つれづれなること 14

 2010-06-28
三角形の面積の出し方は、「底辺×高さ÷2」である。日本国民であればほぼ100%小学校で習うことなので、普通は皆知っているはずである。だが、私もそうだったが、これはたいてい「そう覚えさせられる」。なぜこうなるか考えたことはあるだろうか? 目の前の三角形だけ見て考えるとき、上述の式は論理の飛躍にしか感じられないはずである。
これは、まったく別の事実を持ち込むことによって理解される。すなわち、「底辺×高さ(四角形の面積)÷2」と見ることである。正四角形をイメージするとわかりやすいが、四角形に対角線を引けば、四角形は二つの三角形で構成されていることがわかる。三角形の面積の導出式は、四角形のこの性質を利用したものなのである。このことを理解したとき、論理の飛躍にし見えなかった「底辺×高さ÷2」は、思考の飛躍を用いた式であることが理解できるのである。



・・・さて、参院選挙が近い。ということで、今回は選挙についてつれづれなるままに論じようと思う。上の三角形についての話はいったんおいておこう。
現代の選挙制度そのものは、完璧である。一票の格差の問題など、多くの問題を抱えているが、数年に一度、有機的に政治層を選びなおすことができるということは、それらの問題について改善を行える可能性を常に持つこともまた意味するため、それは完璧なのである。
ただし、これはその枠内でこの制度を見た場合の話である。我々が、選挙は神の城で行われているわけではないことを思い起こすとき、つまり、選挙そのものが現実の社会で行われていることを思い出すとき、選挙は別の顔を見せる。思考を飛躍させるのである。芋虫のようにはいずるのではなく、タカのように空を飛んでみようではないか。

選挙は、国民の代表を選び、その代表に国家の運営の指針を預ける。政治家は、各々の信条によってさまざまな方向性を持つ。おおまかにいえば、二大政党制を見ればわかるように、社会保障を重視するタイプと市場における競争を重視するタイプにわけられるだろう。しかしながら、この二つのどちらの政治家も最重要視しなければならない共通の問題がある。それは、予算である。後者はもちろんだが、前者もである。予算なしに、資源なしに政策は出せない。では、予算の源泉は何だろうか? もちろん、税金である。では、税金の源泉は? 企業および個人の収入である。では、その収入はどこからくるのか?
ここまで議論を進めると、我々は現代の経済体制にぶつかる。現代の経済では、富は、市場での競争を通して、その勝敗の程度によって分配される。基幹産業である車産業で勝利を収めている(もしくは収めてきた)国が富んでいるのはそのためである。逆に、第一次産業しかない国々は、貧困にあえぐのである。市場での競争に勝てない国では、社会保障の源泉すら存在しない。
では、市場での競争のプレイヤーは誰だろうか? もちろん企業である。そして、200年前とは違って成熟した国際市場がその主な競争の現場である現在では、それは国内市場での競争を勝ち残り、多くの中小企業を従え、国際市場で戦い抜くことができる、大企業である。トヨタが国際市場で勝利を収められなくなったとき、それに連なる中小企業は大ダメージを受ける。そして、雇用の90%は中小企業がまかなっているため、トヨタの敗北は全国民の失業と貧困へとつながるのである。
政治家の政策の話に戻ろう。上記の事情を考慮するとき、社会保障を重視する政治家であろうが競争を重視する政治家であろうが、根本的な最重要課題は変わらない。彼らがやらなければならないことは、大企業の優遇である。また、それらの企業の連合、たとえば経済団体連合(経団連)の意向を重視することである。社会保障を用いた分配の話はその次であって、先ではない。政治家や直接国家の運営に携わる官僚は、彼ら大企業と結びつかなければならない。単純に、何をするにも、仕事を実際に受けて実行するのは企業であるから、というのもあるが、国家の運営のためには彼らとの交流が必要条件である。ここから、一定規模ワイロなどを通じた腐敗が発生する土壌ができてしまうが、そのような「健全な腐敗」についてはここではこれ以上言及しない。

さて、選挙ではいわゆる庶民はどちらかといえばたいてい社会保障を重視する政党に入れる。しかしながら、ここまででわかるように、政治家は大局的には必ず彼らを裏切る。それが社会党であれ、社民党であれ、または共産党であれ、である。現在、国内の中小企業の成長によって不況を乗り切ろうと考えている政党は、いざ政権についたときに、ほとんどの中小企業の仕事は何に依存しているかを知るであろう。「大企業からとればいい」・・・左系の経済学者がよく吐く妄言に彼らはだまされたことを知るだろう。
富の取得のあり方を考えずに、分配を云々することは無意味である。ロールズの主著『正議論』にでてくる数々の正義の原理は現実において何の意味もなさない。ロールズは、知識の量はともかく、あの著書で自らの思考の視座の低さを語りつくした。最近話題のベーシック・インカムについても、妄想が飛び交っているようだが、ちゃんと考える必要がある。まあ、ここではそれについてはおいておくことにする。

ここまで来て、我々は議会制民主主義の、現代の選挙の本質を知る。企業経営者、特に大企業経営者以外の国民にとって、選挙とは、「数年に一度、大多数の国民を誰が裏切るかを決定するシステム」なのである。
証明が欲しいだろうか? 今であればブラジルを見るといい。30年近く労働運動を指導し続け、その結果、労働者から多大な支援を受けて政権についたルラ大統領は好例である。彼は政権についた瞬間、大金融機関の頭取を副大統領にすえ、いわゆる新自由主義的な政策をいっきょに推し進め、反発を買っている。労働運動に人生をささげたはずの男は、彼の支持者を裏切ったのである。

