退任のお知らせ/執行部総括

 2012-12-16
 自公維新圧勝=戦時下突入情勢の中恐縮ですが、本日12月16日の後期総会で、文化連盟執行委員会は代替わりをすることになりました。現執行部である齋藤郁真委員長、恩田亮副委員長、増井真琴企画局長は今日をもって全員退任。武田ゆひまる委員長、須見川守副委員長、岡田勝彦書記長を新執行部とします。
 以下、退任にあたって現執行部より提出された総括文章をここに掲載します。


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2012年12月16日
総括
文化連盟執行委員会
委員長 齋藤郁真
副委員長 恩田亮
企画局長 増井真琴


 私たちの運動は第一に、新自由主義との闘いでした。つまり、この30年以上にわたって進んできた、金儲け至上主義・市場原理主義との対決であったといえます。その大学における展開に対する抵抗こそが私たち文化連盟の運動の内容でした。
  「学費・就活・奨学金」の三重苦によって今の学生は苦しめられています。「学生の本分は勉強」とひたすら机にかじりつくことを要求される(卒業に必要 な取 得単位数の増加、出席確認)のに、「勉強したくてもアルバイトや就職活動が忙しくてできない」という学生の要求は放置。学費は年々上がり、学費が高くて払 えないということにつけこんで金融機関と組んで奨学金ビジネスに精をだし、さらに学生の将来の生活からすら搾取。実際、この10年で無利子奨学金の総額は ほとんど変わっていないのに、有利子奨学金の規模は人数比で7倍、総額で10倍に増えています。何もかも金儲けの道具にする新自由主義の下で、大学そのも のがビジネスの道具にされています。
 新自由主義は、日本において中曽根政権による国鉄分割・民営化-国鉄労働運動への弾圧・壊滅を画期として導 入されていきました。だからそれは、大学においてもまさにその時期から導入が検討され始めました。中曽根政権下の1985年~87年、臨時教育審議会(会 長:元京大総長・岡本道雄)答申において初めて「教育の自由化」が掲げられました。そして95年の日経連報告『新時代の日本的経営』-“一割の正規職と9 割の非正規職に労働者の雇用形態を変えていく”-という提起と共に、96年、「橋下6大改革」のひとつとして「教育改革」が提唱されるにいたります。98 年、大学審答申『21世紀の大学像と今後の改革方策について』が出されます。わが法政大学においても、このときに清成総長体制がつくられ、「自立型人材育 成」なるキャンペーンが展開されるようになります。その内容は結局のところ「自己責任」イデオロギーと一体の、資本にとって都合のいい労働者育成政策でし た。それは、2005年、NPO法人「21世紀大学経営協会」総会の席上での発言、「大学の役割は企業と同じ。原材料を仕入れ、加工し、卒業証書という保 証書をつけて企業に出す。これが産学連携だ」という言葉によく表現されています。
 そして大学における新自由主義導入の最大の画期・国立大学法人化がやってきます。01年の小泉政権の「声域なき構造改革」の三本柱の一つ、「大学改革」 の内容がまさにこれであったといえます。「経営協議会制度」に よって、地域の大資本が大学運営に入り、この経営協議会に選ばれた学長の権限の巨大化が行われます。有名国立大学の経営協議会に誰が参加しているかを見れ ばこの制度が誰のためのものかはよくわかります。地域の大独占資本である電力会社や、日本有数の大資本が目白押しです。2010年時のデータではあります が、その一端を見れば、東京大学にはわが国のブルジョアのトップ・三菱重工会長:佃和夫が、北海道大学には北海道経済連合会会長にして北海道電力会長・近 藤龍夫が、東北大学には東北経済連合会名誉会長であり、東北電力元会長(現相談役)・八島俊章、富山大学には北陸電力社長・久和進、広島大学にはまたもや 三菱重工会長・佃和夫が参加しています。ほとんどの大学は誇らしげに経営協議会のメンバーを公開していますので、ぜひネット等で検索してみてください。私 たちの大学の寄生虫は誰なのかがよく見えてきます。この体制の下で、たとえば富山大学では2009年、学長選挙において学内における最低得票数(約2割) であった西藤学長が学長選考会議で逆転・再任されています。新自由主義における大学のスローガン「地域に開かれた大学」の意味はここに鮮明です。地域の 「学外者」-大独占資本を「学内者」にするためのスローガンが「地域に開かれた大学」なのです。このような大学が「学外者」キャンペーンを張って自分を正 当化しているのは許しがたいことです。国立大学が国立大学法人化を契機に大学間競争に参入してきたことにより、私立大学もまたいっそう企業への傾斜を強め ていきました。一体で行われた、政府による大学への補助金の減少もこれに拍車をかけていきました。
 しかし、政治家が何かを決めても現場が変わらなければ意味はありません。国立大学法人化が成功するか否か、大学を新自由主義の下に屈服させることができ るか否かは、学生運動を叩き潰すことができるか ということにかかっていました。「大学改革」が提唱される2000年を境に、全国大学で学生運動の拠点-自治会・自治寮・サークル棟、サークル団体がつぶ されました。早稲田・地下サークル棟、東北大学・有朋寮、東京大学・駒場寮、そしてわが法政大学・学生会館・・・多くの闘いがあり、いくつかの勝利があ り、巨大な敗北がありました。ほとんどの大学の学生運動はいまやその経験を断ち切られ、総括することのできる主体すら存在せず、「思い出」にすぎなくなっ ています。ミラン・クンデラは「権力に対する人々の戦いは、忘却に対する記憶の闘いだ」といいましたが、ほとんどの闘いは忘却へと追いやられてしまいまし た。
法大闘争は2006年3月14日、法大生5名を中心とする29名の学生の逮捕から始まり、以来、何かあるたびに、もしくは何か闘争を計画する たびに、逮捕・処分が続いてきました。2012年12月現在、のべ人数ですが逮捕者数は119名・起訴は33名、停学・退学処分などの重処分は13名に上 りました。ここで重要なことは強烈な弾圧を跳ね返して続いてきている、ということです。ナオミ・クラインの『ショック・ドクトリン』にあるように、新自由 主義とは、歴史の抹殺と一体です。「人間には生まれながらにして権利がある」とか「かつて大デモが行われた」とか「こんな施設があった」などなど、すべて を無かったことにすることでしかその凶悪な搾取を正当化することができないからです。増え続ける監視カメラ、空間管理工学による人間が集まれない建造物設 計(法大正門前広場)、「権利について考えること」そのものに対する無関心は、ジョージ・オーウェルの『1984』の世界を現実に適用したのかと思えるほ どです。そしてもちろんこれは、今の社会のあり方にそのままつながっています。新自由主義は労働政策においては非正規雇用の増加として行われてきました。 新自由主義大学は、その現実の中で資格だけはたくさん持っているが、何の文句も言わない社畜の生産の場なのです。労基法など知らない、知っていても使おう という意識そのものがない労働者が社会にあふれれば、労働組合は闘いづらくなり、サービス残業やパワハラ、不当な解雇など、職場でやり放題です。一昔前の 「ブラック企業」の職場環境はいまや常識的な職場環境となっています。特に近年増えてきている「ロックアウト型解雇」-いきなり社員証をとりあげ、会社外 にたたき出してそのまま解雇-は法政大学における問答無用の処分⇒大学内に入ることすらできないという方法がそのまま労働現場に適用されているわけです。 もちろん法律上は完全に違法ですが、法政大学における大学職員による不当なストーカー行為が公安警察によって許されているように、それは労働現場でも許さ れるのです。
 しかし、徐々に勝利は勝ち取られています。わが文化連盟が先頭にたって担った法大闘争は、総合雑誌『情況』への全面的な登場もあり、いまや、大学問題を 考えるにあたって法大闘争を語らないことは許されない存在になろうとしています。2009年に『ドキュメンタリー宣言』において、 21世紀にゴールデンタイムの地上波に初登場した学生運動は、わが法大闘争でした。その撮影の責任をとってくださった方は『G2』という雑誌にも法大闘争 についての感想を寄稿してくださってもいます。また、『週間金曜日』は記者会見などをやる場合には必ず来て、ちゃんと取材し続けてくれています。 『SPA!』や『インパクション』など、法大闘争は長い歴史の中で社会への露出をいくども勝ち取っています。文化連盟の闘いは本当に徐々にですが、全社会 に染み渡るようにその力を増していると考えます。今年5月31日に勝ち取られた「暴処法」裁判の無罪判決は、その証左です。
 これらの積み重ねを 経て、法大闘争の歴史の集大成をかけて行われた、今年の10・19闘争は、文連・全学連以外のノンセクト系の学生の参加を得て、文化連盟の新世代が先頭に たって巨大な高揚をつくりだしました。ブログのヒット数はついに最高9000を数えました。その後の学祭期間において、多くの好感的な反応もみられていま す。国際文化3年・武田雄飛丸君への無期停学処分は10・19に対する法大当局の反撃であり、打ち破らなければいけません。

