させてもらいます。右も左もわからないであろう新入生の皆様の道の左側を少しでも照らすことができればと思います。2~8年生の皆様にもこっそり読んでもらえると嬉しいです。

 

 

賛同文にかえて

 

 賛同文の前に自己紹介を簡単にすると、僕は工業高校を卒業した後に代々木ゼミナール仙台校で一年間浪人した後に、第一志望の学習院大学文学部哲学科に落ちて、法政大学の文学部哲学科に入学しました。法政大学入学は今では一昔前の感がある2007年のことです。入学後は紆余曲折ばかりがあり、この春に6年かけて大学を卒業しました(6年といっても法政大学では普通な方だと思います)。

 

 

 2007年に入学した当初、僕は法政大学という場所の持つ怪しくもただならぬ魅力に心を奪われました。

 

 自由にキャンパス内を人が行き交い、サークルの垣根を越えてさまざまな人と交流し、閉門の23時まで学内でお酒を飲みながら語り合う。掲示板には多種多様なビラが貼られ、日々どこかで何か楽しいことがあるのではないかという活気に満ち溢れていました。

 

 男ばかりの工業高校、暗く陰鬱とした浪人生活、その果てにたどり着いた法政大学。

『自由と進歩』の名に恥じない素晴らしい環境がそこにはありました。

 

 

 しかし2013年、新入生の皆様は同じような、あるいはそれ以上の感動を法政大学から感じることができているでしょうか?

 

 ピロティ下でお酒を飲んでいてなんとなく知り合いが増えていく、そこで新たな価値観に触れる。

 キャンパスで、マージャンをやる、鍋をやる、ちょっとここでは書けないような悪いこともしてみる。

 他サークルとの交流の中で気になる子ができて恋をする。

 今回デモを呼びかけている学外者(by法政大学)の人たちに「革命って何ですか?」「何でデモするんですか?」「獄中ってどうなってるんですか?」と聞いて30分くらい熱く熱弁される。

 キャンパス閉門前に人が入り乱れて円陣を組んでの校歌の大合唱。

 

 

こんな楽しくて過激な経験をできているでしょうか?

 

 

 425日のデモおよび法大闘争にはさまざまな側面があると思いますが、法大生の視点から見たときにそれは単純なものでよいと思います。

 

大学に何を求めるかです。

 

 学外者(by法政大学)対策と称して学内に監視カメラ、警備員、弾圧職員を配置され、大学に定められている範囲からはみ出さないように管理・抑圧され、日々規制が強くなっていく環境でよいのか。

 

 あるいは、それらの全てを取り払って、大学を既得権益に溺れた悪い大人の手から、未来ある学生・若者の手に取り戻すのか。

 

 

 同じく法政大学で過ごした者として、法大でのデモや闘争は厳しく苦しいものであることは重々承知しています。しかし、その上で一人一人がきちんと自分の戦いを始められることを強く願います。

 

 4月25日には僕の同期入学で現全学連委員長にまで出世した斎藤君(良い奴なので正門前などで見かけたら話しかけてみてください)や文化連盟委員長のゆひまる君を中心に戦いの一つの形を強く強く示してくれるはずです。とにかくその光景を一人でも多くの人に見てほしいと思います。

 

 

 4月25日、一人でも多くの方がキャンパス中央に来られることを願って賛同文とさせていただきます。

 

 

2007年入学2012年卒 菅谷圭祐(https://twitter.com/sugaya_keisuke



写真


文化連盟が非公認化されていく07年を共に熱く過ごしたわれらが同志にして、「ゆとり全共闘」の戸籍上のお母さん、法政大学の歴史上最大のお母さんキャラ・菅谷圭祐くんからでした!

ありがとうございました!

いよいよ明日は法大解放集会です!

怒れる全人民、ウヨもサヨも明日はみんな12時30分、法大正門前へ!

