改めてご説明させていただきます

 2010-04-12
・・・少々長いですが、改めて文化連盟の活動の経緯・目的を簡単にですがご説明します。


始まりはいつからだったか?
 発端は2006年2月27日。法政大学当局の出したビラまき・立て看板規制でした。この内容は、要するに法政大学キャンパス内で、それまで自由に行われていた(事実上は学生管理)ビラまきや立て看板の設置を、法政大学の「許可制」にすることで、学生への管理強化を推進するものでした。サークル活動など学生の自主活動に深く関わることに対する規制に、もちろん当時の学生たちは危機感を覚えましたが、時は春休み真っ最中。GLCと呼ばれるサークル団体の泊り込みで行われる会議も、その約1週間前に終了しており、政治的に身動きがとりにくい状況にあったため、交渉もままならない状態でした。
 交渉そのものは行われ、結果として決定されたことは、「学外団体の立て看板の撤去は3月14日、学内団体の立て看板撤去は5月までに行う」ということでした。そもそも学生の団体として1950年代に結成された全学連系のサークルは、勝手に学外団体にされ、無党派(サークルとしては普通)のサークルは猶予を与えられることで両者は分断されます。
 議論もちゃんと行われない中、社会科学研究会などの5名の法大生が、3月13日・14日の二日にわたってデモを企画。そして2006年3月14日、決定的な事態が起こります。
「立て看板・ビラまき規制粉砕」を掲げて、法大生5名を含む29名の学生がデモを終えた直後、法政大学教職員が「今から立て看板の撤去を始めます」と丁寧にアナウンス。それに対してデモ隊はもちろん抗議します。しかし、それとほぼ同時にキャンパス外から約200名の公安警察が学内に突入し、29名全員が逮捕されます。罪状は「建造物侵入」「威力業務妨害」・・・大学という公共性の高い場所に入ることが「建造物侵入」になり、抗議したことが「威力業務妨害」とされたのです。
 この逮捕は最初からおかしいものでした。この逮捕に際して開かれた勾留理由開示公判で、公安警察の突入は通報から2分(一番近い警察署からでも車で5分)とされていました。200名集めるだけでも2分など過ぎてしまうことは明白です。さらに、後々の話になりますが、その後の法大闘争に関連して開かれた裁判で、当時の総務部長・清宮氏は、「数ヶ月前から公安警察と当日のことを打ち合わせしていた」と証言し、当時の学生部長・安東氏もまた、「法政大学の意志を示すためにやる必要があった」と証言。仕組まれた政治弾圧であることが明らかになっています。
 話を2006年に戻します。もちろん起訴などできるわけはなく、結果として13日で29名は全員釈放されますが、問題はここで終わりません。「意志を示す必要がある」法政大学は、次の一手に踏み込みます。デモを企画した5名の法大生に停学処分や退学処分が下されます。文学部の3名は即座に退学処分に、法学部の2名は停学処分となります。この処分から、法大闘争は「処分撤回」を掲げて本格的な闘争へと進むことになります。この、いわゆる「3・14事件」とそれに付随する明らかに不当な処分が法大闘争の始まりなのです。

