つれづれなること 8

 2009-02-07
                「最大多数の最大幸福」
 ベンサムが体系化した功利主義の理念を体現した言葉である。
 ベンサムとか功利主義とかの言葉を知らない人でも、この言葉なら聞いたことがある人は多いのではないだろうか。

 功利主義は、重要な概念であるし、社会の運営において、協調性の概念とも合わさって大切な要素なのだが、この論理には致命的な欠点が存在する。

 「数名の重病人がいる。一名の健康な人間がいる。社会全体の幸福を考えるのならば、健康な一名を殺し、その臓器などを重病人に渡すべきである。」
・・・功利主義においては、これが十分正当である。

 上に挙げた例は功利主義の欠点を説明する際によく使われる表現であり、あまりにも極端な例なので現実的ではない。が、この論理を以って少数派への弾圧は正当な追放となる構造があることは確かだ。

 治安維持法・共謀罪といったものは、まさしくこれにあたる。
 「集会やデモをすることは禁じていない。しかし、集会によって大多数の無関係な人間に迷惑がかかるのはだめだ。」・・・そして、最初はそういったことができる空間の制限を始め、それが定着したら今度はそういった行動自体を禁止していくようになるのだ。大多数の人間のための安寧な空間を確保する、という立派な大義名分のもとに、少数の人間(たいてい抵抗者)の権利を制限していくわけだ。

 そして、抵抗者たちは追放されていき、社会に残るのは抵抗の意志はあるがそれを諸所の理由で表にはだせない人間と、そもそも現在の生活に満足しているがために抵抗の意志がない人間だけである。
 後者の人間が多い場合は、社会が豊かであることの証で、いわゆる平和ボケと呼ばれる現象なのでそれ自体はいいのだが、そういった人間は、現状に満足しているがゆえに、外のことに対して驚くほど無関心になる傾向が強く、目先の安全や平穏に固執する。自分の平穏が害されることに対して怒りを感じるのはもちろん正当だが、異質なものに関して無関心であるがために、「とにかくやつらを黙らせろ」という結論にもっていきがちなのが彼らの傾向であり、それが管理する側の勢力への協力という形で迫害を正当化する手助けをしてしまう。善意の行動であるがゆえに、難しい問題である。

 そして、彼らが増えたとき、社会における「自由」と呼ばれるものは崩れていき、目先の安全も平穏も大多数の人間の前から消え去る。根拠は、歴史だ。

 だからこそ、民主主義の精神とそれを担保する制度は何よりも重要なのだ。思想・信条の自由、言論・表現の自由は、少数者が多数者になる機会を提供し、迫害に苦しむものたちがそれを外部に伝えることに正当性を持たせるから。

 多くの人に伝えたいわけだから、人が多くいるところでやるに決まっている。それはもちろん、まったく興味のない人間にとっては単なる騒音だ。
 しかしながら、そういったことが「できる」ということ、そのことがどれほど大事で、その権利を獲得するためにいったいどれほどの人間が血を流したのかは考えなければならない。そして、そういった抵抗者たちの存在が間接的に何を守っているのかは考えなければならない。30年前、過激な学生運動を良心派と呼ばれるような人間たちはもちろん支持しなかったわけだが、その時代に「後期高齢者医療制度」なんて通るわけはない。国会が燃えてしまうからだ。

 平和とは、単に静かなことではない。静かなことが平和なら、北朝鮮だって平和だ。だが、あそこでは日常的に弾圧が継続されており、市民の自由な活動がないから静かなのである。平和な環境下における「平穏」と、ただ単に「静か」であることはイコールではない。平和とは一定の緊張関係を含み持っているものなのである。

 多数者が正しくて、少数者が間違っているわけではない。みんな頭ではわかっているはずのことである。
 今正当とされていることの多くはかつて少数者の運動であった。三大宗教のひとつであるキリスト教は、誕生してからローマで国教の地位を得るのに300年かかっている。 その間にいったい何人の人間が邪教徒として殺されただろうか。
現在最も力をもった思想である資本主義もまた、封建主義との血にぬれた闘争のすえに確立されたものである。

 支配的なものに抗することができること、政治思想学的な用語で「捉え返し」というのだが、端的にいえば「おかしいと思うことにおかしいと言える」ことの重要性は計り知れない。

 功利主義では、多数派が絶対であるから、そんなことはできない。KYは追放される。
 民主主義では、多数派は常に反対勢力からの突き上げを食らう。その突き上げをかわすには、単に多数派であることにとどまることはできない。そうやって常に思想や、方法が洗練されていくのだ(単なる観念論で語るならこうなる現実はもっと複雑なのは言うまでもない)。