4・25へ!賛同メッセージをいただきました

 2013-04-21
 私がこの法大デモに参加するのは、三度目になります。一年前のこの日、私の友人が、私の目の前で、「何もしていないのに逮捕」されました。

 今でもあのときの映像が脳裏に焼き付いて離れません。警察は大変な権力を持っていて、しかもそれを自由に使うことが出来る。そしてその権力を今、明らかな不正義のために使っている。このことを、私は一年前、身を持って知りました。

 「デモでは何も変わらない」という言説があります。しかし、この言説の流布や、度重なる不当逮捕(私は「不法逮捕と呼びたい」)は、「デモで何かが変わってしまうことへの、警察をはじめとする権力の危機感」の現れなのではないでしょうか。

 逮捕の恐怖にも怯えず、正義のために闘う文化連盟・全学連の皆様、労働者・市民・学生の皆様に敬意を抱きつつ、賛同文を送らせて頂くと共に、法大当局と権力への怒りを以って、デモに臨みます。

慶應義塾大学 宮内春樹


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聖久律法会代表、「ゆとり全共闘」の中心の一人であった宮内さんからでした!

ありがとうございました!




※「一年前のこの日、私の友人が、私の目の前で、「何もしていないのに逮捕」されました」について
http://08bunren.blog25.fc2.com/blog-entry-848.html
など2012年4月~5月の本ブログ記事を参照いただければ助かります。


もし、他にもメッセージを寄せてくださる方がおられれば、こちらに最大1000字程度の文章をお願い致します。
→bunren08@yahoo.co.jp

新入生の皆様へ

 2013-04-01
 ご入学おめでとうございます。そして、ようこそ法政大学へ!
 ついに筆者が前委員長から現代の書記長にかわりました。世代交代マンセー!12文連執行部初の新年度です。
 ここ法政大学は、2006年以来、 学生の自由をめぐる戦場となっております。 そして、文化連盟というものが何者なのか、どういう歴史をたどってきて今ここにいるのか、ということを知っていただいた上で、皆様に曇のない視点から私たちのことを判断していただきたいと存じ、この記事を書きました。
 かなり長くなりますが、是非ともお読みください。

 法大闘争とはなにか
 【法大闘争の始まり(3・14事件)】
 2006年2月27日に法政大学当局より突如、「ビラまき・立て看板許可制」導入が発表されました。春休み真っ最中であることに加え、伝統的に法政大学のサークル連合の中で政治闘争を担ってきた三本部団体(文化連盟・第二文化連盟・学生団体連合)が行ってきたGLC(Group Leaders Camp)という大会議が終わった直後のことであったため、ほとんどの学生がキャンパスにいない状況での発表でした。三本部団体の個別の会議(3月1日・2日)で反対することだけは決まりましたが、それだけで、満足に学生側の方針が決まらないまま、大学側が3月14日に社会科学研究会(当時ふつうに文化連盟や第二文化連盟によって承認され、法政大学公認のサークルであった)などの政治系・学習会系サークルを「学外団体(全学連中核派)と関わりがあり、事実上の学外団体」として、また、ノンセクト(無党派)系の学生がだしていた個人の立て看板を「無秩序」としてそれらの立て看板の撤去を決定。いわゆる一般サークルと政治系サークルおよび個人の分断が図られました。それまでビラまきと立て看板については明白なルールがあったわけではありませんが、伝統的に「明らかな通行妨害になるものはやめる」という常識にしたがってうまくいっていました。過去に巨大な立て看板が設置されたときも、それによって撤去されることになったことは、その証左です。
 そして3月14日、法大生5名を含む29名が「ビラまき・立て看板規制」に抗議してデモを行いました。そして出発地点であった法政大学に返ってきたところで大学側がこれみよがしに立て看板の撤去を開始。もちろん、デモ隊は抗議。そしてそこで200名の公安警察がキャンパスに突入してきて全員逮捕となりました。これが私たちの言葉でいうところの「3・14弾圧」です。

 この事件は、後に裁判で、当時の学生部長(現在の学生センター長にあたる)および総務部長の証言から、数か月前から公安警察と協議を進め「大学の態度を示す」ために行われた逮捕のための逮捕であったことが明らかになっていますが、当初から不審な点があまりにも多かったことで一般的にも弾圧として認められていました。

① 通報から2分で公安警察が200名きたこと
 一番近い麹町警察署からでも車で5分はかかる場所に法政大学はあります。そもそも200名そろえるだけでも2分を超えることは明白です。本当に通報したのかも怪しいわけです。

② 弾圧に至る過程の法政大学側の計画性の高さ
 上でも述べたとおり、ほとんどの学生がキャンパスにいない時期を狙っての突然の規制発表であり、その後や当日の当局の行動がかなりスムーズに行われていたことから、計画的なにおいがしており、当時の学生団体内でもそういう見方はかなりありました。ゆえに反対する意見もある中で「やるべき時にやれないやつは結局最後まで闘えない」として29名はデモに立ったのです。