 第二に、それは大学のあり方を問う闘いでした。
 文化連盟の08執行部は、法政大学のサークル文化が持っていた暖かさを実感した、おそらく最後の世代です。私たちの次の世代からはGLC(グループ・ リー ダーズ・キャンプ)のようなものは無くなってしまいました。異文化コミュニケーションのるつぼであった当時の文化連盟が持っていた、その器の大きさに多く のものを与えられ、それゆえに文化連盟を愛し、そのために闘うことを決断した08執行部は、それこそが「大学」であり、「大学」にしか存在しないものだと 深く確信していました。少なくとも大学職員の「あいつと付き合うな」「このオウム!」「もてない女が男にくっついて、このくそ女!」「学生はバカだからそ んなこと言ってもわからないよ~(笑)」等々の発言に知性や情熱、義憤、それらの総合たる社会に対する冷静な視点はひとかけらも感じられません。彼らは 日々私たちが付き合っていた先輩や同世代の学生のホンネを耳にしたことのない、おそらく他人に本気で接したことも無い、ただただ腐っているだけの、「ダイ ガクショクイン」という名の、言語を解する人間っぽい動物だったのでしょう。このようなホモ・サピエンスの巣窟たる大学を本当に変えたかった。本気で生き ている人々を愚弄するクズをぶん殴りたいと思った。08執行部は、恩田亮の処分をきっかけに立ち上がりました。
 だからその闘いは常に、「大学は 若者の情熱を貶めるようなものであってはいけない」「現実を見据えない学問など学問ではない」等々といった、ほとんど言語化されない思いをもって新自由主 義大学の腐敗を問うものであり、自らの姿で「大学・学問とはいかにあるべきか」ということを小さいながらも示し続けた闘いたりえたと考えます。
3・ 11と原発事故によって大学の腐敗が全社会に明らかになった今日、私たちの闘いは大きな意味を持ちます。今の大学キャンパスの「平穏な学習環境」は被爆隠 しによる福島への「平穏な切捨て」とコインの裏表の関係にあります。大学の権威を貼り付けたホモ・サピエンスに鉄槌を下すことが求められています。
 
