新執行部決意表明:書記長

 2013-02-17
本来、一番最後に出る予定だった書記長アピール。それが3番目とはどういうことなの・・・。
そして新副委員長、ちょっとカオスすぎですよ・・・。特にネタが。
まあ、情報発信は自由なんで自重しなくてもよろしいけど、誤解を避けるために少しは注意してくださいね。
と、言うわけで、申し遅れました。書記長の岡田です。以後、しばらく文化連盟書記長の職を努めます。
以下、決意表明。

決意表明
当連盟の初代書記長に就任するにあたって、簡単に目的を述べておきたい。
現在、我が連盟はほぼ政治団体化しつつある。控えめに言っても、この性格が強い。「書記長」という役職を見れば一目瞭然であるが、これへの純化は避けたい。なぜなら文連はもともとサークル連合であり、学生の交流の手段としてのサークル活動を統括する存在だからである。故に、「法政大学文化連盟書記長」という役職は、私の一代限りの永久欠番の物にしたいと考えている。
社会に対する意味での政治性は欠かすことはできない。誰もが中立であるはずがないし、必ず偏向する部分を持っている。それは気づかないうちに刷り込まれていて、それが当然であると皆が思っている。文化連盟は「自主文化創造」をテーマとしているが、自主文化創造という観点は、新自由主義の観点(※この点はほぼ全学連の観点ですので、彼らに説明を任せます)からは容認すべからざるものとなっている。故に、文化連盟は自主文化創造を成し遂げるべく、内に外に政治闘争をしなくてはならない。特に今はなおさらである。その意味において政治性を持つことは、大切なことである。
だが、我々がサークル団体の域を飛び越えた政治活動は私としては望ましくないと考える。例えるなら、反原発行動の運動体そのものになることなどである。その場合は、私は遠慮せずに分離独立を選ぶだろう。
わかりやすく言えば、学生による自由かつ自主的な課外活動を支援すべく、内外の環境を整えることを志したい。政治闘争はその環境を整える手段である。7年間も抗争を続けているために見分けがつかなくなり始めているが、その点はハッキリさせておきたい。我々はあくまでサークル団体である。政治運動については、分をわきまえているつもりである。

さて、話を戻すが、そもそも我々をほぼ政治団体化させているのは、サークルではないと批判を浴びせる大学当局にすべての原因がある。そして我々が門前で拡声器を使わなければならない状況に追い込んだのは、いったい誰であろうか?もちろん大学当局である。サークル登録をしようとしても大学から拒否される状況に、いったい誰がしたのであろうか?もちろん大学当局である。構成員の状況を目に触れないようにしなければ国から弾圧を受けるようにしたのも、やはり大学の当局である。
まず物事は、一歩離れて見てみると多様な見方がでてくる。物事はひとつであっても、見方によっては全く違って見えてくる。社会学の常識である。現在の文化連盟の政治闘争の部分に引きつけて言えば、「文連が危険だから大学によって排除された」と見える現実も、双方の情報の吟味によっては「大学による弾圧がより文連の活動の活発化を招いた」というふうに見えてくる。なぜ前者の方に見えるのかというと、大学当局の権力が文連よりも強いからである。
じつは、この常識とも言える部面を、大学の教授どもは本当の意味で理解していない。知識は豊富だが、それだけ。みんな口だけなのだ。足元を見ないでよくもまあ人を教える立場に立っているものだとつくづく思う。真に自由と進歩を掲げる学府ならば、まず足元を浄化しろ!そう言いたい。現実に、足元を見ている人間とそうでない人間で決定的な違いは、説得力の差にある。実際の体験談が説得力を持って語られるのは、正に口だけではない事実を経験しているからである。法政の教授の中には、どうもその人格はいなくなったようだ。
かつて、法政大学は、(今でもそうだが)学生運動の最大の拠点であった。これは、単純に中核派学生の力が大きかっただけでなく、教授会までもが学生のとる行動に賛同し、一緒に声を上げていたほどであったそうである(自学部の学生がデモ中に逮捕されたことを聞いた学部長が「けしからん」として、警察に抗議しに行ったこともあるという)。要するに言えば、大学ぐるみになって政治運動をやっていたのだ。しかし、70年代中盤から起こった新左翼党派間での内ゲバという事実が突きつけられる。特に法大は中核派と革マル派の内ゲバのまさに戦場となったこともあって、大学は「大学として存続できるのか」ということを問われることになる。そこから「大学を守るために」、中核派に公に賛同する教授勢力を弱体化させた(もしくは追放した)。ここが現在の法政大学に至る、いわゆるフラグに近いものであったといえよう。この系譜を引き継いでいるのが、現在の「監獄大学」と揶揄される法政大学であるということもできる(誤解を避けるために言えば、だからといって中核派賛同教授を追放すべきではなかったというのではない。もはやこれは過去の出来事であって、過去にこだわるだけ無駄である。この問題は、ある意味仕方がなかったといえばそれで済むかもしれないが、この結果を導き出したのは、やはり内ゲバという強力な圧力であったと考えるべきである。どちらが正しく運動を行い、大衆的な獲得力を持っていたかというものをよく見ることが大切である。70年の学生運動は、少なくとも野次馬と活動家の視点からの話を聞いてみると、意外なことがわかるかもしれない。さっきも言ったが、実際に経験している人間の話は、必ず信用できる内容を含んでいる)。
そして私たちがやることは、究極的に言ってしまえば、大学から口だけの教授を追放して社会的権威を剥奪し、大学を実践的な真理追求の場として再建することである。その下地として学生間の交流を自由に行い、相互に助け合える場としての文化連盟となることである。常に今を問い、変革を志し、自分の意志を表現し、おかしい事にはおかしいとハッキリ言える人間を生み出し、実際に世界を変えていくための文化連盟となる。
常に世界の発展は疑問と夢から始まったものである。議会民主制度は封建制の強権的な抑圧への疑問から生まれたものであり、ブルジョワ革命で発展した資本主義は当時よりも世界をより良い方向へ変えていった。そして現在、資本主義体制は救いようのない状況に陥っている。いかなる政策もこの体制は救えない。救えないのなら、一度破壊して構造を入れ替え、新しく作るべきである。
現在、資本主義体制は自らを救おうとしている。だが、もはや体制に溜まった膿はもはや大きくなりすぎた。自分で膿を切り開いてそれを出す力もない。「現在の体制には、外科手術が必要である。もし手術が成功すれば、患者が死んでもこの際はやむを得ないだろう。どのみち誰もが不滅であるワケではない。」(銀河英雄伝説・Oskar von Reuenthal)

