齋藤委員長の反省文(?)

 2010-03-30

今月、すなわち2010年3月18日に齋藤委員長が法学部教授会に提出した文章は以下の通り。

・・・ブログ記事としては少々長いですが、全文アップします。



今回、法政大学法学部教授会は私に、2008年度入試を情宣によって妨害したこと、2009424日の大集会の二つの点を中心として「法政大学の業務を妨害したことに対する反省文の提出」を求めています。

この簡潔な文章は、反省文ではないことはまず確認しておきますが、同時に、今回の法学部教授会の要求に対する私からの反論としての意味合いを強く含んでいるものです。

貴教授会が出した要求に全く答えず、直接関係ない文章を送付した無礼は承知しておりますが、ぜひ読んでいただきたいと思います。

 

大学の新自由主義的再編についての簡潔な所論

 

2010318

法政大学法学部 07A2222 齋藤 郁真

 

この間、特に2008年度最後(2009326日)の法政大学オープンキャンパスにおいて、法政大学当局が民事の仮処分を「営業権」という権利の保全のために申し立てて以来、私および私が現在執行委員長を務めている団体、法政大学文化連盟は、近年の法政大学の学生管理強化は「大学の新自由主義的再編の一環である」ことを強く主張してきた。

 しかしながら、ある事象を言葉によってカテゴライズしたからといって、それによって本当にカテゴライズできているかどうかは別の問題である。「新自由主義」というだけでは、事実上何も言っていないに等しい。ゆえに、近年の法政大学の学生管理強化が「大学の新自由主義的再編の一環」であることを証明するためには、その論拠を、それが簡単なものであっても(少なくとも軸を持って)提出しなければならない。

 これは、私が今の法政大学の問題を個別的にはともかく、総体としてどう考えているか、また、どうしてそう考えるのか、ということの基本的な論拠を明らかにしているものである。では、以下の文から論述を始めさせていただく。

 

1】「新自由主義」と呼ばれる潮流の発生および存立根拠

①世界的な生産(供給)過剰状態の出現

 第二次世界大戦後、西側諸国、つまり資本主義経済の成長の原動力となっていた国が二つあったことは一般的に知られている。すなわち、日本とドイツである。この二国は、ドイツは特にアデナウアー時代(194963)を、日本は高度経済成長(196369)を中心として、「奇跡の成長」を遂げた国である。現実的には、これは奇跡ではなく、冷戦という状態を背景にもっている。ドイツでは、アデナウアーがその政権期、一貫して親米・西欧強調路線をとり、アメリカの経済的援助をとりつけたことが非常に大きい。彼が、西ドイツとの関係からソ連との国交を樹立するところまでに止まらず、ソ連に対して弱腰な姿勢をとるようなことまでしていたならば、この成長はありえなかったろう。日本もまた、親米路線を貫き、アメリカに対して軍事的・政治的に従属する道を選択していなければ、第二次大戦で極度に疲弊した国内状況の回復がスムーズにいくはずはなかった。一般的に流布されている神話、「日本の戦後復興は日本人がよく働く民族だから」はその根拠が無いとはいえない(日本企業の家族型経営形態とは、大きな目でみれば終身雇用や社会保障を整備するかわりに、会社に対する忠誠心を高め、労働強度・時間を強めるものであった。結果として、低賃金でも日本人はよく働いたし、また、働く素地があった)が、やはり大きいのは、アメリカによる対ソ連・中国を目的とする世界戦略の枠組みに入ることを許容した日本への経済援助だったろう。

 なにはともあれ、事実としてドイツと日本は世界経済を牽引しながら順調に成長した。1970年代に入る頃には、トヨタがアメリカ市場に参入した事例にも見られるように、国内市場を勝ち抜いた大企業の一部には世界市場で張り合うことができるような企業まで現れ始めた。だが、これは裏返しとして重大なもうひとつのことを意味する。日本およびドイツの国内市場の飽和である。世界市場に参入する企業が現れるということは、国内市場に留まっていてもこれ以上利益が拡大しない状況がある(または近いうちに見込まれる)ことを指し示すのである。

 ここでちょっと注意しておきたい。ここまで日本とドイツだけを見てきたが、もちろんギリシアやトルコなど、他にも急成長した国は探せばいくらでもある、ということは否定しない。だがそれは、現代でいえば中国とインドの経済成長が世界経済の最重要の牽引役である一方で、南アフリカもまた急成長している、という話にすぎない。言い方は悪いが、そのようなこまごまとしたものは大きな歴史的視点から見るとき、無視することが可能なのである。もちろん、目に見える部分だけで世界は動いていないこともまた事実であるので、無視はしても忘れてはいけないことではある。

 話を戻す。重要なことは、1960年代末~1970年代にかけて、当時の世界経済の牽引役であったドイツと日本までもが、その国内市場が飽和状態へと、すなわち生産過剰状態へと突入し始めたことであり、そして、世界経済そのものが生産過剰状態へと突入し始めたことである。

 

②世界的な生産過剰が呼び起こす競争の激化・ポストフォーディズムの発生 

 生産過剰状態、これはつまり、需要に比べて生産力(供給)が大きくなりすぎ、市場での取引がうまくいかなくなることを招く状態である。簡単な例としては、農業で、作物を作りすぎて単価が安くなり、市場への輸送費のほうが作物の利益よりも高くなり、「売れば売るほど損をする」話を想起してほしい。農家の方がキャベツなどの作物をローラーで潰す写真や映像を見たことがある方はけっこういるのではないだろうか。

 資本主義の歴史上、好況期に蓄えられた生産過剰が不況期を、時に恐慌を到来させるのは自然的なことであり、こんなことは珍しいことではないが、資本主義の長きにわたる発展の中で創出された高度の世界市場は、世界的な同時的生産過剰が起きる可能性を生み出したことを忘れてはならない。ある国の不況が、他の国の不況と密接につながることがありえる。いやむしろ、つながらないほうがもはや不自然な状況である。ドイツと日本という、戦後世界経済の成長の中心であった二国の発展は、世界的な生産過剰を準備したのである。

