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【夏休み読書】第二回 法大再編を考える(後編)

 2008-08-26
篠原雅武「剥き出しの突飛な日常~石垣カフェとはなんであったのか」(『現代思想2005.vol33-12』青土社)より

◆要約(p200上段l16~p202下段l21)

3 空間の共有と非暴力直接行動(p200上段l16~p202下段l21)
 結局、8月4日、石垣問題をめぐる説明会で、大学側は原案を撤回し、石垣カフェが提示した修正案をもととする計画変更を確約し、石垣カフェ側は、8月16日までにカフェ等の建造物を撤去するという合意に到達したのであるが、この成果からすれば、カフェのそもそもの目的は達せられたと言える。これだけでも、石垣カフェは特筆に価する。しかしながら、さらに石垣カフェのもう一つの側面、すなわち、開かれた空間としての側面を論じておかなければならない。
 石垣カフェは、石垣上に組まれたヤグラをベースとする。5畳の広さで、二つの部屋に分かれている。狭いはずが、なぜか広く感じられる。これが石垣にかけられた梯子を介して、歩道とつながっている。そこで、学生有志が店員となって、お茶を入れ、客相手に話をする。このようにして、様々な人が、初対面同士であってもちゃぶ台を介してお茶を飲みつつ談笑するのである。石垣問題に関する議論を始め、様々に会話していくうちに、幾度もそこを訪れる常連客が次第に増え、しかも客同士顔見知りになる。また、そこが様々に活用可能であることが発見され、このポテンシャルが媒介となって、さらに関係が広がっていく。
 たとえば、ハート=ネグリによれば、マルチチュードは、一体性や同一性に依拠することのない様々な人の集まりであるが、しかしながら、雑然と集まるだけの群衆でもなく、まさしく何かを共有するところに成り立つ集合体であり、さらにこの共有なるものが土台となって、言葉、情報、感情のやりとりが可能になる。石垣カフェの店員、あるいは客の多くが共有したのは、多くの人と関わっていくスキルであった。石垣カフェが一応の目的達成まで存続したのは、ここに形成された共有物としてのスキルが多くの人を繋いでいたからだ、と考えることができる。
ところで、石垣カフェは対外的には、なにかを無理して主張することよりもむしろ、来た人にコーヒーを出し、簡単な説明を聞いてもらい、など、平凡な、受動的な営みが重視された。重要なのは、店員がそこに、客と共に居続けることであった。確かに、石垣の上にカフェが出現し、そこで人が談笑するというのは突拍子のない事態である。だからといって、そこで行われるのは、平凡な無償労働であり、また、気さくな会話でしかない。日々の平凡な積み重ねが石垣カフェの原動力だった。つまり、石垣カフェの、運動体としての、独自性は、このような日常の営みと、先に触れた関係性の結合に求められるべきであろう。
 ところで、この実践の意味については、向井孝の非暴力に関する考察を参照することで、より明らかになる。向井によれば、直接行動は、第一に必要なものをつくり、そのために働くことである。石垣カフェは大学キャンパスの浄化に抗して、おもしろさを求めていこうとするものが勝手に作った空間だった。もちろんそこに来た人の多くは大学の事情を知らないが、社会で広まりつつある倦怠感に抗するなにかを感じ、それゆえに来てしまったのだろう。
 このような生産し、享受するという日常的営みは、向井によれば非暴力的である。「つまり、何事もないという状況でしかなく、意識しない限り、あるかないかもわからない。だから『これが非暴力だ』とは誰も気付かない」これが、直接行動と結びつき、可視化されることで「ちからとして私たちの前にあらわれる」。石垣カフェは、ここで言う非暴力としての力を可視化して、抵抗力へと転化していく実践であった。突拍子も無い形態と、平凡だが、着実な活動との結びつきが、強烈な力になる。このことが、石垣カフェが残した教訓の最たるものではないか。

