4・28デモを前に法大当局が、外堀門封鎖予告メール

 2015-04-26
まずはこれを見てほしい!!

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封鎖


 昨年に続き、またしても法大当局がデモにあわせて外濠門を封鎖するという通知をメールや学生向けポータルサイト等を使って全法大生に送りつけている。この封鎖予告は田中優子による「デモに参加するな」という恫喝であり、沖縄の怒りと韓国で巻き起こっているゼネストと連帯し、大学から戦争と新自由主義を推し進める安倍を打倒しようという4・28デモを叩きつぶさんとする国家意思の反映でもある。

 通知の文面を見ればわかる通り、当局は「組織的業務妨害団体」なるレッテルを張る事でしか、封鎖の正当性を主張する事が出来ない。そして封鎖こそ大学の私物化であり、法大当局にとって最後の弾圧手段なのだ。

 「混乱が予想される」と言うが、そもそも「混乱」なるものを作り出しているのは法大当局だ。学生をデモに合流させない為、キャンパスの閉鎖ばかりか、構内においても通行を制限し、ブラインドを全て下ろし、教授をもフル動員して、学生の監視にあたらせる。それでも運動が高揚すれば公安警察と結託して暴力的に弾圧する法大当局。

 のべ126人にも及ぶ不当逮捕、文連委員長・武田雄飛丸君をはじめ13名の退学・停学処分、そして文連非公認化や飲酒規制をはじめとした学内規制の徹底強化、誰も望まないキャンパス工事etc…自らが「混乱」を作り出しておいて反対するものに責任を押し付けるやり方は、「国策には逆らうな」という三里塚や沖縄、福島と完全に一体だ。

 我々はこうした大学のあり方に対して闘ってきた。なによりウクライナ・中東・東アジアをめぐって戦争が始まっている情勢下で「大学の戦争協力」が狙われている中、「反安倍」を騙りながら安倍の「大学改革」を率先し、学生の自治や政治行動を叩き潰す法大・田中優子体制こそ「大学の戦争協力」の最先兵だ。

 大学の戦争協力に反対するデモに対し、「デモに参加するな」という今回の通知一つとっても、奴らの戦争加担者としての本性は明らからだ。

 時代情勢は昨年の封鎖予告からも一変している。韓国ではパククネ政権打倒を掲げた27万人ゼネラルストライキが闘われ、沖縄でも辺野古新基地建設反対の闘いがゼネラルストライキに発展しようとしている。学生と労働者のキャンパスや職場生産点における闘い、そしてそれを基礎にした国際連帯が、次の社会の展望を現実に示し始めているのだ。

安倍と田中優子は追いつめられ凶暴化している。封鎖は絶対に墓穴になる。そもそも昨年は学生の怒りで封鎖を見事に粉砕した。封鎖の通知そのものがデモを全法大生に宣伝し、普段は「学生はもっとデモに出るべき」等とほざく田中優子の欺瞞性をあぶりだしたからだ。

どちらにせよ、学生の怒りの爆発は不可避だ。4.28が私たち学生にとっても、敵にとっても、大きな分岐点になる。

ともに封鎖をぶち破りデモに出よう!

爆発


新入生の皆さまへ

 2015-04-01

新入生の皆さん!入学おめでとう!
ようこそ法政大学へ!

【文化連盟って一体何者?】
 文化連盟は、1959年に法政大学で創立されたサークル団体連合です。1970年代に設立された学生会館(2004年に小火を理由に解体され、現在の外濠校舎となっている)の設立の過程で中心的な役割も担いました。「自主文化創造」をスローガンに掲げ、学生生活を守り、発展させるための活動体として2008年までは公認団体として、三本部団体の一員として学生生活の向上に努めてきました。2008年に非公認化されるころには、学内公認94サークルのうち、公認24、非公認合わせて計34のサークルを抱えていました。
 では、なぜ我々は2008年に非公認化され、国家・当局と戦うのか?そしてここでは、一体何が起こっているのか?
 この「法大闘争」の起源は2006年にまで遡り、今年で10年目となります。ゆえに、しっかり説明していきますと非常に長くなりますが、ぜひ新入生、そして在校生のみなさん、少しずつでもいいですので、読んでいただきたいと思います。