こうして、「モノを作れば売れる時代」は急速に終わりを告げるようになる。需要は、人口の増加・経済の発展に伴って増加するが、巨大な生産力(とそれを可能にする技術)は、もはやそのような需要の遅々とした増加では、経済の停滞状態を脱することはできなくなってしまった。戦後世界経済において、成長の牽引役はドイツと日本だったが、経済そのものの中心だったアメリカが、ニクソン政権期(19691974)に入って深刻なスタグフレーションに見舞われるようになったことは、世界的な生産過剰を背景とする出口のない不況が世界を覆い始めていたことのひとつの表れである。この生産過剰を背景として、満たされた市場のシェアをめぐって企業間の経済闘争はその激しさを増し、(不況期に特有のことではあるが)企業間の合併・吸収が強く促進される。全世界の企業が苦悶の時代を徐々にではあれ、また地域的な速度の差はあれ、迎えていく。

 パラダイムシフトが始まる。需要は、満たすべきものから、発掘するものへと急速に転換を始めた。一般にとってのベターを供給する安価な大量生産品ではなく、個々人のベストを供給する多品種少量生産(大量生産であることは変わらない)へ生産様式が変化し始める。商品の魅力を高めるために正直使い切れないほど莫大な機能がついた商品群が現れる。高い技術によって導入された機械が労働者の首を大量に切り、それによって膨れ上がった過剰な労働力人口が新たなる産業、圧倒的な生産力を背景として初めて存立しうる第三次産業(サービス産業)へと流れ込む。かつて農業が始まり、一人の人間が二人の人間を養うほどの生産力を人類が手に入れ、直接的な労働をしなくても生きていける人間が存立しうる可能性が生まれたとき、哲学や数学が誕生しえた。同じように、直接に何かを生産しているわけではなくとも、社会生活に大きな付加価値を生むサービス産業は世界的な生産過剰を背景として膨大に誕生する条件が整ったのである。ポストフォーディズムと呼ばれる現象が産声を上げるのである。日本においては1966年度の経済白書で第三次産業の増加が報告されており、アメリカのような成熟国ではもっと早くにこの傾向は確認されている。

 さて、このポストフォーディズムであるが、プラスの面として、上述のように多彩な付加価値のついた高性能商品や、ある個人の欲求に応えるピンポイント産業をこれまでの歴史とは比較にならない規模で誕生させることを可能にしたことがあげられる。これは偉大なことであるし、資本主義万歳なことなのだが、あらゆることがそうであるように、マイナスの面がやはり存在する。

 製品個々の生産費の肥大化がそれである(ここにはもちろん、個々人が何を求めているかを知るためのマーケティング費の増加なども含まれる)。洗濯機に乾燥機の機能をつけようとすれば、それだけ開発費は増大し、全体として生産費は増大する。

この時点で企業としては面倒くさいことこの上ないが、ここに多品種少量生産が一発目の追い討ちをかけてくる。総体としての開発費は増加しているのに、商品一個あたりの利潤は低下するのである。数字にするとわかりやすいと思う。

 「モノを作れば売れる時代」のある商品の利潤率の仮定を

商品A 開発費100万 生産費100万 利潤500

500万-(100万+100万)=300万だとすれば、

 ポストフォーディズムの利潤率の仮定

商品B 開発費100万 生産費50万 利潤250

商品C 開発費100万 生産費50万 利潤250

→(250万+250万)-(100万+100万+50万+50万)=200万である。

 もちろん現実がこんな単純な方程式に組み込めるわけはないが、商品開発費の分だけ利潤率は低下する。今まではコンソメ味のポテトチップスだけで上げていた利益を、コンソメ味とキムチ味で上げなければならなくなる。

 追い討ちはまだ続く。ポストフォーディズムの発生根拠である、世界的生産過剰が呼び起こす市場競争の激化が値下げ合戦を呼び起こすのである。2010年現在においても世界的不況を背景として競争が激化し、値下げ合戦が始まっていることを見れば、このことは理解していただけると思う。

 これらが複合的に企業経営を圧迫し、企業経営者にとって耐えがたい状況を創り出すのである。

 最後に、補足的ではあるが重要なことを強調しておく。経済について無知な人間の中には、時として「そもそも競争なんてしなきゃいい」というご高説を垂れる輩がいるので、それに関してである。資本主義という経済様式の基本的性格についてここで詳述することはあまりにも長くなるので避けるが、代わりに一点、繰り返しではあるが、世界的生産過剰=市場における供給が基本として満たされている状態を考えて欲しい。どの企業も事業の拡大と従業員の雇用を守るために資本の拡大を目指していることはいうまでもないと思う。が、それゆえに、常に利潤の拡大を目指さなければならず、利潤の拡大を目指すということは、商品を売る市場での競争に勝ち抜くことである。しかしながら、市場におけるシェアが一定固定してしまっている状況において、市場競争を行うということは、他企業のシェアに割って入る試みと一体のものなのである。競争力を、より正確には国際競争力を確保しなければ、他企業にシェアを奪われ、利益が減ってしまう。最終的に彼を待っているのは、倒産である。従業員の雇用云々もあるが、企業経営者個人も自らの現在の生活水準や家族を守るために必死にならざるをえないのである。上述の哲学者のご高説は、ラディカルなものではあるが、現実を見ずに言っているうちは、ガキの夢に止まる。

 

③戦後的なケインズ主義経済政策の転換・労働運動の破壊

 国家は幻想的共同体であるが、それが単なる妄想の域をでることができるのは、そこに実体があるからである。そしてその実体とはまぎれもなく人間であり、その人間が使うさまざまな施設や道具である。彼らは霞を食って生きているわけではないし、施設は放っておけば朽ちる。ゆえに、国家が国家として存在しえるのは、国民一般から税金をとることで、その運営を行っているからである。

 しかしながら、ここでもうひとつの疑問点が浮かび上がるだろう。なぜ税金をとることが可能なのか? 誰が富を国民に、より正確に言えばある地域の人民にもたらしているのか? 