 第三に、それは学生の可能性をかけた闘いでした。
 率直にいえば、それまでの法政の学生運動は新自由主義に耐えうるものではありませんでした。学生会館学生連盟は、部室の配分権をたてに、「利益」によっ て 学生を組織していました。それは逆にいえば、運動の主体の中に「金の切れ目が縁の切れ目」ともいえるような関係を常に再生産する関係を乗り越えることがで きない運動だったといえます。学生会館解体をめぐる闘いの敗北の原因はよく「執行部の裏切り」にあるといわれますが、その裏切りを生み出したのは、長年に わたって培われた法政大学の学生運動そのものでした。権利がなぜ勝ち取られたのか、権利の本質とは何か-これらに対する日々の学習と実践が欠けていたとい えます。
 しかし、では新自由主義の激しい弾圧に対して学生は人生すらかけて闘いぬくことができる存在なのか。結局、人間なんて札束でほっぺたを ひっぱたけば言うことを聞く生物じゃないのか。学生会館の解体をもって終わった古き法政大学の学生運動を総括して始まった法大闘争は、これらを乗り越える ための必死の闘いでした。われら08執行部が決起の際に掲げたスローガン「一人の仲間も見捨てない」は、まさにその闘いの中から生み出された、当たり前の ようでしかし、貫くことは本当に難しい実践方針です。しかし、それをやりぬく決意こそが法大闘争を法大闘争たらしめた最大の主体的要素です。

 総論として、わが文化連盟が08年以来先頭に立って担ってきた法大闘争は、幾多の闘いの敗北の総括の上につくり上げられた、新自由主義粉砕の闘いの歴史 の金字塔となりました。旧執行部はそれなりの「権威」と「伝説」をつくりあげました。これを活かしていけるかどうかは、次期執行部の肩にかかっています。

 最後に。重要なこととして、法大闘争は私たち文化連盟だけの力でつくられたものではないことを常に意識しなければなりません。大量の逮捕者を出してきた、そしてこれからも不可避に出すであろう法大闘争は、多くの方々の支援・協力なしにありえません。全学連の勇敢な学生闘士たち、新左翼諸党派・ノンセクトラディカルのみなさん、裁判闘争を支えてくださっている弁護士の方々、そして何よりも物心両面においてすべての闘いの基礎を提供してくださっている労働者・市民の 方々の支援に感謝しなければなりません。とりわけ動労千葉を中心とする階級的労働運動派のみなさんは、08~09年の最も激突が激しかった過程において、 年休をとって法大闘争に参加し、共に闘いぬいてくれました。法大闘争を支えてくれているカンパの最大の源もこの偉大な労働者のみなさんです。そしてもちろ ん、長い闘いの中で、いろいろ対立したりしつつも、同じ時代を生きたすべての法大生にも感謝を。本当に多くの支援があるのです。法大デモがあるたびに、法 大正門前に寿司など有難い食べ物を差し入れてくださる労働者の方もおられますし、一度も会ったことはないのに、法大闘争のために定期的にカンパを寄せてく ださる方もいます。今年の「自主乾杯祭」にもみられるように、法政大学を卒業しても、法政に思いを寄せ、その文化を愛し、文化連盟を生暖かく見守ってくれている多くの先輩諸兄もいます。
 法大闘争は、ひとつの歴史であり、全民衆の力で担われている新自由主義粉砕の大闘争です。そのことを努々忘れてはなりません。

 新自由主義大学粉砕。法大闘争勝利へ。長い間、ありがとうございました。
コメント
勉強したら?
【2013/01/13 15:38】 | #- | [edit]












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Author:文化連盟
1959年創立の法政大学サークル連合。2008年3月に非公認化。活動理念は「自主文化創造」。本業のサークル活動に邁進しつつ、2006年3月14日以来延べ126名の逮捕者、34名の起訴者と13名の処分者を擁する監獄大学爆砕へと学生運動も同時並行。直接行動系。ゆとり世代代表。愛は強し。

2012年5月31日、東大ポポロ座に続き暴処法を粉砕し無罪を勝ち取る。もはや敵なし。俺たち最強。

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