 最後に、「自由」を勝ち取った歴史上の人物の言葉を引用する。
「今日の安全のために、明日の自由を捨てる奴には、自由も安全もやらなくていい」
                ベンジャミン・フランクリン


                                                 齋藤 郁真
コメント
大事なのは大多数派が弾圧の側(悪者か準悪者か)なのか(わしもその一人じゃが)、弾圧する権力だけが弾圧者なのか、だ。チマチマ文化連盟の悪口を書き込むのは圧倒的小数派であり、大多数の法政大生は何を考えてるにせよ黙して語らず、である。ギターを引くのもサッカーするのもランニングするのも権力闘争ではない。わしにできることといったら頑張ってと言うぐらいか。
 
【2009/02/07 02:27】 | チベンサムワカヤマ #- | [edit]
ならばその少数派のために
騒音を我慢して、聞こえづらい授業を聞けと?

せっかく志願して入ったゼミの論文発表も聞こえないのも我慢しろ、と?

せっかくスタディルームで勉強しようと思っても集中できないのは仕方ない、と?

少数派のために多数派の「最大幸福」を脅かしていいのか。

私は文化連盟の思想に異議はない、
表現の自由もなくてはならん。

しかし、他のひとに迷惑にならないやり方があるでしょ?
出ていけと硬くなに言うわけではない。

もう少し「平和ボケ」の日との基本的な権利(もちろん授業料払ってるんだから授業を受ける権利)に
歩み寄りを見せてくれてもいいのでは?

そうじゃなきゃ、ほとんどの法政大学生は文化連盟さんをなんの理由もなく目の敵にするだろう。
現にそうなっている。

きちんと演説を聞いてもらって、ビラを読んでもらって、その上で文化連盟を判断してもらいたいなら
もう少し多数派に理解を示さなければ。じゃなきゃ理解されるわけない。


文化連盟さんの考え方は間違っていない。
だから歩み寄りを見せれば学生側も支援してくれるひとが出てくるのでは?
【2009/02/07 09:53】 | 町田 #- | [edit]
町田さん、演説を一言「騒音」と言いなしてしまうあなたの問題は「この際置いておく」レベルではないわけだけど。演説を単に「騒音」と言ってしまうような人が、いくら勉強したとしても、法政という一流大学でゼミに励んだとしても、正直(民主主義国家の国民という建前に即してさえも)話にならないと思うんだけど。でもそれは脇に「置いておく」。「置いておく」レベルの軽い問題ではないけど。
で、それは置いとくとして、よくわからないんだけど、集会って昼休みにやってるもんじゃないの?授業中もやってるの?単純な疑問。

あとそこも置いておくとして別の話をすると、「他のひとに迷惑にならないやり方がある」というなら、その具体的方法を文化連盟の諸氏に教えてあげるといいと思うよ。文連のみんなもそれがいいやり方なら、きっと採用してくれるんでないかな。

なんか乱文ですみません。口が悪いのは生まれつきなんです。主要内容は単純な疑問と、いいやり方があるというなら伺いたいと、そういう話です。
【2009/02/08 03:57】 | ? #S4BqGK0Y | [edit]
権力の提灯持ちがすごい勢いでやってきますが、それだけ法大文化連盟の奮闘を邪魔したいという現れでしょう。

岡山の某労組のコメントが制限されだしたから次はここが狙われているようです。

さて、治安維持法・共謀罪といったものは、まさしくこれにあたるということですが、あのときも現在もそうですが、「戦時体制」下=戦争動員の前触れとして、治安維持法が規定されるということです。

現在の共謀罪推進とは、アフガン・イラク戦争体制下におけるアメリカ愛国者法の日本版で、ようは日本もそういう体制に移行したいと考える人たちが統治権力のなかに存在している現われなのです。

したがって、はじめは戦争に反対している人であるだとか、労働運動をやっている人だとか、左翼的な思想信条の人たちの一掃に着手されるわけです。

そのために恣意的なキャンペーンがやられるわけで、もっともらしい体裁をとって戦争動員体制にいつのまにか組み敷いていくという流れが、これまでの歴史であり、現代も変らないということです。

アメリカの場合もそうであったように、自由と民主主義を守れ!という掛け声のもとアメリカ愛国者法が制定され国内ががんじがらめにされたうえで、イラク戦争が遂行されていることと同様に、日本の統治権力(自公政権中枢)のなかに、同様の根拠をもって対応したいと考える人たちが厳然と存在しているわけです。