答えは単純明快である。資本主義という生産様式において、富の分配比率は市場での競争の優劣によって決まるため、その市場での競争者が富を国家にもたらすのである。所得税だろうが法人税だろうが消費税だろうが、企業が、特に、現代の高度の世界市場の下では大企業が市場での競争に打ち勝つか否かでその源泉の量が決まる。不況下にある、2009年度の我が日本国の収入は37兆円であることは誰でも知っている。低率の経済成長は国家財政を悪化させるのである。

 ケインズ主義経済政策とは、高率の累進課税など、税率を高くすることによって国家財政を潤わせ、不況が起きた場合には、好況期に確保された潤沢な財政から公共事業などの財政対策を行うことによって不況期をできる限り早く終わらせ、経済を安定させようとする政策である。いわゆる積極財政の極致である。

 これは確かに、一見万能なように見える。資本主義的欠点を乗り越えた資本主義経済に見える。しかしその実、好況と不況を繰り返す資本主義の循環サイクルが正常に働くことを前提にしているのであって、世界的過剰生産に陥り、慢性的な不況が起きる状況を想定したものではないのである。国家は、もはや肥大化した社会保障費やインフラの維持費・公共事業費を削らなければならない必要に迫られたのである。

 ここに、激化していく市場競争に勝ち抜くため、経営資源を確保していきたい企業の企てが融合し、急速に「構造改革」が国家プロジェクトとして日程に上る。

 社会保障費を削減するにしても何をするにしても、第一に行わなければならなかったことは、巨大な物質力と組織力を持ち、ケインズ主義経済を裏から支えた労働組合を潰すことであった。労働組合を一定程度許容することは、資本が持つ労働者への搾取傾向を抑えることを容易にした。社会保障費を維持する役割は、労働組合を基盤にする社会党が果たした(社会党員が意識していたかどうかはともかく)。労働組合を潰すことは社会党を潰すことであり、新たな経済政策を貫徹するために必要なことであった。官民をあげた労働組合破壊政策が動き出す。

 特に197475年の世界恐慌を決定的な転換点として本格的に生産過剰状態に入ったことで、慢性的な不況に襲われた各国が、1980年代に入ってバラバラに、しかし同じ内容の「構造改革」を始めたのは偶然ではない。イギリスで、1979年にサッチャーが政権に就き、「利潤法則をすべての労働者に理解させる」といって当時のイギリス最強の労働組合である炭鉱労組を官民あげて攻撃したことと、1981年にレーガンがアメリカ大統領に就任して、最強とは言えないまでも、国家の重要な部分を担う航空管制労組を攻撃したことはつながりが無いことではない。日本で、中曽根康弘が1982年に首相に就任し、国鉄の分割・民営化を通して、当時日本最強の労働組合運動であった国鉄労働運動を攻撃したこともまた偶然ではない。彼本人が1996年、雑誌アエラで語ったように、これは「総評を潰して社会党を潰すことを明確に意識した」ものであった。日本においては「冬の時代」、イタリアにおいては「鉛の時代」と呼ばれた時代が同時期に、1980年代に重なることは偶然ではない。労使協調路線が労働組合運動の中で支配的になっていくのがこの後、およびこの最中であることは疑いようがないことである。

 レーガン政権が金融自由化を急速に推し進めたのは航空管制労組を打ち負かした後であり、サッチャー政権が学校の民営化と医療費削減を本格的に推し進めたのは炭鉱労組を打ち負かした後であり、中曽根政権が労働者派遣法を制定したのは国鉄分割・民営化が決定的になった後である。社会的インフラは民営化され、労働者の権利は追い詰められていくのである。

 その後、1990年代前半では、世界的な経済の停滞(日本ではバブル崩壊)と同時に、政治的な要因、例えばイギリスではサッチャーの改革が医療崩壊と教育崩壊を招いてしまったことを要因として、この傾向は一時的ではあれ、公式には息を潜めることになる。ただし、アメリカでは経済の停滞の中、労働運動の弱体化を背景として外注革命、すなわち巨大なアウトソーシングの波が国内を覆ったように、上述の傾向は強く普遍化できるものではないことには注意したい。90年代後半から先は後に述べることにする。

 

④金融緩和の進行およびその背景

 第二次大戦後、20世紀前半の二度の大戦を通じて国土が戦火にさらされず、むしろ戦争特需を授かった国、アメリカは圧倒的な力(経済力・軍事力含めて)を持った。19世紀末から20世紀初頭にかけて重化学工業を中心にすることで台頭したこの国は、当時競合した二国、同じく重化学工業を中心として発展した日本とドイツを二度の大戦の中で偶然・必然合わせておしのけることに成功し、あらゆる意味で世界一となった。IMFGATT(現WTO)はその力をあらわしている。

 そして、その力を背景として戦後、30年近く「金ドル交換制」が採られていたのだが、その転機がやってくることとなる。もちろん、それは天から降ってきたわけではなく、大きな社会情勢の変化が根拠としてある。

 まず一点目として、①で触れたように、西側陣営を固めるために行った各国への経済援助の結果、日本とドイツが60年代には台頭し始め、世界市場へと乗り出し、アメリカでは車産業のシェアを奪われ始めたことが大きい。車とは複雑な技術と小さなさまざまな製品の複合体である。タイヤはゴムの木までさかのぼるし、エンジンは各パーツを作るために膨大な中小企業(傘下企業)が関わる。車産業が基幹産業と呼ばれるゆえんである。この部門でシェアを奪われることは、法人税や貿易収支を中心として国家財政の深刻な悪化を招く。

 二点目。これは一点目と比較しても非常に大きなことである。この時期のアメリカの歴史で巨大な赤字を出したことといえば、おそらく10人中9人がわかるだろう。そう、ベトナム戦争である。この戦争そのものは、経済的な意味は薄く、一般的に理解しがたいものであったが、政治的には重要なことであった。世界的な学生運動を中心とする社会運動の盛り上がりが見られた中、西側諸国の盟主として、事実上の王として、社会主義(事実上はスターリン主義であって、社会主義などではない)陣営に対して弱腰な姿勢をアメリカが見せないことは、重要な政治的メッセージたりえた。

皮肉だったのは、当時誰も想像しなかったことだが、アメリカがゲリラ闘争の前に敗北したことで、それをテコにしていっそうの学生運動や労働運動の急進化が進んだことであった。④の内容からは外れるが、これらの運動がケインズ主義経済の枠内におさまったり、アナーキズムに走ったり、またはあまりにも暴力路線を貫徹しすぎたことで世界の変革にまではいかなかったことは興味深いことである。

 とにかく、アメリカは北ベトナムを倒すことができず、(アメリカの歴史的な文化性とも関連するとは思うが)意地で戦争を続けた。結果、戦費が膨れ上がり、莫大な赤字を抱えることになる。

 上記の二つの点によって、アメリカの赤字は拡大。その結果、ドルと金との交換が大量に進んでしまった。そしてついに、1971年、「金ドル交換制」は停止(後、廃止)される。以降、ドルを基軸通貨とする変動相場制が始まる。マネーは、金という物質力から解き放たれ、法的規制以外の力によって縛られなくなってしまったのである。

 そして、③で触れたが、レーガン政権がマネーを法的規制からも解放していく。1960年代よりかかえる貿易赤字、ベトナム戦争で積みあがった戦費に加えて、70年代から進行したスタグフレーション、7475年の世界的生産過剰を背景とする恐慌による深刻な不況からアメリカ経済を立ち直らせるため、彼らは経済を膨張させることを選んだ。