【法大闘争の始まり(3・14事件)】

 2006年2月27日に法政大学当局より突如、「ビラまき・立て看板許可制」導入が発表されました。春休み真っ最中であることに加え、伝統的に法政大学のサークル連合の中で政治闘争を担ってきた三本部団体(文化連盟・第二文化連盟・学生団体連合)が主催するGLC(Group Leaders Camp)という大会議が終わった直後のことであったため、ほとんどの学生がキャンパスにいない状況での発表でした。三本部団体の個別の会議(3月1日・2日)で反対することだけは決まりましたが、それだけで、満足に学生側の方針が決まらないまま、大学側が3月14日に社会科学研究会(当時ふつうに文化連盟や第二文化連盟によって承認され、法政大学公認のサークルであった)などの政治系・学習会系サークルを「学外団体(全学連中核派)と関わりがあり、事実上の学外団体」として、また、ノンセクト系の学生がだしていた個人の立て看板を「無秩序」としてそれらの立て看板の撤去を決定。いわゆる一般サークルと政治系サークルおよび個人の分断が図られました。それまでビラまきと立て看板については明白なルールがあったわけではありませんが、誰もが伝統的に「明らかな通行妨害になるものはやめる」という常識にしたがってうまくいっていました。過去に巨大な立て看板が設置されたときも、それによって撤去されることになったことは、その証左です。


 そして3月14日、法大生5名を含む29名が「ビラまき・立て看板規制」に抗議してデモを行いました。ところが出発地点であった法政大学に返ってきたところで大学側がこれみよがしに立て看板の撤去を開始。もちろん、デモ隊は抗議。直後に200名の公安警察がキャンパスに突入してきて全員逮捕となりました。これが私たちの言葉でいうところの「3・14弾圧」です。

※当時立てられた立て看板

 この事件は、後に裁判で、当時の学生部長(現在の学生センター長にあたる)および総務部長の証言から、数か月前から公安警察と協議を進め「大学の態度を示す」ために行われた逮捕のための逮捕であったことが明らかになっています。当時的にも当初から不審な点があまりにも多かったことで一般的に弾圧として認められていました。

①    通報から2分で公安警察が200名きたこと
 一番近い麹町警察署からでも車で5分はかかる場所に法政大学はあります。そもそも200名そろえるだけでも2分を超えることは明白です。本当に通報したのかも怪しいわけです。

②    弾圧に至る過程の法政大学側の計画性の高さ
 上でも述べたとおり、ほとんどの学生がキャンパスにいない時期を狙っての突然の規制発表であり、その後や当日の当局の行動がかなりスムーズなことからも、計画的なにおいがしており、当時の学生団体内でもそういう見方はかなりありました。ゆえに反対する意見もある中で「やるべき時にやれないやつは結局最後まで闘えない」として29名はデモに立ったのです。

③    当日の逮捕の罪状が「建造物不法侵入」「威力業務妨害」だったこと
 法大生5名も含めてです。中の一名に関しては不穏な空気を感じ取り、学生証を掲示しながら入構したのですが、関係なくその時その場にいた全員が逮捕されたのです。

 そして、結局13日で全員釈放されたのですが、「逮捕された」ことを理由に法学部の二名は停学処分(後に無期停学処分)、文学部の三名は退学処分になります。こうして、この処分および「ビラまき・立て看板規制」の撤回を求めて、法大闘争はその幕を開けます。法大闘争の事実上の公式ブログの名前が「3・14法大弾圧を許さない法大生の会」であるのはここからきています。

【弾圧、そしてサークル団体の廃止】

 当初、法大闘争はかなり勝利的に進みます。「3・14弾圧」の直後、3月15日には三本部団体名義の抗議声明がだされたことにも見られるように、多くの学生がこの闘争を支持し、2006年の6月15日には(法大生だけの!)1000人の集会になるほどの高揚を示します(「3・14法大弾圧を許さない法大生の会」の2006年6月あたりの記事を見てみるといいかと思います)。

 その後の国会デモが、多くの法大生の飛び入り参加によって100名くらいの規模で行われるほどでした。しかしここから、6月15日当日も含めてどんどん学生活動家の逮捕が行われていきます。しだいに、「抗議したら逮捕・処分」というイメージができあがり、運動は2006年末にはいっきょに孤立していきます。

 そして、2007年の夏、社会科学研究会などのサークルを学内団体として認めていた三本部団体の廃止が法政大学から打ち出されます。それまで、法政大学では「間接公認制度」という制度をとっていました。体育会など10団体それぞれが独自にサークルや部活の公認権や予算権を持ち、各団体内の協議をとおして活動内容・活動規模を見て、どのサークルを公認するか、また、毎年どれくらいの部費を各サークルにだすかを決めていました。そして、ここで承認されたサークルは、「法政大学公認サークル」となるのが「間接公認制度」でした。


 つまり、政治系のサークルは、その多くが戦後の学生運動・労働運動の高まりの中でつくられたものであり、文化連盟などの本部団体を創りだした主軸になったサークルたちであった以上、当然社会科学研究会などのサークルも大学側と大学の運営方針などで争い続け、大学当局にとっては目の上のたんこぶでありながらも「法政大学公認サークル」だったのです。
 法政大学は、これを廃止し、大学側による「補助金制度」に変えることを打ち出したのです。