③ 当日の逮捕の罪状が「建造物不法侵入」「威力業務妨害」だったこと
 法大生5名も含めてです。中の一名に関しては不穏な空気を感じ取り、学生証を掲示しながら入構したのですが、関係なくその時その場にいた全員が逮捕されたのです。

 そして、結局13日で全員釈放されたのですが、「逮捕された」ことを理由に法学部の二名は停学処分(後に無期停学処分)、文学部の三名は退学処分になります。こうして、この処分および「ビラまき・立て看板規制」の撤回を求めて、法大闘争はその幕を開けます。法大闘争の事実上の公式ブログの名前が「3・14法大弾圧を許さない法大生の会」であるのはここからきています。

 【弾圧、そしてサークル団体の廃止】
当初、法大闘争はかなり勝利的に進みます。「3・14弾圧」の直後、3月15日には三本部団体名義の抗議声明がだされたことにも見られるように、多くの学生が支持し、2006年の6月15日には(法大生だけの!)1000人の集会になるほどの高揚を示します(「3・14法大弾圧を許さない法大生の会」の2006年6月あたりの記事を見てみるといいかと思います)。
 
 ※6・15集会
その後の国会デモが、多くの法大生の飛び入り参加によって100名くらいの規模で行われるほどでした。そしてここから、6月15日当日も含めてどんどん学生活動家の逮捕が行われていきます。しだいに、「抗議したら逮捕・処分」というイメージができあがり、運動は2006年末にはいっきょに孤立していきます。
 そして、2007年の夏、社会科学研究会などのサークルを学内団体として認めていた三本部団体の廃止が法政大学から打ち出されます。それまで、法政大学では「間接公認制度」という制度をとっていました。体育会など10団体それぞれが独自にサークルや部活の公認権や予算権を持ち、各団体内の協議をとおして活動内容・活動規模を見て、どのサークルを公認するか、また、毎年どれくらいの部費を各サークルにだすかを決めていました。そして、ここで承認されたサークルは、「法政大学公認サークル」となるのが「間接公認制度」でした。
 つまり、政治系のサークルは、その多くが戦後の学生運動・労働運動の高まりの中でつくられたものであり、文化連盟などの本部団体を創りだした主軸になったサークルたちであった以上、当然社会科学研究会などのサークルも大学側と大学の運営方針などで争い続け、大学当局にとっては目の上のたんこぶでありながらも「法政大学公認サークル」だったのです。
 法政大学は、これを廃止し、大学側による「補助金制度」に変えることを打ち出したのです。これは大学が予算権を持ち、それを基盤に公認権を持つ制度でした。つまり、今実際にそうなっているように、すべてのサークルが大学の顔色をうかがいながらやるしかなくなってしまう制度でした。形式的にはサークル団体の「再編」ということになりますが、実質的には、再編後の法政大学の学内状況を見ればわかるように、自主法政祭のようなイベントだけでなく、学費値上げ阻止闘争などの政治的な闘争を担ってきた三本部団体だけが廃止されました。そして、この過程で早々と解散を決定した学生団体連合の執行部を中心にしてつくられたのがCSK(サークル支援機構)です。彼らが当局の御用団体である歴史は最初から始まるのです。当時も、学生団体連合は「各サークルが闘う気がないから勝てない」といって解散へ行きましたが、サークル連合の執行部というのは、まず自分たちが体を張る覚悟で各サークルの闘争心を引き出していくためにあるのです。サークル連合は、闘争団体としてつくられたのですから、そもそも必然的にあるものではなく、それは歴史的につくられたのです。自分たちが闘わない理由を、結集してくれている学生やサークルのせいにするCSKの体質はここからずっと受け継がれているのです。現在のCSKも、「学生の自主性がないからマナーが悪くなる、それが規制につながる」とかなんとか言っていますが、こういう論拠も全てここから始まっているのです。
 当初、この案はあまりにも破壊的なものだったので、三本部団体合同会議が開かれ、そこで一致して反対の意志を表明して闘うことを決定するところまでいきました。社会科学研究会の代表が5分ほどの演説をしてそれが満場の拍手で迎えられたぐらいでした。しかし、闘争方針は定まらず、方針については各団体一任となり、内部討議で決定されることになりました。
 しかし、ここで2006年からの弾圧が活きてきます。当時、弾圧はいっそう激しくなり、これまでは逮捕だけだったものがついに起訴が行われるようになっていました。並行して、世論研などの言論系のサークルが当局を批判した新入生歓迎号が事実上の発禁処分を受け、世論研の代表が処分を受けることも始まっていました。ほとんどのサークルが「反対の意志はある。だけど、ガチで反対したら逮捕や処分が待っているのは明らか」として「まず交渉で様子を見よう」となったのです。結果、最後まで当局に情報をだす量や時期まで決められ、手のひらの上で踊らされることになりました。9月ごろまでは、「大学側に要求しているのだけれど、情報が出てこない。これでは討議ができない」となり、10月ごろになって情報が出始めると、「これはとんでもないものだ。ここまで具体的に決まってしまってはもう反対はできない。当局の打ち出している新サークル連合構想(後のCSK)に乗るしかないかもしれない」となっていったのです。そして、三本部団体は非公認化され、敗北しました。