私は、別に議会というあり方そのものを否定しているわけではない。だが、忘れてはならないのは、どんな議会もそれが所属する社会の現実の関係に縛られるということである。国家が人間を一票とみなしても、実際の人間は一票にはならない。もちろん、どのようなマニフェストを持った政党にどれだけの票が入ったかは、国民一般の意識がどのようなものであるかを判断する好材料なので、選挙という形式はそれだけでも重要である。また、現在の議会であっても、たとえばガン対策基本法のような、経済的地位とは関係なく国民一般の問題であるような課題では、十分有効に機能しうる。

ただ、なんとなくそんな気がするからといって、「選挙なんて無意味だ」と言っても、それは論理の飛躍にしか聞こえない。しかし、直接選挙とは関係のない、しかし、間接的に選挙のあり方そのものに大きな影響を与える経済関係を考慮に入れ、それを理解することは、思考の飛躍である。

・・・このような議論は、いつも問題視される。なぜなら、それが国家の統治の正当性にかかわり、それゆえに、多くの人にある種の立場決定を迫るからである。特にいわゆる中道左派は、彼ら自身幻想の世界に住んでいるため、よりいっそう反発する。宗教が科学に反発するように。もちろん、彼らが私を宗教裁判にかけ、この意見を撤回させても、「地球はそれでも回っている」のだが。

問題は選挙という形式ではない。民衆自身の行動こそが政治の基本的な部分なのである。法政大学の60年代を代表する看板教授、松下圭一は、「現代において、暴力革命はその有効性を失った」と述べたが、とんでもない。三次元の世界に二次元の力が通用すると思い込むことは研究室からは可能かもしれないが、ジャージ部隊の目の前でそれは崩れ去る。幻想はどこまでいっても幻想なのである。
安易に個別的な事象から全体を判断することは危険であるし、その逆もそうである。だが、個別的な事象の集合が全体なのだから、常に個と全は関係し合っていることは事実なのである。我々は、事実をちゃんと認識する、ということを忘れてはならない。そこからでる結論が、客観的に絶望であろうとも。

みなさんは参院選どこにいれますかー?(・ω・)ノ

2010年6月28日 齋藤 郁真
コメント
面白い論点をありがとう。
ところでこの論理で言うと現存していた、そしてしている「スターリニズム」国家は反資本主義左翼にとってある種の必然であるという結論もまた正しいということになりませんか?国家による生産と消費の強制⇒国家=一企業という論理以外に今のところ資本主義に対抗する経済論理は存在していないのではないでしょうか?
私はそのような経路を経ないで革命が可能であるとはやはり思えないという意味で「スターリニスト」なのですが・・・。
「オルタナティブ」や「マルティチュード」「ベーシックインカム」などの横文字に騙されず、このようなご時世でこそ「計画経済」の正統性を主張するっべきではないでしょうか?
技術革新と消費生活の間の深刻な乖離が進行している現在の資本主義は、産業社会から情報社会への移行に際して大きく転換しています。
端的には利潤率の低下傾向に歯止めがかからずそれゆえデフレという病に冒されています。中国、ブラジルの次は中央アジアやアフリカですか?でもそれで終わりです。
それゆえどのような政党が政権を握ろうが国民の大多数を貧困から救う手段はありません。それは残念ながら必然です。
この反資本主義、もしくは共産主義が避けて通れない計画経済という課題に際して真正面からそれを引き受けることこそが、まさに革命的で本質的な立場であると思います。
だから問題はもはや政治的な事柄には属していないと思います。
まさに経済的な問題において、その必要性から私たちは共産主義について検討する必要性に迫られているのです。
それゆえ現在の情勢において議会制民主主義や政治による再分配を優先させることは本質的ではなく革命的ではないという斉藤氏の主張は正しいと思います。
ですが絶望の質において、問題は単に資本主義経済システムの壁だけではなく、まさに共産主義経済システムの壁でもあるのです。この二重の壁を問題にすること、これは正真正銘「絶望的」な思考ですが、この思考がより本質的であることだけは確かだと思います。

最後に、本日の日本経済新聞に日本共産党の意見広告が載っていました。そこには「大企業優遇の消費税増税に私たちは反対します。日本共産党」という趣旨の文章が掲載されていました。日本共産党が修正主義的であることは間違いありませんが、それでも私は日本経済新聞に堂々と大企業批判と消費税増税反対の広告を載せた日本共産党(そして日本経済新聞も偉いですが)は偉いと思います。なので私は日本共産党に投票します。
【2010/06/28 19:13】 | 通行人 #mQop/nM. | [edit]
「暴力実現党」に1票v-42
【2010/06/29 20:40】 | GO@あるみさん #vSvdCMGg | [edit]
一言だけ
「論理はそれ自身を語ることができない。」
【2010/06/30 00:48】 | 劣等労働者 #- | [edit]
おお、「革命実現党」のほうが良いカモ…でも「幸福実現等」と間違われてカウントされても困るw
「革命実行党」がいいか
【2010/07/01 20:09】 | GO@あるみさん #NgryqyWg | [edit]












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Author:文化連盟
1959年創立の法政大学サークル連合。2008年3月に非公認化。活動理念は「自主文化創造」。本業のサークル活動に邁進しつつ、2006年3月14日以来延べ126名の逮捕者、34名の起訴者と13名の処分者を擁する監獄大学爆砕へと学生運動も同時並行。直接行動系。ゆとり世代代表。愛は強し。

2012年5月31日、東大ポポロ座に続き暴処法を粉砕し無罪を勝ち取る。もはや敵なし。俺たち最強。

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