 

 これは大学当局が一方的に予算権と公認権を持つ制度でした。つまり、今実際にそうなっているように、すべてのサークルが大学の顔色をうかがいながらやるしかなくなってしまう制度でした。形式的にはサークル団体の「再編」ということになりますが、実質的には、再編後の法政大学の学内状況を見ればわかるように、自主法政祭のようなイベントだけでなく、学費値上げ阻止闘争などの政治的な闘争を担ってきた三本部団体だけが廃止されました。そして、この過程で早々と解散を決定した学生団体連合の執行部を中心にしてつくられたのがCSK(サークル支援機構)です。彼らが当局の御用団体である歴史は最初から始まるのです。当時も、学生団体連合は「各サークルが闘う気がないから勝てない」といって解散へ行きましたが、サークル連合の執行部というのは、まず自分たちが体を張る覚悟で各サークルの闘争心を引き出していくためにあるのです。サークル連合は、元々は闘争団体としてつくられたのですから、そもそも必然的にあるものではなく、それは歴史的につくられたのです。自分たちが闘わない理由を、結集してくれている学生やサークルのせいにするCSKの体質はここからずっと受け継がれているのです。現在のCSKも、「学生の自主性がないからマナーが悪くなる、それが規制につながる」という論法で表現されています。
 当初、この案はあまりにも破壊的なものだったので、三本部団体合同会議が開かれ、そこで一致して反対の意志を表明して闘うことを決定するところまでいきました。社会科学研究会の代表が5分ほどの演説をしてそれが満場の拍手で迎えられたぐらいでした。しかし、闘争方針は定まらず、方針については各団体一任となり、内部討議で決定されることになりました。
 ここで2006年からの弾圧が活きてきます。当時、弾圧はいっそう激しくなり、これまでは逮捕だけだったものがついに起訴が行われるようになっていました。並行して、世論研などの言論系のサークルが当局を批判した新入生歓迎号が事実上の発禁処分を受け、世論研の代表が処分を受けることも始まっていました。
 ※世論研の大学批判記事(2007年7月発表)
 http://08bunren.blog25.fc2.com/blog-entry-157.html
 http://08bunren.blog25.fc2.com/blog-entry-161.html
 http://08bunren.blog25.fc2.com/blog-entry-162.html
 http://08bunren.blog25.fc2.com/blog-entry-166.html
 http://08bunren.blog25.fc2.com/blog-entry-170.html
 http://08bunren.blog25.fc2.com/blog-entry-173.html
 ほとんどのサークルが「反対の意志はある。だけど、ガチで反対したら逮捕や処分が待っているのは明らか」として「まず交渉で様子を見よう」となったのです。結果、最後まで当局に情報をだす量や時期まで決められ、手のひらの上で踊らされることになりました。9月ごろまでは、「大学側に要求しているのだけれど、情報が出てこない。これでは討議ができない」となり、10月ごろになって情報が出始めると、「これはとんでもないものだ。ここまで具体的に決まってしまってはもう反対はできない。当局の打ち出している新サークル連合構想(後のCSK)に乗るしかないかもしれない」となっていったのです。そして、三本部団体は非公認化され、なすすべもなく敗北しました。

【文化連盟決起】

 三本部団体の中で文化連盟だけが、紆余曲折はありましたが、最終的に解散しないことを決定しました。しかし、2008年度になってみると、法政大学が雇った「ジャパン・プロテクション」の警備員、通称「ジャージ部隊」(いつもおそろいのジャージを着ている)がキャンパスに現れ、当局を批判するビラをまく学生に暴力を加えるようになりました。

※最も象徴的な場面。これは後にJapan Timesにも掲載される

※キャンパスの騒乱~「不当逮捕、強制処分、公安警察による誘拐まがいの逮捕、職員による暴行。これらは南国の独裁国家での出来事ではない。東京・市ヶ谷にある法政大学のキャンパスで起こっていることなのだ・・・」
そしてこの人間たちが、もはや非公認となり、学内の空きスペースを使って行っていた文化連盟の会議の場にまで現れるようになる中で、脱退サークルが相次ぐ状況となり、34サークルあった加盟サークルは10サークルにまで減っていきました。そしてその中で、2008年度執行部を選出することになりました。もはや崩壊的状況にある中で立候補したのは三名のみ。しかもこの三名は連立承認であり、一人でも選ばれなければ三名とも選ばれないという形での立候補でした。このときにその中心だったのが社会科学研究会に所属する、08文化連盟の委員長(齋藤郁真)です。結果、10票中7票を獲得して2008年度文化連盟執行部は選出されました。