 【文化連盟決起】
 三本部団体の中で文化連盟だけが、紆余曲折はありましたが、最終的に解散しないことを決定しました。しかし、2008年度になってみると、法政大学が雇った「ジャパン・プロテクション」の警備員、通称「ジャージ部隊」(いつもおそろいのジャージを着ている)がキャンパスに現れ、法大生に共に闘うことを訴えるビラをまく学生に暴力を加えるようになりました。


 ※ジャージ部隊
 そしてその人間たちが、もはや非公認となり、学内の空いたスペースを使って行っていた文化連盟の会議の場にまで現れるようになる中で、脱退サークルが相次ぐ状況となり、34サークルあった加盟サークルは10サークルにまで減っていきました。そしてその中で、2008年度執行部を選出することになりました。もはや崩壊的状況にある中で立候補したのは三名のみ。しかもこの三名は連立承認であり、一人でも選ばれなければ三名とも選ばれないという形での立候補でした。このときにその中心だったのが社会科学研究会に所属する、08文化連盟の委員長(齋藤郁真)です。結果、10票中7票を獲得して2008年度文化連盟執行部は選出されました。
 しかし、こちらが動けばあちらも動きます。執行委員の一人が宮崎学生センター長(当時)に呼び出され、「文化連盟に残れば君のサークル(新聞学会)に補助金は出さない」と言われ、サークル内で討議した結果、文化連盟を脱退することになりました。時を同じく、脱退サークルはさらに増え、文化連盟は最後はたったの4サークルにまで減りました。
 この中で、一度は5月中旬に飯田橋付近のファミレスで真剣に文化連盟の解散を討議するところまでいきました。そこから、世論研の代表がまたもや処分されることが確実になる中で、文化連盟は「一人の仲間も見捨てない」「これ以上の大学の暴挙を許さない」を掲げ、それまで法大闘争の主役だった全学連に協力を要請。もって5月21日にキャンパスで公然と集会を行うようになりました。彼らだけがクチだけではなかったからです。

 ※全学連の仲間たち
 完全に孤立した状況へ追い込まれたところから、我ら文化連盟は情勢をひっくり返すべく闘いを開始したのです。

 【文連決起以降の闘い】
 5月21日以来、文化連盟は決起し、総力で闘いを始めました。最初は「サークル員同士の交流」(いろんな企画をブログに書きこむことで告知、等)を目的として立ち上げられたこのブログも完全に闘争ブログとして確立します。とにかく怒りにまかせて行動につぐ行動を行っていく様子は、このブログの2008年度の記事を読んでいただければ理解できるかと思います。
 5・28-29弾圧、それに抗議しての委員長の170時間ハンスト(断食)、10・17法大総決起集会、委員長・副委員長への無期停学処分・・・その中で「ジャージ部隊」を追放することに成功したり、運動同士の横の発展を広げたりと、一定の成果を出します。

 ※委員長ハンスト

 ※10・17法大解放総決起集会後のデモ

 ※「キャンパスの騒乱」報道号(ジャパンタイムズ)
 しかし、「不当処分撤回」を掲げた2009年4・24法大総決起集会において、ついに文化連盟執行部は全員が「建造物侵入」「威力業務妨害」で逮捕されます。さらに立て続けに、法政大学門前の看板を壊したという理由で再逮捕・起訴が行われます。2010年、文化連盟は獄中闘争へと突入します。
 そして約半年以上の拘禁の後、保釈を勝ちとって出てきたところで委員長が退学処分を受けます。
※退学処分に対する委員長の抗議文(?)⇒08bunren.blog25.fc2.com/blog-entry-656.html
 この過程の入試において、法政大学は「大学の営業権」をかかげて、裁判所に仮処分申し立てを行い、入試期間中の情宣を禁止してくるようになります。「教育の民営化」=学問の商業化粉砕のスローガンが掲げられるようになります。