◆考察

 前回、石垣カフェにおける批判的側面を考察した。法政大学にも見られる通り、至るところに、均質化する空間が溢れている中、石垣カフェとは、古くなることを宿命付けられている「新奇」なオープンスペースに対抗する反空間として、存在するものであるとの内容であった。今回は、「石垣カフェのもう一つの側面、すなわち、開かれた空間としての側面」を論じる部分である。
 本論では、石垣カフェは、「ここでいう非暴力としてのちからを可視化して、抵抗力へと結び付ける実践であった、とする。石垣カフェの運営は、カフェの運営と同様にして行われ、そこに集まる人間と、交流することに重きを置かれた。ある程度、石垣カフェの政治的目的から、距離を取り、石垣カフェを一つの空間として、在らしめたことが、石垣カフェの独自性であるといえよう。石垣カフェでは、日常生活を営む行為がちからとして、抵抗力に転化する。

◆補遺

当該団体の一人が書いた文章『石垣カフェ――遊戯的実践の空間』の後半部を参考までに記す。詳細は、当該団体のHP等で参照することを勧める。この補遺では、簡単に要約し、補遺を終える。
筆者の笠木氏によると、石垣カフェの開かれた空間としての側面とは、「外部の目的性には従属せず、一定の独立を保って」おり、それゆえ、「まっとうな社会生活のために必要不可欠な時間意識を脱ぎ捨てる」ことのできる空間として、石垣カフェはあったという。また、外部の目的性から独立し、唯一自足することを目的性として持つという意味で、石垣カフェは「遊び」の空間であったといえる。
この小論文によると、石垣カフェは目的性を否定するところに、大学案であるオープンスペースへの批判であり得た。
ちなみに、大学と交渉していたのは、石垣カフェとは別組織であることが注釈によって、明らかとなっている。

文責 ズートロ
コメント
前回書いたのでご承知の事と思いますが、一応、僕は石垣カフェ運動には批判的な見解をもっています。

「石垣カフェは目的性を否定するところに、大学案であるオープンスペースへの批判でありえた」というのは、一応理解できるところです。

しかし、そもそも学生が自由にお茶を飲んだり談笑したりするなんて行為は当然にして当然な行為でありましょう。現在の法大問題を考える時、そうした学生達の自由で主体的な活動すら抑圧・抹殺するという点に法大当局の狙いがある。京大における「オープンスペース」という「新奇」なものへ批判というものは、それとしては「大した事ではない」話なのです。

つまり、文連諸君を先頭とした法大弾圧との闘いに比べるならば、「石垣カフェ」運動などは、「児戯にも等しい」というのが僕の見解です。

別に、「石垣カフェ」をやってた人達に個人的な恨みとかがあるわけではないんですが(笑)、法大の闘いの意義を捉えるために「石垣カフェ」を持ってくるのは、あまりにも自らの闘いを貶めるものになりはしないか、という懸念があるのです。

法大における現在の闘いは、戦後日本学生運動史上に残る偉大な地平を切り開いている。時代状況の違いや闘いの質を考えれば、かつての日大闘争や東大闘争などをも凌駕していると言っても良い。僕は、そう見ています。

とりあえず、以上です。
【2008/08/27 08:02】 | 現役 #- | [edit]
現役さんって、2CHの中核すれに書き込んでいた「現役」さんでしょ?
最近、前衛党中核でもそんなことできるんですか?
【2008/08/29 03:42】 | #- | [edit]
そうですよ。マル共連からも2chからも放逐された「現役」です(笑)。

仰る意味がよく分かりかねますが、僕は個人的な見解を述べているだけです。組織的な方針で書き込みをしている訳ではないですからね。誤解のないよう願います。
【2008/08/29 12:10】 | 現役 #- | [edit]












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プロフィール

文化連盟

Author:文化連盟
1959年創立の法政大学サークル連合。2008年3月に非公認化。活動理念は「自主文化創造」。本業のサークル活動に邁進しつつ、2006年3月14日以来延べ126名の逮捕者、34名の起訴者と13名の処分者を擁する監獄大学爆砕へと学生運動も同時並行。直接行動系。ゆとり世代代表。愛は強し。

2012年5月31日、東大ポポロ座に続き暴処法を粉砕し無罪を勝ち取る。もはや敵なし。俺たち最強。

法大闘争とは何か?


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