※旧役員

 しかし、こちらが動けばあちらも動きます。執行委員の一人が宮崎伸光学生センター長(当時)に呼び出され、「文化連盟に残れば君のサークル(新聞学会)に補助金は出さない」と言われ、サークル内で討議した結果、文化連盟を脱退することになりました。時を同じく、このような攻撃によって脱退サークルはさらに増え、文化連盟は最後はたったの4サークルにまで減りました。


 この中で、一度は5月中旬に飯田橋付近のファミレスで真剣に文化連盟の解散を討議するところまでいきました。そこから、世論研の代表がまたもや処分されることが確実になる中で、文化連盟は「一人の仲間も見捨てない」「これ以上の大学の暴挙を許さない」を掲げ、それまで法大闘争の主役だった全学連(全日本学生自治会総連合)に協力を要請します。

 そして5月21日、キャンパスで公然と集会を行うようになりました。彼らだけがクチだけではなかったからです。
 文化連盟決起要綱:
http://08bunren.blog25.fc2.com/blog-entry-62.html
 完全に孤立した状況へ追い込まれたところから、我ら文化連盟は情勢をひっくり返すべく闘いを開始したのです。

【文連決起以降・08'執行部の闘い】

 5月21日以来、文化連盟は決起し、総力で闘いを始めました。最初は「サークル員同士の交流」(いろんな企画をブログに書きこむことで告知、等)を目的として立ち上げられたこのブログも完全に闘争ブログとして確立します。とにかく怒りにまかせて行動につぐ行動を行っていく様子は、このブログの2008年度の記事を読んでいただければ理解できるかと思います。
 5・28-29弾圧、

 それに抗議しての委員長の170時間ハンスト(断食)、

 10・17法大総決起集会、

 

 委員長・副委員長への無期停学処分・・・その中で「ジャージ部隊」を追放することに成功したり、運動同士の横の発展を広げたりと、一定の成果を出します。
 しかし、「不当処分撤回」を掲げた2009年4・24法大総決起集会において、ついに文化連盟執行部は全員が「建造物侵入」「威力業務妨害」で逮捕されます。さらに立て続けに、法政大学門前の看板を壊したという理由で「暴力行為等処罰ニ関スル法律(暴処法)」による再逮捕・起訴が行われます。2010年まで、文化連盟は獄中闘争へと突入します。

 しかし、文化連盟のこの闘いは大きな共感を呼び、特に闘う労働組合と具体的に繋がり始めます。6月15日には動労千葉(国鉄千葉動力車労働組合)が呼びかけて集会とデモが行われ、労働者との連帯も具体的に進化します。以後の国際連帯もここを仲介して行われました。

※労働者も年休を取って駆けつけた6・15集会。

 そして約半年以上の拘禁(未決勾留)の後、保釈を勝ちとって出てきたところで委員長が退学処分を受けます。

※保釈直後の写真。「先に出てきやがったこのやろう!」・・・恩田前副委員長(中央)が齋藤前委員長(その後ろ)に言ったくだり。
※退学処分に対する前委員長の抗議文(?)⇒08bunren.blog25.fc2.com/blog-entry-656.html
 この過程の入試において、法政大学は「大学の営業権」をかかげて、裁判所に仮処分申し立てを行い、入試期間中の情宣を禁止してくるようになります。これは一般的に言う過激派対応ではなく、情宣活動が営業権の名の元に禁止される、大学の名すら疑いたくなるほどの、常軌を逸したものです。ここから「教育の民営化」=学問の商業化粉砕のスローガンが掲げられるようになります。

  国際連帯も進化します。この過程で、アメリカの学生運動が同じ問題に直面していることがわかり、文化連盟も訪米。アメリカにも法大闘争が持ち込まれます。教育の民営化粉砕というスローガンは国際的なものとなります。

※全学連、教育の民営化粉砕を掲げアメリカへ飛ぶ!文連のメンバーも参加し、アメリカにも法大闘争が持ち込まれた。

 委員長の退学処分や社会科学研究会の会員への無期停学処分(学内で許可をとらずにビラをまき続けた)で、文化連盟は学内での合法的な活動の余地をほとんど奪われ、それを機に法政大学当局は「学外団体キャンペーン」を行って、「そもそもそんな団体は法政大学になかった」かのようにしようとしました。
 そして、2010年度から、「ジャージ部隊」がいなくなった後を埋めるため、通称「ヤクザ部隊」と私たちが呼んでいた弾圧職員が登場し、ジリジリとした攻防戦(文連・全学連の門前演説による新たな学内決起の呼びかけ VS 法大当局の特に学内との運動の結合を阻止する弾圧体制)が始まります。

※右から二人目、前列にいる白髪交じりの男。

 2010年からしばらくは、文化連盟を知る世代がほとんど卒業(ないし停退学)してしまったこと、学祭実の大幅な反動化もあり、2012年の中盤までははっきり言って苦闘の連続でした。この間、外に置いては大きな前進が見られ、新入部員の増加をはじめ、2012年5月31日には法大暴処法裁判一審無罪を勝ち取るなど、さまざまな前進が見て取れました(ちなみに、99・9%の有罪率を誇る刑事裁判で無罪を取る弁護士というのは、業界的に相当のやり手とみなされるそうである。つまり、弁護士としても泊がついたのである。ここにいる若い弁護士の方はこの判決以降、刑事裁判の依頼が増えたそうである)。

※新たな無罪戦士と無罪弁護団が誕生!