しかし第二次大戦と今日が違っているのは、世界的にその流れと対峙する立場の人たちが存在し、その流れは大きいということなのです。

【2009/02/08 17:20】 | 日本国憲法擁護連合 #- | [edit]
それからもう一点。統治者が権力をゆうしているあらゆる力で、自分達の利害を強制させてきた一面として、それに対峙する人たちの一掃というのが現実にあります。

もっといえば、国論は二分する場合、統治権力を有す側(政権を維持する与党といいかえてもよい)と、失うものは何もない側が(政権奪取いる側の野党といいかえてもよい)、それぞれの意見を広く訴えて世論を獲得するという場合が現実に多いのですが、統治権力をゆうす側は現実に権力をもっているため、統治権力をゆうす側の意見が多数をしめる結果になっている場合が多くなっているのも事実です。

しかし、本当のところ国論は二分する場合が多いため、そのため反対派が多数をしめるようにさせないためにも、反対しそうな人々がでた時点でその芽を摘む、一人でものこらず摘み取るという方法がとられいるのが現実でもあります。

ときには、目くらまし報道や重要な報道を隠蔽する一方で、恣意的な報道をする場合すらあります。

しかし、歴史を長くみれば、統治者の行為の恣意的な悪事がやがて暴露されたり、その批判がせまられてきたことは戦後日本でもむしろしばしば見られた傾向ですから、すべてを一掃できたり隠蔽できるわけがないのです。

法大文化連盟のブログは、その最たる証拠です。

したがって、歴史の生き証人として法大文化連盟の存在意義はあるのです。

すべては、後世の人民が判断してくれることがらであるのです。もしも、「階級対立」が存在しえないのであれば、世界はいまだに封建体制であろうからです。
【2009/02/08 18:00】 | 日本国憲法擁護連合 #- | [edit]
というか、「達筆な大学生活ブログ」の一つじゃないの?これ?w
知らないよりは、知っていたほうがいいのかもしれない情報を見ている。
そういう感覚だから、俺は漸く見ていられる。

町田さんの情念は理解できる。

でも自分の大学での目的を見失わなければ
例えばこの文化連盟が何をしていても、ある程度は凌げるよ。

>聞こえづらい授業を聞けと?

俺はこれを聞いて教授が「チッ」て舌打ちしたのが耐えられなかった。


それから、一概に「奮闘を邪魔したい」と思っているやつが
ここにこういう書き方をする訳じゃないよ。
【2009/02/08 20:33】 | 青613-1 #JalddpaA | [edit]
斉藤君の主張はいつも筋が通っていると思います。学生の本分」をまっとうしている最近では珍しい若者です。

ところで、大学当局から「学生の本分」についての説明がありましたか?処分の主な理由になっていますから説明の義務があります。ぜひ聞きたいですね。

斉藤君の主張は運動の原点です。つまり、大学における思想信条の自由、表現の自由、言論の自由、集会の自由、結社の自由の保障です。ソ連時代のモスクワ赤の広場では、反体制派の人々がスローガンを書いた看板を掲げげると、あっという間に制私服の警官に取り押さえられひどい暴行をを受けながら連行されていました。これが何度も起こったそうです。天安門広場でも同じです。

これと同じようなことが法政大学という民主主義社会の大学で起こっていることに抗議しているのが文連と理解しています。駅前でも公園でも規制はかけられますが関節技をかけたりマイクを奪い取るようなことまで警察はやりません。

文連に対する一般学生の無関心さはビデオからも感じ取れます。これは不気味なほどです。理由はいろいろあるでしょうが、そのひとつは中核派のやり方にあるのではないかと思います。

彼らは上記の闘争の原点を忘れて、「動労千葉派」「11月集会」「世界は革命状態」などと自派のキーワードを押し付けています。党派の利害に闘いを従属させているのが見え見えです。彼らの指導者は「授業はナンセンス」などと訴えていましたが、講義日一日あたり7000円の授業料を苦労して払っている学生にはまったく受け入れられないばかげた主張です。また、相も変らぬ「勝利しつつある」などの大本営発表の連発も、「3万法大生のゼネスト」などという空虚な景気付けも、おそらく学生には拒否反応しかないでしょう。闘争を党の方針に位置づける、という発想は理解できますが、今の状況では間違っています。中核派にはもっと大衆性があったはずです。