 主に個人投資家であるが、投資家の数は異常に増加し、それに伴って世論も変化する。株主の経営に対する発言力が増大し、会社は社長のものでも社員のものでもなくなった。企業側もこの傾向を受け入れる。なぜなら、金融の自由化は株式市場からこれまでよりもいっそう容易に、そしていっそう巨大な規模で経営資源(資金)を集めることを可能にするからである。激化する競争に勝ち抜くために、より大きな経営資源を求めていた企業は、万歳を三唱しただろう。こうして、セネットが指摘するように、投資家の機嫌をとるため、つまり株式市場から資金を得るため、ほとんど意味のない、むしろ社員一般の経験を断ち切ってしまう負の側面を持つ経営改革が行われ続ける。経営コンサルタントという会社に直接関係ない人間が、一見合理的なようで冷徹なだけの改革を企業に指導するようになる。

時代が下ると、企業自身もこれと一体化するようになる。自由化された金融は、まさに「金を右から左に動かす」だけで莫大な利益を生む可能性を生み出し、企業もまた、はじめは剰余資金を用いて、次には専用の基金を設けて経済の「膨張」にせっせと励むようになっていくのである。

 最初はアメリカで行われた金融自由化は、その経営上の有利性から世界中に広まり、世界中に本質的な意味で大量の寄生者を養成したのである。

 金融の自由化はその究極のところへと向かう。金利の上限撤廃など甘っちょろいことに止まらず、1999年、グラス・スティーガル法までもがついに廃止される。この法律は1933年、恐慌対策として制定された法律であるが、その核心は「銀証分離条項」である。銀証分離とは、「銀行と証券会社の分離」という意味である。これにはどのような意義が存在したのか?

 銀行は、預金という形で社会全体から遊休資金を集め、それを企業に融資して利子をとる、ということをやっているが、これは同時に、融資の検討に際して銀行が各企業の内情を知ることでもある。ちなみに、銀行という金融業が産業資本一般を信用の供与をたてに従属させることができるのは、銀行のこの基本業務が大きな意味を持つ。では、一方証券会社はどうか?こちらは金融商品および株の売買を主に行っているだけであるので、証券会社はそれだけで何か大きな力を持つわけではない。しかしながら、この二つが合併するとどうなるか?莫大な資金と信用を背景とした投資が行われるようになるのである。豊富な資金を背景として金融商品の規模は比較にならないほど巨大になり、遊休資金を使ってリスキーな投資が行われていく。昨今話題のサブプライムローンは、99年までは抵当貸し出しの5%ほどにすぎなかったのだが、グラス・スティーガル法の廃止後、わずか10年ほどの間に6倍、すなわち30%にとどくまでになっていた。

ちなみに、2009年末、ジョン・マケイン上院議員の提案をきっかけとしてオバマ大統領がグラス・スティーガル法の復活を主張したことでひと悶着あったことは注目に値する。アメリカ経済の現状では、そしてまた、慢性的な生産過剰状態が背景にある以上、利殖で利益を上げざるをえない面があることを認めざるをえないため、あまり期待はできないように思うが、抜本的な問題解決に近い議論がアメリカ国内にあることはうれしく思う。

 ④の最後として、大手新聞が盛んに喧伝した神話、「一部の強欲な資本化が投機を繰り返したからこんなことに云々」は全くの間違いであることを付記したい。

 よくも悪くも金融は最先端部門であった。ゆえに、常に優秀な人材を欲してきた。それはもちろん、引き抜きのような行為が頻繁にあることを意味する。優秀な人材を手にいれ、また、繋ぎとめるためには報酬額の増加は欠かせない要素であって、彼ら金融関係者個々人の欲深さにすべて収斂するのは無理があるのではないだろうか。プロのスポーツ選手が、年俸一億円出すところよりも二億円出すところへ行くのは、彼らが強欲だからというより、前者より後者のほうが自分を高く評価してくれているから、ひいては多くの活躍の場を提供してくれるかもしれないからである。勝手に「強欲な人間」のレッテルを貼られた哀れなスケープゴートたちへの報酬規制は単なる政府の人気取りであり、批判の槍をかわすための術策にすぎない。スケープゴートのみなさんは、テストの成績を先生にほめられて喜ぶ従順な生徒のように、営業成績を重ねたにすぎないのではないだろうか。

 

⑤新自由主義思想の存立根拠

 以上、②~④のすべてを正当化しうる思想こそが、諸々の潮流はあれ、一般的に「新自由主義」という名で一括りにされている思想である。インフラを政府が手放し、民営化することは「小さい政府」を目指す試みとして評価され、金融など経済規制を撤廃していくことは「より自由な社会」を目指す試みとして評価される。リバタリアニズム、ネオコン、ハイエク、リップマン、フンボルトなどこれらの思想系譜を研究し、整理することはこれらの思想について考えるとき、思考を容易にしてくれるだろうから意義深いことではある。  

しかし、重要なことは、ケインズ主義経済体制がうまく回っていたときにはある種の極論として扱われていたこの類の思想がなぜ世界的に求められたのか、ということである。新自由主義の存立根拠は、世界的な生産過剰、そこから導かれる競争の激化という社会情勢なのである。

 

2】日本における公教育と新自由主義の関係

1990年代から始まる海外への生産移転

 【1】の③の最後で触れたように、1990年代前半、日本ではバブルの崩壊の余波により、深刻な不況に襲われていた。企業は安い労働力を探していたが、1986年に制定された労働者派遣法はまだ一部の専門技術をもった労働者だけに限定されており、日本国内では安い労働力は見つからなかった。こうして海外、東アジアを中心として生産移転が本格的に行われるようになる。特に改革・解放路線を進めた中国への生産移転は大規模なものであった。

 しかし、一般的に言われているようにこれは技術の空洞化を招く。これは生産移転を実行していた当の企業まで認識していることであり(日本経済新聞、『日経地域情報』373号によれば、地域的な差はあるが、生産拠点を海外に移した企業697社のうち、過半数を超える企業が空洞化を懸念していた)、疑いようがないことである。

事実、日本の技術は東アジア各国に流れ、日本国内では、現在ロスジェネ世代と呼ばれる若者たちが職にあぶれ、継がれるべき技術の継承が滞った。

 