 また、この法大闘争を教訓にして、京都大学では同学会(京都大学全学自治会同学会)が再建、

 広島大学でも学生自治会が再建され、

 

 全国の大学における運動も一層の前進を勝ち取りました。また、2011年は元文化連盟委員長が全学連の委員長に選出もされました。翌年には沖縄大学にも自治会が再建されました。

※福島で吠える!全学連委員長!

 この間は学内における逮捕者や処分者も出しませんでしたが、それでも学生に訴え掛けるにはかなり難しい環境でもあり、ジリジリとした攻防戦となっていました。ですが、3・11があって、多数の規制が強まり始め、そして12年の自主法政祭において、全面飲酒禁止が学祭実行委員会によって提示された時から状況が再び変化しました。
 この頃から、大学の商業化という問題が社会的にもますます表面化する中、法大闘争から一歩引いていたようなノンセクト(無党派)系の一翼と再び結合が始まり、運動の横の幅もさらに広くなります。
 しかし同時に、文連側と当局側の板挟みになっていたという状況から自主性を失った学祭実は完全に腐敗し、大学当局と一体になって文連をなんの具体的な根拠もなしに排除するという暴挙(※)に手を染めました。

※その光景in多摩。

 そして、学祭実は当局との密室会議を経た完全な独断で、サークルの意見を無視して学祭規制の強行を始め、その強権的な手段は全学生を失望させました。その怒りとつながるため、文化連盟は実に4年ぶりのキャンパス集会を行います。
 集会自体は陰に陽に協力する学生が現れ、当日は野次馬も含めて1000人近い学生も誘引されてキャンパス集会に集まり、文化連盟の主張が全法大生的に認められていることを、多少とはいえ示しました。



 これを受けて当局も動き、現委員長である武田君を(一発目にして!)無期停学処分にすることで学生の怒りを鎮圧しようとしました。手続き的にも完全におかしいとしか言えない処分でですが、向こうもそれだけ学生の怒りに戦々恐々としているという事です。
 また、武田君の処分事由には法大が招いた「大久保利晃の客員講義を妨害した」というものも含まれています。大久保利晃とは日米両政府が運営する原子力推進機関である放射線影響研究所の理事長であり、郡山市の原子力対策アドバイザーとして政府の意をうけ、同市で放射能安全論を撒き散らしている札付きの御用学者です。実際には武田君は大久保の授業を「聴講して批判しよう」と呼びかけていたのですが、当局は彼を「学部が違う」という理由で暴力的に教室から排除。それに対しその場で抗議した事が「授業妨害」だとされているのです。この為、私たちは武田処分を3・11福島原発事故以降、全社会的に問題化した原発御用学者の問題とも一体だと考えています。学生自治を破壊し、学生を管理対象として貶める大学は、原子力ムラの最大の一角でもあります。この年から、文化連盟として3月11日の反原発福島行動の成功のために、現地で事前に諸活動をする仲間を送るようにもなりました。

 武田君への処分に対し、文化連盟は処分撤回の裁判闘争を開始。同時に、12月の後期総会で代替わりを決定。現在の体制になります。

※学祭実行委員会は、学祭の前に参加団体全てを対象にした全学説明会で過半以上の参加団体から承認されて初めて権力を執行できる。学祭実は承認される前に、新たな執行体制で排除を繰り返した(この時点では「候補」に過ぎない。向こうの規約的にもおかしいのである)。

【文化連盟・12'執行部の闘い】

 そして13年は、より当局にすり寄る学実との攻防も激化し、かつてから(3・14事件以前から)非公認サークルで、三本部団体に所属すらしていないようなサークルにも弾圧が拡大、自主法政祭などいくつかのイベントで明らかな妨害を受けるようになります。

 

※このビラを作ったのは我々ではないサークルである。こうした当局の都合にそぐわないビラが無断で剥がされるといった事が起きた。

 その妨害に学祭実は大きな役割を果たし、一般学生からの信頼をさらに失墜させました。その過程でいくつかのサークルとの交流が始まりました。この年の10月に行われた集会では、そうしたサークルが組織的に参加を行いました。また、暴処法裁判では一審無罪に検察が控訴。第2審が開かれます。
 2014年、無罪弁護団の鈴木たつおも出馬した東京都知事選も経て、

 暴処法裁判第2審も全員の無罪判決がくだり、検察が上告を断念し、ついに法大暴処法弾圧の無罪が確定します。

※二度目の快哉!