そしてもうひとつ、全学連との連帯であるが、これは断固として続けていく。
自分としては中核派と組もうなどということはどうでもいい。いようがいまいが関係のないことである。確かに過激な一面も持ってはいるが、それもどう見ても許容範囲内だと思う。ただそれを理由にして連帯を拒む人間ほど、狭量であるとしか言い様がない。実は、過去にこだわる人間や政治団体ほど、自分の主観的なものを客観的と言いなして、結束を求める政治団体や個人に対してNOを突きつける。だが、そう言う者ほど真実や、現実を見ようとしてない(見ているつもりでも、全く曇った眼鏡をかけているとしか思えない主観となる)うえに、自分が最も勝手な主観にたって行動していることに気づかない。たんなる反対派に甘んじて運動をやるくらいなら、政治運動をやめたほうがいい。全く無駄な運動であり、逆に運動を阻害し、潰す主体にもなる。要するに、政治運動をやるのだったら、勝つために現実を直視し、あらゆる手段を模索し、結束を作って権力と非和解的に対抗する物にしなければ、必ず運動は潰される。いくらデータや歴史を語ったところで、それが実践的に活かされてなければ歴史など必要ないのであって、それ自体が人間の歩んできた道の否定である。歴史は繰り返すものではなく、より良い方向に向かって前進していくための手段にしか過ぎない。重要なのは、歴史を捉え、歴史を踏まえた上で自分を見直し、悪しきところを矯め、これからどうするかと言う未来へ向かって歩みだすことである。
そしてもうひとつ言えば、歴史的に、彼らは口だけではなかった。処分や逮捕も恐れずに当局と激突し、常に当連盟のそばにいて肩を貸してくれた。かつて中核派が「中核派魂」などという自称が他称になるほどの体育会系と言われた理由もそこにあるのだろう(笑)。少なくとも、あまりにも個性を隠さない仲間たちに囲まれて、とても楽しい思いをしているので、とても裏切る気にはなれない(彼らは本当に個性を隠しません。一度あってみるとわかりますが、天然がいたり、真面目がいたりといろんな性格の個人に出会えます。最近ではオタクの人もいて、結構会話も弾みます)。

もう一度言うが、我々は体制の処刑者である。暗殺者ではない。正々堂々と挑んで権力を取る。テロ、闇討ちやクーデターなどは以ての外である。
いつになるかは分からないが、やられたことは耳を揃えてきっちり返させてもらう。こちらは鐚一文も負けない。必ずや弾圧に加担した119名の悪人を吊し上げ、33名の凶悪人どもを処刑し、13名の悪魔を晒し首にして借りを返してやろうと思う。
実際にこのようなことをできるかどうかはわからないが、まあそのような気分を味あわせてやれたら本望だ。
大学を我らが手に!学問を真理の追求の手段に!

法政大学文化連盟初代書記長 岡田 勝彦


以後、宜しくお願い致します。
コメント
実際のところ、文連ブログがなければ、僕は日米安保や格差問題には関心を示さなかっただろうし、社会学部とか哲学科を目指そうとも思わなかったと思う。その入り口になってくれた点で僕はこのブログに善かれ悪しかれ感謝する。
【2013/03/03 10:15】 | とある17歳 #- | [edit]












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Author:文化連盟
1959年創立の法政大学サークル連合。2008年3月に非公認化。活動理念は「自主文化創造」。本業のサークル活動に邁進しつつ、2006年3月14日以来延べ126名の逮捕者、34名の起訴者と13名の処分者を擁する監獄大学爆砕へと学生運動も同時並行。直接行動系。ゆとり世代代表。愛は強し。

2012年5月31日、東大ポポロ座に続き暴処法を粉砕し無罪を勝ち取る。もはや敵なし。俺たち最強。

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