 ※情宣禁止仮処分申請書
 委員長の退学処分や社会科学研究会の会員への無期停学処分(学内で許可をとらずにビラをまき続けた)で、文化連盟は学内での合法的な活動の余地をほとんど奪われ、それを機に法政大学当局は「学外団体キャンペーン」を行って、「そもそもそんな団体は法政大学になかった」かのようにしようとしています。
 そして、2011年から、「ジャージ部隊」がいなくなった後を埋めるため、通称「ヤクザ部隊」と私たちが呼んでいる弾圧職員が登場します。

 ※警備員の後ろの青いジャージ
 2010年からしばらくは、文化連盟を知る世代がほとんど卒業(ないし停退学)してしまったこともあって、学祭実の大幅な反動化もあり、2012年の中盤までははっきり言って苦闘の連続でした。この間は外においては大きな前進が見られ、新入部員の増加をはじめ、2012年5月31日には法大暴処法裁判一審無罪を戦取するなど、さまざまな前進が見て取れました。

 ※無罪の文化連盟と弁護団!
 また、この法大闘争を教訓にして、京都大学では同学会(京都大学全学自治会同学会)が再建され、全国の大学における運動も一層の前進を勝ち取りました。また、2011年は文化連盟から全学連へ執行委員も出しました(言ってしまえば、全学連は文連の影響を強烈に受けている、ということ)。

 ※全学連現委員長、齋藤郁真・08文連執行委員長
 この間は学内における逮捕者や処分者も出しませんでしたが、それでも学生に訴え掛けるにはかなり難しい環境でもありました。ですが、年々に規制は強まり、11年はキャンパス全面禁酒が抜き打ち的に決められ、そして12年の自主法政祭において全面飲酒禁止が学祭実行委員会によって決定されるというほどにもなりました。当時、学祭実はさらなる反動化を見せ、大学当局と一体になって文連をなんの具体的な根拠もなしに排除するという暴挙に(※)手を染めました。 この頃に、学内の情勢は一変します。
 ※学祭実行委員会は、学祭の前に参加団体全てを対象にした全学説明会で過半以上の参加団体から承認されて初めて権力を執行できる。学祭実は承認される前に、新たな執行体制で排除を繰り返した。
 これに対する怒りは、10・19法大解放総決起集会で大爆発します。この集会は、4年ぶりとなるキャンパス内集会であり、「やったらパクられんじゃないか」という覚悟(筆者も直前に神社に行って祈願するほどでした)でやったら予想外の反響を生み出し、1000を超える法大生がこれに呼応して集まり、大きな高揚を作り出しました。陰に陽に協力してくれた学生も多数存在します。しかもあれだけやって逮捕者ゼロ。これはこの後の学祭期間においても法大生の好感的な反応にも表れています。やはりこれらの規制は法大生にとってみれば余計なものでしかないという証左です。


 ※10・19法大集会とデモ
 これを受けて当局も動き、現委員長である武田君を(一発目にして!)無期停学処分することで学生の怒りを鎮圧しようとしました。手続き的にも完全におかしいとしか言えない処分でしかないですが、向こうもそれだけ学生の怒りに戦々恐々としていることの表れであると取れるのは明らかでしょう。
 これに対し、文化連盟は処分撤回の裁判闘争を開始。同時に、12月の後期総会で代替わりを決定。12年度執行部に武田委員長・須見川副委員長・岡田書記長体制を立てることになります。全員が市ヶ谷キャンパスに学籍を持つ学内主体です。

 【現在の闘いの状況】
 法大闘争は今年で8年目、文連決起から6年目を迎えます。この間に、述べ119名逮捕-33人の起訴、二桁を超える停学・退学処分がありました。文化連盟は今、学内からの新たな決起をつくりだすため、頑張っています。大学に特定されればある種の恫喝が加えられることもあって、ゲリラ戦のような状況に入っているため、一年生や二年生がいるにもかかわらず、本ブログに登場させることができないのは非常に残念ではありますが、闘いは水面下で進んでいます。二つの闘いが重要であると考えています。