※無罪をうけての祝勝会の様子

 
 学生運動史上有名な東大ポポロ事件を超える歴史上初の無罪です。法大当局は暴処法弾圧当時は我々のネガキャンに、同事件を宣伝しまくっていた事から一変、無罪をうけて完全に黙殺を決め込んでいます。しかし被害届を出して公安に学生を逮捕させ、さらに裁判で検察側証人まで出し、武田君の処分理由の肉付けにも同弾圧を持ち出していたのですから、法大当局には明白に責任があります。この責任は必ず追及されなければなりません。


【2014年度・田中優子体制との闘い】

 この年から総長が変わり、いわゆる「リベラル系左派知識人」といわれる田中優子が総長となりました。秘密保護法反対、原発反対を公言する6大学初の女性総長、リベラル知識人の代表ともいえる彼女は、上述の暴処法弾圧の記事を二度にわたって掲載した、週刊金曜日の編集委員でもあります。
 しかし彼女に対して私たちが内容証明・配達証明つきの暴処法弾圧の責任を問う申し入れ書を送った結果、彼女の所属する社会学の窓口の段階で受け取り拒絶されました。普段、我々の運動に対しルールを守れだとか、一般社会通念上許されないとか言っているくせに、自らはこんな失礼かつ非常識な事を平然と行う。しょせんは当局を批判する学生を弾圧すべく、都合よく「常識」や「法律」を持ち出しているにすぎないという事です。

 そしてこの年の法大デモにおいて、2006年以来の法大生による飛び入り参加を勝ち取ります。この高揚に恐怖した田中優子は5月15日に武田委員長を器物損壊のでっち上げで公安に売り渡し、証拠不足で起訴ができないと判断するいなや、法大職員に「武田から暴行を受けた」などと被害届を出させ、彼を暴行で起訴しました。以降、私たちは武田処分撤回裁判と武田暴行でっち上げ裁判という二つの裁判を同時並行的に抱え、現在も係争中です。
 全国的にも法大闘争を共に闘う全学連の仲間への不当逮捕が相次ぎました。これらは7・1閣議決定に象徴される戦争できる国づくりの一環としての治安弾圧です。その中で京都大学の公安摘発事件が起こります。


※公安警察を摘発・追放する戦いもまた、法大闘争を共に闘った京大生により行われた。

【現在の闘いの状況】

 さて法大闘争は今年で10年目、文連決起から8年目を迎えます。この間に、述べ126名逮捕-34人の起訴、二桁を超える停学・退学処分がありました。文化連盟は今、学内から新たな決起をつくりだす為、奮闘しています。

  ますます膨れ上がる「学費・就活・奨学金」の三重苦を前に学生は苦しめられています。「学生の本分は勉強」とひたすら机にかじりつく事を要求されるのに、一方で「勉強したくてもアルバイトや就職活動が忙しくてできない」という学生の要求は放置。
 学費は年々上がり、高くて払えないということにつけこんで金融機関と組んで奨学金ビジネスに精をだし、さらに学生の将来の生活からすら搾取。実際、この10年で無利子奨学金の総額は ほとんど変わっていないのに、有利子奨学金の規模は人数比で7倍、総額で10倍に増えています。何もかも金儲けの道具にする新自由主義の下で、教育そのものがビジネスの道具にされているのです。

 わが法政大学においては、清成総長体制(96~06年)の時に、「自立型人材育成」という形で新自由主義化攻撃が始まりました。その内容は結局のところ「自己責任」イデオロギーと一体の、資本にとって都合のいい労働者育成政策でした。それは、2005年、NPO法人「21世紀大学経営協会」総会席上での首都大学当局理事長の高橋宏の「大学の役割は企業と同じ。原材料を仕入れ、加工し、卒業証書という保証書をつけて企業に出す。これが産学連携だ」という発言によく表されています。現在は、世界のどこに行っても活躍できる人材、すなわちグローバル人材の育成という表現で同じ事が狙われているのです。

 多かれ少なかれ、新自由主義=市場原理主義で動いている今の大学は、学生を学費・就活・奨学金の三重苦+学内規制によって政治的・社会的なことがらに対して、アクションを起こす余地を奪っています。それによって、従順な学生をつくり、「おかしい」と感じても何も言わない、そういう人材を社会に輩出しているのです。