1990年代~2000年代の労働市場における新自由主義の展開

 バブルの崩壊がもたらした深刻な不況は、財政政策をとらなければ経済そのものの底が抜けてしまうような状況であった。この状況で公然と「政府が市場に介入するべきではない」云々を言うべきではなく、それゆえに1990年代前半には新自由主義的政策が実行されることはほとんどなかった。

 しかしながら、それは新自由主義政策がその展開をやめたことを意味するわけではない。経済誌では積極的にとりあげられ、①で触れたように技術の空洞化を懸念しながらも生産コストの問題からやむなく生産拠点を海外に移転することを迫られた多くの企業経営者たちの間で国と、そして何よりも自分たちを救う最良の方策としてその影響力をよりいっそう強めていた。

 1993年、細川政権下において作成された経済改革研究会の報告(通称「平岩レポート」)は経済的規制については原則自由・例外規制が掲げられ、産学連携、柔軟な(実質的には解雇のしやすさの増大を意味した)労働市場という、現在につながる政策が積極的に語られていた。さらに1995年、日本経営者団体連盟(現、経営者団体連合)は「新時代の『日本的経営』」を発表。雇用形態を①長期蓄積能力活用グループ②高度専門能力活用グループ③雇用柔軟型グループの三つに大別した上、②と③、つまり派遣やパート・アルバイトという非正規雇用で労働者の9割をまかなうことを目指すことを宣言する。

 1999年、労働者派遣法の一部改正により、その適用業種は拡大され、2004年の改正では製造業にまで適用が拡大された。これがよく知られているように労働者人口の3割が非正規雇用になり、若年労働者では5割近くが非正規雇用で働く結果を生み出した。

 労働者派遣そのものは、日本における資本の原始蓄積段階が始まった江戸時代以降に行われていたが、その劣悪な労働環境から、職業安定法が制定され、禁じられていたのだが、それが事実上復活。その結果として世論の反発が高まり、フリーター労組など非正規雇用労働者の労働組合ができていく中で2006年、派遣受け入れ期間の延長・派遣労働者の衛星および保険に配慮することが盛り込まれて改正される。

 

③教育現場における新自由主義の展開

 1970年代後半から80年代にかけて、国は巨大な規模に膨れ上がった学生運動を潰すべく、当時最先端の空間管理工学を応用してキャンパスの地方移転やそのモデル校としての筑波大学の建設を推進した。我が法政大学においても、社会学部・経済学部の二学部が移転され、学生運動は切り離される。さらに、大学における学費の上昇が始まり、それによって学生と保護者両方に「高い金払って大学に行くんだから学生運動のようなリスクのあることに手は出せない」という意識が助長されるようになる。少しそれるが、もっと後の時代、すなわち現在において、高い学費とセットになった奨学金ビジネスが幅をきかせ始めていることはここにその開始点がある。しかしながら、この頃の学生運動への弾圧は治安問題になるまでに成長した学生運動を禁圧することであり、自治会活動など、学生運動が社会に出ることなく、学園闘争の段階に収まるならば許容されるものだったと言える。

 しかし、90年代、慶応大学など一部の大学で端緒的に始まる産学連携の波と、新自由主義の進展の中で変わりつつあった世論の動きを受けて、大学に経営の概念が強く持ち込まれるようになると状況は大きく動き出すようになる。

 90年代の後半には、①で触れたように技術の空洞化が懸念される事態になっており、企業は生産現場を、できるなら国内に戻したいと考えていた。そして②で触れたように、労働者派遣法がその目的に沿った方向へ1999年に改正されると、この流れが本格化する。

 終身雇用が消失し、それに伴って企業内教育という経営にとっては無駄な時間が削減された結果、企業が90年代ごろから盛んに「即戦力」を求めるようになった動きとも合わせて、企業は大学に職業訓練の場として、従順な労働力の提供を求めるようになる。教育は、個人の可能性を伸ばす場から従順な家畜を育成する場へと急速に変化するのである。2000年、小渕内閣の懇談会「21世紀日本の構想」はそのレポートで「教育とは警察や司法と同様ひとつの統治行為」と定義されていることは興味深い。そしてこの精神が2006年の改正された教育基本法の中にみてとれることもまた興味深いことである。

 大学では、「勉強はそもそも自分でやるもの」として義務教育のような基礎学習過程と違って、授業への出席を強制しないことが戦後30年ほどの間、伝統となっていたが、上述の流れの中で、授業への出席そのものが単位取得のために強制されるようになっていく。サークル活動や自治会活動に割く時間は急速に減る。個人の自由な精神的発展は過密なカリキュラムによって阻害されていく。

2000年代に入る頃から急に各大学が「社会の変化に伴って大学に求められるものが変わっている」と言い出すようになったことは偶然ではない。2005年、NPO法人「21世紀大学経営協議会」の総会にて、首都大学東京理事長・高橋宏が「大学とは原材料を仕入れ、加工して製品に仕上げ、卒業証書という保証書をつけて企業へと送り出す場所である」と発言したのは彼個人のきまぐれではない。

 ゆえに21世紀へ突入する頃から本格的な学生運動つぶしが始まる。20004月、山形大学学生寮の自治をめぐる闘争で4名の学生が逮捕されたのを皮切りに、20018月、早稲田大学の第一学生会館ならびにサークル地下部室が強制閉鎖される。同年同月、東京大学の学生自治寮・駒場寮もまた強制代執行により閉鎖。20048月には西の西部講堂と並び称された我が法政大学の学生会館が閉鎖・解体される。2005年の10月には、大阪経済大学で掲示板の撤去に抗議した自治会役員8名が逮捕。同年12月、早稲田大学で部室移転に反対するビラをまいていた学生が、大学教員によって私人逮捕される。そして2006314日、法政大学で立て看板・ビラまき規制に抗議した法大生5名を含む29名の人間が公安警察200名の突撃により全員逮捕。同年12月、東北大学の学生自治寮・有朋寮もまた強制代執行により廃寮へと追い込まれる。20073月、中央大学で大学当局と生協労働者の労働争議に公安警察が介入し、15名が逮捕される。この他、法政大学で同年を通して行われた学友会解体(文化連盟など三本部団体解散および非公認化)のような件を合わせれば、2000年以降に行われた学生弾圧は膨大なものにのぼる。