 一つは、学生管理強化への戦いです。
 法政大学のやっていることは、常識的に見ても「横暴」以外の何物でもありません。上から決定したものだから学生は大学の決定に黙って「従え」というものです。これは、大学自体の主観を表しているものであると考えることができます。それは、学生を「管理するもの」としてしか見ていないということです。主体性を築かせない、今の社会に疑問を持たせない、発想を持たせない…。極言すれば家畜と同等に扱っているということです。
 ですが、この状況がまかり通る原因は、学生主体の解体と国家権力のお墨付きがあるからです。要するに言えば、NOという人間が誰一人としていない状況の上に初めて実現できる脆い物でしかないのです。この状況は、極めて限定的な環境において発現します。100%の賛成とは、分母が極めて少ないか、主体が全て洗脳されきっているか、独裁国家くらいの強圧的・強権的な支配が貫徹されている場合にしか存在しないような数値だからです。このような横暴に付き合う必要は全く存在しないのです。学生は、自分の行動に自分自身で責任をとることができます。不当な規制は、学生の伸びしろの否定に他なりません。

 ※増田総長の御言葉。これを御諚として忘れぬよう…。


もうひとつは、反原発と教育の問題です。
 「学費・就活・奨学金」の三重苦によって今の学生は苦しめられています。「学生の本分は勉強」とひたすら机にかじりつくことを要求される(卒業に必要な取得単位数の増加、出席確認)のに、「勉強したくてもアルバイトや就職活動が忙しくてできない」という学生の要求は放置。学費は年々上がり、学費が高くて払えないということにつけこんで金融機関と組んで奨学金ビジネスに精をだし、さらに学生の将来の生活からすら搾取。実際、この10年で無利子奨学金の総額は ほとんど変わっていないのに、有利子奨学金の規模は人数比で7倍、総額で10倍に増えています。何もかも金儲けの道具にする新自由主義の下で、大学そのものがビジネスの道具にされています。
 わが法政大学においても、清成総長体制の時に、「自立型人材育成」なるキャンペーンが展開されるようになります。その内容は結局のところ「自己責任」イデオロギーと一体の、資本にとって都合のいい労働者育成政策でした。それは、2005年、NPO法人「21世紀大学経営協会」総会の席上での発言、「大学の役割は企業と同じ。原材料を仕入れ、加工し、卒業証書という保証書をつけて企業に出す。これが産学連携だ」という言葉によく表現されています。
 多かれ少なかれ、新自由主義=市場原理主義で動いている今の大学は、学生を学費・就活・奨学金の三重苦+学内規制によって政治的・社会的なことに対してアクションを起こす余地をほとんどの学生から奪っています。それによって、従順な学生をつくり、「おかしい」と感じても何も言わない、そういう人材を社会に輩出してきたのです。
 3・11以降、大学・教育というものが国と一体であり、学問という人間を自由にする手段が逆に支配の手段としての道具にされていることが満天下に明らかになりました。大資本は学問を金で買収し、教官を金でからめ取ってその研究の自由を奪い、資本にとって都合のよい「学問」を量産しているこの現実は、まさに新自由主義の行き着いた極致ともいえます。その中で学生は未来の労働力商品として位置づけられ、資本に従順で文句を言わない「社畜」として大学で加工され、失業をしても「自己責任」論を押し付けられる。はっきり言って無茶苦茶です。ですが、そのむちゃくちゃなことを、大学の名を持って教育しているというところに新自由主義大学の本質があります。
 現場に引きつけて言えば、現委員長武田君への処分です。
 彼の処分事由は、大まかにまとめると以下の3点です
 1:2012年10月6日、人間環境学部が外部講師(大久保利晃・放射線影響研究所理事長)を招聘して開講している人間環境学部セミナーⅡの教室近辺において、授業開始からおよそ30分にわたり、大声を上げて授業妨害を行い、学友の学ぶ権利を侵害するとともに、本学の名誉を著しく毀損した。
 2:10月18日に開催された大学祭説明会では、教職員の再々にわたる指導にも関わらず、国際文化学部教授会の警告を無視して、大学の秩序維持に努める学友や教職員に迷惑行為を行った。
 3:10月19日には学外者とともに学内の秩序を混乱させ、大学の業務を妨害した。
 どの項目を見ても「こいつらどうしようもない」というものでしかありませんが、これをとらえていけば、今の社会の在り方がもっとも極端に、そして最も鋭く表れています。また、これらの項目についての詳細な状況は、別に掲載しておりますので、そこをご一読願います(月別アーカイブの2012年10月~11月あたりに掲載しています)。
 そしてついに、反原発の戦いと結びつく決定的な出来事でもあります。御用学者を批判したから、という内容が処分理由に含まれていること自体、反原発闘争への敵対としか言えません。これまで東大や京大、広島大、長崎大といった旧帝大の国立大学における問題でしかないかのように言われてきましたが、ここ法大においても問題は全く同じです。逆に、我々が戦わなければ、ここまでの決断を大学に取らせることはできなかったと考えます。
 そして、3・11から2年目を迎えた今、反原発闘争は踏ん張りどころに来ています。東京においては脱原発テントの撤去命令を始め、再稼働のあらゆる策動がうごめいています。福島現地においては、県外避難者への支援の打ち切り、帰還政策を押し付け、原発事故はさもなかったかのようにされようとしています。この一角に大学が取り込まれ、存在しているのです。