 そして、これによって作り出された貧困と物言わぬ学生の現状を利用して、「奨学金を返せない学生は自衛隊にインターンシップに行け」という言葉が、今や平然と文科省の有識者会議で、しかも日本学生支援機構の理事から出されています。いわゆる「経済的徴兵制」の導入です。安倍政権の戦争国家化政策と一体で、このようなことが真剣に議論されているのです。大学におけるあらゆる規制強化や学費の高騰といった現象は、全て戦争と一体の問題であるということです。

※戦地から帰還し、行進する米兵たち。彼らの大半は、大学にいくために兵役に志願した若者だ。不名誉除隊でない限り、大学にいくための奨学金(復員軍人奨学金/G.I.Billなど)が出るためである。
 2004年に小泉政権が行った国立大学法人化は、この現実への決定的な一歩だったと言えるでしょう。経営協議会制度によって、大学の経営陣の過半に企業が入る構造が制度化されます。大学を企業として、競争原理に叩き込んでしまうということです。これによって教授たちはスポンサー企業を探さなければいけなくなります。国立大における競争の激化は私大にも波及し、大学への補助金削減もこれに拍車をかけていきます。その結果、大学は国家と大資本の全面的な統制下におかれるようになったのです。

※増田法政大学総長(08~13年度)。皮肉としか言いようがない

 この関係の最も象徴的な例は、3・11以降焦点化した「原発御用学者」の存在です。

※放射線影響研究所理事長・大久保利晃氏。日本の御用学者の筆頭。現郡山市原子力災害対策総合アドバイザーも兼ねる。

 つまり、東電や三菱重工(原発プラントメーカーの一つ)などの大資本から流れる研究資金が自らの研究の後ろ盾となる以上、 教官は莫大な資金力を持つスポンサーに逆らうことはできません。ゆえに企業の都合のいいような、それこそ東電の都合のいいような研究をせざるを得ないのです。その結果生まれたのが、山下俊一や神谷研二をはじめとする「放射能安全キャンペーン」を平気で主張しまくる原発御用学者です。
 そして今、これと同じ構造でもって今年一月に報道された東京大学の軍事研究容認への転換に象徴される様に、軍需産業が大学へ噛み込もうとしています。大学間競争の激化と教育予算の削減、そして一方での過去最大の防衛費の計上といった状況の中で、大学は国策に飛びつかざるを得ない状況に追い込まれ、安倍の戦争政治に動員させられているのです。

 重要な事はこうした大学の国家と大資本による統制強化といった流れと並行して行われたことは、全国大学での学生運動の拠点-自治会・自治寮・サークル棟、サークル団体への破壊攻撃でした。
早稲田・地下サークル棟、
 東北大学・有朋寮、

 東京大学・駒場寮、


 そしてわが法政大学・学生会館などが

 上述の国立大学法人化を前後して更地と化しました。

 ですが、この時代は決して絶望の時代ではありません。
 かつての日本が太平洋戦争に突入する前も、治安維持法という稀代の悪法がのさばり、今よりもはるかに激しい弾圧の中で、学生は不屈に立ち上がり続けました。

東大・京大・北海道大など7帝国大学をはじめ、法政等様々なところで、軍国主義に対抗する、自由主義的な運動が学生の手によって作られていました。最終的には革命党(共産党)の未熟や誤った指導など様々な要因で崩壊しましたが、戦中においてもその精神は失われず、法政大学においても1944年まで、法政大学新聞においてファシズムと軍国主義を批判した記事が出ています(これを理由に廃刊させられた)。新聞学会はかつて文連であった(08年脱退)ところから、おそらくこれらの活動の中軸をになった学生たちが戦後に集まり、59年の文化連盟創立に何らかの役割を担ったと考えることができます。文化連盟もまた、闘争団体として結成され、今も脈々とそれが受け継がれているわけです。

 今、学生に降りかかるあらゆるな理不尽な現実は、裏を返せば、貧困に喘ぎ、物言わぬ奴隷が大量に存在しなければ支配を維持できないという、現体制の危機の表れであるということができます。あらゆる施策を持ってしても、不況から脱却できない。すなわち、新自由主義と呼ばれる現代のあり方は、もう終焉に近いもの、すなわちいま我々は、時代の転換点に立っているといっても過言ではありません。
 消費税が8%に引き上げられ、法人税は引き下げられている。雇用を守ろうとする助成金は引き下げられ、非正規職を積極的に雇用する企業への補助金は上げられる状況。世界上位80人の富が、世界人口下位35億と同じ富を持つこのあり方。1%が99%の富を持つとわれるこの状況、フランス革命の前夜も同じようなことが起きていました(体制も生産力も当時と今日では全く違うので単純に言い切れないが、税金の負担は2%の特権階級が10%、98%の平民が9割。富を持つ割合は2%が5割を、98%全てで5割)。非常に乱暴に言って、この富の偏在と困窮は、まさに革命の前夜です。