 そしてもちろん、これは現在でもまったく止んでいない。ご存知我らが法政大学では2006314日以降、延べ118回の逮捕があり、33回の起訴があった。東北大学では食堂の廃止を通して、学生運動の拠点である日就寮の廃止が本格的に狙われている。富山大学では学内選挙での得票数が最低だったにもかかわらず、地元の経営者団体の意向を受けて再任されたふざけた総長・西頭が、正当な選挙の結果選ばれた、寮の民営化に反対する新樹寮自治会委員長と副委員長を認めず、事実上彼らの解任を新樹寮生に迫ることによって新樹寮の解体を狙っている。京都大学では長年にわたって続けられてきた「寮の運営は寮生に任せる」という内容の確約が更新されず、さらに期を一にして吉田寮が改築を名目にした寮自治の解体を迫られている。私立大学で最後に大学の新自由主義的再編に襲われ、そして最も長い闘争が行われているのは我らが法政大学であるが、この波は法政を覆い尽くす前にすでに国立大学に襲い掛かっている。もちろん、国立大学までもがこの波に本格的に襲われるには2004年の小泉政権下に行われた「国立大学の独立行政法人化」のことを忘れてはならない。また、国立大学が大学間競争に本格的に加わることによってよりいっそう、私立大学が危機感にかられてその新自由主義的再編を強化するようになったことも忘れてはならない。繰り返しになるが、314事件は2006年のことである。

 最後に、本当に最近のことだが、文部科学省が20102014年の5年間を「大学生の就業力」向上の重点期間として30億円以上を拠出することを決定したことを付け加える。このような観点から統計をとり、大学を序列化することは、いっそう大学が就職率で序列化されることを意味する。今後5年、このことによっていっそう大学は単なる就職予備校や巨大な資格学校としての性格を強めるだろう。

 

3】結論

 新自由主義という潮流の存立根拠は、特に197475年の世界恐慌で本格化した世界的生産過剰状態にある。モノを作って売る、という基本的な拡大再生産が非効率なものとなった状態において、国家の基盤を支える企業間競争は、利益を上げるために必然的に次の二つの方法をとる。すなわち、①既存の部分からの取り分を増大させる②これまで取っていなかった場所から取る、の二つである。

①は主に労働組合を破壊し労働者の権利を奪うことで行われる、労働者への強搾取を意味する。業務の外注化や非正規雇用の増大がこれにあたる。②は公共部門の民営化がそれにあたる。本来であれば、その規模が大きすぎるために、国有化することが基本であった鉄道・郵便をはじめとして、その本義からして市場原理に明らかにそぐわないはずの医療・福祉・教育のような社会的業務までが対象となる。現在では、「小さな政府」を目指すこの潮流の終局点として、事実上の「夜警国家」化が懸念されるような、たとえば日本でいえば道州制のような議論も端緒的ではあるが見受けられる状況となっており、それに先立って杉並区は、そのモデル地区としてすでに自治体の民営化が進んでいる。

一般的に話題になりやすく、それゆえに問題視されやすいのはいうまでもなく②のほうであるが、上述の①と②において重要なのはむしろ①の内容である。なぜなら、②の公共部門の民営化とは、具体的には利益が出にくい部分を廃止する合理化が必然的にセットになるからであり、それはまた職員の人員整理を意味するからである。当然のことながらこれを貫徹するには労働運動を無力化する必要があり、また、社会運動一般の情勢を規定しうる学生運動を無力化する必要があった。②を実行に移すには土台として①を推進しなければならず、①がどの程度進むかによって②の激しさは決定される。

もちろん、この①と②だけではなく、世界的な生産過剰を背景とする(より正確にいうならば巨大な生産力を背景とする)サービス産業と、金融という現実的には重要なものだが、本質的には生産に関わっていない部門の成長があることは付け加えなければならないが、この二つは世界的状況から半ば必然として生じるものでもあるので、新自由主義という潮流においてはその本質ではないと考える。

現在の法政大学の状況は①の内容の貫徹の表れである。企業の即戦力を求める傾向は大学を職業訓練の場とするだけではなく、学生から哲学を奪い、その思想的牙を抜く場所へと変わっていく。もちろん、前段として学生弾圧をやりやすくするために教授会自治の破壊が大規模にあったことを付記しておく。我が法政大学でもそうではないか?小火騒ぎを口実とした学生会館への本格的な解体策動は、直前に教授から大学運営に関する主体性を取り除くことで補完されていたのではないか?

空間管理工学まで用いて構造的に人間を去勢する空間へと変貌していく、現在の大学には何があるのか?無機質な空間、与えられたカリキュラムだけが大量に存在するだけである。

 我が文化連盟企画局長・増井真琴は言う。「創造力とは何かを問うとき、ぼくたちは今一度考えてみる必要がある。なぜ偏差値的には一介の二流私立大学にすぎない法大が、芥川賞受賞者数において早大・東大・慶大に次いで四位なのかと。あるいはどうして偏差値的には一流大学である筑波大学では0人なのかと。答えは簡単です。かつての法大には現在の法大がなんとしても払拭したいとする学生運動があったからです。そして学生会館に象徴されるカオスでアナーキーな表現空間が存在したからです」と。学生会館が本当の意味でアナーキーだったとは思わないが、そこを除いて私はこれを全面的に正しいと思う。そこには主体性の発露があり、それを促す伝統があった。

 なぜ現在、特に2009年に入って世界的に学生運動がまた勃興を始めているのか?EUにおけるボローニャ・プロセス、アメリカにおける、日本の現状をはるかに超える奨学金ビジネスは世界共通の学生運動のスローガンを必然的に用意している。すなわち、「学生は商品ではない」「教育の民営化阻止」「ベルトコンベアーから出てくるような学生はごめんだ」などなど。世界的な生産過剰から導かれる世界的な潮流は、今、世界的な反撃にぶつかり始めた。本年34日のカリフォルニア州の教育ゼネストはなぜ初期の段階から労働者と学生の合同という形をとったのか?①の貫徹がそれを準備する素地を作った。

 これまで表に出てこなかったさまざまな闘争がついに表面化し始めた。まだまだ端緒的なものではあるが、積もり積もった社会的矛盾の数々は、平時には眠っていた人間たちの可能性を揺り起こした。10年後の未来を削って1年後の未来を作ろうとする現在の社会状況は、収入のあてがないのに今を乗り切るために借金を繰り返す人間に似る。そのような人間がどうなるかを我々は知っている。