おそらく闘争の帰趨は、50-100名の意識的な法大生を獲得できるかどうかにかかっているでしょう。中核派も、自派の政治的な主張はとりあえずおろして、言論の自由の獲得に目標を限定し、地道な1対1の説得活動に力を注ぐべきです。せいぜい「新自由主義大学反対」までです。それでも十分に広く深い闘争の火点となうはずです。

娘ともども応援しています。
【2009/02/08 20:46】 | 体制派老人 #- | [edit]
>それから、一概に「奮闘を邪魔したい」と思っているやつが
>ここにこういう書き方をする訳じゃないよ

文化連盟に難癖的な書き込みつけているネットストーカーが蠢いているし、特定の人物に対してネットストーカーしているものがいるし、他人のハンドルネームまで装って書き込んでいるものもいるのが事実。

もっともそうではない人もいるのも事実。

問題は、文化連盟の存在とブログの存在で「打撃」がある人、「妬ましい」人がいるのが事実。

もっとも私は中核派の政治囲い込み運動には反対です。
なぜなら彼ら中核派の実態からして総括できてないからです。
【2009/02/09 07:19】 | 日本国憲法擁護連合 #- | [edit]
体制派老人にほとんど賛成ですが、重要なのは労働者側の運動いかんに実はかかっていて、日本が戦後憲法を制定し修正資本主義的な戦後民主主義体制を担ってきたのは、労働者の運動があったからにほかならないということです。

したがって労働者の運動はとても重要だといえるでしょう。

他方で、『賃労働と資本』の立場からの労働運動の意義についても意味があるかともは思います。

また、学生運動も実は労働運動の影響を受け、労働運動ともにあったわけですし、とりわけ、昨今の経済情勢、世界的な情勢からして世界的な労働運動はとても重要だということで現在の中核派の路線として掲げられているのだともいえます。

その主張自身についておおむね反対ではないし、私は強い拒絶感を抱いているのではありません。

ただし、中核派は自分たちの党派の主張をそのまま頭ごなしにもちこんでくるような場合が多く、今日的な運動を一直線に押し出してくるような姿勢や、大学現場にもちこんでくるのは不可解です。

中核派は、相手の心情や立場にあったオルグや主張をしなくてはならない場合を考察するべきでしょう。

中核派は、威勢のよい精神論に終始したり(もっともはっきりとした確固たる意志は重要ではあります)、スローガンを叫ぶだけではなく、具体的にはどのように運動をすべきなのかという考察をしなくては駄目でしょう。

私は基本的に中核派には賛同していませんが、学生運動(及び労働運動)の弾圧は戦時体制への道にほかならないことを歴史を勉強した結果で知っていますから、現在の公安警察の弾圧には反対なのです。
【2009/02/09 07:36】 | 日本国憲法擁護連合 #- | [edit]
疑問。

公道でのデモは警察に届出を出せば可能だったはず。
しかし、例えば公道のすぐ近くに民家があったとして、
デモによって民家に住む生活に支障があったらデモをしている人を訴えることは可能?

デモをやっている人に違法性(暴力・無届出)はないとして。
【2009/02/10 12:46】 | #- | [edit]
「日本国憲法擁護連合」って文連とどんな関係の人?

【2009/02/10 13:12】 | #- | [edit]
届け出があっても周辺関係者から苦情があれば届け出は受理されなくなる
【2009/02/10 17:51】 | #- | [edit]
功利主義に関しての議論は、ナンセンスだと思われる。なぜなら、最適解というものは、存在しないから。選択性公理、囚人のジレンマ、多数決のパラドックス、ナッシュ均衡といったあたりを学習すれば、参考になるのではないだろうか。ちなみに、センやアローなどはこの種の議論について、結構詳しく論じているはず。このあたりの問題をまじめに考えたのは、20世紀のことなので、このコメントそのものも、記憶違い、ナンセンスということもありうるので、ご注意を。
【2009/02/10 20:56】 | 劣等労働者 #- | [edit]












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プロフィール

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Author:文化連盟
1959年創立の法政大学サークル連合。2008年3月に非公認化。活動理念は「自主文化創造」。本業のサークル活動に邁進しつつ、2006年3月14日以来延べ126名の逮捕者、34名の起訴者と13名の処分者を擁する監獄大学爆砕へと学生運動も同時並行。直接行動系。ゆとり世代代表。愛は強し。

2012年5月31日、東大ポポロ座に続き暴処法を粉砕し無罪を勝ち取る。もはや敵なし。俺たち最強。

法大闘争とは何か?


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