※フランス革命は、先に述べたような富の偏在と、アンシャンレジームの打破を目的とし、財産権の確立と身分制度の廃止が勝ち取られ、現代社会の基盤となった。だが、差別や富の偏在は解決されていない。

 私たち学生は、若く未熟ですが、しかしそれゆえに可能性を持っています。私たちが今日何を考え、何を行動するかが明日の社会を決めます。私たち学生が強い意志をもって行動に立ちあがるとき、大人も引きずって社会を変えていきます。

 1968年フランス五月革命や、

 2011年アラブの春など

 歴史上の多くの事例がそれを示しています。
 

 ついに日本の学生の毎年の自殺者数は1000人を超えました。本当に多くの学生が友達に仲間外れにされたくないために、政治や社会の事について考えていないふりをしていますが、悩んでいます。今、必要なのは田中優子のように、説明や評論をする人間ではなく、闘いを呼びかける人間です。そしてその仲間を裏切らない不屈の闘志です。

 【最後に】

 我々は、目先の損得勘定で動いているわけではありません。その結果が08年の「予算権」をちらつかせらての団結の破壊→非公認化という敗北だったのですから。では何で動くか?それは、この理不尽のかまりとおる大学とその根拠となる社会の在り方をひっくり返したいからです。ゆえに自らの現場、日常を変革する闘いから始め、キャンパスにしがみつくのです。 我ら文化連盟は、改めて武田君をはじめとする、不当な処分の撤回を第一目標とし、もって自由な大学を社会に取り戻すため法政大学と闘っていきます。

 
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そしてなによりも、やはり我々はサークル団体です。誰でもウェルカムです。ここだけじゃ物足りねえ!という新入生諸君は、是非とも新サークルをここに創設してください。もちろんインカレ(インターカレッジ、別の大学から来た学生も含まれるサークル)も結構です。
 我々の理念は「自主文化創造」です。文化は認められてやるものではありません。文化はあとから認められるものです。道は元からあるのでなく、切り開かれて作られたのです。学生自治を復権させ、学生自身が考え、発信していく環境を作っていくべく努力しますので、是非共に行動しましょう。



新入生のみんな、待ってるぜ!!

おや?矢尾渉裁判長の様子が・・・?

 2015-04-01
 武田処分撤回裁判も残すは6月29日の判決のみ。これまで通常法廷だったのに、なぜか判決日は419号法廷という警備法廷をあてがわれている事からしてアレなのだが、本日知人の弁護士より、さらに許しがたいニュースが入った。

 武田処分撤回裁判の裁判長は矢尾渉という人物である。なんと彼が福島原発事故を受け、東京都民が東電に慰謝料等の損害賠償を訴えた事件で、原告の請求を棄却したというのだ。なんでも原告が訴える被爆について「一般的・抽象的不安に過ぎない、受忍限度をこえる被曝ではない」からだとの事。詳しくはコチラ。

http://kito.cocolog-nifty.com/topnews/2015/03/-i-sue-tepco--2.html

 許しがたい判決である。内部被ばく、低線量被爆を無視し「100ミリシーベルトまで安全」とする放射能安全神話をデッチ挙げる事によって、健康被害圧殺と福島切り捨てに邁進する安倍に完全に追従している。武田処分撤回裁判においても重大な焦点として、放影研理事長・大久保利晃の「授業妨害」問題がある。原子力ムラの一角に大学が位置し、反原発を訴える学生を処分したというのが武田処分の一つの本質なのだ。

 今回の矢尾渉裁判長の反動判決は、司法も原子力ムラの一員である事を端的に示している。である以上、我々は処分撤回を裁判闘争だけでなく、現実のキャンパスでの運動、つまり法大闘争の爆発により、実力でもぎりとるしかない。暴処法無罪も法大キャンパスにこだわりぬいて闘う事で、有罪率99・9%の壁を突破したのだ。4月から新年度から始まる。勝負はまだまだこれからだ。

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文化連盟は闘うぞ!!






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プロフィール

文化連盟

Author:文化連盟
1959年創立の法政大学サークル連合。2008年3月に非公認化。活動理念は「自主文化創造」。本業のサークル活動に邁進しつつ、2006年3月14日以来延べ126名の逮捕者、34名の起訴者と13名の処分者を擁する監獄大学爆砕へと学生運動も同時並行。直接行動系。ゆとり世代代表。愛は強し。

2012年5月31日、東大ポポロ座に続き暴処法を粉砕し無罪を勝ち取る。もはや敵なし。俺たち最強。

法大闘争とは何か?


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