 今回出したこの内容が全面的に正しいとは私は思わない。時間の関係で下調べもあいまいになってしまい、記憶違いもあると思うし、私一人の観点でこの約40年の大まかな動きをこの程度の字数で出せたとも思えない。軍事バランスの変動やソ連崩壊による東側諸国の市場開放などについては一言も触れていないし、ケインズ主義経済そのものの存立根拠にも触れるのは避けた。しかし、長きにわたる反撃を受けてもなぜ法政大学は弾圧をあきらめないのか、という問題に直面したとき、今の現実から過去を振り返り、その根拠について考えたすえに私が得た結論は大きく見当違いだとも思わない。浅学な身としては、私が知らないだけで、この程度の内容を提供している学者は実際すでにいるのではないかとも思われるが、それはそれでいい。私は実践を通してそこにたどり着いただけのことである。

 法学部教授のみなさん、あなたがたは一体何のために教鞭をとっているのか?自らの知識が営業の一手段へと、ますます卑俗なものへと貶められていいのか?学問はマッサージと変わらずサービスなのか?少なくとも自分の知識に、形成された思想にウソをつくな。反省をするのはあなたたちであって、私ではない。

 現実を知ったうえで否定することを恐れるな。あなたたちなら知っているはずだ。「歴史の天使はいつも後ろ向きに進む」のだ。この世界が三次元である以上変わらず重要なのは、やはり街頭へ出ることなのである。古臭い言葉ではあるが、それは変わらない。

 

以上。


コメント
この程度が精一杯なのだろうな。誰もがどこかで見聞きしたような通俗的な内容を寄せ集めた感いっぱいの低レベル文章を量的にいくら積み上げたところで、所詮低レベルは低レベルでしかないという、大学ではごくごく当たり前のことすら知らないまま、平均未満の大学から脱落していくんだなあ。まあ、高校までだったら「本をたくさん調べましたね。お利口さんですね」と、頭をなでなでしてもらったんだろうけど、そのノリから上の段階には至らなかったのかな。
【2010/03/30 17:17】 | #VWFaYlLU | [edit]
 「学生は商品ではない」
 「法学部教授のみなさん、あなたがたは一体何のために教鞭をとっているのか?」

 全文読了いたしました。掲載していただいてありがとう。
 魅力的な文章だと思いますよ。資本主義に対する批判的精神は絶対に必要です。

 だいたい、大学教授が書く論文も、我妻のパクリや、外国の文章の翻訳+αにすぎないものや、最高裁調査官解説を引用したにすぎない判例評釈など、たいしたものじゃありませんよ。

 早稲田でも、法政でも、中退した人の方が、社会的成功を収めている人が多い位かもしれません。

 戦前、治安維持法が弾圧に使われました。戦争に反対するものは「犯罪者」でした。
 そんな社会を復活させないためにも、文化連盟の活動には意味がありました。
 雑誌にとりあげられたり、京都でも、四条や百万遍で、ビラがまかれたり、「支援者」はいますよ。

 「新自由主義」への動きは、実はマルエンが告発した、資本家にとってつごうのよい「旧自由主義」に戻そうという動きにすぎません。

 文化連盟は面白い位置にいるのだから、これからの活動に期待しています。

 
【2010/03/30 18:44】 | 京大生 #- | [edit]
↑「低レベルは低レベルでしかないという、大学ではごくごく当たり前のことすら知らないまま・・・」、何それ、それじゃあなたはどうなのかな?
 私も関西学院という、あなたが言うところの平均未満の大学を卒業しましたが、齊藤さんの文章は素晴らしいと思う。
 人間的思考に対象的真理が到来するかどうかという問題は「理論的問題」ではなく極めて実践的な問題である。人間は思考の真理性を実践によって証明する。
 齊藤さんは「実践家」なんだから。齊藤さん自ら「実践を通して辿り着いた」とこの文章を結んでいる。
 「哲学者たちは世界を様々に解釈してきたに過ぎない、もっとも大切なことは世界を変革することである。(カール・マルクス) 
【2010/03/30 18:53】 | 赤ヘルノンセクト #- | [edit]
「だからこっちは資本の担い手として大変なんだよ!」
「団結したからって経済が良くなってりゃ大躍進は成功していたし主体思想で全然OKだよ!」
「労働者が資本主義の先兵の時代なんだよ」
by当局

でもね。
大切なのは階級性なんだな。
資本主義だもの。
byみつお
【2010/03/30 19:05】 | 名無し #mQop/nM. | [edit]
そういえばフリーター労組も初期は法政で活動展開していたな。学館のカレー屋でビラ配ってたよ。
誰も相手にしてなかったけどw
【2010/03/30 19:07】 | 名無し #mQop/nM. | [edit]
なんか最近、斉藤君の記事に「稚拙」やら
「低レベル」やらのコメントが沸くけど、
的確に文章の論理矛盾であったり誤認識を
指摘したような類は、ついぞ見たこと無い。

とりあえずけなしておく、って凄い楽なんだろうな。

学部生でこのレベルは立派だよ。
運動なんてやらないで、真面目に学生やって
院に進学するなりすれば良かったのに・・とは思う。
【2010/03/30 20:24】 | #- | [edit]
つれづれなること13で見せてくれた法認識は、
体験に裏打ちされていておもしろかった。
思想はデータ処理じゃないんだな。

今回の文章もそう。
私はむしろ、あなたが運動やっていたからこそ書けることだと考えている。

でも、かつて個人的におもしろいなと思った在野の思想家の一人は
最後にユダヤの陰謀とレプティリアンのことばかりを口走っていたし、
またある一人は陰謀説にまみれたカルト集団の教祖として
こともあろうにありがた迷惑な三文短歌を垂れ流したりと、
ある時期を境に金属疲労が著しかった。
大学教授の研究スタイルを米粒ほどながら見直したのも同じ頃。

今の問題意識を善導するよき師、よき友に出会わんことを。
まだまだ先は長い。戦いはこれからだ。
【2010/03/30 22:30】 | さようならぱんぱんまん #- | [edit]
この文章を読んで、齊藤君も頑張っていたのだなと改めて思う。