文化連盟、壊滅から決起へ
 2006年の6月15日には、1000名の学生が集まる大集会も行われ、いったん闘いは高揚するかに見えたのですが、活動家層の相次ぐ逮捕(公務執行妨害から暴行までの幾多のでっちあげ)により、この闘争に関わることが非常に重い話になっていきます。
 2007年、そのような状況の中で、学友会の再編が大学より「提案」されます。事実上文化系三本部団体(文化連盟・第二文化連盟・学生団体連合)の解体を意味していたこの提案に対し、当初、多くのサークルが反対の意志を表明。三本部合同会議に出席して闘争を呼びかけた、社会科学研究会の退学処分者が拍手をもって迎えられる状況でした。
 しかし、すぐに雲行きは怪しくなります。「社会科学研究会のように闘えば、同じように教室の貸し出しも部室も使えなくなる」「それはまだいい。逮捕されるんじゃないか」・・・それと平行して「まだ詳細な内容は不透明。これから交渉しだいでなんとかなると思う」という声が聞かれ始め、すぐに支配的な意見となります。
 そして、三本部団体は非公認となり、現在のCSK(サークル支援機構)へと統合されます。そのような状況の中、文化連盟だけは学生の自主的な議論機関を残すべきだ、という話になり、存続を決め、2008年度の執行部の選出を行います。2007年には34あったサークルはその時点でわずか10に。齋藤郁真を委員長とする執行部体制が7票を得て成立します。しかしながら、すぐに切り崩されることになります。「文化連盟に残ったら補助金は出さない」・・・規則と何の関係もない、しかし実際的な恫喝が報告され、非公然で行った常任会議の場所になぜかジャージを着た体育会系のガードマンが現れたりしました。最後に残ったサークル数はわずか4でした。その4のサークルとは、社会科学研究会や哲学研究会・世論研究会など、「文化は認められてやるもんじゃねえ」という信念を持っていたがゆえに、それまでの過程で大学から企画などの際に教室の貸し出しを禁じられたり、構成員が処分を受けたりしていたサークルたちでした。
 公認団体としての文化連盟は壊滅し、非公認団体としての文化連盟はいっきょに好戦的な方向へと歩み始めます。はじめは「もはや解散か」という声も聞かれ、委員長もその気になっているような状況でしたが、世論研究会代表である恩田亮(現文化連盟副委員長)への処分をきっかけに「一人の仲間も見捨てない」というスローガンを打ち出し、2008年5月20日に政治闘争を開始します。全学連との緊密な関係もこの頃からです。彼らだけがクチだけではなかったからです。

現在の文化連盟の状況
 2006年3月14日以来、この闘争に関連して現在までに118回の逮捕があり、33回の起訴、12回の処分がありました。最近の例では、委員長である齋藤郁真への退学処分、社会科学研究会所属員・倉岡雅美への一年間の停学処分があります。
 CSKが自らを「主体性の持てない組織」と規定し、その結果として学生センターの補助機関となっている今、キャンパスでの学生への管理の強化はますます進んでいます。義務教育を終え、約20年の経験に基づく自我が学生にあるはずなのに、それを引き出し、伸ばすのではなく、貶めてしまっています。未来を創るのは我々であるはずなのに。
 文化連盟には、今、非常に多くの課題が課せられています。多くの人の生活が厳しい中、年収の3分の1を占めるほど高い学費に対して、そしていまだに上がり続ける学費に対して、多くの学生が大学で自らの可能性を伸ばすために学費の値下げを組織するような闘争から、もはや絶滅しようとしている骨太な学習会系サークルの発展、そしてもちろん、処分の撤回を目指す闘争まで。自治会の消滅、学生の立場の学生団体の不在、法政大学と公安警察の弾圧・・・この中で我々は闘っています。
 文化連盟は執行部の政治闘争が目立つせいで忘れられがちですが、もちろん土台はサークル団体です。中途半端な、何か言っているようで何も言っていないような学習会にあきあきした学生は、ぜひ文化連盟にご連絡を。骨太なやつらが我々のところには集まっています。というより、骨太なやつしか現在の文化連盟には残れなかった、というほうが正確ですが。
 キャンパスで何もやっていないようで、大事なことをやっていた法政大学を取り戻そう。すべての処分の撤回し、すべての学生が自由にビラをまける空間を取り戻そう。サービスの受給者から、自らの判断で選択肢を創る力を取り戻そう。多くの新入生のご来訪をお待ちしています。
コメント
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【2010/04/12 19:12】 | # | [edit]
東大ポポロ
昭和女子大

この二つの事件の判例を見ればあんたらの主張は認められないことが明白。

似非憲法論語るなよ!
【2010/04/12 21:34】 | #- | [edit]
↑お前、借り物ではなく、もっと自分の言葉で、具体的に展開してみな!!
 検討してやるから!
【2010/04/13 08:34】 | 剽窃 #- | [edit]
↑↑いつの時代の話だ??古すぎ!
【2010/04/15 17:04】 |   #mQop/nM. | [edit]












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プロフィール

文化連盟

Author:文化連盟
1959年創立の法政大学サークル連合。2008年3月に非公認化。活動理念は「自主文化創造」。本業のサークル活動に邁進しつつ、2006年3月14日以来延べ126名の逮捕者、34名の起訴者と13名の処分者を擁する監獄大学爆砕へと学生運動も同時並行。直接行動系。ゆとり世代代表。愛は強し。

2012年5月31日、東大ポポロ座に続き暴処法を粉砕し無罪を勝ち取る。もはや敵なし。俺たち最強。

法大闘争とは何か?


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