 ※電力会社による大学への資金供与を暴露した記事。毎日新聞2012年1月20日。
 教育の腐敗は、御用学者・原子力ムラだけにはとどまりません。ここ法政に引きつけて考えると、裏金が存在します。その裏金とは、教職員が弾圧に参加した場合、日4万円の弾圧手当が出、役職を得る機会が多くなるようです。つまり、良い学術論文を書く教授ではなく、学生主体を持ち、発信する学生を弾圧する教授が役職を得て、出世していくという全くありえない状況が現出され、それがシステム的に運用されているのです。例えば、2012年に学生センター長だった鈴木義良則も元は体育教師でしかありませんでした(※)。
 ※来歴は、系列校からコネで法学部に就職、2008年まで弾圧の最前線に立って学生に暴力を振るってきた。その結果が教授→学生センター長である。ちなみに本人は一切論文を書いていないという折り紙つきである。

 ※弾圧の最前線に出る教授と職員(10・19法大集会)
 これこそが教育の腐敗です。法政大学の暴挙や醜聞は、書き始めるとキリがありません(無数の偽装請負、元汚職警官の専任弁護士等々…)のでここまでにしておきますが、まるで安物のアメリカ映画を体験しているように、向こうはあまりにも醜聞と腐敗の塊です。
 結局のところ、大学の新自由主義化=「教育の民営化」とは、大学そのものを金儲けの道具に変質させるということ以上に、大学という場所を資本の論理に与する場所に変えることと一体なのです。原発をつくってきた大学と、学生に主体性を与えない大学はコインの裏と表の関係なのでしょう。
 このようなゴミに頼ったところで決して解決できるはずがありません。そもそもまともな論文もかけない能無しなのですから。だからといって変革を放棄すればそれこそ現状の追認にしかなりません。ではどうすればよいか、それは自分自身が主体となる運動によって破壊し、新たに創造しなければなりません。足元からこのような腐ったあり方を揺るがす、この闘いに全てをかけます。

 私たち学生は、若く未熟ですが、しかしそれゆえに可能性を持っています。私たちが今日何を考え、何を行動するかが明日の社会を決めます。私たち学生が強い意志をもって行動に立ちあがるとき、大人も引きずって社会を変えていきます。歴史上の多くの事例がそれを示しています。我ら文化連盟は改めて「処分撤回」をすえなおして法政大学と闘っていきます。
 最後に、いろいろと書きましたが、やはり我々はサークル団体です。誰でもウェルカムです。ここだけじゃ物足りねえ!という新入生諸君は、是非とも新サークルをここに創設してください。もちろんインカレ(インターカレッジ、別の大学から来た学生も含まれるサークル)も結構です。
 我々の理念は「自主文化創造」です。文化はあとから定着します。一緒に新しい文化を作っていきましょう!
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プロフィール

文化連盟

Author:文化連盟
1959年創立の法政大学サークル連合。2008年3月に非公認化。活動理念は「自主文化創造」。本業のサークル活動に邁進しつつ、2006年3月14日以来延べ126名の逮捕者、34名の起訴者と13名の処分者を擁する監獄大学爆砕へと学生運動も同時並行。直接行動系。ゆとり世代代表。愛は強し。

2012年5月31日、東大ポポロ座に続き暴処法を粉砕し無罪を勝ち取る。もはや敵なし。俺たち最強。

法大闘争とは何か?


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