この大学とは縁がなくとも、支援者に名を連ねる先生方のおられる大学で、運動を継続する、という道もあるのではないか。
【2010/03/31 03:54】 | rk #e7ggrUwI | [edit]
↑の方のご意見に賛成。
問題意識と論理性の両方を兼ね備えているのですから学問を研鑽させることはとても良いことだと思います。またご自身の見聞を様々に広げ、社会をもっと広く深く洞察する力を身につけるためにも有益だと思います。
斉藤さんは資本主義に批判的ですが、資本主義は人類滅亡の日まで続くと多くの人間は考えています。そしてその形態が刻々変化していることも重要です。資本主義批判も大切ですが、資本主義が現実の人間を生きさせ(斉藤さんもそれで食べているわけですし)、そして現実の人間の生き方に根ざして商売をしているという現実も大切だと思います。たしかに以前のように商品先行市場者社会は過剰生産に陥っていますし利潤率も低下傾向にあるのでしょう(産業資本における利潤率の低下傾向を金融資本によって挽回しようとすることはバブルにつながりそれは今回の件で共有されていると思います)。
しかし一方においてマイクロファイナンスなどの小口金融と、中国やインド、中南米などの新興国の台頭という新たな状況も生まれています。
そしてこの新たな状況の特徴は新たな生産手段とのタイアップがないということです。
イギリスは産業革命を起こしアメリカは自動車を大量生産しインターネットを生み出しましたが今の新興国は何も生み出していません。日本もヨーロッパもそうですが。そして今後新たな戦略的な商品(全産業を牽引するような商品)が出てくるかどうかは分かりません。それは誰にも分からないので。このなかで資本主義はより人間的な欲求に根ざした市場経済への移行を余儀なくされているように思われます。低価格で簡素な商品の大量流通と消費がその典型例でしょう(自動車のタタ、ユニクロ)。
世界全体でみると資本主義のこのような形態変化は多くの人々には歓迎される事態です。しかし日本においては必ずしもそうではありません。高い賃金と高度な技術力はその販路が狭まっているからです(液晶テレビやPCの値崩れは凄まじい)。そしてホワイトカラー層の養成校である法政大学のようなプチブル中間分子(大学自体を擬人化して表現しています)はその動揺が激しいわけです。
話がずれてしまいましたが資本主義はたしかに過剰生産傾向にありますがそれを修正する動きも顕著だということなのです。つまり法政大学のようなひとつの現場だけで全体を判断するのは危険だということです。それはたしかに全体における一部の傾向としては正しいかもしれませんが全体の傾向かどうかは別だからです。広く深い社会の見聞を広めて欲しいと思う所以です。
とはいえあなたに対する当局の今回の措置は絶対に許せません。
断固反撃するべきです。

どうか大学院に進み勉学に励み広く社会の見聞を深めてください。またせめて資本論や諸国民の富などの古典には目を通してください。そして出来るかぎりで運動を継続してください。
お体などお大切に。
【2010/03/31 07:18】 | 名無し #mQop/nM. | [edit]
斎藤君がんばれ!退学になっても別の大学へ行けばいくらでも活動できる!
【2010/03/31 08:10】 | kakumaruwashine #- | [edit]
「反処分共闘」を結成し処分白紙撤回まで闘うべし!
 全学の学生、教職員が己の生き方を賭けて法大当局と闘うことを訴える!
 増田総長との団交を闘い取ろう!他大学への召還は反対です。
【2010/03/31 11:34】 | ノンセクト #- | [edit]
動労千葉ってなんですか?
【2010/03/31 22:09】 | カクマルjac #- | [edit]
オレ、 他の、勝てる戦いに力点変えようかなぁ。
いや、 なりすましで 直江状なみのもっと刺激的なもの 書き送ってもいいけどさ。

どう考えても冤罪って事件の、真犯人を告発する書類作ったりの方がおもろそう。


ちなみに、 京は京とて、京女の入学式
駅から大学へ向かう道で、キャッチセールスのように、
新入生にまとわりついて、携帯本アドを赤外線でゲットしようとする
京大生と名乗るインカレサークルとかに ??
って 去年思ったから、 堂々と東山署から道路使用許可を取って、
インカレサークル結成を呼びかけてみた。

雨には勝てなんだが。

なにもせず、すべるより、 何かしてからすべった方が 気持ちはいい。
花粉症撃滅・杉きり党とかも
http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/seiji/1269486880/l50

にしてもなぁ。 一度色無着色で投稿して
掲載されてから Editで 色つけるしかないのか?

ほかのところでは、 普通、 投稿前に、 画面のしあがりを
確認できるもんだけど
【2010/04/01 19:41】 | 本郷弘  #qwKvtbg. | [edit]
然るべき大学でシームライティング theme writing の単位をえーでとった者として、言おう。 ロジカルストリング logical string が見えない。 スキムアップリーディング skim up reading にかけても、アウトラインがあるように見えない。 ペチションpetitionの体をなしていない。


「よって、以上につまびらかにしたように、貴殿らが放校処分をかすと言うなら、失当と言わざるを得ない。
かような愚挙を行うと言うなら、直江山城が『槍持て馳走いたさん』と言った如く、 許されておるあらゆる法的手段をもって、天下の陽のもとに、貴殿らの 詐欺商法 糾弾さしていただく。 被害額を大きく算定した上で、その○○パーセントを求める31万円の請求額で訴訟をおこす。
 しかし、ま、老婆心から、ぶっちゃけ言って、恥の上塗りはおよしなさい


と、書かなきゃ、なんだ。 民事の訴状で言うなら、 請求の趣旨ってものが、書き漏らされてるんだわ。
どう、書き納めたか? 末尾に 何と書いたか、 読み返してみ! だな。


残念でならん。
まるで、新興宗教の信者の、 信仰のプロフェッションみたいな文章だったしなぁ
【2010/04/02 21:33】 | 本郷弘。 想定内じゃないの? ちがうのか? おい、そりゃ、ま #qwKvtbg. | [edit]
筑波大の卒業生にも、少ないですが芥川賞は二人いるはずでは。
比較的最近の受賞だと思いますが。
筑波大になじみのあるものとしては、出来れば学生数や開学年度を
ご考慮いただきたい。。。(苦笑)

全体の文意に文句をつけるつもりは全くないですし、
法政の文化創造のパワーを否定するつもりは毛頭ありませんよ、
もちろん。
学生会館のような空間は筑波大にはなかったと思います。
ただ、芥川賞については事実誤認かと。
あと、筑波の学生もそれぞれの時代を悩みながら生きた学生かと。

文化連盟がんばれ。
【2011/01/12 22:00】 | 通りすがり #- | [edit]












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Author:文化連盟
1959年創立の法政大学サークル連合。2008年3月に非公認化。活動理念は「自主文化創造」。本業のサークル活動に邁進しつつ、2006年3月14日以来延べ126名の逮捕者、34名の起訴者と13名の処分者を擁する監獄大学爆砕へと学生運動も同時並行。直接行動系。ゆとり世代代表。愛は強し。

2012年5月31日、東大ポポロ座に続き暴処法を粉砕し無罪を勝ち取る。もはや敵なし。俺たち最強。

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